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産休入り

6月20日、この日から本格的な産休を取った。
定期検診に赴いたところ、子宮の様子は先週と変わらないそうで
「もう少しだと思うんだけどねぇ。あと3、4日ってとこかな」とのこと。
そうか。結局は予定日ぴったりってことなのかな。
自分的にも、もう来るかなって予感はあるんだけど
お腹は張る様子もなく、ぽんちゃまは相変わらずケリを入れてくる。
産まれる直前はおとなしくなるはずなのに・・・。全然やる気無しね。
まあ、それならそれでいいわ。
これから産まれるまでは自由の身。何をしようかなー♪
片づけたかった引き出しや
作りたかった料理のページ、
読みかけだった雑誌の記事が、走馬燈のように頭を駆けめぐる。
とりあえず、今日は検診で疲れたからお昼寝。
そうして夕方までごろごろしていたのでした。

それは突然やってきた

晩ご飯のあと、のんびりテレビを眺めていると
なんだかお腹が固くなった気がした。
ぽんちゃんが背中を押しつけてるのかしら?
はじめはその程度にしか思えなかった。
しばらくして、お腹に意識を集中してみると、
お腹が固くなる感覚には波があるような気がする。
痛いかと訊かれれば、痛くないとも言い切れない。
トイレに行きたくなったような気がして、
何度もトイレに座ってみたりもしていた。
う〜ん、とりあえず寝よう。一応心の準備をしておいてね、YASU 。
20日夜、10時30分のことでした。

電話&入院

21日午前1時半、お腹の感覚は、はっきりそれと分かる痛みに変わってきた。
波の間隔をYASU に計ってもらうと、だいたい15分おき。
う〜ん、やっぱり陣痛なのかな?まだあんまり信じられない。
ずいぶん前の検診で、私の産道に GBS という菌がいることが判明し、
出産時の感染を防ぐため、抗生物質の点滴をするから、早めに来院するように
と言われていたので、乗り気ではなかったけれど、産院に電話した。
「・・はい、S産婦人科です」眠たそうな看護婦さんの声。状況を説明すると、
「初産婦さんだったら、まだまだ産まれないから、痛みが7分おきくらいになったら、また電話して下さいね」とのこと。
そうだよね。ちょっとはやかったよね。そう思ってベッドに入り直した。

午前2時過ぎ、痛みはちょっと強くなってきた気がした。
ヒッヒッフー。とりあえず、ラマーズ法のまねごとをしてみる。
YASU に間隔を訊ねると、もう7、8分おきになってるって。
もう一度産院に電話をしたら、それならすぐに来て下さいって。
6月も終わりを迎えようとしていたけれど、真夜中の外の空気は結構冷たくて
長袖の上に厚いカーディガンを羽織って家を出た。
当然、道路にはほとんど車もなく、3時前には産院に到着した。

2センチ

産院の2階に上がると、一番奥の個室に案内された。
渡されたお産用のピンクの服に着替え、看護婦さんの問診。
そして、内診のために、分娩室に連れて行かれた。
うわ、これが分娩台か。
ピンクの革張りの、巨大な肘掛けイスのようなその台によじ登り、先生を待つ。
しばらくして、眠たそうな顔で入ってきたのは、
いつもの院長先生とは違う、四角い顔の怖そうなおじさんだった。
かなり乱暴で、めちゃめちゃ痛い内診のあと、
 「2センチ」。
四角い先生は不機嫌そうにそうつぶやくと、さっさと部屋を出ていった。
まじ?あの先生がお産担当なのかな。痛みと不安でちょっとへこむ。
その後、浣腸を受け、トイレで苦しんだあと病室に戻った。

背中

左腕に点滴をくくりつけられ、固いベッドに横になった。
分娩監視モニターのプローブもお腹に巻かれた。体が動かせなくてつらい。
5分おきにやってくる痛みを息を吐いて逃す。
同時に、YASU に背中をさすってもらう。
YASU は、学会要旨の提出締め切りを明日に控えていたので、
病室にパソコンを持ち込んで、陣痛の合間はそれに向かっていた。
仕方ないとは分かっているつもりでも、背中を向けられるのが妙に淋しい。
どうしてもっと早く準備しておかなかったのかしら。
ちょっぴり恨めしい気持ちで YASU の背中を眺めながら(自分勝手でした)
そのまま朝を迎えたのでした。

破水

朝が来ても、痛みの間隔は相変わらず5分。陣痛の長さも1分弱とまだ短い。
ヒッヒッフーの私も、背中をさするYASU も、ちょっと疲れてきた。
午前7時半、朝ご飯が運ばれてきたけれど、あまり食欲がない。
それでも、体力を付けなくちゃと、無理矢理サンドイッチを口に押し込む。
そして再び、陣痛との戦い。痛みといっても、まだ耐えられるレベルだけどね。
そこへ、突然、バシャッと何かが破れる感覚とともに
なま暖かい液体が体から流れ出した。ついに「破水」だ!
すぐに看護婦さんを呼んで、内診を頼む。
四角先生が再登場し、またまためちゃ痛い内診。
「う〜ん、5センチ。」
相変わらずの仏頂面でつぶやく四角先生。
まだそれだけか。最終目標は10センチだから、半分じゃん。
破水したのも、出口とは別のところだって。先は長そうだな・・・。
病室に戻ると実家の母が到着していた。時刻は午前10時半をまわっていた。

