【幸せな日常】


「カオナシ。風呂を沸かしてくれるかい?」

「ア…ア…」

銭婆から風呂焚きを言いつけられ、意気揚揚と外に出る。

カオナシは物置にある蒔を取り出すと、釜の中に蒔を入れ火をおこした。

「フウーッ…フゥーッ」

筒を口にあて、懸命に息を吹きかけ、火をおこす。

それを数十分繰り返すと、やがて風呂が沸いた。

「ア…ア」

「ああ、もう沸いたのかい?ありがとうよ。」

銭婆と暮らし始めてからの、カオナシは幸せな日々を送っていた。

もう1人じゃない。

自分が必要とされる場所を見つけたのだ。

「そうそう。今日はお客さんを招いてるんだよ。お前も喜ぶ客人だよ。」

椅子に腰掛け、編物をしながら銭婆が告げる。

「ア…ア…」

喜ぶ客人、と聞いて、カオナシの一見無表情とも言える顔が和らぎを見せたように綻ぶ。

「おや。もう着いたかな。」

銭婆の耳がピクッと動く。

「カオナシ、出迎えておあげ。」

「ア…ア」

コクコクと頷くと、カオナシは、そろそろとした足取りで玄関まで行き、扉を開く。

「こんばんはー!」

扉を開けた途端に、明るく弾んだ女の子の声。

「こんばんは、遅くなってしまって申し訳ありません。」

続いて、落ち着いた青年の声。

「おお、千尋にハク。よく来たね。さ、中にお入り。」

銭婆が、嬉々として二人を迎える。

「お婆ちゃんに、カオナシ。お久しぶりです。お元気でしたか?」

千尋が挨拶の言葉を述べる。

「はいはい、まだ衰えてはいないよ。おまえたちこそ、どうなんだい?結婚生活は慣れたのかい?」

「え…と、うん。まぁ…ね。」

「ふふっ。そんなに頬を赤らめて。幸せに暮らしてるみたいだねぇ?」

チラッと、銭婆の目線がハクに移動する。

「おかげさまで、何とかやっております。」

千尋と違い、照れもせずに、冷静なトーンでハクが答える。

「おや。こっちは相変わらずのポーカーフェイスだね。面白くないねぇ。」

ブツブツと呟きながら、銭婆は台所の奥から手製のミートパイを取り出す。

「お腹空いたろう?さ、召し上がっておくれ。あ、それとも先に風呂に入るかい?沸かせたばかりだから、今が丁度いい湯だよ。」

「「じゃあ、お風呂から先に…」」

千尋とハクの声が重なる。

「…あっ、ハクから先にどうぞ。」

「いや、私は後でいいよ。千尋から先に入りな。」

「え、でも…。ハク、疲れたでしょ?ずっと龍の姿で空飛んでたから。」

「いいって。千尋から先に…」

「あ〜あぁ。バカだねぇ、おまえたち。一緒に入ればいいじゃないか。」

キリがなく続いてしまいそうな二人の間に銭婆が割り込む。

「えぇーっ!?」

千尋が真っ赤に頬を染めて、声をあげる。

「そそそそんなっ!」

「恥ずかしがることはないだろ。夫婦なんだからね。」

平然と、銭婆が答える。

「それもそうですね。では一緒に入るとしよう、千尋。」

「ハ、ハク?きゃっやだ!離して!」

ずるずるとハクに引きずられていく千尋。

「まだまだ初々しいねぇ。(千尋の方だけは) あ、カオナシ。おまえは湯が冷めないように、外で追い焚きをしてあげてくれないかい?」

「ア…ア」

コクコクと頷くと、カオナシは急いで外に出た。



すっかり宵闇に染まった外。

風呂場の小さな窓から灯りが漏れている。

カオナシは、蒔を手に取ると釜にポイポイと投げ入れた。

「…っ…やっ…ハクぅ〜…」

千尋の声が風呂場から聞こえる。それも変に甘い声。

「ほら、千尋。そんなに体を縮めてちゃ洗えないじゃないか。」

「いいってば!自分で洗えるからっ…んあっ…!」

カオナシは、妙に色っぽい声を出す千尋が気になり、窓に身を乗り出す…と、その時。

「…何を覗いておる。」

突然、窓から顔を出した冷ややかな表情のハクに驚き、カオナシは腰を抜かしてまう。

「ア…アア〜…」

あわあわと口を閉口させながら、カオナシは後ずさりをする。

暫く、ハクはじろっとカオナシを睨んでいたが、窓をピシャリと閉め、中の声も聞こえなくなった。

「…アー…。」



昔は、死ぬほど退屈だった。

それが、今は、こんなに刺激的な毎日。

カオナシは、ばら撒いた蒔を再び拾い集めると、大人しく二人の為に追い焚きをする。

…これがきっと幸せな日常。