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Aパネルディスカッション それでは第二部のパネルディスカッションを始めます。 司会は私、わくわくこめっ子ネットワークの前垣が担当させていただきます。 そして、一部で講演していただきました佐々木正美先生には引き続き第二部でもアドバイザーとして参加していただきます。よろしくお願いします。 まず、始める前に各パネリストの方々をご紹介します。皆さんに向かって左側から、松江市子育て支援センター所長、井上恵美子さんです。よろしくお願いします。そのお隣、鳥取県西部地区子育てサークル、溝口町げん鬼っ子クラブ前リーダー、中田貴子さん。向こうのテーブル、米子市福米東地区子育てサークル パンダサークル前リーダー、足立伸里さん。そのお隣、米子市車尾地区主任児童委員、田中澄江さんです。よろしくお願いします。そして、そのお隣、佐々木正美先生です。 それでは、お一人目、松江市子育て支援センター所長井上恵美子先生からお話を伺います。 井上先生には、米子市と松江市が近いこともありまして、わくわくこめっ子発足前から、私たちは度々勉強させていただき、子育てサークルのネットワークの必要性など教えていただいてます。今日は少子化対策としての国の動きと、松江市の子育て支援についてお話を伺います。 《松江市子育て支援センター所長 井上恵美子さん》 皆さんこんにちは。只今ご紹介に預かりました松江市の子育て支援センター 井上です。 上の方、見えますよね。映像を使って簡単なのを作ってきましたので、これを使って説明させていただきます。 今日のテーマは‘みんなで子育て’ということでして、私のほうのセンターでも、先ほどから色々佐々木先生のお話の中にも出てまいりましたが、一人で悩まないでみんなで助け合って子育てをしましょうということを提唱しておりますので、その中身を話すということが今日のテーマに沿った話になるのではないかなと思っております。 あと、前垣さんの方から、子育て支援センターが最近どんどんできているけども、どうして今子育て支援センターが出来てきたのか、合わせて簡単にお話をして下さいということでしたので、させていただきたいと思います。 松江市子育て支援センターは愛称を‘あいあい’といいます。名前が中身を表しておりまして、愛情のあい‘親子の愛情の愛’です。そして、もうひとつは‘出会いのあい’ということで、仲間作りの出会いのあいを合わせまして、‘あいあい’といいます。平成11年の7月に出来ましたので、3年ちょっと経っております。 子育て支援センターが出来たのはですね、少子化のこと、皆さん色々と言われていることをご存知だとは思いますが、国のほうが将来的にこのままいけば経済的にも社会的にも大変なことになるということで、平成6年度にエンゼルプランというのをたてまして、それに基づきまして、島根県でも松江市でも地方版ができました。それが平成8年度です。前期と後期合わせて、10年間の計画を立てたわけですが、前期の8年から12年の間、11年に子育て支援センターが出来まして、現在は前期のやり残したこと、さらに加えたこと等で、13年から17年の間、後期のエンゼルプランに基づいて色々な事業をやっているところです。 目的としましては、子供を持つ家庭のみならず、それを取り囲む学校とか職場とか地域とかそういったもの全てが一緒になって、子供を産みやすく、育てやすい町づくりを進めるという、社会環境作り、子供を育てる環境作りを進めるということが目的となっております。 もう少し進めまして、松江市の現状から迫ってみたいと思います。人口が約15万人、そして世帯が約6万世帯です。これを単純に割りますと、1家族2点ちょっとかなと思いますが、下の表をごらんいただきますと未婚の人たちは黄色い線です。一人で住んでいる方がとても多いですよね。そして、既婚の場合、4人家族がとても多いというのがわかると思います。そして、松江市の場合、核家族が63.7%をしめております。とても小さいですが、県庁所在地ですので、転勤族がとても多いということになります。核家族が、63.7%で、4人家族が多いっていうことは、おじいちゃん、おばあちゃんはいらっしゃらないけど、おとうさん、おかあさん、こどもさん二人のおうちが多いかなというのが想像できると思います。そして、出生数は、一年間に1500人ほどです。ということで、毎年これくらい生まれると、どういったことを支援センターでしたらいいのかな、ということが考えられると思います。 さらに、年令別の人口の推移を見てみたいと思いますが、65歳以上が赤です。下の緑の線が0〜14歳、昭和50年ごろ、ずっと多かったと思います。おじいさん、おばあさんより多かったということがわかります。 平成10年から逆転しまして、現在は65歳以上のほうが0〜14歳よりもだんだん増えてきています。 子育て支援センターは、就学前のお子さんを対象にしますので、どういった状況かといいますと、松江市では、保育所に行ってる方が、棒グラフの黄色いところ、赤いところが認可外、その下が幼稚園に行ってる人、そして、緑のところが、おうちにいらっしゃる方です。こんなにたくさんの方がおうちにいらっしゃるということになります。ということは、そういう子供さんがどこか行くところが必要ということがわかります。 それからさらに、父親の子育て参加時間を見てみたいと思います。円グラフの中が平日、外が休日を表しています。平日は30分未満しかお子さんとかかわれない方がとても多いですね。それが休日には少なくなります。そして、増えているのは、2時間以上。ということは、休日にはまあまあかかわってる方がおられるということで、土日、祝日、開けておりますが、やはり、お父さん方の来られるのはとても多いです。それも、最近は、お母さんは家におられて、お父さんと子供さんというのも増えてきております。それも、3年経って、どんどん増えてるという実態があります。 「子育て支援センター」ってなーに?とよく聞かれます。この間も近隣のところに出来るということで、見に来られましたけど、色々説明した後に「それで、子育て支援センターっていったい何するところですか?」って言われて、私もちょっと愕然としたんですが、本当にまだなかなか定着していなくって、社会権を得てないようなところがあります。 それで、保育所は共働き家庭の支援、子育て支援センターは主には在宅の親子の家庭支援。松江市の場合、土日祝日も開けておりますので、保育所に行っておられる方もたくさん来られますが、主な対象者はこういうことになっております。保育所は、延長保育や障害児保育、一時預かりなど、色々な保育サービスを行っておりますが、おうちにいる方には、相談するようなところもなかなかなかったということで、先程の佐々木先生のお話にもありましたが、育児不安解消ということで相談が出来るようになっております。 それから仲間作りですね。サークルを作ったり、色々な仲間を作ることの支援をする。それから、情報提供。保育所の情報とか、一時預かりの情報とか色々な事を含めた情報提供の拠点ということが役割になっております。松江市の場合、子育て支援センターがどんとありまして、その下におもちゃの広場というのがあります。これはですね、主に遊ぶことを中心とした大きい広場でして、年令も少し大きい方が来られるようになっております。交流事業ですね。 それからもう一つ、障害がある方が保育所に入ったらとても伸びるという風な場合でも、お母さんが働いてないと入れないですよね。そういった方を支援する所として、もう一つ、付属施設として、おもちゃの図書館があります。ここでは療育事業をやってます。お母さん方が、発達クリニックでひっかかって、なかなかお子さんの障害を認めることが出来ない場合などにも、そこで、お母さん同士が色々と話をしたり、情報交換をしたり、それから、そこにも職員がおりますので、お母さん方の支援をしていくというふうな、おもちゃの図書館があります。 そして、厚生省と労働省が一緒になった時に、一時預かりの有償ボランティア制度、ファミリーサポートセンターも子育て支援センターの中に入っております。これを全部合わせたら、年末年始を除けば年中無休状態になっております。