Birth



「今日だけ帰る? 『てすと』じゃねぇんだろ??」
「うん、違うんだけど……」

 申し訳無さそうに目を伏せるかごめの前には、両手を腰にやりきょとんと首を傾げる犬夜叉が居た。





 ジリジリと蝉の鳴き声が響く中、様々な戦闘を繰り広げながらも、度々憩いの場に帰りたくなる。と、いう事で犬夜叉一行はたった数日間ではあるが楓の村で休憩、という、珍しくのんびりとした時間を過ごしていた。
 そんな中、かごめが急に一日だけ帰りたいと言い出したのである。どうせ数日此処に居るつもりではあるし、それまでよっぽどの事が無い限り四魂の欠片とは無縁な日となるのだから、かごめが故郷へ帰る事になんら問題は無い。が、そうは問屋が卸さない、というのが犬夜叉だ。

「行くなら理由を言ってから行きやがれ」

 と、楓の小屋の中で巻き起こっている二人のあまりに迫力のない押し問答を、仲間達はじとっと見張る。双方、特に犬夜叉があまり怒っている様子もないのがそんなに珍しいのか、マジマジと見遣る三人を尻目に二人は話を進めた。

「ママ…じゃない、お母さんの誕生日なの。ね、夜になったら帰ってくるわ。駄目?」

 早くケーキとかプレゼントとか買いに行かなくちゃ、と、完全に現代ペースのかごめの頭は先を急いでいる。『駄目』と言われれば、おすわり連発という禁断の技を使ってでも押し切ろうと言う覚悟まで出来ていた。ところが、そんなかごめの意識とはかけ離れたところに戦国の彼らが居る、と知ったのは、尋ねながら少年の顔を見上げた時だ。目の前の少年は怒っているどころか何故か更に首を傾げている。ふと周りの三人に目を移してみても同じような表情をしていた。ハッとして何かおかしなことを言ったのかと遡ってみるが、特に間違った事を言った覚えもない。そんな具合にうーんと頭を抱えていると、突然上から声が降ってきた。

「『たんじょーび』ってなんだ?」

 数秒、突拍子もないその言葉の意味がいまいち理解出来ていなかったかごめは、目をぱちくりとさせるが暫く経って「へ?」と素っ頓狂な言葉を漏らす。

「なんだって……。もしかして知らないの?」
「知らねぇよ、そんなの

 冗談で言っているとは思えぬ犬夜叉の表情に、かごめは愕然とした。他の仲間達の顔も同じような感じである。

(嘘でしょ? 日本語なのに通じないなんて)

 そんなおかしい話があるわけない。と、頭がぐらんぐらんと揺れるように痛い。どこがどう解らないのかが解らなかった。要するに、『産まれた日』だと、そう説明してしまえば早い話である。が、まさか解らぬ、なんて言われるとは思っても見なかったから頭が途端に真っ白になる。暫くしん……とし、それ以上一言も言葉を交えぬ二人に弥勒が割って入った。

「きっと言葉通り誕生した日、つまり『産まれた日』なのでしょうが……。かごめ様の故郷【くに】ではいちいちそんな事を覚えているのですか」
「だって、そうしないと自分が幾つになったかなんて解らないじゃない?」
「――…ほほう、成る程、話が見えましたぞ」

 かごめの問いに暫し間を空けると、思いついたように口を開いた。それを訝しく思ったのは犬夜叉もかごめも同じである。珊瑚が、「どういう事?」と更に問い掛けた。

「かごめ様の故郷では産まれた日に一つずつ歳が重ねられる、という事ですな?」
「え、うん。……みんな違うの?」

 そんな当たり前の事を神妙な面持ちで明細に言わないでも、と戸惑いながら恐る恐る訊くと、次は珊瑚がひょっこりと顔を出した。

「あたしらは元旦に一つずつ歳が重なってゆくんだよ。だから、いちいち自分の誕生日覚えてなくてもいいんだ」
「へー!」

 納得したように声を上げるかごめに、珊瑚は「そういうコト」と満足そうな表情で言った。
 意外なところでまた昔と今の違いを思い知らされる。本来数え年と言われるそれは古来から明治時代頃まで使っていた。最近の話と言えば最近の話だが、かごめが生きている時代は平成である。勿論満年齢で歳を数えるのだから馴染みがなくて当然と言えば当然だ。数え年と言えば、生まれた年からもう既に一歳、という事になる為、当然かごめの年齢も戦国へ来ると一つ、又は二つ違う事になる。

