冬の雨













   どうして人には言葉が必要で。


   想いは伝わらないのだろう。


   どんなに想っても声は届かない。


   見つめるだけじゃ、想いは伝わらない。


   いっそ伝わってしまえば良い――――。


   何も云わなくても‥‥。


   いっそのこと、全て伝わってしまえば良いのに‥‥‥。











肌を曝した木々達が連なる、深い森の奥。
身体を縮こませるような、冷たく突き刺さる風がすぅとすり抜けていく。
深い闇に包まれた森には不気味な雰囲気が漂い、魑魅魍魎共の姿を隠すようだった。
その中に、青白い光を放つ妖虫が上空を飛びまわり、其処に映し出される二つの影があった。

少年は、たった今其処へ辿り着いたばかりであろうか。
肩で息をしながら、静かに木の根元に身を置く巫女に向かう。
何やら神妙な表情をした二人は、触れ合うこともなく、互いに距離を保ったまま。

それでも、その雰囲気から互いに想い合う仲なのだと思わせる程には十分だった。

常日頃、傍にいる少女は今は居ない―――。
自らの世界へと、少年からすれば異界とされる地へと戻っていっている。
別にそれが理由でもない。偶々‥‥そう、偶々だ。
この日に限って巫女から死魂虫のお迎えが来てしまったのだ。

拒否など出来なかった。
いや、することなど出来なかった。出来る筈もない。


この世界を去る直前、やさしい香りを漂わせる少女は一言己に向けて言葉を放った。

“戻って来るまで待っててね”

其れにどんな真意があるのかなど解らぬ。
それでも、応と頷いたからには約束を守らなければならないと思っていた。
何より、そんな風に自分を求めてくれているのが嬉しかった。

直ぐに戻ると言っていた。言ってくれていた。
だのに、突如として目の前に現れた青白いものが、あの巫女からの誘いがきたことを知らせにやってきてしまったのだ。

裏切りだと言われてしまえばそれまでだろう。
少女からいつ限界を訴えられたって、おかしくない。

どうしたら良いかなどわからぬのだ。
このそれぞれの女(ヒト)に想う気持ちを、何と呼べば良いのかわからぬのだ。



空はやがて妖しい輝きを放つ月を隠した。

ぽつぽつ‥と、潤いの雨をもたらす灰色の厚い雲が現れ、辺りを埋め尽くす。
二人が別れる前までには、もう相当な大降りとなってしまっていた。


「また‥‥また、逢いに来る‥‥」


「桔梗‥‥」


惜しみながらも、死魂虫と共に、桔梗は背を向けて歩き出した。
儚くも散り去ってしまいそうな一人の巫女。
湿った土の上を歩む音はしなかった。
ひっそりと、気配を隠すように去る桔梗の姿は、すぐに消え去り―――‥‥。

その場に残った雨音だけが、犬夜叉の耳を支配していた。

































「犬夜叉‥‥?」


その頃、一足先に井戸へ辿りついてしまった少女は、辺りに想い人がいないことを不思議に思っていた。
木の上で寝ているのかと周りの木々を覗き込んでみたのだが、何処にもその姿は見当たらない。

空はどしゃ降りの雨。
先程まではなかった筈のどんよりとした雲が、この闇をさらに暗くしていた。
―――楓の小屋に戻っているのかもしれない。
初めはそう思った。
けれど、足を一歩も踏み出さないうちにその考えは消え去ってしまった。


彼が‥‥いつ帰るかわからぬ自分を置いていってしまうだろうか‥‥?


ましてや直ぐに戻ると言った筈だ。
彼ならば、そんなことはしないだろう。そういう性格なのだから。
しかし邪気などは一つも感じられない。戦いに行った、という訳ではなさそうだ。

では‥‥何処へ行った?