どこかに行ける様になっております。 では、子育て支援センター、頭の部分ではどういうことをしているかといいますと、交流、遊びの場とか、遊びの提供をします。それから、相談、日々の相談や、専門相談があります。そして、情報、色々な最新の情報をホームページとかセンター便りに載せます。そのセンター便りは、今年の秋からは企業も巻き込むということで事業所にも1000部近く配っております。島根県の東部にはそういったものを配っております。 それから企画・連携、企画って言うのは、子育ては学ぶことと遊ぶことの両面からやっておりまして、今日は勉強だと思うんですが、うちの場合も楽しいことを企画しますと、ものすごくたくさん来られます。この前もクリスマス会をしましたら、500人近く来られて、本当にびっくりしたんですが、学ぶことになると、やはりちょっと少なくなりますが、一応研修会を企画します。そして、連携とありますが、この部分が今日の皆さんのテーマのところの‘みんなで子育て’になる、手をつなぐというところになると思います。 一応松江市のサークルはこのようになっておりまして、公民館区が27あります。そこで、25の公民館に乳幼児教室というのがあります。それに対して、自主サークルというのがありまして、これは20登録があります。でも、松江市には、まだまだたくさんの自主サークルがありますが、支援センターへ登録していらっしゃるのは20サークルということになります。公民館には親子サークルがありまして、あと、サポーターさんというちょっとお手伝いする先輩のお母さんたちのグループが、全部にあるわけではないですが、わりとあります。それに、主任児童委員さんとか、健康推進課の保健士さんなどがサポーターとしてこられます。それから、老人会などがつながります。資金は主に公民館のほうから出ています。しかし、だんだん自主運営が喜ばれるようになりまして、お母さん方の自主運営に任せられるようになってきているところが多いです。そして次、自主サークルのほうでは、松江市の場合は、特に、支援サークルというのを一緒に考えておりまして、補助金を、色々条件はあるのですが、これには松江市から補助金が出ております。一万〜二万という少額ですが、それでも大変喜ばれております。 親子サークルとそれを支援するサークルとか個人を結びつけて、一緒に会をして情報交換をすると、子育て真っ最中の方だけではぶつかることもありますが、そこに、色々と支援をする人をくっつけるということはとてもいい意味で、お母さんたちの心が落ち着くという風なこともありまして、いろんなサークルがあるんですが、人形劇のサークルだったり、絵本の読み聞かせのサークルであったり、一緒に会合を持ったりしています。そして、今、25人サポーターさんがおられるのですが、保育サポーターとして、託児を受け持ってくれたり、会の時、一緒に参加して、子供さんの様子を見たり、話をしたりしてもらっています。こういったことで、公民館乳幼児教室と自主サークルが合同で研修会をしたりとか色々ありますが、子育て支援センターとしては、どういうふうに、このサークルさんにお金の面だけでなく支援しているかというと、場所を提供します。センターが出来たことで、お母さん方が自分たちの家を場所にしておられたのが、安定したというのがあります。それから、輪転機など無料で貸し出しをしておりますので、情報誌をセンターで作って、そこでわいわいと子供たちを遊ばせながら編集したりとか、それをセンターに置いてほかのお母さんにも見てもらって友達が増えたりとか、そういうふうなことがあります。 代表者の方とかは、特に悩みが深いですので、代表者の連絡会をセンターのほうでやったりします。元気なサークルはほっといてもどんどん元気にやられるんですが、子育て支援センターで仕掛けているものが今年二つあります。一つは、0歳児を第1子に持つ親の会というのでして、このようにたくさん集まられて、今20組が登録しておられますが、とても人気がありまして、来年4月からは私たちは手を離して、自主サークルになってもらいます。それでまた、来年4月に0歳児を第一子に持つお父さんやお母さんに募集をかけます。行政がやることとしては、そういった不安の大きいところの方たちを対象にした仕掛けをします。 それからもうひとつ、お父さんを巻き込むということを大きな目標にしておりまして、育児中のお父さん大集合というのをやりまして、それは、市役所の健康推進課でプレパパ、プレママ教室というのを開いた時にこんな会合があったら集まってもいいよという風にアンケートに答えておられた方とか、一般の人を対象にしまして集まってもらいまして、とても楽しい話し合いが出来ました。お父さんたちは、自分が育児を受け持つことになったので、食器乾燥機を買いましたとか、あそこのデパートはオムツ替えのところがないとか、子供が生まれてから発泡酒が何本になったとか、もうとっても楽しい話し合いになりまして、また集まりたいという話になりましたので、期待をしているところです。色々な広がりがありますが、相談は行政がやっぱり正しい知識とか、それから、最新の情報ということで行政が中心になりますが、このあと、ネットワークの話もしますが、相談の場合は行政が中心ということで、どんな相談があるかといいますと、発達、発育、食事、アトピー、母乳、それから、お母さん自身の問題、つまり、虐待なんかも入るんですけども。発達とかは、言葉が遅いなどというのは、健康推進課とか健康福祉センター。発育、体のことですね。小児科のお医者さん、歯医者さん、月に一回とか二回とか来られますので、そこへ結び付けます。食事に関すること、アトピーのことは、連動しておりますので、栄養士さんとか、健康推進課とかにつなげます。それから、母乳に関する相談、とても多いですので、断乳、今は卒乳と言ったりしますが、助産士さんが月に二回来ますので、そこへ結び付けます。そして、虐待の事などは健康推進課、臨床心理士さん、児童相談所などに結び付けます。 そして最後に、子育て支援センターのネットワークがどのように広がってきたかについてお話してまとめにしたいと思います。支援センターが、ファミリーサポートと一緒になっておりますが、ありまして、ネットワーク会というのがあります。これはですね、学校の先生、お医者さん、主任児童委員さん、サークルの方、園長三とか色々な方が14人委員になっておられまして、私たちも色々定例会もやりますが、講演会やフォーラムなどで、いつも助けてもらったり、相談に乗ってもらったりしています。それから、保育所とか幼稚園、小学校、児童館などの情報の相談はとても多いですので、ここと情報提供をお互いに交換をしております。 それから、先程話しました、自主サークル、サポートサークル、親子サークル。定例会を私たちが計画します。 そこに、サポーターさん、ボランティアさんが加わって、ボランティアさんはおしゃべり会という自分たちで企画した行事をされます。それから、子育てサポーター養成講座も私たちがそのボランティアさんに対して時々行って勉強してもらいます。それから、公民館乳幼児教室が一方であります。公民館の乳幼児教室の方たちは、支援センターの行事に参加をしたり、私たちのほうから出前保育に行くことがあります。出前のお話にいくこともあります。そして、代表者の連絡会もやります。また、サポートサークルさんは出張に公民館に出かけたりされます。研修会も行います。そして今、27の公民館がつながろうとしております。それは、公民館乳幼児教室ネットワークと名づけております。そして、自主サークルさんも、センターが企画をしたのに集まるんじゃなくて、自分たちでやろうということで、もう今年そういうのが出来まして、今自分たちで次一月にやろうということで決まっております。その公民館の乳幼児教室ネットワークと、自主サークルネットワークをつなげて、松江市のサークルネットワークが出来るといいなーと、この米子のようにできるといいなーと思っておりますが、なかなか米子のように活発ではないです。少しずつそういうふうになっていくといいなーと思っております。 こういうふうに、広がってきておりますが、産みやすく、育てやすい町づくりを目指してはいますが、かつてのように地域というものを再構築しようと思っても、なかなか難しい時代になってきていると思います。 