 というややっこしい話は一先ず置き。


「で、どういう事なんだよ?」

 何を切り出すかと思えば、一人解っていないポツンとした犬夜叉の一言に皆ザッと音が発つ程一斉に振り向いた。

「―……だからー!」

 そのまま少し間を空けた後、ほぼ詰め寄る弥勒に犬夜叉がおずおずしている間に、かごめは大きなリュックを纏めてそそくさと小屋を後にした。それに気付いた珊瑚と七宝は、横目にちろりと「行ってらっしゃい」と声を潜め、これにてかごめは犬夜叉に気付かれぬまま(と言っても時間の問題だが)現代へと帰る事ができたのである。





 辺りはまだ太陽が高く上っていて、至って晴天である。ジリジリと蝉がしきりに鳴いているのは昔も今も何ら変わりはない。そんな煩い声と雲ひとつない空をスーッと切り裂いていくように澄んだ声が響いた。

「ただいまーっ!」

 ガラリと引き戸を開けてドタドタと押し入るなり、背に担いだ大きな荷物を豪快な音を発てて床に置くと一目散に母の居るキッチンへと急いだ。半ば息の切れ切れなかごめは冷蔵庫から麦茶を取り出すと、目にも留まらぬ速さでコップを出したと思ったらトクトクと注ぎ、ゴクリゴクリと喉をしきりに鳴らしあっという間に飲み終えた。

「はぁ〜! 疲れたー。あ、ママ、誕生日おめでとう」

 ジャー…と勢い良く水を流しながら台所に立つ母の視線に気付いたかごめは一通りの事をし終えると、コップ片手に笑んだ。そんなかごめに失笑すると、洗い物に目を移しスポンジを握り、目に入った皿を手際良く洗い出す。

「もうこの歳にもなるとあんまり嬉しくないけど。……それよりかごめ、なんだか野性的になったわね」

 くすっとのんびりした笑みを零しながら言う母に、「そぉ?」と短く発した後、テーブルの椅子を引いてトン、と座った。

「お昼は? 食べてきたの??」
「ううん、食べてない。あぁ、そうそうケーキは買ってあるの?」

 かごめの「食べてない」を聞くなり、ゴソゴソと上の戸棚からフライパン諸々一式を出す母の後姿に椅子から乗り出して訊くと、首を横に振った。

「いいのよ、ケーキなんか。もうこの歳だし……」
「歳、歳って関係ないわよ歳なんて。誕生日っていうのは、その人の誕生を祝う日なんだから。それにママ働き詰めじゃない? たまには草太やじいちゃんにやらせればいいのよ。草太なんか夏休みでしょ? 暇じゃない」

 そう言いながら、テーブルに置いてあった煎餅を一つ摘み上げ騒がしく音を発てながら包みを開けると、嬉しそうに中身を取り出して食べ始めた。

「そぉんな事言わないの」

 ゆったりとした微笑を見せる母には参る。「だーって」と口にはするものの、それ以上の反論の言葉が全くと言って良い程見つからなかった。この先何を母にぶつけてみたって、やんわりとあしらわれそうだ。

「じゃ、あたしケーキ買ってくるわ。なにがいい? やっぱり定番のショートケーキかしら」
「かごめ、お昼ご飯はどうするのよ、折角作ってるのに……」
「あ、あとで食べる!」
「じゃあお金…!」
「いいわよ、そんなの。ポケットマネー」