一進一退

昼ご飯のカレーにはほとんど手を着けられなかった。
学会要旨を提出しに出かけたYASU と代わって、母が腰をさすってくれる。
ベッドが固くて腰が痛いのに、点滴のせいで、体をうまく動かせない。つらい。
おまけに、痛みに加えて「いきみ感」が出てきた。
フンッと踏ん張って、出してしまいたい感覚。
でも、子宮口の開きがまだ甘いので、ここで踏ん張ったら赤ちゃんが苦しい。
呼吸をフー・ウン呼吸に切り替えて、いきみをのがす。
たまに看護婦さんを呼んで内診してもらうが、
子宮口の大きさは5〜6センチをさまよっている。
そうこうしているうちに、あっという間に夕方になった。
四角先生の激痛内診を受けた後、さらに激しく破水した。
羊水でぬれたパットを取り替えると、透明なはずの液は、緑色に濁っていた。
今度の破水は本物の破水だということで、陣痛室に移動することになった。
午後5時半。いつの間にか、YASU も戻ってきてくれていた。

陣痛室

陣痛室のベッドも固かった。あたりには、羊水の湿ったにおいが漂う。
陣痛は3分おきくらいになったものの、まだまだ子宮口は開かない。
いきみ感はますます強くなり、思わず力が入ってしまう。
背中はさすってもらうのではなく、ひたすら押してもらうことにした。
大阪から駆けつけてくれた YASU のお母さんが到着。
午後7時半、夕食をとるかと声をかけられたが、そんな余裕はないと断った。
(実は、この日の夕食は、出張シェフが作るフランス料理だったらしい。残念!!)
このとき「院長先生が戻られました」と看護婦さんに言われた。
そうか、四角先生は曜日限定の非常勤だったんだ。
院長先生の内診は、やさしくて、全然痛くなかった。・・四角先生のバカ。
内診の結果、子宮口はまだ7センチ。羊水が濁っているのが気になるみたい。
指圧はマッサージより大変らしく、母とYASU は30分おきに交代。
午後10時、疲れはピークを迎えようとしていた。
いきみ逃しもだんだんおざなりになってくる。
なかなかお産が進まないので、思い切っていきんでみることになった。
看護婦さんが励ましてくれる。「もう3分の2くらいまで来ましたからねー」
・・・ちょっと待って。もう20時間近く経つんですけど。
あと3分の1って・・、10時間もかかるの!?
あんまり励ましにはならなかった。

陣痛促進剤

とりあえずいきんではみたものの、様子に変化は見られない。
その間にも、バシャバシャ破水は続き、
お腹の赤ちゃんが干上がってしまうんじゃないかと心配になる。
赤ちゃんの心音をチェックする分娩監視モニターはつけっぱなしになった。
午後11時半すぎ看護婦さんと院長先生が陣痛室にそろって入ってきた。
破水からの経過時間が長いため、そして羊水が濁っているために
これ以上お産が長引くと、赤ちゃんへの負担が大きくなることを説明され
陣痛促進剤の投与を行うことにすると言われた。
もう、煮るなり焼くなり好きにしてくれ状態だった私はコクコクとうなずき
さっそく準備が始められた。
破水液でビショビショになった服を着替えたあと
点滴に促進剤入りの液がセットされ、かなり遅めに送液量が調節される。
30分くらいで薬が効き始めるだろうと看護婦さんは言っていた。
22日午前1時をまわった。ちょうど送液開始から30分が経過したころ
突然、今までとは全然違う、ものすごいいきみ感におそわれた。
そうか、陣痛っていうのはこういうものだったか。
フー・ウン呼吸が叫びに変わると、看護婦さんが飛んできてくれた。
9センチになりましたね。分娩室に移動しましょうか。
22時間待ち望んでいたそのお言葉。
嬉しくて叫びそうになった。

分娩室

分娩室までの立ち会いは希望していなかったので、母とYASU は廊下で待機。

フラフラとベッドを降り、陣痛室のすぐとなりにある分娩室に入る。
分娩台を前に、再び陣痛が来て立ち止まったが
看護婦さんに急かされ、頑張ってよじ登った。
足を広げて座り、腰のあたりにある棒に手をかける。
もう既にヘトヘトで、力が出るとは思えなかったが
分娩監視モニターから響く赤ちゃんの鼓動に励まされ、とにかくいきんでみる。
なかなかコツがつかめなくて、陣痛とのタイミングも合わない。しかも痛い。
「痛いです・・」
言っても仕方ないけれど、思わず口をついて出てしまった。
「辛いでしょうけれど、できれば頑張っていきんでみて」と看護婦さん。
・・「できれば」でいいのか。「できなかった」らどうするんだろう。
変に冷静に言葉尻をとらえながら、できるだけいきんでみた。
もう、いつが陣痛なのか、よくわからなくなった。
院長先生が入って来るとすぐ、産道の出口を少し切った
あらかじめ切り込みをいれておかないと、赤ちゃんが通るときに裂けて、
かえってひどい傷になるらしい。
局所麻酔で、切るときの痛みは感じなかった。
そしていきむ。またいきむ。
先生や看護婦さんが「上手、上手、その調子!」
と言ってくれるのを指標に、だんだんコツが分かってきた。
ボート漕ぎのフィットネスマシンを、全力で引っ張る感じ。