この悪天候の中、あの緋色を纏って―――‥‥。








思い当たる節は‥‥ひとつだけ‥‥‥。







ふっと、自嘲的な笑みが零れた。
けれど、不思議と涙は込み上げてこなかった。

そう‥‥そうだ。
あの人のところに居るならば、此処から居なくなったのも簡単に想像がつく。

己の代わりに、空は悲しい色をして、そうして涙を零して‥溢れる程に‥‥激しく‥‥止まらなく‥‥‥。

かごめの制服はずしりと重みを増して、吸い付くように肌にくっついていった。
髪先から滴る水滴が、未だ降り注ぐ雨と共に零れて落ちる。
井戸のふちに座り込んで、何も考えずに焦点の合わない虚ろな眼を漂わせていた。
膝の上で握り締めた拳にぎゅっと力が篭もり、隣に置いたあるものに目をやった。

赤い包装紙で包まれた“何か”。

もう自分と同じく、びしょ濡れになってしまったけれど。
身を暖かく包んでくれる筈の其れは、今はただ冷たい雨に打たれるだけだった。

冬の雨‥‥これが雪として舞い降りたなら、もう少し明るくなれたかもしれないのに。
時折吹きすさぶ北風も、凍えた身体を更に冷たく仕立てようとするのだろうか。

でもすべて‥‥どうでも良いことだった。

かごめは時計を見つめて深い溜め息をつき、戻っては来やしないかと目を細くして辺りを見廻した。
もうすぐ、日付けが変わる――――‥‥。
変わっても良いのだ、今日という日はただの前日に過ぎないことは知っている。
明日でも明後日でも、ただ一緒に祝えばいいだけの話。

それでも、動き出した恋心は胸を締め付けるばかり。


(戻って来ないのかも知れない。)


一番考えたくないことだったが、そう思わずにはいられなかった。
きっと仲間たちは、二人が一緒に居ると思って探しになど来ないだろうし。

あと十分‥‥‥八分‥‥五分‥。



もうすぐ‥‥聖なる夜が終わる‥‥‥。































「かごめっっっ!!!!!」































ザッと強く土を踏み込む音がして‥‥そう思ったら、冷たくて暖かいものに包まれていた。
ぎゅう‥と羽交い締めにされるように。


「すまねぇかごめっっ‥‥‥どうしてこんなとこでっっ」


怒鳴るような張り上げた声が耳元で聞こえて、ふっと笑みを零したくなった。
冷たくなった頬に衣が擦り付けられて、少し、痛い。


「俺‥‥っ‥俺今まで‥‥っっ」


言い難そうに声を振り絞る犬夜叉は、まだ顔も見ていないのに話を続けて‥‥。


ねぇ、早く見せてよ。
あんたの顔‥‥。

だってイヴが終わってしまう‥‥。
最後だけで良いから、ちゃんと見ておきたいの、あたしの大好きな‥‥

大好きな、貴方のこと。



「いいのっ‥‥言わないで。戻ってきてくれて嬉しいから。」


離してくれそうにもないから、少しだけ力をこめて抵抗した。
ゆっくりと見上げた犬夜叉の表情はまだすまなそうな顔をしたままだったけれど。

胸元の衣を掴んでゆっくりと目を閉じると、その意味を察した犬夜叉が、そっと唇を塞いだ。

遠慮深げな口付けに、犬夜叉の想いが伝わってくる。
うっすらと目を開けると、眉を潜めたまま目を瞑るその姿。

かごめは胸元に置いた手を犬夜叉の首に回すと、引き寄せるように力をこめた。
やがて舌が絡まり合うようになると、ただ、互いだけを求め‥‥。

唇が離れる頃には、心なしか雲が晴れてきたように見え、雨も小降りになっていた。


「あ‥‥過ぎちゃった‥‥」


かごめはふいに首に絡めた腕の先にある時計をみて、ポツリと呟いた。


「‥‥‥何がだ?」


訝しげにかごめの瞳を見据えて、至近距離で問う犬夜叉。
吐息を瞼に感じて、くすぐったくて身を引いた。


「メリークリスマス‥‥‥犬夜叉‥」


時刻は0時7秒。
7秒遅れの‥メリークリスマス。

その意味を犬夜叉が理解しただなんて思えなかったけど、今は問い掛けて来なかった。
でも今だけは、何も聞かずに、訳も言わずに‥‥。
ただ、抱きしめ合いたいと願った気持ちは、同じだったのかも知れない。