 爽やかにそんな言葉を残し、かごめは財布片手に外へと駆け出た。



「アイツ黙って行きやがって!」

 かごめが玄関へと急いでいる頃、犬夜叉はぶつくさと零しながら丁度井戸の祠から顔を覗かせているところだった。あれから、結局気付いた頃にはかごめの姿は小屋の中から忽然と消えていた。『黙って』、というのは多少の誤りがあるにせよ、いつものパターンで喧嘩さえなければ井戸まで送っていく、というのがある種の『習慣』だったのだ。それが軽く踏みにじられたという訳の解らない事で頭に血が昇り、未だに延々と話を続ける弥勒を押し切って井戸へと飛び込んだ。―のだが。

「……そーいやなんでこっち来てんだ」

 その場の勢いで後を追ってきてしまったが、特にこれといった用はない。改めて考えてみれば、わざわざ「勝手に行くんじゃねぇ」と怒鳴りに行くのも阿呆らしい。だからと言って祠から一歩足を踏み出してしまった今、また戦国へ帰るのも仲間にどう説明して(言い訳して)良いのやら。考えただけで面倒臭く思えた犬夜叉は、ウロウロしているうちに行き慣れた玄関へと行き着いてしまった。
 入るか、入るまいか。
 ちょっとした究極の選択にうーんと頭を捻っていると、そうこうしているうちに勝手にガラリと引き戸が開いた。

「あ゛」
「きゃっ!」

 人が出てきてしまった事に驚き、というよりもしまったという声を出す犬夜叉と、ただ驚いたかごめの声が見事に重なった。その後少しの沈黙が続く。暫しの間を空けてそれを打ち破ったのはかごめだ。

「……ぇっとー…。犬夜叉?」
「おう」

 目を大きく見開いたかごめの目の前の少年は、意外にもケロッとした表情だった。明らかに困惑顔のかごめに対して何でもないように短く応える犬夜叉は、どうやら噛み合っていないようだ。

「おう、じゃないわよ。どうしたの、こんなところで? あ、文句言いに来たのね。ごめん、急いでたから。早くしないと今日が終わっちゃうじゃない」
「べっ…つにそーいう訳じゃねえよ」

 そーいう訳なのだが。
 先を読まれて言いくるめられた犬夜叉はただただぶっきら棒にそう答えるしかなかった。

「じゃ、どうしたの?」

 謝ってもらえた今、用という用など本当に無くなってしまった。うっと言葉を詰まらせ、苦し紛れに出た言葉はこんなにも中途半端な一言だった。

「あ、ホラ、お前のおふくろが、その、なんだ? 『たんじょーび』とかゆーヤツなんだろ?? だから、ほら…」
(ほら、なんだよ……)

 言いながら頭の中でツッコんでいる辺り何処かしら冷静なのかもしれないが、それ以上言葉が出ないところを見るとやはり焦りが表れている証拠だろう。その後はブツブツと口篭もるしかない。らしくない自らの素振りに逃げ出してしまいたい衝動に駆られつつ、チラ、と目の前の少女の顔を盗み見た。

「なに、一緒に祝ってくれるの?! あんた意外に律儀なのね」

 いつそういう事に。
 と、思いつつ、そうではないとハッキリ否定する事も出来ずあたふたしていると、やがてかごめは家の中へと引っ込んでしまった。と、思ったら出てきて、ツバのついた帽子を片手に戻ってきたのだ。と、いう事は―

 結局、獣耳を隠すためのそれを被せられ、一緒に外出という事になってしまった。


「おい、なんでこんな物騒な道を歩かなきゃなんねーんだ」

 犬夜叉にとっては、裸足には辛い固い地面があるし、左に目を移せばビュンと鉄の塊が驚く程の速さで走っている。何度来てみたってこれには慣れなかった。見慣れたと言えばかごめの持ってきている鉄の車だが、あれも複数群れを成して走っているとなると不気味な事この上ない。