昔、野山を走り回ったり、路地でかくれんぼをしたという懐かしい思い出もありますが、今の子供たちにとってはそれが保育園での思い出になったり、支援センターでの思い出になったり、変わるかもしれません。そしてサポートする人も、かつては、おじいちゃんおばあちゃんだったのが、ほんと転勤なんかも多くなりますと、なかなか地域の方とも親しくなれない。そういったところで、主任児童委員さんだったり、サポーターさんだったり、保育所の先生だったりするかもしれませんが、子育ての本質は変わらないと思っております。 小さい子育ての輪がポツポツと出来まして、それがつながって、大きな輪になっていくといいなーと思っております。そのあたりを、お父さんお母さんと一緒に考えていきたいと思っております。 ということで私の話を終わらせていただきます。 《前垣》 ありがとうございました。 それでは引き続きまして、二人目、溝口町げん鬼っ子クラブ 前リーダー中田貴子さんには、「身近なところからのサークル作り 少人数でも仲良く」という内容でお話を伺います。 私たちと中田さんとは、平成11年、県の‘つれてって’という情報誌作成中に、西部地区子育てサークルのメンバーとしてお会いして、平成12年4月から西部地区子育てサークル代表者会発足時のメンバーでもあります。今日はよろしくお願いします。 《溝口町げん鬼っ子クラブ 前リーダー 中田貴子さん》 失礼します。まず最初にお断りしておくことがあるのですが、今日私は、「げん鬼っ子クラブ」を 代表してここに来させてもらっています。サークルを作りたいと最初に言われたのは、別の方でした。私は誘われて参加するうちにリーダー的にお手伝いしていたんです。これからお話する中で「私」と一人称で話しますが、それは、初めに言い出された方と私の気持ちをミックスしてありますので、そこのところをご理解ください。 まず、溝口町は人口約5400人、出生数が年間約30人弱で、高齢化率が30.7%と鳥取県では5番目の高齢化の町です.平成10年4月に育児サークル「げん鬼っ子クラブ」を発足しました。 どういう経緯でサークルが作られたのか、簡単にお話したいと思います。 溝口という所は、中心部以外は、集落と集落とが遠く、また、子供の姿も当時はあまり見かける事はありませんでした。私が溝口に住み始めたのは、平成5年の冬・・・。日中は子供と私の二人だけの生活でした。週の半分は町外の友達とお互い行ったりきたり・・。初めはそれでもよかったのですが、子供の成長とともに『近いところで遊べたらなあ』『子供にも友達を作ってやりたいなあ』と思うようになりました。 ところが、そのころに町内で話せる人は、保健士さんと、町の検診に出会う、名前もよくわからないお母さん達だけ。思いをはなせぬまま、二人目の子供が生まれました。平成8年春のことです。保健士さんに『サークルがほしいですね』と思い切って言ってみると、『是非やりましょうよ』と嬉しい返事を下さいました。その時には、数人のお母さんとも知り合いになっていたので、早速一人ずつ話をしてみました。『いいね。サークルやろうよ。』と前向きな答えばかりです。それからは早く早く・・・という感じで、保健士さんと4組の親子で集まり、話を進めていきました。話していくうちに、私以外の方も『サークル的なものが欲しかったけど、どうしてよいのかわからなかった』という事でした。それからは、月3回、町の福祉センターで、10時から昼まで、会費も1回50円を子供のおやつ代として頂きました。 その後、乳幼児検診での声かけ、チラシ作りなどでどんどん参加者が増えていきました。そして、保健士さんから『年度変わりだし、正式にサークルにしてはどう?』と話を頂き、町の協力を得る事となりました。名前も溝口町のシンボルである‘鬼’から「げん鬼っ子クラブ」という名前を皆で付けました。 結果的には、一人の思いが皆の共感を得て、今につながっています。ピーク時には、20組位の参加がありました。親子でのおやつ作り、ゲームなど、内容も皆で決め、皆で協力し合いました。 「げん鬼っ子クラブ」では、実は、「リーダー」とは呼ばず、準備などを中心にしてくれる5,6人を「お世話係」と呼んで、特に協力していました。試行錯誤しながら、ある程度のルールらしきものも出来ました。例えば、初参加の人がある時には、自己紹介の時間を設けて、自分の名前、住所、子供のこと以外にも、何かしらのお題を出し、『自分の子供のいい所をちょっと話して下さい』とか『溝口に来て良い所とか、もうちょっとこうなればいいなと言う所があれば話して見ましょう』という風に皆で話し合って、そのあと、サークルの途中では、お母さん達、コーヒーを飲む時間がありましたので、その中で、その話題からきっかけが広がって、色々な話が出来るようになりました。 また、「お世話係」の人だけでなく、手伝える範囲では、関わってもらって『私の、私達のサークルだ』と感じてもらうようにしました。そして、サークルがある日は、始まりからバタバタしていては、来た人も落ち着かないので、なるべく時間を守り、遅れる時は、マメに連絡をとっていました。小さい子供がいると、どうしても時間に間に合わない事も多いし、急なトラブルはつき物です。「お互い様」の気持ちを持って、負担にならないよう、お世話係の人数も多くしておいて良かったと思います。また、サークルメンバーさんの人間関係も徐々に深まり、幸いに気持ちの良い人ばかりだったので、これといったトラブルもあまりなかったようです。 今私はサークルを卒業しましたが、サークルを通して知り合った沢山の友達と今でも交流を続けていて、色々なネットワークが広がっています。一時に比べると、参加人数が減っているという事ですが、子育て中のお母さんにとってはサークル自体が大きな安心感が得られる場でもあります。今後も、町の協力、親同士の協力により、このサークルが続いていってくれる事を願います。将来的に私たちOBが、子育てを終えた後もサークルを支援し、子育て中のお母さんをフォロー出来るのが理想的な形だと思っています。 ありがとうございました。 《前垣》 ありがとうございました。 県内にはまだ子育てサークルの無い市町村がありますが、中田さんの話を聞かれて、「誰かがやってくれるのを待つのではなく、まず、自分が誰かと一緒にやっていく。」という気持ちになられた方もいらっしゃるのではないでしょうか。 子育てサークルなど、グループ子育ての悩みの一つには、対人関係のわずらわしさというような話もありますが、溝口町の場合、上手くいってるようですが、子育てサークルに行って、淋しい思いをしたとか、色々な人がいるので、子育てサークルに参加し、逆にストレスがたまったとかそういう声を聞きますが、このあたりにつきましては、最後に佐々木正美先生からご助言いただきたいと思います。 続きまして、三人目、福米東地区パンダサークル 前リーダー 足立伸里さんには「毎年リーダー交代、継続はグループ編成と役割分担、そして、行政・地域などの後方支援」についてお話を伺います。よろしくお願いします。 《福米東地区 パンダサークル 前リーダー 足立伸里さん》 私事ですが、大変緊張しております。私は二人の息子がおりますが、この会場の中には、3人や4人のお子さんを育ててらっしゃるお母様や、お孫さんのお世話をされてる方などいらっしゃると思います。こんな状況の中で、私のようなものが話をするのは恐縮ですが、少し時間を頂いて話を聞いていただけたら大変嬉しく思います。 パンダサークルというサークルは、福米東地区を拠点に活動しているサークルですが、福米東地区は、ここ数年、賃貸の住居が大変多くなりました。ですから、自然と転勤族の多い地域となります。私も同じ立場です。新たな地で子供が生まれ、当時入居していたアパートには、同じような世代の子供はいませんでした。町内でお散歩していても、お互いなかなか話すきっかけが無く、日々過ごしていました。そんな時に、子供の健診でふれあいの里を訪れたところ、米子市のほうで、支援をしているサークルがあると聞き、同じ町内であったこともあり、出かけやすかったので、早速、出かけてみたところ、道を一本挟んだところにお住まいの方とか、同じお誕生月の方など、とても身近に感じられ、『なーんだ』という思いでいっぱいでした。 