大切な人
大切な人を永遠に失った時の悲しみは、どのくらい大きいのだろうか。
分からないと言うのは未だ大切な存在が側に在るから。
だから時々この緩やかな時間の流れに逆らい、止めてしまいたくなってしまう。
そんな感情を持てるのは、唯一人の少女…かごめと共に居る時だけ。
今も…そして、これからも。
「…犬夜叉?」
「…あ?」
気付けば顔と顔の距離は拳一個分。
心配そうに覗き込むかごめをよそに、犬夜叉は顔を赤くした。
「な…何だよっ!」
「…何だじゃないわよっ。さっきから呼んでたのに、ずっと難しい顔して。」
「…いいだろ別にっ…で?」
「…?」
「何だよ?」
呆れ顔で言葉を吐くとかごめは無邪気に笑い照れたように呟く。
「呼んだだけ」
「っ…」
犬夜叉はこの顔に弱い。
つい自分だけのモノにしてしまいたくなって手を伸ばしかける。
しかし、それは適わぬ行為。
いつもあと一歩でその手を引っ込めてしまう。
そんな事ばかりやっていると、いつかは誰か他の男に触れられてしまう。
だから少し勇気を出して、その細い身体に触れた。
かごめは目を一層大きくしたがかごめの身体を腕の中に納め込むと、
かごめの細く小さな手が犬夜叉の背中に廻された。
「…暖かいね」
「そうだな…」
身体が暖かかった。
でも、それ以上に心が暖かかった。
この時互いの気持ちは同じく、幸せだった。
風に靡くかごめの髪を撫でると、かごめは瞼を閉じて犬夜叉の胸に耳を当てた。
犬夜叉の少し早目の鼓動がかごめの耳に届く。
それは己が窮地に追い詰められた時の鼓動の早さではなく、
今かごめと居ることがどれ程幸せかを表す早さ。
ずっと一緒にいたい…
いつもは言えないけど今なら言える、この言葉。
この言葉を今己の腕の中に居るかごめに…かごめの心に伝えたい。
「…かごめ」
「なぁに?」
「…これからも…一緒に居てくれねぇか」
「…何言ってるの?」
「え…」
思いも寄らぬ返答に少したじろぐ犬夜叉だが、
そんな事を知ってか否か、かごめは顔を上げ微笑んで口を開いた。
「私は言われなくても一緒に居るわ」
そして、かごめの小さな唇が犬夜叉の頬に触れた。
「犬夜叉が私を手放す時までね」
コツと額を合わせると犬夜叉がかごめの瞳を見据えて囁いた。
「手放す訳ねぇだろ」
「絶対?」
「あぁ、頼まれたって放しやしねぇ」
そして唇が触れた。
一瞬ではあったが、互いの気持ちが伝わった気がした。
唇が離れた時の犬夜叉の声は甘く、かごめの心を溶かしていく。
「お前を恋う俺をどう思う」
答えはかごめの中で一つしか存在しなかった。
「好きよ…誰よりも…」
この日は互いの思いを初めて打ち明けられた日になった。
二人は手を握り合い小屋へと戻った。
実の所二人は遠出をしている最中だった。
小屋はたまたま見つけた空き家だった。
弥勒らが居る小屋からかなり離れた時に、今宵は朔であるという事を思いだし、
一夜をこの空き家で過ごすことにしたのだった。
小屋に入って間もなくかごめが呟いた。
「ねぇ…四魂の欠片の気配がする」
「何っ!?何処からだ!?」
みるみる内にかごめの顔が曇っていく。
「駄目。行っちゃ駄目っ!!」
ふと犬夜叉の腕に絡み付いたかごめ。
犬夜叉はかごめの両肩を掴み囁いた。
「見てくるだけだ」
「…駄目よっ」
潤んでいく大きなかごめの瞳。
いつもとは何かが違う。
「なぁ…どぉした?」
「…この四魂の欠片の気配は…奈落よ…?」