「物騒でいうなら戦国【あっち】の方がよっぽどか物騒でしょーに」

 かごめにとっては当たり前のコンクリートや自動車、自転車は、普通に歩いてさえいれば特別害はない。が、戦国の森なんかは普通に歩いていても妖怪やら獣やら何やらという危険がある。――どちらにせよ、慣れと言ってしまえば早い。

「あ、ココ」

 まだブチブチと文句を垂れている犬夜叉の袖をクイッと引っ張ると、自動ドアが開くと共にそこへと入っていった。カランカラン、と小さく鐘のなる音が頭上から降り、一瞬珍しげに見上げた少年の袖をもう一度強い力で引っ張り、中へとずんずん入ってゆく。

(甘ったるい…)

 小さい鐘の音の次に気になったのは、「いらっしゃいませー」の言葉と同時に鼻を刺激した強い甘ったるい匂いだった。キョロキョロとする犬夜叉を尻目に、かごめは腰を屈めずらっと並んだケーキをガラス越しに一通り見廻す。

「ね、どれが美味しそうだと思う? ショートかな。でもチョコも美味しそー…」

 一人先走るかごめにひたすら疑問符を浮かべる少年はそっちのけである。女は甘いものに目がない。

(どれも無駄に甘そうだな…)

 はしゃぐかごめにこんな事は言えまい、と珍しく気が回ったのか、ひっそりと心中で呟くだけ。

「ん、決めた! やっぱりショートケーキだわ。すいません、コレ下さい」

 一向に構ってもらう様子のない犬夜叉はツンツンとかごめが指差す先にあるケーキを呆っと見つめる。一体あれはどういう食べ物なのだろうか。そんな疑問を残しつつ、テキパキとやってくれる店員のお陰で予想よりも早く店から出られる事となり、二人は入ったときと同じように小さな鐘の音を浴びながら外へと出た。



「じゃ、次プレゼントね!」
「次ィ?! まだ行くのかよっ。大体『ぷれぜんと』って…」
「プレゼントっていうのは贈り物の事よ。っとー、幾ら位のがいいかしら」

 財布を広げて中を見てみる。札束の方を見てみると、先程のケーキの値が結構な額だったのですっからかんだ。その時点でそう高い物は買えないと悟ると、小銭の方へと目を向けた。

「ひとぉつ、ふたぁつ……って、ふたつ?!」

 百円玉の数だ。犬夜叉も同じように狭いそれを覗き込んだ。

「数えるまでもなく二つだな」

 横から聞こえる犬夜叉の声にかごめは愕然とした。言葉通り、財布には二百円しかない。この所持金で買える物と言えば、せいぜい駄菓子くらいだろう。

「駄菓子じゃあ…。……帰ろっか」
「あぁ? 『ぷれぜんと』ってヤツはもーいいのかよ?」
「買いたくても買えないの! 二百円じゃあ……」

 ポケットマネーなんてアテにならないわ、と零すと、しょんぼり肩を落とし家へと向かった。





「ただいまー…」

 片手にケーキの包み箱という状態で帰ったかごめの声は、やけに小さく元気がなかった。パタパタとスリッパを鳴らし玄関まで来た母の姿はいつもと変わらず優しげな顔だ。

「どうしたの、浮かないわね? …あ、犬夜叉くん久しぶりね、かごめについててくれたの?」

 母の問い掛けにかごめは黙って、犬夜叉はコクリと頷いた。

「そう、有難う。さ、二人とも早く上がって上がって。かごめ、早く着替えなさいよ」

 にこりと笑んだ顔はやはり親子だ。そっくりという訳でもないが、面影がある。そんな事を思っているうちに、促されるままに台所の椅子に腰を下ろしていた。一方のかごめはそそくさと階段を駆け上がると部屋へと入っていった。母の言われた通りきっと着替えに行ったのだろう。