実は、このお話を頂いて、改めてパンダクラブ発足の経緯を調べてみたところ、ある民生委員さんが熱い思いで、福米東公民館と支援センターの方に働きかけて下さったことにより実現したようです。初回の参加者は40名だったという事で、この人数からもお分かりいただけるように皆さんが同じ思いだったのかなと感じます。 同じ年頃の子供がいても、きっかけが無ければ、知らない土地ではなかなか初めの一歩が出ないものです。転勤族の多い地区ということもあり、サークルを継続していくのは大変だった時期もあった様に伺いました。 発足当初は、サークルの会員の方から、活動費と新聞代など、皆さんから、お母さんの方から負担にならない程度の金額を集めていたということですが、出入りが激しく、なかなか集めるのも困難だったようで、そんな時に、地区の社会福祉協議会の皆様からご理解を頂いて、補助して頂いたようで、今現在に至り、大変ありがたく思っています。 また、主任児童委員さんや民生委員さん、それから、支援センターの先生方という強い支援者に包まれて、パンダサークルは今も育っています。『皆で参加し、協力し合える楽しいサークル』をテーマに、乳児から幼児、そして、母親も一緒になって楽しめるサークルを作ろうということを目指して、0歳から4歳までの異年齢の子供が楽しめる内容を取り入れたり、また、年に何度か同世代の子供が十分に遊べる内容を取り入れ、そして、移動の多い地域ですので、転勤されたり、妊娠されたりということがあっても、母親が負担にならないように、一人だったサークルのリーダーが、今年からは3人選任し、色々試みながらがんばっています。 年度始めに皆さんから案を頂いて、年間計画を立て、季節ごとの行事としましては、例えば、かぶとを新聞紙で作ったり、0歳でも充分にぐちゃぐちゃこねこねと楽しめるように、お団子を作って食べてみたり、水遊び、芋ほり、どんぐり拾い、クリスマス会など取り入れてみたり、いざという時の救命救急や消防署見学、または、リズム体操や子育てに関する講演会、そして、絵本の読み聞かせなど、皆で楽しめる内容を追求していくことを常に忘れず、また、お子さんを二人以上連れてこられる方をお近くの方が手伝ってあげるなど、会員内のコミュニケーションを図りながら、活動していく中で母親が子育てを負担に感じることなく、先頭になって楽しんでいけるそんな子育ての場であればなーと思います。 核家族が増えている世の中で、毎日の家事と育児に追われ、本当にがんばっているお母さんに対して、これ以上『頑張ってね』とは言えません。母親一人での子育ては、計り知れないほどの負担です。お隣同士、または、地域で私自身、母親も育ち合えたらとても助かります。 ほんと、何処にでもいる、ごく普通の一人の母親が、一年間、パンダサークルのリーダーをさせていただき、会を開くたびに毎回感じたことですが、皆で準備をして、催しをして、片づけをして・・・一人一人がリーダーだったように思います。 私は、パンダサークルと出会ったことでとても大きな物を得ました。人は財産です。同じ空間にいても、同じ体験をしなければつながりは出来にくいかもしれません。「近所にあったサークルに出かけてみた」っていうほんの小さな一歩で、私は今、この場にいて、いろんな人と出会えた事にとても感謝しています。 皆さんも、今日ここにいらして、日々の生活の中で何かのヒントになれば、自信につながれば、子育てはたまらなく楽しくなると思います。今日は本当にありがとうございました。 《前垣》 ありがとうございました。 子育てサークルのお母さん、中田さんと足立さんに発表していただきましたが、お二人とも保育士さんとか、そういう方ではなくて、本当に普通のお母さんでして、このように皆さんの前でも、生き生きと堂々と発表してくださるということは、本当に子育てサークルなど、グループ子育てによって成長された姿ではないかなと思います。私自身も成長させていただいているところなんですけれども、サークルの活動をしていて思うことですけれども、サークル発足にはパワーが必要です。それを継続させていくためには、さらにもっと大きなパワーを要します。その継続を無理なくやっていく方法として、行政・地域などから支援を受けるやり方、それによって安定した活動があり、りーダーの一年交代が可能となり、均等にお母さんたちの学びとなるようなやり方もあるなど、感じていただけたのではないかと思います。 最後に4人目のパネリストの方、米子市車尾地区主任児童委員さん、田中澄江さんに「地域で支援者としてできること」についてお話を伺います。よろしくお願いします。 《米子市車尾地区 主任児童委員 田中澄江さん》 私の地区の子育てサークル「あこクラブ」は結成して6年目になります。今年度からマタニティさんと0歳児を‘たまひよ’クラス、1〜3歳児を‘キッズ’クラスというふうに分けまして、会員は‘たまひよ’が14名、‘キッズ’が47名で、ダブっている人もありますので、合計60家庭で、月に4回楽しく活動しています。 若いパワフルなお母さんたちに、私のほうがほとんど引っ張られてついていっている状態ですが、今日は主任児童委員の立場から発表させていただきます。 初めに、車尾校区ですけれども、約1500世帯の町で、国道9号線をはさみ、交通量は非常に多いですが、一歩入れば、のどかな環境で、とても便利の良いいい町です。でも、今年、観音寺地区に区画整理によりまして、観音寺新町が出来まして、一戸建て住宅やアパートがどんどん建ち、とてもにぎやかになってまいりました。したがって、会員も急増している状態です。 次に、活動の経過ですが、平成9年に、そろそろ車尾にもサークルを作らなければ、という気持で取り組みました。当時、私は、地元の児童館に勤めていまして、主に、学童保育をしておりましたので、学童のつながりはあったのですが、小さいお子さんの様子はなかなかわかりませんでした。本当に、乳幼児期の大切さって言うのは、学童を見ていて痛感していました。豊かな人間関係を築いてもらうためにも、やはり、地域とつながりを持つことが大切だなと常に思っていました。それで、お母さん方が、子供を含めて、たくさん顔見知りになってもらえればいいなという思いで始めました。 会場は、幸い児童館と公民館が隣接していますので、遊具のある児童館を主に利用させてもらうということで確保できました。 それから、支援センターに相談に行き、他のサークルの見学をさせてもらいました。丁度、そのセンターのサークルに通っておられた同じ思いのお母さんに出会い、そのお母さんに周りの方に声をかけていただいて、最初5人で話し合いました。そこで、「あこクラブ」と名づけ、「あこ」というのは、この辺の方言で、小さい子という意味で、かわいいかなーということで名づけ、お約束なども色々考え、7月に結成しました。 月一回は、保育園を利用させてもらいたいなと思い、私と支援センターの先生とでお願いに行き、OKしていただきました。そして、早速、地区の「社会福祉協議会便り」の一面にPR文を載せてもらって、全世帯に配布されました。そうしたところ、会員が30名にふくらみ、自主活動を一回、保育園一回ということでスタートしました。お母さん達が作詞・作曲された『おはよう あこクラブ』『またあおうね あこクラブ』という歌が出来たんです。私はそういうすばらしい能力がお母さんにあるんだなーと大変感心しました。 地区の社福の会長さんに早速活動の様子を見に来ていただいたところ、それじゃ、助成金がいるねと、お金を出してくださり、民生委員からもいただいていますので、翌年、室内にジャングルジムとコンビカーを買わせてもらいました。 こうして、年々自主活動も工夫され、月一回が二回となり、その上、体育館活動も加え、軌道に乗ってきた所でしたが、平成12年3月に、本当に思いもよらぬ、乳児虐待事件が、身近で起きてしまいました。これには、大変ショックを受けました。このお母さんの場合、広島から米子に越して来られたばかりで、知り合いも無く、実家にも事情があって見てもらえなくて、しかも冬という悪条件が重なり、全く孤立状態になってしまった様でした。誰か声をかける人がいたら・・・とか、ちょっとでも自分から声を出してくれていたら・・・と本当に残念でなりません。 