Yuji&Youko しんぶん 1991年春号
1991年3月16日発行 第4号 発行者はゆうじとようこの ぱぱとおかーちゃん
◎◎ 祐志、おにいちゃんになる!
2月に家族が一人増えました(^_^) 春号では、出産のドキュメントを中心にお届けします。
1991.2.9 里帰り出産のためにパパと祐志が送ってきてくれる。
%おかーちゃんの気持ち%
1カ月以上もおかーちゃんと離れて暮らせるかな?でも、保育園にやっと慣れて喜んで行っているのに、長期間休ませたくないし、母親と離れて「おにいちゃん」になれるいい機会か もしれないな。 ’’’心配だな〜、さみしいな〜(^_^;)
1991.2.10 おかーちゃんは、あかちゃんができるから和歌山にいるよ。祐志は、ぱぱと帰ろうな。と説明してパパと二人で帰りました。祐志がどこまで理解できているかは分からなかったけど、次の日から無理も言わず元気に保育園にかよってる。 ’’’’’いじらしいな〜。
% パパ % もし、祐志がつらがってどうしようもなくなったら、和歌山へ連れていくよ。
% おかーちゃん % パパ、ご苦労さん!早く丈夫な赤ちゃんが産まれるように散歩や拭き掃除に励む。
1991.2.13 検診。赤ちゃんも下に降りてきていないし、子宮口も硬いからまだ産まれそうにない、とのこと。
1991.2.18 午前2時 眠っていたが温かいものがおりた感触で目がさめる。トイレに行ってみるとかなりの出血。どうしたんだろ??????
午前3時 病院へ行く。
午前4時 出血が止まってるし、痛みもない。赤ちゃんは元気にしてるけど、まだ産まれそうにないとの診断で帰される。
昼 少しずつ出血はしてるが友だちの助産婦の瀬戸さんが、「心配ないから、様子を見るように」と言ってくれ、少し散歩をしたりして過ごす。
午後4時 15分ごとに下腹部が張ってくる。
午後6時 10分ごとになってきたので急いで入浴し、軽くご飯を食べる。パパにTELする。
午後10時 5分毎に痛みがあり強くなってきたので、タクシーで病院へ行く。なんと当直は、主治医の藤永先生(ラッキー(^_^))。子宮口が3cm開いていたので入院。病棟へ行くと、友だちで相談に乗ってもらっていた助産婦の瀬戸さんが勤務していて、またまたラッキー(^_^)(^_^)。しかし、赤ちゃん大きそうだから、産むのたいへんそう。と言われ不安になる。
11時半 パパが病院へ到着するが痛くて口もきけない。腰をさすってもらってだいぶ楽になる。
1991.2.19 午前1時 痛かったけど最後の力をふりしぼって分娩台に移る。瀬戸さんがずっと励ましてくれたり、赤ちゃんが出やすいように押してくれたりしてくれる。
午前1時47分 女の子誕生 2902gで、48.0cm
おかーちゃん いきみ方が悪かったのか、子宮頚管が切れて1800mlの大量出血「出血が多かったから、2〜3日点滴しましょう。無理しないように。」と言われる。後腹が痛くてなかなか眠れない。でも、元気な女の子が産まれてうれしいと思いながら朝を迎えました。
ぱぱ 分娩室に入ってからもっと時間がかかると思っていた。分娩室の前の廊下にいると中の様子が、少し分かるので、おかーちゃんが頑張っているのが伝わってきた。元気な産声をきいたときは安心した。 祐志の時は、帝王切開で産声は聞くことができなかったので、特にうれしかった。ただ、赤ちゃんをなかなか見せてくれなかったので心配になったのと、おかーちゃんが出血を多くしてると聞いたときは、不安になった。
◎◎ 名前は 蓉子 です。 ◎◎
草かんむり、雑草のようにたくましく
容、いろいろなことを受け入れられる心の広い(祐志の障害のことを含めて)
そして全体の蓉、きれいな子。
という意味をもたせて、パパがつけました。最後のきれいな子、というのは親を見ているとちょっと無理がありますが(^_^;)気持ちも含めて全体がきれいな子という意味にとってくださいね。
% 祐志
ぼく、かわいい妹が欲しかったの。うーんと、うーんとかわいがるよ。
% パパ
女の子、ほんとにかわいいい(親馬鹿チャンリン)名前のような子になってほ しいな、と思います。
% おかーちゃん
産まれるまでは不安だったけど、待望の元気印の女の子でよかった。過剰な期待をかけたらかわいそうだけど、お兄ちゃん思いの子に育ってね。始めて自然分娩できたのもうれしかったよ。
☆ 母乳 命 ☆
祐志 ダウン症で動脈管開存症だったために抵抗力が低いので絶対に母乳で育てようと、決心しました。心臓に負担がかかるということで、直接哺乳ができなかったけど、何とか1年間母乳で育てることができました。
蓉子 産まれてからすぐに上手におっぱいに吸いついて、母乳の製造が追いつかないほどよく飲む。頑張って、1年間は母乳で育てたいな、と思ってます。
## 祐志の様子 ##
祐志は、おかーちゃんと離れていても、祐志なりに我慢をしているのか、あまりおかーちゃんと言いません。土、日に和歌山へ行って、お母ちゃんに1週間ぶりにあっても、おかーちゃんが蓉子におっぱいをやっている時は、他の家族に相手をしてもらいに行ってます。祐志は祐志なりに気を使っているのが分かっていじらしくなってしまいました。
===ちょっと聞いて、ネ。 ===
祐志は、パパの乗っている車(ホンダシビック)と同じ車が走っていると、「パパ、プップいっちょ(いっしょ)」といいます。そして、なんと旧モデルのホンダシビックを見ても、「パパ、プップいっちょ」といいます。おかーちゃんなんかは、「今の車シビック」なんて聞くくらいなのですが、祐志は間違いなく言います。おかーちゃんの車ダイハツミラ、おじいちゃんの車、軽四貨物も分かっているようで、同じ車を見ると、「いっちょ」といいます。ほとんど間違いなしです。親二人で、シビックなんかは新旧それぞれどこを見て分かるのだろう、と不思議がっています。

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