「こんな日に来てくれるなんて嬉しいわ。色々大変でしょうけど、ゆっくりしていって頂戴ね」

 相変わらずの笑顔には犬夜叉もたじたじだ。どうにもこうにも上手く受け応えが出来ない。どうやら苦手らしい。会話も続かぬまま、トン、と出された麦茶をむんずと掴むとあっという間に飲み干してしまった。

(かごめにそっくりね)

 犬夜叉の仕草に、母はつい先程の娘の片鱗を見たような気がして人知れず微笑んでいた。

「あ、犬夜叉クン、訊きたい事があるんだけど……」
「え?」
「そっちの世界でかごめ、無理してない? あの子なんだかんだ言って無理しちゃうから心配で。まあ、ああやって元気に帰ってくるんだから辛い事なんて無いとは思うんだけど、親として気になっちゃってね」

 気になるのは当たり前だ、親ならば。けれど、犬夜叉はその親の温かみに接したことが殆どない。物覚えがつくようになって間もなく母は死に、父だって――…。うつらうつらとそんな事を思い出していると、答えを出さぬうちに着替えたかごめが降りてきた。

「あぁ、かごめ。悪いけどおじいちゃん達呼んできてくれないかしら? 居間でゲームやってるから。少し遅くなっちゃったけど、お昼ご飯って」
「ん、分かった」

 短く答えると早速隣の部屋で大声を散らすかごめの声が壁越しに伝わってきた。暫く経って賑やかな足音が台所へと向かってくる。

「あーっ、犬の兄ちゃんだ! 久しぶり!!」
「あぁ」

 ひょっこりと顔を出すなりはしゃぐ草太。対してテンションもそこまで高くなく、無愛想な犬夜叉。そんな短い返事でも嬉しいのか、草太はいつまでもはしゃいだまま席に座る。一方、のそりと現れた祖父の方はつぶさに犬夜叉を見遣るだけで、とっとと席へ着いた。

「そうそう、お母さん、誕生日おめでとう。で、これはささやかな……」

 祖父が懐から何を取り出すかと思えば、かごめには見覚えのある包みだった。

「あ、また河童の手のミイラーとか言うんでしょ? やめてよー、今時流行んないんだから」
「失敬な! 今回は河童の甲羅じゃ、どうだ、縁起が良いじゃろう??」
「どっちも一緒よ」

 かごめの鋭いツッコミを「まあまあ」と宥めると、母は有難う御座いますと零して本当に嬉しそうにその包みを受け取った。

(あーいうのが『ぷれぜんと』っつーのか。…要は何でもいいのか?)

 だったら。と、一つ思いついた途端、フッとかごめに目を向けた。草太も何やらゴソゴソ取り出す中、かごめの表情はあまり浮かない。恐らく、『ぷれぜんと』が用意出来なかったからだろう。

「かごめ、かごめ」
「え?」
「ちっと来い」
「なっ、え??」

 腕をつかまれグイっと強い力で引っ張られると、あっという間に廊下へと引きずり出されてしまった。

「なあ、『ぷれぜんと』っつーのはどんなでもいいんだろ?」
「そりゃぁ……。気持ちの問題だし」
「ちょっと待てよ?」

 いきなり犬夜叉は自分の懐を探るようにしている。一体何が――…。

「って、河童の甲羅出さないでよ?」
「バーカ、んなモン持ってねえよ。もっと良いもんだ。ホレ」

 そう言って差し出した手のひらに乗っていたのは、コロンとした小さな石。光が反射して綺麗な模様となっている。

「四魂の欠片…?」
「そんなモンも持ってねぇ」
「あ……。石の花ね?」

 石の花といえば、ずいぶん前に出会った少女サツキが手にしていた石英である。見た目が四魂の欠片と似ている為、祈りを捧げていたアレだ。この間見たそれよりも大分大きく、形が整っていて綺麗なものだ。

