出産日記 3 (恐怖と感動の出産当日)

このレポートはその当日書いたものです。
その時をそのままに表現するために、支離滅裂な文章ですがあえて訂正せずに載せてみました
乱文ですがご容赦下さいませ


2000.7.28

朝です4時ぐらいからす〜っかり陣痛は止まってしまいました。
だ〜。今日はきっと点滴で出しちゃうのね。
朝の9時ぐらいに点滴を打ってもらってすぐ、15分から10分間隔が来た。
さすが点滴、効果てきめん。
12時から2時頃まで痛みのピーク。
12時に先生が様子を見に来たんだけど、
そのときに切るかどうか悩んでいた。
お母さんは「もう、切るならきってもらって」と心配していた。
わたしも痛いし辛い。
内診でかなりお腹押されたり子宮を見られると痛くてしょうがない。

2時頃に「下に下りに行くよ」といわれて、看護婦さんについて行ったらまたしても内診。
先生に「うーん、あと0.5センチなんだけどな」といわれる。
「とりあえず分娩室に入るけどすぐ産むとは限らないよ」といわれ連れて行かれる。
分娩室と私の病室は目の前にあるのだが、病室で待っているダンナとお母さんに伝える間もない。
分娩室に入って10分もしなううちに結局準備が進められて結局いきむことに。

お産の間、赤ちゃんの心音を聞きながら産むんだけど、
赤ちゃんの心音が遅くなってきた。
赤ちゃんに酸素を送ろうと必至だった。
一回頭が出かかった。
けどいきみがまだ足りない。

それでしばらく呼吸を整えて
看護婦さんにお腹を押してもらいながらいきんだら頭が半分出た。
そこで吸引してもらいながらもう一度いきんだら頭が全部出てきた。
そこで先生が「切りますよ」といい、
パチンという音がして切開してもらった。
いたくはなかった。ちくっとしただけ。
「看護婦さんがあたまが出ましたよ」といった。
そうすると息まなくてもするりと体が出てきた。
助産婦さんが鼻や口の羊水を出すとすぐに息をしてくれた。
「オギャー」という声を聞いたらとにかくほっとした。
ホッとする以外のなにものでもない。
とにかく、「生きていてくれた」と思った。


それからすぐにダンナが呼ばれてきた。
ダンナは本当は立ち会い出産をするつもりでいたから、残念だったのだと思う。
でも、赤ちゃんの心音が弱くて私もくたびれて、手術するかどうか最後の最後まで先生が迷ってたし、
手術の場合、結局立ち会えないし、無事生まれるかどうか分からなかったから。
この子は運が良かったのかもしれない。
先生の判断も良かった。
みんながんばってくれた。
正直私がくじけそうで、もう、私の方がダメになるかもしれないと思うほどだったのに。

赤ちゃんは頭と手が同時に出てきたらしい。
しかもそこにへその緒が巻き付いていたので、
自然には下りてこなかった原因はそれだったのだろう。

その後、産湯に入れてもらって
ダンナは赤ちゃんのビデオを撮ってくれた。
私は後産の処理でそのあと赤ちゃんがどうなったのか分からなかったから。
看護婦さんには私の羊水を見て「こえだめやねえ〜」といった。
いわれたとおり見てみると、羊水は緑色に濁っていた。
赤ちゃんが私のお腹の中でうんちをいっぱいしたらしい。
それではストレスがたまって心音が弱まるはずだ。
しかも私は羊水の量が少なかったから特にそうなのだろう。
ダンナもそれを見て驚いていた。
そして、私は臍帯を初めてみた。きれいな白さに驚いた。
中はきれいな血でいっぱいなのだろうけど、白くて太く織ったひものようだった。

産んでからはダンナが私のところへ来て
「ありがとう」といってくれた。
なんだかほっとして、うれしくて涙が出た。
訳が分からない熱い涙だった。
それまではただ夢中で、張りつめていた感じだったけど、
それがぷつんと切れたようだった。
私の中でやっと「うれしい」という感激が押し寄せてきて、
ダンナの顔も今までで一番優しい顔になっていた。


しばらくすると先生が来て後産の処理をしてくれた。
お腹を押さえるとなま暖かい胎盤がずるっとでてきた
本当にレバーみたいな色をしていた。
あとはお腹を先生がぐーっと押すと中のモノがどばどば出てきて、
掻き出したり消毒してくれたりした。
これがまた嫌な感じだ。
全部済むと切開したので、傷跡をちくちく縫ってくれた。
先生曰く、「傷は治るけど、切らないと赤ちゃんが優先やでの」
まあ、そうだ。
実際切るときはそんなに痛くなかったし。
あとをきれいにしてもらってお腹のぶよぶよしているところにアイスノンをおいて冷やした。
子宮の戻りをよくするためらしい。
汗でべたべたの服を取り替えてゆっくり自分の足で部屋に戻った。