なんだか、赤ちゃんが出てくる感覚が分かったような気がした。
「もう頭が見えてるから、頑張れ!」
先生の言葉に、いつもの300倍くらいの力が出る。
「ヴ、ウーン!」
自分のいきむ声が、怪獣みたいで怖い。きっと、顔も怖いんだろうな。
そんなことを考えていると、赤ちゃんの頭が出かかっているのを感じた。
ここで力を抜いたら、赤ちゃんの頭がくびれちゃう。
妊婦雑誌で読んだ記事を思い出し、最後の力を振り絞る。
ズルッと頭が出きると「もういきんじゃダメ。短息呼吸!」と言われた。
つかんでいた棒を放し、手を前で組んで「ハッハッハッハッ」と息をする。
後はいきまなくても、自然に出てくるのだ。

そして・・・出た!!! ついに出た!!!!
足下で先生が処置をしている。
 「・・ヴェギャァァ!」
かなりハスキーな鳴き声。先生が持ち上げて見せてくれる。
目の前には、まるいおちんちんのついた、白くてピンクの生き物が
真っ赤な口を最大限に開けて鳴いていた(泣いていた?)。
ぽんちゃんだ!男の子だ!
嬉しくて嬉しくて、「ワーッ」と叫び、手をたたいた。
午前2時4分の誕生だった。
 
ぽんたの首には、へその緒が一周巻いていたらしい。
だから苦しくて、胎便をし、羊水が濁ったとのこと。
大変だったんだね。お疲れさま、ぽんた。
 
後産(胎盤の排出)も、切開部の縫合も、全然痛くなかった。
とにかく幸せで、嬉しくて、ずっとニヤニヤしていた。

初だっこ

へその緒を切った赤ちゃんの体を軽く拭いたあと、
産着でくるんだ赤ちゃんを抱かせてもらった。
真っ白で、口が妙に赤いぽんちゃんは、まだ人間には見えない。
ふさふさした髪の毛には、まだ いろいろこびりついている。
鼻の頭に、脂肪詮がたくさんつまっている。
毛穴パックをしたら、さぞ楽しいことだろうと思った。
「ぽんちゃん、初めまして!」「おかあさんだよ〜」
「大変だったね〜」「よくがんばったね〜」
キュッと目を閉じたまま口を開けているぽんたに、ひたすら話しかける。
YASU や母の入室も許され、写真を撮ったり、労をねぎらい合ったりした。
今回の出産は、二人に本当にお世話になった。
5分おきの指圧は、めちゃめちゃ大変だったに違いない。
自分のことに夢中だった私は、
「もっと強く!」とか「そこじゃない!」とか、遠慮がなかったからなあ。
ぽんたは3人で産んだようなものだよね。
ほんとうにありがとう。

ぽんたは、破水した羊水に長時間浸かっていたので、
産道にいた GBS という菌に感染した可能性があるらしい。
万が一を避けるために、抗生物質の治療をすると言われた。
本来なら、産後2時間、分娩室で赤ちゃんと過ごせるらしいのだが
治療のため、ぽんたはすぐに別室に連れて行かれた。
分娩室に1人残された私は、めちゃめちゃ疲れているはずなのに
興奮して一睡もできなかった。
棚に並んでいる薬品類や、酸素ボンベに書いてある使用説明など
部屋をぐるぐる見回して2時間を過ごした。

感謝

私がぽんたを抱っこしている間、
看護婦さんや先生はテキパキと後かたづけをこなしていった。
真夜中なのに、いつもと変わらない頼もしい動き。
以前、産婦人科医って楽でいい商売だ、と書いたことがあったけど
それは大間違いだった。
夜中だろうと休日だろうと、時を選ばずやってくる赤ちゃんを
常に冷静な判断で、安全に迎える仕事は、ハードで責任の重い大変な仕事だ。
今回だって、あのタイミングで促進剤を使ったからこそ
一番苦しい時間は 短くて済んだのだ。
母が私を産んだときは、早いうちから促進剤を使ったのに
なかなかお産が進まず、結局5本も注射した挙げ句、24時間苦しんだそうだ。

23時間、代わるがわる世話してくれた看護婦さんたちも、みんな優しかった。
検診の時は、口うるさい、ただのおっちゃんと思っていた院長先生も
今は神様みたいに頼もしく見える。
みなさん本当にありがとうございました。感謝の気持ちで一杯です。
そして、5日間の入院中も、このスタッフのみなさまには
感謝しまくることとなるのであった。

 
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