「なんでこんなの持ってるのよ?」
「見つけたからに決まってんだろ。な、河童の甲羅よりはいいだろ??」

 そう言いながらかごめの手を掴むとそれを預ける。突然の行動に戸惑うかごめは咄嗟に犬夜叉の顔を見上げた。

「あの…。いいの? コレ、あげちゃうのよ??」
「そんなもん、探せば幾らでも見つかる。どーせ気休めに持ってたモンだし、気にすんなよ」
「ありがとうっ」

 ついギュッと犬夜叉の背に手を回し抱きつくと、パァっと笑顔を咲かせ、すぐさままた台所に戻っていった。
 一方、急に抱きつかれて手を万歳状態にさせたまま、かごめが身体を離して戻った後もギシリと固まったまま数秒。ハッと気付いてそそくさとかごめの後を追うようにして戻った犬夜叉の顔は、ほのかに赤かった。

「ママ。…あたしからも」

 スッと手を出すと、条件反射なのか母もサッと手を差し出した。それにポトリ、と静かに落としたそれは、上からの照明で先程よりも更に煌びやかな石となっていた。

「うっわー、すごい!」
「なんじゃ、この石は?」
「綺麗……」

 一同、こんなものは見たことがないと感嘆の声を上げた。

「うん。あのね、犬夜叉が見つけてくれたの」

 時間が経ってから廊下から戻ってきた犬夜叉にチラ、と視線を移しながら、笑顔で皆に言う。それを聞いていた犬夜叉は顔を赤くさせるのも忘れ、かごめの横へとズビュンと飛んでいった。

「おま、それは言うな……っ」
「いいのよ」

 ひっそりとした声が二人の中で飛び交う。ニコリとした笑顔のかごめに犬夜叉の言葉は遮られた。

「へーっ、犬の兄ちゃんが!」
「じゃあ、コレは戦国時代の?」

 叫び通しの草太と、目を丸くさせるかごめの母。妙に注目され、どうにもこうにもむず痒い。

「センス良いのよ、律儀だし。意外に」

 確かに意外だ、と皆声には出さないが思っているだろう。ほーっと皆が見張る中、かごめの母は驚愕の表情をまたやんわりとした笑顔にした。

「有難う、かごめ。……犬夜叉くん」

 こんな風に礼を言われる事なんて、あったろうか。かごめ以外の女性に、こんな笑みを貰った事など。もう一度顔を真っ赤にさせると、俯いてしまった。

「犬の兄ちゃん、照れてる?」
「照れてる照れてる。犬夜叉、かっわいー」

 この姉弟に掛かると犬夜叉のこんなに弱い。更に顔を赤く染め、パンクしそうになるとスゥっと息を吸い込んだ。

「テメェら、うるせーぞ!」

 叫び散らした犬夜叉に二人は「キャーッ」と楽しそうに悲鳴を上げる。そんな賑やかな様子を微笑ましく見る祖父は、そっとケーキの箱を上げた。

「そろそろ切るぞい、このショートケーキ」
「あ、待って待って!!」



 そんなこんなで賑やかな昼間があっという間に過ぎ去り、早くも日没――…。


 外は蜩の鳴き声が懐かしく響く。空はその鳴き声と相応しい茜色が広がっていた。その空の下には、六つの影が長く長く伸びている。

「じゃあ、気をつけてね」
「うん、ママも。じゃあね」
「それと、犬夜叉くん。かごめをよろしくね」

 その言葉に、一時の終わりを感じてしまう。少しでも楽しいと思ってしまったからには、終わりがけるとまたこの上ない寂しさが付き纏った。

「言われなくても守ってやってるから」
「頼もしいわね」

 素直でない言い草にもちっともムッとした感じもなくただ短くそう言った。









 井戸を飛び込み向こうは戦国。それが、向こうは未来になった時。
 不図犬夜叉の顔を見上げると、寂しげに見えたのは気のせいだったのだろうか?

