北村 薫
「リセット」 新潮社 評価A
「時と人」三部作の最終作。
三部構成になってます。 第1部は、戦前〜戦時中の女学生の語りです。 裕福に幸せに育ったまあちゃんの暮らしぶりや、ほのかな初恋が見事に描かれていて、またこの時代の雰囲気もとてもよく伝わってきます。 戦争が始まったときの家族や周囲の状況や感情の変化、学校が軍事工場になり飛行機を造ることなることなど、戦争を歴史としてしか知らない私は、なんとも理解できない痛々しい気持ちがしました。 北村氏も戦後生まれのはずなのですが、軍部や政府、国民がおかしくなっていくことや悲惨さをたんたんと書いています。 ちょっとどこかで読んだ気持ちがしたのですが、参考文献に「少年H」があったので、なるほどと思いました。
第2部は、現代で子供の父らしき、おそらく中年の男性が入院先で子供に話したいことを録音しているという設定です。 最初は「おじさんの昔話がずっと続くのかな」と少しつまらなく感じましたが、彼の初恋の女性がでてきたあたりから話がもりあがってきます。
「小学生に本貸します」という優しい看板。 その家の聡明でやさしい女性。 男性が中学生になり、そのおうちにお別れを言いに来たとき、2人は自分たちの運命の関係に気づくのです。
第3部では、まあちゃんのその後や入院している村上君のその後が交互に書かれています。 私は「生まれ変わり」「輪廻」という概念や、それを盛り込んだ物語はたいてい嫌いなのですが、「リセット」はとても綺麗に感動的でした。 日本の国の移り変わりとともに、いい話だなと思いました。 2002/6/14
「ターン」 新潮文庫 評価A
「時と人」三部作の第2作。
北村薫氏の作品の中では、これが一番好きです。
29歳の版画家真希は、夏のある日交通事故に遭う。 その日から誰もいない世界で同じ1日を過ごすことになってしまう。 午後3時15分になると、どこにいても自宅の居間に戻ってしまい、また同じ1日が始まるのだ。 他に誰もいないし、でもお店の品などは時間が止まったように新鮮なままおいてあるので、生活に困ることはない。 でも、何をなしても3時15分を過ぎれば元に戻ってし合うので、日記を残すこともできず、版画を作成することもできない。 だんだん焦燥感がつのっていくのだが、あるとき電話が鳴った。
話は最初、2人称で書かれている。 誰かが真希を見て語っているようなのだが、真希はその相手と話をしたりもするし、ちょっと不思議な感じがする。 そういう技法なのかなと思っていたけれど、ちゃんと意味はある。 また、版画を作るまでの過程や、それを印刷するときの微妙な雰囲気が、魅力をもって書かれている。 真希を「版画家」に設定したことも、「同じ版から何枚も絵を刷る」ということが、作品の雰囲気を作っているような気がする。
電話が鳴り、つながった相手は真希の版画を作品に使いたいと思っている、イラストレーターの男性だった。 なぜ彼とだけ電話がつながり話ができるのか。 彼と真希の暖かい優しい会話も素敵である。 だんだん2人が心を通わせるようになるのもよくわかる。 北村氏はロマンチストなのだろうと思う。
このくりかえしの不思議な世界で、そのうち第3者に会う。 このちょっとまずい出逢いにより、真希が日常がどんなに愛しくて大切かということに気づき、「私には版画がある」と生きる希望を見つけるかのきっかけになるのだ。
真夏のからっとした日が舞台のためか、真希の人間性のためか、綺麗で読んでいて気持ちのいい後味のいい小説である。
2002/6/15
「スキップ」 新潮文庫 評価B
「時と人」三部作の第1作。
文庫で発売されたときの帯を抜粋する。
「まどろみから覚めたとき、17歳の<わたし>は、25年の時空をかるがる飛んで42歳の<わたし>に着地した。」
とても魅力的で、わくわくする1文ですよね。 これに惹かれて迷わず本をレジに持っていったのでした。
でお、最初読んだときは、「いまいち」と思った。 他の作品にも共通するのだが鍵括弧<>が多くて目に触ってしまうのです。 それ以外にも会話のテンポや、女子高校生の発想が私とことごとく違うためか、ストーリーに乗り切れないのだ。 おそらく読者がにやりとしてしまうことを想定していると思われる書き方も、私の感性からずれている。 たぶん、北村先生が芸術家的な文学肌で、(似非)理系の私には作風が理解できていないのだろうと思う。
17歳だった<わたし>が突然42歳になる。 17歳から42歳までだと、楽しい学生時代や恋愛、仕事、結婚、出産といった人生で一番いろいろある時期だから、それらを飛び越してしまうのはあまりにもショックで悲しすぎる。 これから「女」として美しくなろうという時期に、ある日突然ピークを過ぎた40代になってしまうなんて。
小説の中では、そのことに対する諦めが割りと早いような気がするのだ。 主人公真理子が気丈で前向きな性格のためかもしれないけれど、私だったらショックでショックで何ヶ月も現実と向き合えないだろうと思う。 さらに、自分が高校教師だということを知り、自己の意識では同じ年くらいの高校生に国語を教えることを頑張ってしまうというところが、こんなに前向きな人っているのかなとつい覚めた目で見てしまった。 それに、家事に慣れている人だって、教師のような仕事と家庭の両立は大変なのだ。 この話の中では、高校教師としての毎日が主に書かれているけれども、家庭内での細々とした生活のほうだってもっと大変になるはずなのだ。
エピローグはとても悲しかった。 やっぱり25年間の空白なんて悲しすぎる。 でも主人公真理子のことがとても好きだなとも思った。 2度目に読んだときのほうが、この作品はよかった。 読み手が年をとったせいかな。 2002/6/15