母のこと@

絶対書きたかった・・・。母のことは。
平凡だけな人だけど,私は誇りに思う・・・。

母は68歳。私と30歳離れている
母は27歳で兄を産んだ。
兄は3歳までいたずらで本が大好きな元気な男の子だった。
母が私を身ごもってから,兄の変化にきずいてきた。
歩き方がどこか変?動作がぎこちない?
その内に私が生まれた。
私が生まれて4日後・・・・.。
父は状況を冷静に判断できなかったのか,そのままの兄を病室につれて来てしまった。
そのままの兄
は体を一人で支えることが出来ず,くねっとなったまま。手はだらんとして赤ちゃんのように父におぶられていた。
母は産後4日で退院し,兄の病院探しに没頭した。
私は父の職場(歯医者の技工室の二階)や母の姉に生まれてから8ヶ月まで預けられた。

当時、私の家の隣にいとこの家があった。
ある保険会社の社長をしていて,裕福な生活をしていた。
兄とひとつ違いの女の子がいた。2.3歳なら仲良しでも喧嘩をするものだと思う。
男の子はどうしても手が出て女の子を泣かしてしまうものだと思う。そこに,いとこのおばさんが入って来るらしかった。
平手で兄の後頭部を何度と打つのだ。一度や二度ではない。
母が止めてといっても,何日も来りかえし打ったらしい。
私の記憶でもほうきではたかれたことが何度のある。怖いおばさんだった。
後で病的なヒステリ-だったことがわかった。

いろいろと病院をまわり,最後の国立病院を訪ねた時
「ここ数年継続的に後頭部になんらかの衝撃があったことはありませんか?」と言われ、
母は愕然としたらしい・・・。
おばに話しても「証拠がない」で認めてもらえず,当時金持ちだったおばを悪くいうものはいなく,
あまり裕福でなかった我が家の声はは周りの「我慢しろ」に消されてしまった。

それから兄の治療のために引越しを転々としたが,私は小3の時またそのおばの家の隣に戻ってきた。
なぜ,母は兄を障害者にさせたおばの近くに戻り,それから20年も隣に住めたんだろう。
裁判にももっていかず,なにもせずずっといられたんだろう・・・.。私はいつも疑問だった。
高校1年の夏,突然おばが来て,母を近くの公園に連れていった。
しばらくして,戻ってきた母は泣きはらした目をして言った。
「おばちゃん,やっと認めてくれたよ・・・」
母はおばに事実をそのまま直視してほしかったのだ。
おばも人の親ならば,兄がどうしてこうなったかわかっているはず.・・・。
それを,本人が認めるまで待とうと思ったらしい。

すごい母だと思う。私は母を尊敬する・・・。


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