いくちゃん妊娠〜出産

妊娠発覚

いくちゃんの妊娠が分かったのは、結婚生活が始まって1年2ヶ月後の事でした。
その頃URANは、公立の某保育園でアルバイトの保育士をしていました。
アルバイトの契約があと残り1週間で終了となる時でした。その後、URANは
専業主婦になりました。妊娠中は、特に何の問題もなく過ごし、H9.2.27
 『帝王切開』での出産。家から近い個人の産院での出産でした。

促進剤

いくちゃんの予定日は2月13日でした。予定日を11日過ぎても何の兆候もなく
医師は促進剤を使ってみましょうってことで2月24日一旦入院をすることになり
ました。不安もあったのですが、無知だった私は言われるままに入院。
錠剤の促進剤を飲みました。でも、体が受けつけず吐き。その日はそのまま
様子を見る事に・・。そしてあと2日待って何の兆候も見られなければ再び
入院してもう一度促進剤を点滴で投与してみるという結果に・・。
最悪は 帝王切開も考えておいてくださいと言われて帰宅・・。

その2日後、2月26日再び入院する事になりました。その時、医師は
「今回はもう産まれるまで帰れませんよ」と、言いました。
やはりなんの兆候も見られず、また促進剤を飲む事になりました。今度は
吐かなかった。1時間毎に1錠ずつ飲んだ。午後になり破水。結局は
夕方になっても張りと共に少しの痛みがある程度。。腰もだるい程度。
医師に「今晩はゆっくり休んだ方がいい」といわれる。


まさかの帝王切開

翌2月27日。夜中はあまり眠れず、腰がすごくダルイ。朝の内診では
少し(2センチくらい)子宮口が開いてるとこのと。朝食も昼食も手をつけず・・。
その頃まだパパさんは呑気に家にいたのだ。段々とどうなるんだろう?という
不安がURANにのしかかり・・。一人でやり過ごす病室で涙が止まりませんでした。
午後3時になってパパさんが来る。医師は「このままではきっと今日も無理です、
でももう一晩越す事は、大変。赤ちゃんは元気だけど母体が疲れてるし、緊張も
いっぱい。手術にかえて欲しい」と、言われる。その頃、URANの方は、2分間隔で
くる陣痛に耐えつつ・・でも、開かない子宮口、降りてこない赤ちゃん。パパさんも
手術した方がいいのでは?と、言い出し結局は切るという決断になる。。

そこより大慌てで手術の準備が始まる。怖さと悔しさと痛さで涙の止まらないURAN。
4時半頃、手術開始。4時38分、女の子誕生!3606グラムの大きな赤ちゃんだ。