乃南アサ
「凍える牙」で直木賞受賞。 女性の心理描写には定評がある。
「鎖」 新潮社 評価A
直木賞受賞作「凍える牙」に続く、音道刑事ものの長編である。
私も階級社会ではないけれど、男社会の土建業にいたことがあったので、音道刑事の気持ちはよくわかる。 でも、仕事熱心だし、心が強い女性である。 女性の社会進出といっても、生きにくい世界はたくさんあると思う。 警察もそうなんだとひしひし思った。 私もそうだったけれど、野外でずっと過ごすことや行きたいときにトイレに行けないことなど、特に生理のときは本当に辛いのだ。 男性はストレスのたまる仕事の後、飲んで同僚と憂さをはらせるけれど、女性は同僚と飲んでも気を遣うばかりで居心地の悪いこともある。 辛い仕事のときに音道刑事の話を読むと、「まだまだがんばんないと」という気持ちにさせられたものである。
音道刑事と組んだ、警部補の若い男性警官の性格描写が実によくかかれている。 「こういう人っているだろうなあ」と思いながら読んでいくと、こいつのせいで音道刑事がひどい目に遭うのだ。 でも、彼女を認めている滝沢刑事(凍える牙参照)らの地道な努力などでなんとか事件は解決を見る。 その警察の動きや、音道刑事の心理状態などが丁寧にリアルに描かれている。 あまりにも現実感があるので、物語としては楽しみにくいこともあった。 さらに、音道刑事をはめた犯人たちの描写には、空恐ろしくなった。 DVに慣らされた女性についてなどは、乃南氏の得意とする心の裏側をなでられるような感覚が味わえた。
それから、今回はプロの警官として懸命な音道刑事にも、素晴らしい恋人ができていてほっとした。 包容力のある男性とはこんな人のことをいうんだろうなと思う。 また、このシリーズは音道貴子の警官としての成長というテーマもあると思うが、同僚との関係も含めてそれを感じられた。 2002/8/1
「未練」 新潮社 評価A
音道刑事物、短編2作目である(1作目は「花散る頃の殺人」)。 音道刑事の普段の軌道捜査部隊としての生活が主である。 彼女の軌捜の警官としての日常も興味不快が、お肌の調子を気にしたり、ストッキングを買いだめしたりなどの普通の生活が描かれているのが短編の魅力であり、面白い。
「未練」では、警官としての仕事上の話ではなく、音道刑事の愛用のカレー屋での出来事や友人との関係についての話である。 それでも警官として培われたのであろう問題の対処や判断力などは、本当に格好いいと思う。 友人の安雲(あすみ)は、音道刑事が甘えられるし、いい友人を持っているなと思わせる人物である。
「立川古物商殺人事件」は管内で起こった殺人事件の話である。 本部が組まれ、音道刑事はいい人物だが清潔でない刑事と組まされる。 容疑者は浮かぶが決め手がなく、話が終わるまでに解決しない。 しかし、「こういうのが警官らの日常」と思わせる描写である。 また、その相方の刑事の私生活なども物悲しく傍物語をなしている。
「山背吹く」は前作の長編「鎖」(上記参照)後の、音道刑事の心の傷とその回復の話である。
「聖夜まで」は淡々と描かれているが、かなり残酷で壮絶な話である。 これから私も2人子供をもうけて、なんとか仕事もしたいと考えているのだが、読んでいてとても不安に襲われた。 悲しくて哀れすぎる話である。
「よいお年を」は、年末実家に里帰りし、母にこき使われるところから始まる。 音道刑事の仕事内容からかけ離れた平和な日常を営んでいる両親にほっとする。 「聖夜まで」の後にこの短編が入っていてよかった。
「殺人者」は、「立川古物商殺人事件」のエピローグ的な話である。 相方だった刑事の過酷な日常と年末が描かれている。 人はそれぞれいろいろな事情を抱えて仕事をし、生き続けるんだなと思った。 2002/8/23
「不発弾」 講談社 評価A
6編が収録された短編集。 どれも小説らしくて面白かった。
「かくし味」老夫婦がやっている、常連さんのみの焼き鳥屋での話。 煮込み料理が絶品で毎日食べて20年通う人もいるほど。 ただ、常連さんは早死にが多いので、主人公は気になってまさかこの店のせいじゃないかと、疑ったりもする。 雰囲気はオカルト的なんだけれど人情の話で、オチもしっかりしているのでとても気に入った。
「夜明け前の道」
あるタクシー運転手。 人生に絶望して「もういいや」と自殺する気になるが、瀕死の外国人客を乗せるハメになって・・・。
これもラストがいい。 ほんのちょっとしたキッカケで人間が立ち直ることってあるんだなあと思う。
「夕立」
痴漢を捕まえた女子高生。 最近の女子高生ってこんなに大金を必要として、こんなことしてるの?と思った。 私と10年しか違わないけれど、現代の女子高生じゃなくてよかったとよく思う。
「福の神」
飲み屋「茜」での話。 「お店」って不思議なところだなと思った。 他人の人生、人格や仕事を垣間見ることがあって、だけれど、飲み屋で働いている人とは関係がない。 「こういう人って上司にもつと本当に嫌だなあ」と思いながら読んでいたのだが、あのようなラストが待っているとは思わなかった。 いい話である。
「不発弾」
乃南アサさんらしい話。 後味の悪さも救いのないところも、以前はこういうタイプの話ばかりだったので、最近の乃南氏はずいぶん爽やかだと思う。 もちろん私は最近の雰囲気のほうが好き。 でもたまにこの「不発弾」みたいな話を読むと変な懐かしさを覚えてしまう。
こういう人生ってありがちだけれど、やっぱり嫌だな。
「幽霊」
テレビ局でプロデューサーをしている男の復活。 宮仕えはどこも辛いけれど、テレビの世界はシビアすぎて本当に大変そう。 と興味深く読めた。 短編だけれど、丁寧に描かれていて読後感もいい。 2002/9/9