家事&仕事&育児

お仕事、開始!

H10.9より働く事になりました。パートで0歳児クラスの補助でした。

いくちゃんをその前の月の8月27日より家から一番近い私立の保育園へ
預けました。そうでなくても人見知りのひどい子でしたから、
初日は勿論、大大大泣きでした。
短大卒業後、5年近く保育士の仕事をしてきましたが、始めて預けて
働く『母親』の気持ちが分かり始めたのです。朝の別れ際、いつまでも
我が子と離れられない母親に保育士として「お母さんがいつまでも
見ていたら泣き止みませんから・・」なんて言ってたのがなんてひどく
心無い言葉だったのかなぁ?っと、反省しました。自分が預けて
始めて気付くんですよね。。その日は、朝いくちゃんと別れて一人
門を出る時には涙が出た。

でも、子どもは「案ずるより・・・」って感じで親の姿が見えなくなると
泣き止んだりするもので、いくちゃんもその一人だった。。

さて、そのその日の連絡帳を紐解いてみよう・・・・。

8月27日(木)
今日は朝はやはり泣いていまていましたが、抱っこすると時々
泣き止み、お絵描きの時は泣くことなく上手にかいてくれていたので
びっくり。えらい、いくちゃんです。

そして、5日後、URANの仕事は始まった・・・・。


熱!熱!熱!

9月1日、ドキドキしながら職場へ向かった。久しぶりの保育園での
仕事。大丈夫かなぁ?と不安もいっぱい。。初日の夕方、職場へ
いくちゃんの園よりTELが入る。熱だ・・!!すぐに帰らせてもらう。
迎えに行くとちょっと不安そうないくちゃん。その日から3日間、
園に行くと熱のでる日々だった。帰ると元気そのもの・・・。
やっぱり子どもなりに新しい環境に慣れるのは大変のようだ。
母親と離れて過ごすのも始めてで不安だらけのいくちゃんだった。

URANの方は、早退やお休みさせてもらう日が多く、気がひける
思いと、いつクビになるかという不安でいっぱいだった・・。


おっぱい星人・いくちゃん

いくちゃんは生後からず〜〜っと「おっぱい」一筋。
いつでも、どこでも「おっぱい」星人です。保育園に入った1歳6ヶ月の
頃ももちろんそうでした。とにかく、寝付く時は必ず飲まないと眠れない。
それ以外でも辛い事や悲しい事、痛い事なんかがあるたびに「おっぱい」
保育園へ行き出して昼間淋しいから、その反動なのか、帰ったら
ず〜〜っと、くっついて泣く日々だった。「パイパイッー」って言っては
おっぱいばかりを欲しがり夕飯の準備の間も「パイパイッー、ねんねー」
って叫んで泣いていた。時には、ご飯も食べずにおっぱい飲んで
そのまま寝てしまうってこともしばしば。。昼間、我慢してる分、いつもに
増して『ぱいぱい攻撃』は、激しくなる一方だった。。。

保育園生活・病気ばかり・・

その後、日に日にいくちゃんは保育園に慣れて行った。
秋には運動会があった。まだ、入園間もないいくちゃんは、
指をくわえながらではあったが泣くことなく参加でき初めて
親としての運動会を味わったURAN。カメラ・ビデオを
必死で夫婦で撮った。。親になると我が子しか見えて
いない。帰って見たビデオにはいくちゃんしか映ってなかった。

そして、その後、『中耳炎』に掛かった。
その日の日記には、こう記されていました。。

いくちゃんの調子がまたまた悪い。やっぱり先週無理したのが
あかんかったよう・・・。月曜日に帰ってきた時は元気やったのに
夜になってからなんかグズリだした。それも左の耳の辺りを押さえて
「いちゃーい、いちゃーい」とか泣く。それに寝付けないようで10分おきくらいに
大泣きの繰り返し。それでこれは「おたふく?」って慌たけど、まぁその
晩は様子見て・・って感じで、その寝れない・大泣きのいくちゃんに
付き合ってこっちもなんか全然寝てない状態で朝を待った。そして
火曜はとにかく休んだ、朝方になってぐっすり眠りだして10時半頃
小児科へ行った、でも、幸いにおたふくではないってことで風邪のようやけど
もしかしたら痛がるのは中耳炎かも・・・ってことで耳鼻科へ。そうしたらやっぱり
「急性中耳炎」だった。初めての耳鼻科にドキドキだったのにその場で
お医者さんは「鼓膜を切開して膿を出しましょう」とかいうから増々ドッキドキ。
勿論いくちゃんは大泣き・・・可哀想やった。郁海の耳鼻科通いの日々の
始まりだった・・。けどいくちゃんくらいの子どもの「いたい」なんてあてに
できひんわ・・って思っててんけどいくちゃんが押さえてた方の耳が中耳炎
やった。。やっぱりよく観察して子どもの言うことも聞いてみるもんやなぁ。