私も、主任児童委員として落ち込み、考えさせられました。私に出来ることは何かなと考えた時、色々な支援制度があることを、まずもっと知ってもらわなければ・・・と思い、色々頂いている資料をまとめて、『子育て支援ガイド(車尾版)』を作ってみました。子供がいない家庭にも是非知ってもらわないと意味が無いので、全世帯に配布していただきました。やはり、生まれてからでなく、生まれる前から関心を持って貰う必要があるなと言う事を実感しました。平成13年には、地域に呼びかけ、民協、公民館、あこクラブと共催で、『子育て支援フォーラム』として家島先生の講演と座談会を催しました。この時は、約30名の参加でした。そして、今年14年10月には、『子育て支援フェスティバル』という形で開催いたしました。これは、あこクラブさんのアイデアで、今回は、色々な、相談コーナーとか、遊びのコーナーとか、ふれあいコーナー、絵本コーナー、バザーという風に分けて、講演とかでなくて、気軽に子供さんと遊びに来てもらえるようにしてみました。このチラシも、あこクラブの上手な人がおられて、資料も自分達で作られて、公民館便りだけではわからないから自治会に入っておられない方もいますので、このチラシを別に作られて、それを、保育園、幼稚園とか、スーパーとかに貼られ、PRして下さいました。そのお陰で、今回は新しい方が19名も来られて、全部で51名という、大盛況だったじゃないかなと思っております。 主に、このような活動をしてきましたが、主任児童委員としてのかかわりは、サークルの活動を把握してアドバイスしながら、地域や行政とのパイプ役をしてあげることだと思います。 お母さんも体を動かしたいので体育館を使わせてもらえないだろうかと相談を受けたときは、公民館にすぐに相談に行き、なんとか東山体育館を月に一回無料で借りられるように交渉してOKもらいました。その他、ボランティアさんが必要なときに、民生委員や更生保護婦人会にお願いしたり、それから、フリーマーケットがしたくても場所がないと悩んでおられた時、公民館で出来ないものかと相談に行った所、お金儲けというよりリサイクルだからいいでしょうということで、フェスティバルのときにバザーという形でさせてもらい、公民館祭の時には、フリーマーケットとして出店させてもらいました。本当は、お母さん達、準備とか大変じゃないかなと思ったのですが、当日もお母さん達が生き生きと準備や店番をしておられたので、良かったなと思っています。 また、おばあちゃんの会員も5人ほどおられますので、私も同じおばあちゃんの立場ですので、おばあちゃん同士の話し合いが割りとスムーズにいきますので、そういう意味でも私がでるっていうのも、大きな役割かなと思ってなるべく活動日には顔を出すようにしています。 以上、つたない報告になりましたが、色々、会員の増加、自治会に入ってない人をどういう風に呼びかけるか、後継者、ボランティアさんとか色々課題もありますけど、「あこクラブ」を通して、地域の輪が広がり、無理なく楽しい子育てができるよう、これからも、援助し、見守って行きたいと思っております。 《前垣》 ありがとうございました。 今日もあこクラブの境さん、写真を撮っていただいたり、助けていただいていますけど、あこクラブのお母さん達本当に良く頑張っておられまして、あこクラブのお母さんが生き生きと活動しておられる陰には、このような力強い支援があるということ、出過ぎず、見捨てず、突き放さず、お母さん達や保護者を主役の座において、パイプ役となったり、相談役となったりという、支援の在り方を、私達も学ばせていただきました。ありがとうございました。 それでは最後になりましたが、皆さんお待ちかねの佐々木正美先生のアドバイスをいただきたいと思います。 私達わくわくこめっ子ネットワークは、今年度の事業をする前に、鳥取県内の子育てサークル100サークルほどあるんですがそこに調査をしまして、その時、問題点や悩みとかありましたら、ということで記入していただくようお願いしましたら、サークル内のコミュニケーションという辺りで、先程も言いましたが、対人関係のわずらわしさ、それから、役割分担による負担ということでリーダーが全て仕事を請け負ってしまったり、あるいは、会員で分担したときに、能力別の仕事の分担量ではなくて、見た目の同じ仕事量ということで、それがすごく負担だという話も入ってきています。それから、引きこもり家庭への配慮という事で、先程も乳幼児虐待の話がありましたが、そのあたりをどうしたらいいかと、一生懸命PRするんですけどなかなか来ていただけない、或いは、行ってみたけれども入れなかったというような話もあったりします。それからもう一つ、輪が大きくなるかもしれないですけども、父親の子育て参加というところで、米子市の場合は、サークルの中でお父さん方に研修の場をということで、土曜日とかに研修会を設けたりされてるサークルもあるようですが、父親の子育てというところが、色々お母さん達の楽しく子育てするための一つのポイントになってるんじゃないかと思ったりもしますので、いっぱい課題を言いましたが、先生のほうからアドバイスをいただきたいと思います。 よろしくお願いします。 《佐々木正美先生》 お話を伺っておりまして、私も殆ど同じ考えというか、感想をもちました。アドバイスというより、私も感想ぐらいしか申し上げられないと思うのですが、今終わりのところで、前垣さんが、役割分担の負担ということをとても強く感じる人がいらっしゃる、或いは、人間関係、対人関係のわずらわしさを感じるという方がいらっしゃる、これ自体が引きこもりにつながる感情ですよね。結局は、対人関係がわずらわしいという言い方をしますが、本当は不安なんです。対人関係の恐れなんですよね。喜びではない。本来、人間は人と交わることが喜びなんです。普通に生きますと。朝日新聞の塩倉さんという新進気鋭の新聞記者がいますが、もう長い間、引きこもりに関する取材を全国で展開して、彼はたくさんの事例を知ってるわけですが、人間っていうのは、本来生まれながらにコミュ二ケーションができる存在だと思っていた。実際そうなんだろうと思うんですね。あそこに赤ちゃんがいらっっしゃって、寝てらっしゃいますが、目が覚められた時に、例えば呼びかけてみるとね、恥ずかしそうにされるか、或いは、少し何回もやってると慣れてきて、笑顔を我々にくれるか、初対面でもね、大抵、人と関係が持てるんですよね。恥ずかしそうにするっていうのは、お母さん助けてっていう表情になるし、あーこのおじさん、安心してよさそうだっていう風に思うと、笑顔をこっちに送ってくれるようになる。暫くあれこれやりとりをしてると、それが10分かかるか、30分かかるか、1時間かかるかは別として、私の手の中にやって来てくれるかもしれない。そんな風に、人間っていうのは、本来すぐに結びつく、コミュニケーションをする感情を生まれながらにもっている。塩倉さんていうのは、たくさんの引きこもりの人の取材を繰り返してきて、私達の社会は、本来持って生まれたコミュニケーションをする感情っていうのを、だんだんだんだん失わさせていくような社会心理メカニズムがあるんじゃないか、ということを言ってらっしゃるわけですね。コミュニケーションっていうのは当たり前に、皆が自然に育てていけるものだという時代は、もう日本に関しては終わってしまった。コミュニケーションを育てていく、自然に持って生まれたコミュニケーションを、ちゃんと発揮できるように、育てていくことは、もう日本人にとっては、今や課題にしてしまったと、こう言ってるわけですね。そうだろうと思いますね。 つい先だって、私、名古屋の小牧空港から名古屋駅まで高速バスに乗っている時に、お隣に、私より、2つ3つお若い方のようでしたご夫婦がおいでになって、初対面ですけど、とっても話がはずんだ、っていうわけですね。そういうふうに、いろんなお話ができるんです。石垣島、西表島にご夫婦で旅行してらっしゃった方なんです。一生懸命私に勧めてくださっているわけですね。是非行けばいい、是非行けばいいって。よっぽど良かったんだろうと。ところが、現代人は、普通は、あー面白かったねっていうことであって、隣り合わせた人に、是非行け、是非行けなんてことは、普通は言わない。