陣痛〜誕生


陣痛が始まってから誕生までのお話




2003.03.03 陣痛?
前駆陣痛?
深夜0時30分すぎから腹部の痛みで起きる。生理痛の強いバージョンだ。これが 陣痛 というもの?
陣痛とやらは、定期的に来るらしい。時間を計って待つこと20分、また痛みが襲ってくる。
間隔を20分にして、朝7時までこの痛みは続いた。しかも間隔は狭まりも開きもしない。

朝7時。トイレに行った。おりものに血が混ざってる。これは おしるし だろうか?
やけにトイレの間隔も近くなってくる。陣痛?おしるし?なんて考えながら布団に入ってたら
寝てしまったらしい。起きたら9時だった。更にトイレに行ったら、またしてもおりものに
はっきりした血が出ている。これがおしるしなんだなぁ。って漠然と思う。

寝てしまった2時間は陣痛が来なかったって事だから・・・・。
単なる 前駆陣痛 なんだろう。でも数時間間隔やら数十分間隔など様々に襲って来る痛み。
痛すぎる。どうにかして。。。。

今週中に振り込まなければならないお金があるのだ。入院〜出産となったら、振り込めない。
痛いお腹を抱えながら、ATMに行ってきた。
遣り残した事は全てやっておかねば・・・・。

夜の9時過ぎから陣痛の間隔が定まり始めた。20分から始まって徐々に間隔が縮まってくる。
2003.03.04 病院へ行くが
追い返される
深夜1時から陣痛の間隔が7分となってきた。しかも定期的だ。いよいよか!?
なんて思う。3時過ぎに3分になる。病院へといかねば。と思い寝ている母を起こし、
病院へ行く旨を旦那に電話をかけて告げ、 病院 へと急いだ。

しかぁ〜し、病院では、 「子宮口は4cm開いているものの、今の痛みは前駆陣痛にすぎない」 との診断。
当然家に帰されてしまった。本人的には凄く痛いのに・・・・・・・。

帰ろうとしたところ、旦那が病院へと駆けつけてきてくれた。
「すぐには産まれないから、自宅で待っててね。」って言ったのに・・・・。
でも、駆けつけてきてくれて嬉しい。旦那の顔を見ただけで少しほっとする自分がいる。

医者の診断は正しかった。明け方眠くなって寝てしまった。すると陣痛の間隔は遠のいてしまった。
旦那は既に会社へ行く意欲をなくしたらしく、今日1日は私の実家で付き添っててくれる。
「ごめんね。無駄に会社を休ませてしまって・・・・」

昼間は昨日と同じだった。数時間から数十分の間隔で陣痛らしき痛みがあるだけ。
仕方がないから近所をお散歩した。
途中何度か陣痛が来たけど、旦那と一緒に散歩しているから心配ない。
2003.03.04 再度病院
入院・・・・

陣痛室

夜になって、陣痛がまたもや定期的にやってくるようになった。その痛みは昨日とは明らかに違う。
痛みのせいで、思わず涙がでてくる。声も出ない。
夜の8時頃、痛みの間隔が7分までに縮まったので、またもや病院に行く事にする。

病院では 「子宮口は5cm、凄く赤ちゃんが下がってきている。しかし陣痛の間隔がまだ長い(7分)」 との診断。
「家に帰ってもいいし、このまま入院してもいいよ。」という曖昧な診断。
旦那にその旨話をし、このまま 入院することに決めた。

陣痛室に案内される。 内診をしたせいか、トイレの際出血がみられる。
それからは、陣痛との戦い。NSTで検査すると、5分間隔で痛みはその機械の8割程度の
ところを指している。痛いが、それ以外ではまだ話をする余裕がある。徐々に気分が悪くなる。
陣痛が5分間隔で、 「陣痛→ムカムカする→吐く→陣痛」 の繰り返しになる。
吐くものもなくなり、次第に胃液だけしか吐けなくなってきた。

痛みが増してくる。
2003.03.05 激しい痛み

陣痛室
分娩室
間隔は5分から縮まらないものの、明らかに陣痛の強さは増してきている。
NSTをしたんだけどその針さえ見る余裕がなく、お腹についている機械をずらさないようにする
だけで精一杯。針を見ている旦那曰く、 針が振り切れているらしい。

午前2時すぎ、どれだけ泣いて、どれだけ我慢して、それだけ吐いただろう?
子宮口もまだ 8cm程度 しか開いてないと言う。
赤ちゃんの降り方も足りないと言われる。心拍計で確認しても、まだ右上の位置に心臓がある。