保母と母

保母の立場じゃ、「この子、もう一日休んでゆっくりしてたら風邪も治るのに」
とか思って保育してるくせに我事になると「明日は休まれへん」とかって
思ってしまっていくちゃんに無理させてるんやろうなぁ・・。と、反省の日々。
やっぱり働いてる分、いくちゃんには可哀想なことしてるってところある。

そんな中、こんな言葉(↓)にも敏感になってるURANであった。。

玄関のところで管理人さん(おばさん)に会った時の出来事。。

管理人:「URANさん、働きに行ってるねんねー」
私 :「そうなんです」
管 :「じゃあ、子どもさんは保育園に行ってるんやねー。なんか
こんな小さい子は可哀想やなぁー」
私 :「そうですねー」・・・心では「そんなん・・・」って落ち込んでる。
管 :「もう、慣れたん?泣いたりしたらまた可哀想やなぁ・・・。1才
くらいやろー」
私 :「もう、慣れました!!始めは泣いてましたけどね・・・。
もうすぐ(?)2才なんですよーーー!!!」

・・・って『可哀想』を連発されてむかつきながら仕事に向かった・・・。

やっぱり一般的には1才くらいの子を預けて働くって「可哀想」なこと
なんやなぁ・・・。って痛感したけどまた落ち込んだ。折角の決心も
また鈍ったり・・・。その日は1日ブルーだった。これが保母と母の立場で
揺れるURANの心だった。。


いくちゃん・入院

寒くなってきた11月の終り・・。ある日の夜中に突然吐くいくちゃん。
そこから何回も吐く。。抱っこして寝かせた。でも、夜中中、何回も
吐いた。次の日の朝ももう1回吐いた。「今日は仕事には行けそうに
ないなぁ」こんなことを軽く思っていた。耳鼻科へも夕方にはいくはず
だったけどその前に午前中に小児科へ行かないとあかん。病院
ばっかりのいくちゃんだ・・・。なんでかなぁ??風邪だろうとは思う
けどこんなに吐くなんて、始めて。もう、食べた物は全部吐いてて
黄色い液体を吐いてる、それって胃液かなぁ??・・と、思いつつ
小児科へ。そこから丸2日吐いてた。2日目に小児科のドクターに
大きい病院へ行った方がいいって言われた。URANも怖かったし
ちょっと焦ってパパさんも仕事現場から帰ってきてもらった。それから
脱水状態もちょっとあるし「嘔吐・下痢症」でもなさそうやし、ってことで
お腹のエコー撮って、レントゲン撮って、って大変なことになった。
エコーで見る限りではウンチが詰まってるから浣腸ってことになったけど
浣腸してもうんちも出ない。レントゲンで腸が働いてないっていうのが
わかった。まぁ、それも結局のところは風邪のウイルスが腸なんかに
いたせいらしい。そして、点滴にその上絶食。即入院。
まぁ、そうやって検査してる間も吐いてたし私としてもこのまま連れて帰っても
きっと不安な夜をまた過ごすことになるやろうし仕方ないなぁ・・って感じやった。
絶食はその次のお昼まで続いた。いくちゃんは初日は採血とかもあったし、
勿論知らんところで過ごすためにずっと大泣き。夜もおっぱいも駄目で
寝れない、眠ってもすぐに目覚めて大泣きの、繰り返し。「ぱっぱい(おっぱい)!
おちゃー、ジュース!」って叫ぶし・・。すっごい可哀想やった。こっち
まで夜中に泣けてきて2人で大泣きやった。結局入院して4日くらいは
吐いたり吐かなかったりを繰り返してて、その5日目にまたまた絶食。
日に日に病院には慣れてきて元気にはなりつつあったのに。。。
でも、看護婦さん、ドクターには最後まで大泣きやった。
でも、その絶食以来は吐くこともなくご飯も結構モリモリ食べれるようになった。

いくちゃんの入院生活は10日でした。原因は結局のところはっきりせず
ドクターも「風邪からくるものでしょう」と、曖昧でした(^^ゞ URANは
仕事を10日以上欠勤。。。この間に『クビ』
覚悟は出来ていました。


URANお仕事再開

URANが就職した保育園はほんとにいいところです。子持ちのこんな
URANを快く雇ってくれてその上、子どもの入院での欠勤(結局は
自宅療養も含めて3週間のお休み)を許してくださり、みなさんとっても
理解のある方ばかり。でも、ほんとはURANは揺れていた。。

『この入院は私の仕事のせい?無理やり保育園に連れて行ってるの?
いくちゃんは保育園きらいなの?慣れない子はいないなんて勝手に
信じてる私が悪い?働きたいなんて私の身勝手?わがままなの?』
そして
『預けて可哀想』
あの言葉にもちょっと負けそうになってた。

でも、職場で待ってくれる人がいる!そう思ってもう一度頑張ってみることにした。