だけど、こんないい旅行はね、自分だけじゃ勿体無いと思ってらっしゃるんですね。隣にいて、この人は知らないらしい、それじゃあ是非行くといいよと、一生懸命勧めてくださるわけです。40分50分バスに乗っていましたが、その間中、それを言われ続けて、ほかの話をしながらでも、結局はそうで、最後に、明日嫁ぎ先の娘が帰ってきて、生まれてもうすぐ1歳になる孫が来るんですよと、とーっても嬉しそうな顔をして、あなたにだってその気持ちわかるだろうって、こういう風な気持ちでしょ。そのこと一言で、名前も何も、何処に住んでいらっしゃるかも、何もわからない人と、そんな会話が楽しめるわけです。ていうことは、同じような気持になれますよね、ということが、言わなくたってわかっているわけですね。そういう、人間には感情があったはずだ。それが、だんだんだんだん失うような、私達は社会の仕組みを持っているらしい。塩倉さんは、そういうことを書いてらっしゃって、そういう社会の仕組みみたいな中で、ある感受性を持ってらっしゃる人たちが、閉じこもってしまうことになる。そうすると、生きていく為には、人間っていうのは、役割を分担し合わなかったら、いい環境になんか住めないわけですね。税金を払い合うとか、どんな協力をし合うとか、そんなこと当たり前に思っているわけです。だけど、役割の分担がとても負担だと、心理的に負担だと、誰もそういう役割を分担しなかったら、誰もが生きて行けない社会になってしまうわけです。そんな当たり前のことがあっても、そう思えてしまうということは、一つの関係の中で、心地よい人間関係をあんまり経験して来なかったからでしょうね。 人と関係することは、一人でいることより、大きな喜びが与えられるんだっていう、遊びにしろ、親子関係にしろ、祖父母との関係にしろ、近所の人との関係にしろ、人と交わることで一人では得られなかった喜びとか楽しみとか、何か与えられるという経験をしてきた人であれば、役割を分担し合う人間関係っていうのは、喜びに普通なるんですよ。負担にならないんですよね。 だけど、そういう経験をしてこないと、人との関係っていうのはこんなに与えられるものがあるんだっていう経験をしてこないと負担なんですよね。そのことがね、人の中にいること自体がつらい。人間関係がわずらわしいという。これはもう、こういう仕組みを私達が作ってしまったことへの、今取り返さなければいけないという時代に入ってきたと思う。 どなたもおっしゃったでしょ。例えば、井上さんは、「育てやすい町づくりを目指しているんだ」とおっしゃった。育てやすい町づくりっていうのは、町を作るっていうのは、建物建てたって出来ないんであって、そこに住んでる人の人間関係作りっていうことでしょ。結局はですね、それを別の表現でおっしゃった。 例えば、中田さんは、お互い様の気持ちをもってって、溝口町のお話をなさった。足立さんは、転勤族の多いアパートにいるけど一歩でて、あるサークルにお入りになって、そして、その一歩を入ったことが今日ここにいることになって、そういう出会いに感謝しているっていう、こういう表現なさった。出会いに感謝している。田中さんも全く同じようなことをおしゃって、学童保育をしていて、そっから乳幼児期の大切さを感じたと。だけど、その乳幼児期の大切さに対して、自分達が思うことを何かするとしたら、地域の人間関係がとても大切だということがわかってきた。もう皆さん同じ事をおっしゃってるわけです。 人と人との関係がどれほど大切で、そのことが失われたことが、どんな意味を持っているかということは、それぞれに実感してらっしゃるわけですね。それは本当に感じました。 それで、皆さん色々お話になりましたが、例えば、私もですね、10年近く前になりますが、当時の厚生省の依頼を受けて、神奈川県で、育児不安を持ってらっしゃるお母さんっていうか、或いは、育児不安の無いお母さんっていいますか、そういうお母さんの育児に関する、不安の有無、大小についていろんな調査をさせていただいたことがあったんです。 乳幼児健診に、生後4ヶ月、1歳半、3歳という幼い子供を連れておいでになる、お母さん1500人ぐらいの方にとっても丁寧にインタビューに答えていただいて、大勢の者が協力し合って調査したことがあるんです。 そうしましたら、ざーっと一般論ですが、記憶のある範囲内で申し上げますと、育児不安がきいお母さんは30代より20代のお母さんのほうが、一般論ですよこれは、たくさんの1500人の統計でいいますと、30代のお母さんより、20代のお母さんのほうが育児不安が大きい傾向があった。今住んでいる地域社会での居住年数が短いお母さんのほうが、不安が大きい。例えばですね、当たり前といえば、当たり前のことです。それから、近隣との交際・交流に積極的ですか消極的ですかって、いろんな段階で聞いてみると、近隣の交際に消極的だとおっしゃるお母さんのほうが、育児不安が大きい。育児に不安があるときに、どんな解決をしますか、というときにですね、育児書を読むとか、育児雑誌を読むとか複数回答で可能にして問いかけますと、本や雑誌や新聞やTVやラジオやっていうものしか対象にされないお母さんのほうが育児不安が大きいわけですね。人の聞くっていう、近所の仲間に聞くとかね、実家の母に聞くとか、夫の母に聞くとか、かかり付けの小児科の医者に聞くとか、健診に行った保健所の保健婦さんに聞くとかっていう人に聞かないんですよね。不安の大きい人ほど、人に聞けないんですね。そういうこともわかりました。だから、雑誌や本や、ラジオの放送育児番組だけを頼りにする傾向があるわけです。もちろん、人に聞きながら、本を読むという人もいらっしゃって、いずれにしろ、育児不安の無い人ほど、人に聞くことをたくさんしてらっしゃるっていうより、簡単に人に頼るんですね。っていうことは、本当は、人を信じる力があるっていうことなんですけどもね。そんなこともわかった。 もっとたくさんのこともわかりましたが、夫との関係で申しますと、育児に協力的な夫を持ってらっしゃる人は、育児不安が小さい。それはそうですね。それから、自分の夫との日常生活におけるコミュニケーションに満足しているお母さんほど、育児不安は小さい。或いは、無いんですね。私達素人がアンケート用紙を手仕事のような形で、それに近いような状態で集計しているときには、そこまでしかわかんなかった。 ところが、統計学の専門家にそのアンケート調査用紙を持っていって、本格的な因子分析をしていただいたらこういうことがわかったんですね。これは、専門家が指摘してくださったんです。夫が育児に協力してくれているけれども、育児不安がある人がいるわけです。そういう場合に、どういうことかというと、その夫との日常生活におけるコミュニケーションに満足していないっていうお母さんがいるわけです。夫は育児に協力的だけども、その夫とのコミュニケーションに満足してないっていうお母さんは、育児不安が大きいっていうことがわかった。逆に、夫は育児に協力できない、仕事その他の関係で、育児に協力してくれない、だけど、その夫との日常生活のコミュニケーションに満足しているというお母さんは、育児不安がないんですね。小さいんです。何かっていうと、一番重要なのは夫婦の関係だって言うのがすぐわかります。で、その夫婦の関係をよくするために、夫の育児への協力が大切だっていうことは、多分あるでしょうね。或いは、大いにありうるだろうと思います。けれども、夫が育児に協力することが、単純にそのまんま、育児不安につながるわけではないということが、まずわかりました。 夫との日常生活の関係に満足しているお母さんは、育児不安がないんです。その夫が、育児に協力してようが、してなかろうが、育児不安が無いっていうことがわかりました。逆に、夫とのコミュニケーションに不満なお母さんていうのは、夫が育児に協力的であろうが無かろうが、育児不安が大きいということ、これは、横浜国立大学の佐藤先生という、高名な統計学者が、資料を全部お持ちして聞いたら、そういうことがわかった。 