恋衣―kohigoromo













―犬夜叉…






甘い声が俺を呼ぶ。
しかし俺は闇に溺れその声の主が何処に居るのか見当がつかない。






―犬夜叉?






近くに居る筈なのに…
己の姿も見えずに目を開いているのすら判らない。







―怖い







近くに居るならば此の手に触れて俺を救い出してくれまいか。





ぎゅ―





手が突然温もり、みるみる内に浮き上がる人型。
黒く艶やかな髪を靡かせ、こちらを見て微笑む。
そして闇から救われた。



「かごめ…」



心地よい風とは裏腹に何だか後味の悪い夢を見ていた。
額に滲む脂汗。
なかなか眉間の皺が消えない。
そして堅く握りしめていたその手。
己の顔を覗き込むかごめの顔はとても心配そうだった。



「…魘されてた…」

「俺が…?」

「悪い夢でも…見た?」



時に己を怒鳴りつける態度とは異なる
母性本能剥き出しの少女に嘘など通用するものか。
溜息混じりで渋々肯く。



「そう…」



本当は心を表に晒すのが厭だった。
しかし嘘を吐いたところで此の少女にかなう術もない。
本心を明かしたならばどうにかしてくれないか此の怯えた心を。

俯き加減で握った儘の手を見据えていると、
ふわぁっとまるで鳥の羽をかき集め、頭から被された衝動に駆られた。



「か…ごめ…っ」



握っていた手は今いつの間にか己の髪に廻され、優しく撫でていた。






―嗚呼何て居心地が良いのだろう





こんな言葉口に出せる筈がない。
しかし何度此の言葉が此の少女に対して浮かんだのだろうか。
だから己の場所は此処にあると実感できるのだ。





―どんな夢を見ていた?





気付けば先ほど魘される程に脳裏に焼き付いていた夢が
跡形もなく消し飛んでいた。
するとかごめが囁く。



「悪い夢は忘れちゃえば良いのよ」



既に忘れていると言うのに。



「あぁ…」



目を瞑ると今度は光が広がっていた。
否…広がっている気がした。

規則正しく鳴り響く命の鼓動が心地良い。
其の儘腕をかごめの背中に廻し、抱き締めた。
心なしか耳に届いていたかごめの鼓動が少し速度を上げた。

そして己も。

暫しの抱擁で心が洗われた気がした。
そっとその身を離すと、ほんのりと頬を紅く染めるかごめが居た。
教えて欲しい、何故いつも不安な心を此処まで癒す事が出来るのか。

此だから恋敵が多い訳だ。
何処までもお人好しでどんなに下らない話でも真剣に聞くかごめの表情ときたら…
まるで天女を思わせる程に美しい。





―美しいだと?






此の己によくこの様な高貴な言葉が浮かんだものだ。
半分は邪な妖怪の心を持ち合わせている筈だと言うのに。

実の処、此の彼に邪な心など存在しないのだ。
それに初めに気付いたのはかごめであった。
幾ら殺生を繰り返したとは言え、
殺生の数に人間の数は差ほど含まれていないであろう。

以前戦闘した七人隊を除いてだが。

しかし彼らも一度は滅びた身。
殺生の数に含まれるのかも微妙な処である。

気がつけば、かごめの可憐な唇を奪っていた。
見つめ合う内に居たたまれなくなり口付けていた。
口付けの仕方も一体何処で覚えたと言うのか。
きちんと、鼻が当たらぬよう顔を傾けて軽く吸いつく。

こんな甘い一時もいつも突然幕が閉じる。
そう彼によって。



「恋路に割入るつもりではないのですが…」



その声に反応し思わず唇を離し声を上げる。



「み…弥勒っ!?」

「弥勒様っ!?」



それだけではなかった。

待ち詫びた仲間が揃いに揃って頬を紅らめ、こちらを見ていた。
つい先刻まで想いを交わし合っていた二人の頬は異常な程に紅くなり、
まるで茹で蛸状態になった。
覗かれるのを承知で交わし合う訳ではない。
此の自慢の鼻がある限り人の気配、
ましては仲間の匂いや気配くらい察する事は易い事だ。

しかし此の少女と触れ合うと反応が鈍る。
初めは何とか察する事が出来たと言うのに、
いつしかそれは衰え、今に至る。
それは少しでも長くと言う己の判断の甘さなのだろうか。

暫く節介好きの法師の言を聞く振りをしていた。
それもやっと終わったらしく皆歩を進め始めた。

用は「また二人きりになったら進展させろ」と言うことだった。

それは今度二人きりになった時契りを交わせと言ったも同然で、
それに気付いたかごめも顔の熱さに瞳を潤わせていた。
そんなかごめが何だか可愛らしく、思わずからかいたくなる。



「…じゃぁ今度は安全なかごめの国でだな」



悪戯に微笑み、かごめに投げつけた言葉。
犬夜叉はと言うと身勝手に先読みし、
どうせかごめは「何言ってるのよっ!?」などと言い頬を紅らめ、
己は「冗談だ」と言い笑いに変える筈だった。

しかし返ってきた言葉は意外な言葉であった。



「いつ二人きりで行けるかなぁ?」



頬を紅くした儘見上げるかごめを見ると、
人目を気にせず抱き締めたくなってしまう。
だが先程忠告を受けたばかりの為それは叶わぬ行為。
騒ぐ気持ちをぐっと抑え、己を落ち着かせ言葉を返した。



「俺と契りを交わす事を…望んでいるのか?」



小声で言うとかごめも小さく肯く。



「明日は…朔夜…なんだ」



何と都合の良い話…
しかし明日は丁度月が姿を眩ます日だとは
計算済みであり、計算が狂った事など
生まれてこの方一時すら無い。

ちらとかごめを見ると微笑んで応えた。



「じゃぁ明日ね」



そして少し先を歩く仲間の方へ駈けて行った。






―明日…俺と契りを!?






密かに望んでいた事ではあるが、
こんなに近い日にその願いが叶ってしまうとは思ってもおらず、
思わず頬をぺちぺちと叩いた。






―未だ夢の中なのか?






「…夢…じゃねぇ…」



全て現実。

前を向くと仲間達が立ち止まり妙に速度が遅い犬夜叉を待っていた。
かごめも笑顔で手を振る。



「犬夜叉!遅い!」



仲間全員がそう呼んだ。
しかしその犬耳にはかごめの声だけが良く響いた。



「て前ぇらが早ぇんだよっ!」






…かごめ…明日は…忘れさせねぇ夜にしてやるよ…











〜後記〜
本当に続編が生まれるかも知れません。。
生まれたら…裏行きですね笑。
恋衣と言うのは常に恋している〜みたいな意味合いみたいです。
衣ゎ常日頃皆纏っている物ですし。
そういうとらえ方みたいですょ。昔の方ゎ賢いですね。。