「…な…!?」
「だから…行かないでっ」
とうとうかごめの頬を走り出してしまった涙。
少女の頬を伝う涙を嘗めると額に口付け、犬夜叉は口を開いた。
「へまはしねぇ…すぐ帰る…だから…」
小屋を飛び出した犬夜叉。
かごめはその場で泣き崩れた。
彼に悪魔の囁きを教えてしまった。
奈落は何処に居やがる…
シンとした森の中に唯立ちつくす犬夜叉。
妖力が無い為、手がかりが見つからない。
と、急に背後に迫り来る何かに気付いた。
<ガサッ>
「な…」
気付けば背後にその奈落が姿を現していた。
四魂の欠片をほぼ集めた奈落に人間の犬夜叉が勝ものなどなかった。
誰から情報を得たのか、奈落はまるで犬夜叉の妖力が消える日を知っているかのように不気味な笑みを零す。
「自らお目見えか」
「へっ…て前こそ匂いをぷんぷんさせてたじゃねぇか」
「…だがこれが最後だ。死ね」
<ザシュッ>
犬夜叉…
急に胸騒ぎがしたかごめは森の中を駆けた。
もう四魂の欠片の気配など感じない。
でも己の向かう先に今求めているモノがある気がした。
そこに行き着くまで時間はかからなかった。
紅い何かが横になっていた。
「犬夜叉っ!!!」
肩から腰にかけて深手を負っていた犬夜叉が倒れていた。
かごめはそっと犬夜叉の頭を起こし、己の膝の上に乗せると涙を流しながら汗ばんだ額を撫でた。
それに気付いてか否か、犬夜叉が重そうな瞼をゆっくり上げた。
「か…ごめ…」
「…馬鹿っ!どぉしてっ…どぉして…っ…」
「…悪ぃ…な…」
血塗れの震える犬夜叉の手がかごめの頬に触れる。
その手を両手で包み涙を流し続けるかごめ。
「か…ごめ…愛して…る」
<ゴホッ>
犬夜叉は血を吐き瞼を閉じた。
「…犬夜叉?」
込み上げる涙を堪えながら優しく問う。
「寝ちゃった…の?」
どんなに話掛けても返事は返ってこない。
唯安らかに眠っているだけ。
「ねぇっ…起きてっ…森の中は…危ないでしょ…っ…一緒に…帰ろ?」
涙の滴が一つ、二つと犬夜叉の頬に落ちる。
その涙を拭ってくれる大きな手がこんなにも恋しい。
一緒にいるのが当たり前だと思っていたから。
「へまはしないって…あんた言ったじゃないっ!!」
森の中にかごめの声だけが木霊する。
そして、背後から何かが近寄ってきた。
かごめはその場を動かなかった。
死んでも思い残すことは、未練はないと思っていたから。
しかし背後に近付いてきたのは…
殺生丸だった。
「死んだのか」
「…殺生…丸…」
涙で顔を濡らすかごめを見て殺生丸は刀を取り出した。
「勘違いするな。借りを作るだけだ…」
「…え」
<ザン…ッ>
「伝えておけ…お前の命を絶つのはこの殺生丸だと…」
そう言い残し、殺生丸は姿を消した。
行方を目で追っていると己の頬に暖かい何かが触れた。
そしてそっとかごめの涙を拭った。
ゆっくり視線を戻すとそこに居るのは…
犬…夜叉…
「犬夜叉ぁぁっ!」
「…かごめ…」
思わずかごめは犬夜叉の頬に己の頬を寄せた。
そして優しく頭を抱えた。
「もう…私を独りにしないでっ」
「…あぁ」
此ほど己のことを思ってくれている人が居ることに、犬夜叉は初めて心から有り難みを感じた。
今己の為に涙を流す少女。
こいつの為になら命は惜しまないと言っていた筈が、今は違う。
かごめを護って、そして一緒に生きていきたい。
今までそうしてきたのだから出来ない筈がない。
なぁ…かごめ…