結局はですね、夫との人間関係、誰との人間関係、その他の人間関係がありますから、何が申し上げたいかというと、人間関係がしっかりないと、夫が育児に協力しようが、その他の人が、サポーターが協力をされようが、お母さんが子供に向かい合ったときの、育児不安は、あんまり変わらないっていうことを意味する可能性があるということです。 ですから、皆さんがおっしゃってる、本当にその通りです。井上さんは、育てやすい町づくりとおっしゃった。それは、人間関係作りのことですよ。中田さんは、お互い様の気持ちを持って、とおっしゃったし、足立さんは出会いに感謝してとおっしゃった。全く同じ事を、田中さんは、地域の人間関係が大切だっていうことを強調されながら、不幸な虐待の例をお話になって、それは、孤立だったんだっていうことでしたね。お母さんが孤立してしまわれたことが、とっても不幸なことだったということです。そいで、支援制度がこんなにあるということを、どうやって教えるか、伝えるかっていうことでした。 終わりになりましたが、結局は人間関係が無ければね、支援制度も伝わりにくいし、その中身が生きてこないし、いうことの方を、私は大切に申し上げたいということを思ったんです。 人間っていうのは、本当にね、すごいことだと思って、学童保育から、乳幼児のことが大切だって事を、田中さん思われた。 実はこの前、もう数ヶ月位前になりますがね、ある‘人’という新聞の欄で、何新聞だかで拝見したんです。 若い女性の方が、ある過疎地の、村だと思うんですが、そこの教育長に応募して採用されたっていう例があったんです。教育長です。何故、教育長を目指されたか、若いのに。高齢者ホームで老人のケアをした。高齢者のケアをしていたら、高齢者が高齢者になったときの、ホームでの生活ぶりを見たら、結局は、その人の乳幼児期からの問題が、とても重要なものになっていて、高齢になってですね、もう最高齢になって、人生の最晩年を迎えたときにでさえ、その人の施設の中での生き様には、乳幼児期どんな過ごし方をしたかっていうことが、本当に大きな意味を持っているということを、自分は高齢者のホームで働いて、一人一人の人生を見せていただいてね、検討させていただいて、しみじみ思ったと、ですから、自分はどんなところでもいいから、本当に教育の全てのプログラムに携わるような仕事をしてみたいとおっしゃって、ほんとにどっかの過疎の島だったかもしれないですけどね、村かなんかの教育長の公募があって応募したら、採用されたという、おっしゃっているわけです。乳幼児期の問題っていうのは、実は、そのようにですね、乳幼児だけではありませんが、本当は人生全てを決めるくらいに、意味が高くって、それぞれのところがそれぞれのところの仕事をされて、学童保育をやってごらんなった田中さんが、乳幼児期が問題とおっしゃった。私のような、児童・青年期ぐらいまでをしっかり見る仕事をさせていただいている者にも、乳幼児の問題は非常に重要だとわかる。高齢者施設、私は、老人の高齢の人の問題は、そんなに詳しくありませんが、そこで働いた人が、本当に一生懸命働いた人から見ると高齢者の問題が、すでにもう、乳幼児期からの問題だという。非常に強く実感したということをおっしゃってるのを聞きましてね。 その人生の生き方の基盤を決めるために、人生最初の人間関係が、どんな意味を持つかっていう、ですから、子供を育てる人の、特に幼い時だけとは言いませんが、その生き方っていうのはいろんな人との人間関係を持って、いろんな人に自分が支えられてるという、足立さんの言葉をお借りすれば、出会いに感謝しながら、その育児ができるような、夫とのコミュニケーションに満足、或いは、感謝、喜びを感じながら、育児をしなければ、夫が育児に協力したから育児不安がなくなるんじゃなくて、協力してくれる夫に満足すればもちろんいいですけども、育児に協力的であったって、その夫との関係に満足していないお母さんは、育児不安、大きいわけですね。そんなことを調査で教えられたわけです。 別に、夫との関係だけじゃなくて、いろんな人との人間関係が、実は、親が子供を育てるときの、子供との関係に、そのまんま反映するということ、皆さんに申し上げたいと、とても強くこのことを思っているもんですから、そんなことを思いました。お話を伺っての感想です。これはもう、何もアドバイスなんていうことではなくてね。感想としては、そんなことを感じさせていただきました。 《前垣》 ありがとうございました。 乳幼児期からの人間関係の大切さ、本当に人生の濃いところが、出発点としての、乳幼児期の大切さっていうのを、本当に皆さんも再度感じられたところではないかと思います。 もう少しお時間があるようですので、質問等ありましたら、お受けしたいと思いますが、いかがでしょうか。 《佐々木正美先生》 どなたかお手をお挙げになるまでに、少し。時間をいただきすぎては、いけないと思いますが、サークル作りは、前垣さん、非常に大きなパワーが必要だとおっしゃった。そうだろうと思うんですね。それは何かって言うと、人間が人間と関係を持ち合って生きていくために、関係を失いつつある人の関係を作るのにパワーが必要だっていうことなんですよね。で、人に対する信頼を失う、或いは、信頼関係が育ってこなかった、コミュ二ケーションをする力が育ってこなかった人に、コミュニケーションをする力を与えるっていうことは、例えば、仮に、私達の言葉で言えば、治療関係で、若者に、人の生き生きとした感情をよみがえってもらう為に、どれくらいパワーが、時間と工夫が必要かっていうことは同じことだと思うんですね。ざーっと、長い歳月に渡って、幼いときから、人が人と関係することに喜びや希望を持ちながら生きてきた人は、人と交わることが喜びですから、人と交わるっていうことは、役割を分担し合うことですね、相互に与えて、与えられてっていう、そのことが、喜びにこそなれ、負担になんかならないわけです。或いは、人と関係することは煩わしくなんかならなくて恋しくなる、楽しくなるわけでしょ。ところが、反対になってしまったものを反対の方向に向けてもらうためには大変なエネルギーが要るわけです。本当に要るんですよ、これね。ですから、人と交わるパワーを失わないように、感性を失わないように、別の表現をすれば、喜びを失わないように、私達はどう生きるかっていうことであって、子供を育てるときに最も重要なことは人と交わる喜びを育てる。或いは、本当はもう有るんですよ。 喜びは有るんです。例えば、赤ちゃんに、私がお愛想をすればね、喜んでくれると思います。最初はちょっと、恥じらいがあったり、びっくりしたりされてもね。人から自分が愛されてるっていうね、好意をもたれているっていうことをピンとすぐに感じるはずですよ。そしたらすぐこちらに反応してくれます。その感情を育てて行きさえすればいいんでしょ。親や祖父母や近所の人や地域社会の人たちがですね、どっかでそれを失わさせてしまうわけです。今の日本、我々の社会の仕組みは、それをそのまんま自分の周りに、自分に対してこんなに善意を与えてくれる人がいるんだということだけを、ずーっと与え続けていけばいいわけですね。そうすれば、そのひとは、また次の人に善意を与えることが出来る人に育ち合っていくという、この関係を大切にしていく。 それがどっかで途切れてしまって、途切れた状態でずーっと何年も生きた人が、またそれに再点火をするって、その感情を、これがいかに大変なことかっていうことを、治療環境にいる人も、教育環境にいる人も、地域のこういうサークルを作ろうとしている人も感じてらっしゃる、ということだと僕は思いますね。 《前垣》 ありがとうございました。もう少しお時間が有るようですので、お願いします。 《質問者》 出た事例の殆どが少年犯罪で、あまり少女犯罪がでなかった様に感じたんですけれども、少女には、犯罪というのが少なかったような感じがするんですけども、実際私も今、男の子と女の子と育ててるんですが、父親が育児参加をしない割合のほうが高いと思うんですけども、結局、母親が少年を理解しきれなくて少年とのコミュニケーションが難しい割合が少女に比べて高いからって言う部分があるんでしょうか? その部分は、どのようにお考えなのかを、教えていただきたいんですけども。 《佐々木正美先生》 私は充分に知識や経験があるかどうかわかりませんが、男女の違いがあると思います。 一般論的に申しますとね、男の子のほうはなぜか外部を傷つけます。