
2月12日、早朝4時10分、おかげさまで2800gの女の子を無事に出産。
上記の写真は産まれて3時間後ほどのものです。
出産当日
2002年2月12日
出産当日はなにかと慌ただしかったので、タイムテーブル状に書き起こしてみました。
午前1時 自宅で陣痛が15分おきに突入 2時 緊急入院 3時 4時 あかちゃん誕生! 5時 分娩室を出、病室へ移動 6時 (ひと眠り ただし後陣痛が痛くて寝れません) 7時 8時 検温・朝食 旦那さま面会 9時 お手洗いへ立つ許可が出る 10時 病室を大部屋へ移動(経産婦さん1人と同室になる) 11時 (ひと眠り) 正午 検温・昼食
午後1時 ごく簡単に調乳士さんの説明 2時 ばあばの面会(面会時間:午後2時〜午後8時) 3時 おやつ 4時 病院内を探索・新生児室を覗く 5時 (ひと眠り) 6時 検温・夕食 7時 じいじと、旦那さまのご両親の面会 8時 9時 消灯
出産当日、あかちゃんはずっと新生児室です。おくさまも安静ですが、なぜか妙に忙しい・・・。眠いやら、慌ただしいやら、お尻が痛いやらで、1日が終わってしまいました。世間ではソルトレーク・オリンピックとかやっていたりするんですが、すっかり記憶から抜けてしまった状態です。
入院1日目
2002年2月13日
まだおくさまはベット、あかちゃんも育児室です。出産の疲労は癒えたものの、尾てい骨の痛みだけは絶頂です。例えるなら、一回骨折したところを、無理矢理、お産で折り直して再修正したようなかんじです。同室の経産婦さんより助言で看護婦さんに言えば薬をもらえると教えてもらいました。でも、昨日の慌ただしいスケジュールをこなしたせいもあってなのか、自分の経過は「経過良好・とっても元気」となっている模様。いまさらお尻がただならなく痛いなど言い出しにくい状況です。そうこうしている時に、寝巻きが冷たいことに気づきました。もう初乳が出始めたんです。突如として調乳室にて、おっぱいマッサージを受けることになりました。結局薬はもらい損ねました。
入院2日目
2002年2月14日
この日より朝からあかちゃんが病室に来るようになりました。シャワーの許可も出ましたが、尾てい骨のあまりの痛みにあきらめました。5分も椅子に座っていれば、お尻と椅子が協力接着剤でくっつけられたような痛みです。ここまで痛いのは自分だけだったようですが、入院していたほかのママさんたちもペンギンさんのような、特殊な歩き方をしています。ここの世界では真っ直ぐ歩けるのは看護婦さん方くらい。面倒くさがりな性格だけに、この小難しい歩行スタイルから早く普通の動きにもどりたいと切なる思いに駆られます。
(←写真:産まれたばかりの顔からずいぶん変わってきました)
さて話は変わってしまいますが、院内を散策していたら公衆電話の下に体重計を発見しました。まだお腹は引っ込みきっていないものの、一応赤ちゃんは出たのです。「どうだろう体重は?」と乗って目を疑いました。なぜか2kg程度しか減っていないじゃないですか。食っちゃ寝だからやはり太ったです。授乳がダイエットになると聞き及んでいたので、それに期待をかけたいものの、あかちゃんはおっぱいじゃなく哺乳瓶がお気に入り・・・。今までのジーパンがはけなくなる。産後のヒダチが良くてブヨブヨまっしぐら〜。
(写真:パパと一緒に移るとこんなにちっちゃいです→)
入院3日目
2002年2月15日
できれば終日あかちゃんと同室です。
あっという間に同室の経産婦さんは退院。ほかのママさんはお休みのご様子で、元気よく院内を歩いているのはおくさまと、もう1人帝王切開で産んだママさんだけでした。なれない育児の悩みは皆様、共通のようでこのママさんはあかちゃんが妙に長時間寝ていたり、おっぱいの出が弱くなり始めたとか言われていました。かくいう自分はおっぱいはデミタス缶くらいしっかり出るものの、あかちゃんはおっぱいから吸ってくれません。空回りするおくさまは「おりゃ〜、生命の本能で飲めや〜」とくわえさせても、「べぇ〜」と舌で出されてしまいます。まぁお互い慣れないものだから仕方ないでしょう。