小降りになったと思われた雨は、そのうちすぐに止んだ。
途切れた雲間から見え隠れする夜空が祝福するようで、時折二人の影を月光に晒していた。


「これ‥濡れちゃったけど‥‥。」


かごめが姿勢を低くして伸ばした手の先に在ったのは、赤い包み紙。
それをビリ‥と破いて中身を出すかごめの指は、赤く悴んでいた。
その指で触れる、本来なら暖かな毛糸のマフラー。

初めて作った割には、上手く出来た‥‥と思う。
犬夜叉の衣と合いそうな、真っ白なマフラー。
けれど今の其れは、たっぷりと含んだ水分が滴る程だった。


「それ‥‥なんだ?」


犬夜叉はかごめの手を止めるように握って、これ以上冷たいものを触らないようにと、
そのマフラーを受け取った。


「ほんとはね、首に巻いて、あったかいんだけど‥‥。濡らしちゃって‥ごめん」


落ち込むように目を伏せるかごめは、自分を責めているのだろうか。
そんな筈‥‥あるわけないのに。

せめて、雨など降らなければ‥‥。
そう思ってしまうのは、卑怯だろうか。
せめて、俺さえ此処に居れば‥‥。

こんなに悲しそうな顔はさせなかったのに。


「首に‥‥」


一言、かごめの言ったことを反復すると、握った其れを首にかけた。
勿論、水が滴ったままだけど、暖かいような気がして‥‥。
かごめがくれたもんだから‥‥暖かい気がして‥‥。
こんな気持ち、どう伝えたら良い?


「犬夜叉っ!?まだ濡れて‥‥っ」


慌てて止めようとしたかごめも虚しく、伸ばしかけた手は俺の手に捕まった。
濡れてるだなんて、どうでも良い。
少しも冷たくなんかない。

きっと、かごめがあったけぇからだろうな‥‥。


そんな言葉、言えやしないけど。












   いつだって云いたい気持ちは云えなくて


   伝えたい想いを心に秘めた。


   それなのに、どうしてお前は、俺を許せる?



   遠くから見えた俯いた愛しい影。


   雨に打たれながら、じっと動かないままで。


   馬鹿だ。俺は馬鹿だって。


   そう思いながら、ひたすらに森を駆け抜けた。


   抱きしめた身体が思ったよりも冷たくて‥‥


   俺のほうが、泣いちまいそうだった。






   「めりー‥くりすます‥‥‥かごめ‥」






   なぁかごめ。


   どうして、人に心は伝わらないんだと思う?


   見つめるだけじゃ、伝えられないんだと思う?


   どんなに心で叫んだって愛は伝えられねぇけど。


   声は届かねぇけど。


   俺がこんな風にお前を想う気持ちも‥‥


   お前が傍にいてくれる気持ちも‥‥


   簡単に伝わっちまったら、つまらねぇだろ。



   こんな風に少しずつで良いから‥‥愛を確かめ合えば良いんだ。


   少しずつ、少しずつ‥‥‥。



   なぁかごめ。










   これからもずっと、一緒にいような‥‥。






























   ―FIN―




::管理人より::
LONTANOの夕妃様から頂いて参りましたvv
最初は切ないのですが
その切なさあるが故、この素敵な犬かご小説がっ!
みたいな感じです(*/∇\*)
犬夜叉の不器用で素直な優しさが心に染みました(>_<)
素敵なクリスマス小説ありがとうございましたm(_ _)m