重松清
「ビタミンF]で直木賞を受賞。
「ビタミンF」 新潮社 評価A
父親の視点から、家族を描いたつの作品がつまっています。
本の帯には、「元気をはこぶ七つのストーリー。 これは「読むビタミン」です。」と書いてあるけれども、私はこれから子育てを始める者として、ついこの前まで両親に育てられてきた子供として、何だか胸につまされる感じがた。 今はお腹の子供の誕生がただ楽しみであるけれども、そう遠くはない将来、昔は一身同体だった我が子との距離のとり方がわからなくなるときがくるのだ。
第1話では、主人公である父親は37歳という設定なのだけれど、あと10年たったら私たち夫婦もあんなに老けるのだろうかと、ちょっと怖い気がした。
第2話では、息子と2人きりになり、何を話していいのかわからない父親。 確かに、私の父も弟と2人で話をはずませていることなどない。 私ともないけれども。 それから、ちょっとだけ出てくる会社の部下との会話。 この部下は私と同じ世代なので、言い分や価値観が似ていると思った。 私は団塊ジュニア世代で、人数が多いため受験に苦労し、不景気のため就職に苦労し、職を得てからもボーナス減額や失業の恐怖などがあり、運の悪い世代だと思っている。 でも何かしら運の悪い時代にみなひっかかっており、時代時代に様々な理不尽さと価値観があるのだと言われた気がした。
第3話では、大人にさしかかった中学生の娘と父親。 私が中学の頃、父は出張だらけで月の半分は自宅にいなかったから、デリケートな時間を2人とも避けて通ってしまったことに思い当たった。 実際あの10代の数年間は父とは何を話してもかみあわず、2人きりで話すのが苦痛だったと思う。 でもこのように、娘について真剣に考えたり悩む父親ってどのくらいいるものなのかしら。 みんなできれば避けて通ろうとしちゃうんじゃないだろうかと思ったりする。
第4話は、一番こわいと思った。 両親に何でも話してくれる中学生の娘。 両親ともまっすぐに娘を愛しており、期待にこたえるように娘もまっすぐ育っている。 娘が学校で嫌われ者の女の子の話を一生懸命にする。 「人の好き嫌いはしょうがないじゃん」と言い切る。 実はいじめに遭っているのは自分のその娘なのだ。 まっすぐ素直に育ったから、周囲の鼻について嫌われていじめられるなんて、一番理不尽な理由だと思う。 原因もないし主導者もいないから手のうちようもないし、欠点がないから正しいから嫌われるんじゃ、切なすぎてやりきれない。 もしも、自分の子がこういう目にあったら、理不尽さにめげない強い気持ちをもって欲しい、そしていやな大人くささである「割り切り」「達観」を身につけてやり過ごして欲しいと思うものなのだろうか。
第5話。 これはあんまり好きじゃないかも。 でも37歳くらいになって「自分の人生こんなもんか」とつまらなく感じるときがくるんだろうなあとも思う。 今でも将来への選択肢は10年前と比べて減っているはずだし。
第6話。 こんなに大人な、会社でも家でも人格者である父親にでも、問題は生じるものなんだなあと思った。 でもこういう人が父親だったら、家庭が歪んでもすぐに建て直せるだろう。
第7話。 ばらばらになった家族。 いつでも帰れるのが家庭。 そこから巣立ちたいと思う場所が家庭。 私はいつでも帰れる場所だと思っているほうだなあ。 実家も遠いけれども、いつまでも自分の居場所はあると信じているし。 これから作る家庭はどんな家庭になるだろうか。 いろいろと思いをはせてしまった。
2002/6/6
「カカシの夏休み」 文藝春秋 評価A
文章は、あっさりと軽めなんだけれど、扱っているテーマなどはシリアスで重いです。 しかも、他人事じゃないような身近な出来事が多いです。 3つの中篇が収録されています。
ダムとなって沈んだ故郷をもつ小学校教諭。 父と教師であり中年にさしかかった年齢。
教え子と結婚し、1人娘をもうけてすぐに先立たれた高校教師。 当時の髪型を保つために鬘をつけているやはり中年教員。
自殺を訴える同級生の電話を無視したことから、人殺しと言われ、表情を失くしてしまった女の子。
どの話も、読んでいて切なくなり、辛くなり、「自分にもこういうことがあるかもしれない」という恐怖をもってしまう。 日常の問題や老いや心の問題だけに、すぱっと解決できるわけでもなく、余韻を残しそれでも未来への希望を感じさせながら、物語が終わる。 うまいなあと思わせる作品である。 2002/9/3