新生活

              
同じ都内の実家に里帰りしていた私・・・
その間おっとは“通い夫”になっておりました。
これも一種の“週末婚”の一部。

貴重な3人の時間です。


やっぱり楽チン♪ 実家での生活

出産後、噂通り体が思うように動かず、実家の母に甘えっぱなしだった私。
初めは里帰りすらどうしようか迷ったのですが、産後の体は大事です!
これは大正解!
1ヵ月、ずっとパジャマのままの生活を送りました。
おっととは・・・ほとんど毎日の電話に加えて、週末+平日1回あるか
ないかの逢瀬のみ・・・これって寂しいかな。
正直言って、この時はちょっぴり寂しかったです。
産後は精神的に不安定になると聞いていたけど、これがそうなのか、

どうしておっとはもっと心配してくれないの?とか、自分ばっかり楽して!

とやたらと思ったりしました。
今思えば不思議なんですけどね〜。
でも毎日ご飯がおいしく食べられて、子供の沐浴は母任せ♪
週末はおっとに、初めての育児の中で新しい発見を話したり、
逆に会社での出来事を聞いたり・・・そんな毎日でしたが
でもけんかも多かったな〜
些細なことで私がつっかかるからなんだけど・・・
その当時は“飲み会”ってだけでも結構むかついたわ。

「私は行きたくても行けないのに〜!これからもずっとそうよ!」

って。実家にもかかわらず、大喧嘩して、「もう帰るよ!」って
怒鳴られたこともありましたっけ・・・忘れてくださ〜い♪

単調ながら、のんびりと毎日が過ぎていき、1ヶ月検診が終わる頃には
すっかり私もぐうたらな怠け者になっていました(笑) 里帰りは1ヵ月の予定でしたが、この年は例年にない猛暑、検診に
行くのも一苦労・・・そんな状態でしたので、自宅に戻るのがおっくうに
なってしまいました。 実際、産後に増えた荷物もはんぱじゃありません。
衣類・おもちゃ・自分の産後グッズ・・・車のない我が家は
運ぶのもタクシーで、ちょっとした引越し気分になるでしょう。
1ヵ月検診が実際は1ヵ月半過ぎてからだった、という事情もあり、
その直後のお盆の帰省はもちパス、というわけで自宅に戻ったのは産後
約2ヶ月半の頃になってしまいました。
ごめんね。(←おっとへ)


初めての三人暮らし
この年の猛暑は本当に半端じゃなかった!
実家から戻った私は、はっきり言ってへばっていました。
一歩外に出ただけで、もう倒れそうです。
この頃の生活パターンは、日中はエアコンの効いた部屋で育児&家事、
夕方6時過ぎてから何とか買い物・・・これはマンションの下のスーパー、
その他に、午前中10時頃、子供を寝かしつけて慌てて自転車で買物に
行ったりしました。(本当はいけないんだろうけど)
この頃のおっとは本社に通っていたため、毎日背広で出勤。
ということは・・・

毎日ワイシャツにアイロンをかけなくてはならない!!

ガーン、ガーン、ガーン・・・

もちろん、サラリーマン家庭の方にとっては当り前のことだと思いますが、
わが家は(サラリーマンですが)今までずっと私服で出勤していました。
(ホント、どこの大学生かと思うような恰好で・・・)
でも、アイロンがけの苦手な私にとって、毎日とは苦痛そのもの。 というわけで、大体3日に一度、いっぺんにかけていました。
普段着ないおっとは、それほど枚数を持っていなかったので、やはり
洗濯の都合も考えると3日が限度でした。