 井戸から這い上がり、戦国の草地をしかと踏む。『未来』での一日は終わった。

「ね、楽しかった?」

 かごめの無邪気な問い掛けに、少年はただ黙り込むだけである。笑顔を浮かべていたかごめも途端にまじめな顔を見せ、犬夜叉の顔を覗きこんだ。

「…つまらなかった??」
「楽しかったよ、今までにねぇくらいお前に振り回されて」
「そう。それなら良かった」

 微笑むかごめに、犬夜叉は楽しかったという癖に浮かない顔だ。少し心配になり、クイっと耳を引っ張った。

「いでっ」
「元気ないから。本当に楽しかったの?」
「こんな事で嘘つかねぇよ。ただ――…」

 そう言って、一つ息をついた。

「どうかした?」
「よくわかんねェ事ばっかだ。誕生日だの、ぷれぜんとだの」
「そうねぇ。犬夜叉だって、生まれた時はお母さんやお父さんに喜ばれて生まれてきたんでしょ?」
「……さぁなァ」

 なんとも言えねえ、と唸るような犬夜叉に、かごめは心情を悟ったようにポンポンと背中を優しく叩く。

「きっとそうよ。それと同じよ、誕生日ってきっと。その人が生まれてきた日を祝う、っていうよりも、生まれてきた事を祝うっていうか。一年に一度、生まれてきた時と同じように祝福するの」
「……そうか」
「うん」

 しっとりとした風が二人を包み込んだ。現代と同じように、森から蜩の鳴き声が胸に響くように聴こえる。

「お前は…」

 言うなり手を引いて、傍らの少女をぎゅっと抱き締めた。急の事に小さく身じろぎをした腕の中の少女に、低く心地良い声が耳元で疼く。

「いつなんだ、それ」
「あ…たし? もう終わったわよ。犬夜叉と出逢った日と同じ」
「そうか」

 ひっそりと一言呟くと、かごめを抱えたままもう片方の手で自らの懐を探る。先程と同じパターンに、かごめは目をパチクリさせた。

「遅いみてぇだけど、お前の分」

 そうやって取り出したのは、石の花である。空の茜色が綺麗に溶け込み、先程のモノとは思えぬ程また別の美しさを見せた。手のひらにコロンと転がるそれを目にし、かごめはキョトンとした。

「え…? あ、あたしはいい」
「なんで」
「だって……」

 そう言った後、暫し俯いて考え込むと、決心したように犬夜叉の耳元をグイと近づけてこしょこしょと何かを告げた。

「――…。だから、今度、それ頂戴?」
「いいのか、そんなんで?」
「いいのかって、これまでで一番大きなプレゼントよ」

 今日一番の大輪の花を咲かせたような笑顔に犬夜叉の胸はドキリと高鳴った。少女はそっと犬夜叉の胸元から離れて、その焦げ茶のローファーで夕焼けの茜色を譲り受けた草をサクリと踏む。

「じゃ、楓婆ちゃんたちの所に……」
「まだ……終わらせるな」

 切り出して歩き出そうとするかごめの腕を強引に奪い取って、そのまま頬へと唇を寄せる。ふわりと掠める風のような些細な頬への口付けが、かごめの力を一気に抜いてしまった。

「今度お前のたんじょーびが来た時は、この前よりもっと良いモンくれてやっからな、覚悟しとけよ」

 いつもの口調に戻ると、すっかり腑抜けたかごめの身体をひょいと背負って楓の村へと向かった。

「…ねぇ? “あんたと出逢った事”より良いモンってどんなの??」
「そりゃお楽しみだろ」

 犬夜叉が振り向いていないから分からなかったが、きっと今の犬夜叉は悪戯な顔をしているのだろう―…。
 そう思いながら、楓の村まで犬夜叉の背中越しに伝わる体温と心臓の鼓動によって眠りに就いたかごめだった。



《Fin...》




彭城劉様のサイトが一周年を迎え
無料配布していた小説を頂いてしまいました。
彭城劉様の小説は本当に綺麗で優しい気持ちになれます。
犬夜叉と出会った事よりも良いもの…
何だか妄想が広がります(笑)

こんな素敵な小説を頂き、本当にありがとうございました。
皆様もこれを読み和んでいって下さい。