「一緒に…生きようぜ…」
その言葉を聞いた途端、かごめは再び涙を流した。
かごめの暖かい涙は犬夜叉の頬を濡らしたが、何時しか犬夜叉自信も己の頬を濡らしていた。
それに気付いたかごめはそっとその涙を拭い、事の顛末をゆっくり語った。
四魂の欠片が一瞬にして消えた事、そして殺生丸が犬夜叉の命を繋いだ事。
「…最後に犬夜叉が私に言ってくれた言葉…覚えてる?」
「…っ…忘れてねぇよ…」
「…私も…愛してる…」
その言葉を放つとかごめは犬夜叉に口付けた。
昼間よりも長く、感覚が消えぬように…。
犬夜叉…貴方に私の全てを捧げても私は後悔しない…
犬夜叉はかごめの肩を借り小屋へと戻った。
命を繋いだと言っても傷が塞がるわけではないので、
犬夜叉の歩幅に合わせながら、ゆっくりと小屋に向かった。
小屋に戻ると居る筈のない仲間の姿がそこにあった。
「みんな…っ」
「…お前らっ…何で」
かごめが犬夜叉の腕を下ろし座らせると七宝が泣き出した。
「うゎ〜んっ犬夜叉が生きとったぁ」
それにつられて弥勒と珊瑚も涙を溜めた。
皆、殺生丸に話を聞きこの場所を教えてもらったと言う。
それを聞いた犬夜叉はいつもの調子で憎まれ口を叩いた。
「余計な心配してんじゃねぇよっ」
目線を天井に向け、顔を皆から避けた犬夜叉。
かごめは涙を溜める犬夜叉に気付いて一言囁いた。
「人前で泣くことは格好悪い事ではないわ」
「…っ」
その直後犬夜叉は「悪ぃ」と呟き、かごめの肩を借りて涙を流した。
そんな犬夜叉をからかう者はいなかった。
仲間がいるから…
心から好いた奴がいるから…
今は死にたいとは思わねぇ。
かごめと居ることが…こいつらと居ることが…今の俺の生き甲斐なんだ。
その後、犬夜叉が無事だと確認した弥勒と珊瑚と七宝と雲母は村へと帰った。
本当はかごめに気を遣って席を外しただけの事だが。
二人きりになり、丁度夜が明け犬夜叉の妖力がもどると、自然と傷が癒えた。
「たく、これだから人間の身体はっ!」
「…お願い…」
声がした方を向けば、俯き震えるかごめがいた。
「目一杯…私を抱き締めて…」
「かごめ…」
明るく振る舞っては居たものの、一番心配していたのはかごめだった。
ギシギシと木の音と共に犬夜叉はかごめに近付き、抱き締めた。
凄ぇ…震えてる…
「ごめんな…かごめ…」
少し抱く腕に力を入れて囁くと、かごめは犬夜叉の衣を握り、
犬夜叉の胸で思い切り泣いた。
震える背中を暫くの間優しく撫で、宥めていると、かごめは口を開いた。
「犬夜叉は…私が死んだら泣いてくれる?」
「馬鹿野郎…当たり前だっ!その前に俺がお前を護るっ。絶対死なせやしねぇっ!!」
「ありがとぅ…」
その言葉と同時に身体を放すと頬に涙の後を残し、
澄んだ瞳を兎にしつつ、いつもの笑顔のかごめが居た。
そんなかごめの首筋に顔を埋め、少し強く吸い跡を残すと、
犬夜叉は立上がり、かごめに手を差し延べた。
「行こうぜ!」
「うんっ!」
その時の犬夜叉の顔はとても柔らかく、穏やかな笑顔だった。
つられて一層笑顔を増すかごめは差し延べられた手を握った。
ねぇ…犬夜叉知ってる?
助け合いがあるから、人は生きて行けるんだよ…
<END>
〜後記〜
なんだか究極のシリアス話にしてみたかったんです。。
泣けるようなそんな感じに。
感想など頂けると嬉しいですvv
ここまで読んで頂きありがとぉございましたッm(_ _)m