もっと降ろす為に、「歩くかスクワットをしなさい。」と言われる。無理だ。。。。
既に自分では歩くことができない状態。身体を動かす事自体が難しいのに。。。スクワット??
「歩かなければ、それだけ出産時間が長引くだけ」と言われる(><)
旦那につかまり、立たせてもらう。一緒についていてもらいながら 歩いた。一歩前に出すだけで 激痛が走る。
少し休んで、また少し歩く。その繰り返し。

腰が段々痛くなってくる。どんな姿勢をしても激痛が走る。動くことすら辛い。
一生懸命、旦那が腰をさすってくれる。腰をさすられると痛みが和らぐ。そしてぬくもりが安心を誘う。

午前5時すぎ、徐々に いきみたい感覚がでてきた。
まだ赤ちゃんが降りてきてないから、 いきみを逃す必要があると言われる。
ひたすら、歩く。歩く。もうどうにでもなれ。という感覚。

午前9時すぎ、心拍確認したところ、赤ちゃんが下まで降りてきた。
力ずくでいきんで、赤ちゃんを押し出すように言われる。今までいきめなかった分、ちょっと幸せ。

何かが出てきた感覚。赤ちゃんがちょっぴり見えたらしい。
旦那が、 「あっ!黒いの(多分赤ちゃんの髪の毛)が見えた!」 という声が聞こえる。
私には既に見る余裕がない。というか、見えるはずがない。
「触りますか?」と言われるが、どうでも良くなってる。

午前10時すぎ、ここで陣痛室から 分娩室へと移動する。困った事が発生した。
陣痛間隔が徐々に遠のいてしまっている。
陣痛が始まって以来何も食べてないのと、数十回に渡って吐き続けている事で
体力がなくなっているらしい。栄養補給の為、点滴を始める。

陣痛間隔は相変わらず長い。でもその時々来る陣痛の痛みは増している。
痛みに任せ、旦那に抱きつきながら、いきむ。いきんでいきむ。赤ちゃんの頭が出たり入ったりしているらしい。
もうどうにでもなれ!と思った時、痛みで切れてしまう!って思った時、 「いきまないで!のがして!」という声が聞こえる。
今まで痛みに任せていきんできたのに、凄く痛いのに我慢するなんて無理だ。
2003.03.05 出産
女児誕生
つるんという感覚があった。産まれたぁ!と思った。
それからすぐに、赤ちゃんの 泣き声が聞こえる。赤ちゃんが泣いた!無事に産まれたんだ!
嬉しさのあまり、旦那の腕の中で泣きじゃくった。&これで痛みも終わり!という思いもあった!
元気な女の子ですよー。という声も聞こえる。

2003年3月5日14:56 3170gの女児が誕生した。
旦那が 臍の緒を切っていた。
すぐにお腹の上に赤ちゃんが乗せられた。血まみれだ(笑)
きょろきょろしている。こんなにでかいのが出てきたのか。と不思議に思う。
助産婦さんが、私のおっぱいを吸わせようとしている。
おっぱいを吸った!産まれて間もないのに、吸うと言う事を知っているんだ。
本能なんだなぁ。神秘的だなぁ。と思った。

長いことずーっと旦那と一緒に赤ちゃんを眺めていた。飽きなかった。
2003.03.05 気を失う 出産30分後、足元では 「既に出血750ml。胎盤が未だ出ていません。」という声が聞こえる。
後陣痛で自然に出す予定だった胎盤が出てこないので、今からお医者様が出すという。
お医者様は、ちょっと痛いかもしれないけど気にしないで赤ちゃんを見ててね。と言う。

急に目の前がセピア色になる。。。。。




私を呼ぶ声がする。呼ばれてる。。。。

目をあける。私、今まで寝てたんだ。という感覚。「??」 何が起こったの?
「あぁ、気がついた。意識戻ったんだね。」というお医者様の声。
「手を握り返して下さい。」という別のお医者様の声。
握られていた手を握り返す。「大丈夫ですね」という声。
よーく周囲を見回すと、3人程度のお医者様、それと同数程度の助産婦さん、その外周に母と旦那。
後日、聞いた話によると 「約2リットルの出血をし、8分間意識不明に陥っていた」らしい。

意識が戻った後、点滴を2時間行い、やっと分娩室を出て、入院のお部屋へと移った。
そこでも、動いてはダメ。というお話があり、点滴を行い、動かなくても大丈夫なように導尿を行った。
導尿は、とても痛い。姿勢を変えようとするだけで痛みが走る。それに管も短い為、余裕も少ない。
従って、あくる朝まで、姿勢ひとつ変えることもできず、我が子も看護婦さんに預けたまま
過ごすことになるのであった。。。。