女の子の方が自分を傷つけます。で、男性で、自傷行動をするとかね、摂食障害になるとかね、あんまりないんです。拒食症になったり、死ぬほどやせてしまうとかね、或いは、手首を何度も切るとかね、割合自分を傷つけないです。男性は、他人を傷つけるんですね。 女性っていうのは、あんまり人を傷つけない。だけど、このごろ、だんだん、徐々にですね、自分を傷つける男性も増えてきました。それから、女性もですね、人を傷つける人が、自然に少しずつ増えてきました。だから、男女の境界線が薄らぎつつあるということは確かですけど、でも、一般論としては、そういうことがいえます。何故か、これはわかりません。文化が、男女にそういう感性や、感情を育ててきたのか。或いは、女性という性的な、男性という性的な、体質的な生理的な違いがですね、脳の仕組みとか実は違うんですよね。少しずつ違うんです。その違いっていうものが、そういうものを作ってきたのかどうかわかんないです。 音楽家っていう人から、こんなことを聞いたことがあるんです。昔からですね、ピアノや音楽に親しむ人は、圧倒的に男性より女性のほうが多いんです。古今東西を通じて、外国でもですね。で、優れた演奏家になると男女そんなに差はないように見えるけど、作曲家になると、圧倒的に男性なんだと。作曲って言う仕事には男性の脳のほうが合ってんのか、演奏ってことになると女性に合ってんのかとか、同じ音楽をやってる中で、そんな風に表現が違ってくるみたいなものは、男女の性の持っている生理学的な違いによるものなのか、周囲の社会がその人に期待する文化的な要請がちがうのか、これはわからないんですけど。 でも、私はですね、男女の性的な違い、生理学的な、文化的な違いだけではないという風に思っておりますけど、何故かわかりませんが、女性は自分を傷つけるように走ります。男性は、周囲を傷つけるように走ります。そして、あるタイプのあることになりますと、男性のほうは、人を傷つけないような場合には、ひたすら引きこもるんですね。女性のほうはですね、単純に引きこもらなくて、自分を傷つけながら引きこもると。摂食障害になったり、リストカットをしたりしながら引きこもる。男性は、ただひたすら引きこもる。ところが、時々、他者を傷つける行動に男性のほうが出やすい。わかりません。そういう違いがあるということしか、まだ申し上げられません。 何故、男性のほうが筋肉の力はあるのか、何故、平均寿命が必ず短いのか、何故、物理的な力は、男性の筋力のほうがあるのかとかね、そういう強さはありながら、何故、必ず、どんな時代でも男性のほうの平均寿命が短いのか、これは世界中の人類や民族でそうなんです。こういうところも、男女の違いは明らかにあるわけなんですね。わかりません。よろしゅうございましょうか。これ以上お答えできないんですがね。 《質問者》・・・・・・・・・・・・(録音不良) 《佐々木正美先生》 単純には違うと思います。それから、こんなことはね、せっかくお母さん、お尋ねくださったので、申し上げてみようと思うんです。 1970年代の研究です。だけど、70年代だからといって、今の時代に合わないわけじゃないんですけども、アメリカのテキサス州で行われた、かなり大掛かりな研究で、子供を育てることに成功した家族と、子供を育てることに失敗してしまった家族と、内容の調査を比較研究したのがあるんですね。ノーシングルスレットっていう有名な研究報告書があります。『たった一本の糸ではないんだ』ノーシングルスレット。たくさんの要因がからみ合ってる、という風にいいながら、だけど、いくつもの共通点を、それぞれに発見しました。 失敗っていうのは、非社会的か、反社会的にしてしまったということで。そして、失敗とも成功とも言えない、微妙な家族があります。そういう家族は、研究の対象にしなかったんですね。ですから、端的に申し上げますと、非常に成功した家族と、大失敗をしてしまった家族に見える家族の共通点を調べたことがあります。 その時にですね、健康な家族、わかりやすく言えば、夫婦の仲がいい、これがあります。それから、近隣との交際が積極的だっていうのも70年代では健康家族の共通点でした。夫婦の仲がいいってのがあります。 そして、不幸な家族の場合には、夫婦の仲が悪くなったり良くなったり、色々するわけですけども、夫婦が仲が悪くなると、子供がどんどん大きくなってきますと、アメリカのテキサス州の場合でありますが、子供を自分の味方につけようとするわけです。で、夫婦が仲がいい場合は、親は子供を自分の見方につけないんです。あんまりね。いい意味で距離を置いて、境界線がはっきりしていると。自分の主張をするために、家庭の中で子供が大きくなってくるとです、思春期、青年期、成人期を迎えてくると、自分を主張するために、夫婦が協力しない局面がおきてくると、夫は息子や娘を自分の力につける。お母さんはまた、娘や息子を自分の方の味方につけて、相手と対向して主張し合ったりするわけですね。で、何故かわかりませんが、そうなった時に、お母さんと強い協力関係を作った男の子の障害が一番重いと言っているんです。この理由はわからないんです。 あの研究の、とても私は、かえっていいと思うところは、余分な解釈をしないで、「こういう事実があった」ということだけを、淡々と述べている研究報告書なんですね。 お父さんが息子を取り込む、娘を取り込む。そして、お母さんと対向する局面がある。お母さんが娘を自分の味方に取り込んで、お父さんと時には対向する。というようなことをやるわけですね。そういう組合せの中でお父さんに取り込まれた息子、娘、お母さんに取り込まれる頻度の多かった息子、娘って色々場合があるわけですね。そういう場合に、両親がいつも互いが協力し合って、子供との境界線をしっかり置いている家庭っていうのは、子供がよく育っているわけですね。社会的に健全な育ちをしている。 ところが、親にいろんな程度に取り込まれて、別の親と対向関係を色々作るわけですね、不幸な場合は。そのときに、お母さんにとても強く取り込まれた男の子の社会性の発達の障害が、最も阻害を受けると、こういうふうに言ってます。研究報告は。で、何故、お母さんに取り込まれた、女の子より男の子が、それから、お父さんに取り込まれた、男の子女の子よりも、お母さんに取り込まれた男の子の情緒の発達、社会性の発達が、最も重症な障害を受けるかっていうことの解説はなされてないんです。理由は。事実はこうだっていうことを、実に的確に言っているんです。彼らの研究はとても謙虚でして、1970年代の後半のですね、アメリカの白人の中流階級だけを対象にしてあるから、よその国でもこのことが該当するとかですよ、その他の階層でも該当するかっていうことは、全く保障しない。自分達は、ここの所だけの調査で、こういう事実が、単純に明らかになりましたと。明らかになったってことは、何故っていうことは、解釈は、まだ自分達にはできないと、こういうことをいって、そういうことをいってるんであります。 男の子と女の子とやっぱり違いがあるんでしょうね。それから、お母さんもお父さんも、息子や娘に対して、抱く感情には、いろんな程度に違いがあり、一人ずつ違うって言えばそれまでですが、共通した違いもやはり、あるんだろう。こんなことしか、お母さん、わかりません。よろしゅうございましょうか? ご両親仲良くが、何よりです。 《前垣》 よろしいでしょうか?ありがとうございました。 それでは、そろそろ終了時間が近づいて参りましたので、以上で第二部を終了させていただきたいと思います。 パネリストの方々、そして、アドバイザーの佐々木正美先生、ありがとうございました。 最後に、高いところからではありますが、御礼の言葉を述べさせていただきます。 本日は、私達、わくわくこめっ子ネットワーク主催の研修会に、ご参加いただきまして、ありがとうございました。 今日の研修会によって、親だけでなく、みんなで子育てをすること、それも、保育園、幼稚園に上がる前の、小さなお子さんはもちろん、保育園や幼稚園、小学校、中学校などへ上がっていっても、親子だけでなく、親同士が、地域ぐるみで、深い人間的なつながりを持って、子供を見守り、健やかに育てていくことの大切さを感じていただけたのではないかと思います。 |