なるべく形状記憶のやつを着てくれ〜。

でも私の願いに反して、おっとは綿のアイロンかけづらいものばかり
優先して着ていました。着心地がいいとか言って・・・
毎日の夕食作りも大変。自分の朝・昼なんて残飯やインスタント系という
ことも多いくらい、2〜3時間の授乳+おむつ交換、夜も眠れないため
子供が寝ている時くらい睡眠をとらないと体が持ちません。
大好きなメールも、この頃誰ともできなかったな。
よって、夕食も朝(昼かな?)から少しずつ作ります。
できるところまで・・・つまりこんな感じです。
  • お米をといで水切り→味噌汁の材料を切る
  • 味噌汁を作る→サラダ用の野菜を洗う、切る
  • メインの食材の下ごしらえ、煮物なら弱火で煮始める
  • あとで“チン”できるものであれば作ってしまう。
  • ラップをして冷蔵庫へ
とにかくポイントは、“できることは先にやっておく”でした。
おっとが帰ってきたら、なべに火をかけて、冷蔵庫のサラダを出し、
おかずをチンしまくり・・・何とか出していま。したっけ
その代り、掃除はあまりできなかった・・・
音に鈍感な赤ちゃんでしたが、掃除機にだけは敏感で、あの振動が
嫌なのか、大泣きしてしまうため、掃除機かけはほとんどせず、
当時カーペットのマンションだったため、「コロコロ」をやりまくって
いました。それでも結構汚かっただろうな、あの頃は。
家事+育児(+おっとの世話)がいっぺんにやってくると、こんな大変
だったんだ〜!と実感しつつ、母乳onlyで授乳に関しては一切手伝いの
できないおっとに、休日のおむつ交換はなるべくやらせよう・・・
と企む私でした。
でもおっとは頼りなく、一度ベビーベッドの上でおむつから溢れる
ほどうんちをしてしまった時(食事中の方、ごめんなさい!)
慌てて洗面所でお肌のお手入れをしている私を呼びに来ました。
「大変だ、大変だ〜!ちょっと来てくれ」って。
こっちまで来る位ならとりあえずティッシュで拭けるだけ拭くくらい
できるでしょうに・・・こういう時頼りにならないわ!
結局、下のシーツとタオルをはずして交換し、お尻をきれいにしてあげて
汚れたものを急遽洗うまで、やったのは全て私でした・・・




突然の・・・

こんな一見平和で平凡な(?)親子三人の生活を送っている最中、
突然の変化が起こりました。
10月のある日、もんもんも100日記念の写真なんかもとったりして
4ヶ月を過ぎた頃のある日でした。
あの時は珍しく仕事が暇で、たまっていた代休処理のために代休を
とっていたある平日(確か木曜日)の夕方。。。
家族3人で近くまでお出かけしていました。
帰って来ると、自宅の留守電が点滅しています。
何かしら?と思い、聞いてみると・・・

「○○株式会社のH田(部長)です。また電話します」

何かしら・・・嫌な予感を胸に、しばらくたって、また電話が鳴りました。
相手は・・・留守電の主、H田部長でした。
おっとの受け答えから、何となく内容の想像がつく私。
受話器を置いた後、何も聞かなくても分かりました。
聞くのは、「いつ」ということだけ。
おっとの返答はこうでした。

「来週から九州だって」

え〜〜〜〜〜!!!

なんて急なのかしら。いつもこの会社はそうなんだけど。
よりによって九州!今までで一番遠い・・・
断ることはできないの?
返答は分かっていました。「先月も長崎行きの打診があった時、
子供が生まれたばかりという理由で何とか断った。もう断れない」
そうです。先月の話も私は知っていました。
次は、駒も足りないし断れないだろうということも。
あまりの急展開に、あたふたする私でしたが、出発まであと一週間も
ないので、今のうちおっとに頼むことをすませなくてはなりません。
気になる期間は
一応4月頃まで、約半年間
ただし、伸びる可能性大、ということです。
住居等、決まり次第連絡くれるということでした。
もう慣れっ子、とはいえ、1日ずつ寂しさが募るのも事実でした
せっかく子供が生まれて、これから楽しみがいっぱいあるはずなのに! サラリーマンの性です。辛いけど仕方ありませんね。





なんと、もんもん4ヵ月、という時点で離れ離れになった私たち。
おっとも寂しいことでしょう・・・
これからはどんな生活になるのかしら???
一人で育児、出来るか不安になります。
うーん、週末婚が“月末婚”になっちゃうな