産後
2002年11月 (入院から1ヶ月間)

 


超安産で出産。 しかし、身体の回復にはたっぷり3週間かかりました。  
それに、想像はしていたけれど、新生児のお世話はとても重労働です。 
                  
                 

 10/31(木)

 出産当日。 この病院では、産後6時間後に母子同室になるという。 出産時に腕が筋肉痛、なぜか喉も痛く、もちろん寝不足、そして子宮収縮痛、傷口の痛みなどで、いくら安産とはいっても、だいぶ疲労していた。 ゆっくり眠ろうと思ったが、トイレに行けだの、入院の説明やらいろいろで、なかなかゆっくりできない。 やっと眠れると思っても、午前中は周囲がばたばたしており、また私のベッドはドアに一番近い場所だったため、ろくに眠れなかった。 子宮収縮痛もかなり辛く、吐き気がするほど。 鎮痛剤をもらい気を失う。

 そのうち、昼になり赤ちゃんが連れられてきた! よく眠っていて、とても小さくてかわいい・・。 こんなのを私が生んじゃったの?と感激。 おむつ交換などを習う。 胎便をたっぷり。 しかし、身体が疲労と痛みでいうことをきかないので、なかなか思うように世話ができない。 だが、病院側は結構容赦なかった。

 2時からの面会で母が、5時に両親が、5時半にこの病院に勤めている友人が来てくれた。 赤ちゃんをみんなに見せて、とても嬉しい。

 夜は全然眠れなかった。 午前4時までは、赤ちゃんが寝ていてくれたのに、同室の人の鼾が気になり、4時以降は赤ちゃんが全く寝てくれなかった。  比較的母乳が出るほうらしいが、赤ちゃんが満腹して寝るほどではないのだ。

 この日、電話でオットと相談し、息子の名前を決める。 ここでは、リンセーとします。
 11/1(金)

 寝不足と疲労でむくんだひどい顔。 リンセーもまだまだむくんだ顔をしている。 眠る時は4時間以上も眠っているのでこれ幸いと私も眠るが、看護婦さんに
「3時間おきに授乳してね」と起こされる。 

 慣れない授乳と筋肉痛の残りで、上半身が凝りにこりまくる。 さらにまだ続く子宮収縮痛だった。 でも、まあまあ母乳が出ているのか、便や尿がちゃんと出ていて安心。 もっとも全然十分な量ではなく、1割も体重が減少した。

この夜は全然眠れなかった。
 11/2(土)
 リンセーはほとんどおっぱいにくっついている。 おっぱいを飲むためだけに起きるみたい。 おっぱいを求める顔が、えさを要求する小鳥を思わせてすっごくかわいい。 この顔を見たら愛しさがつのってくるのだった。

 血液検査でまた貧血とのこと。 飲み薬が追加になってしまった。おっぱいを求める顔
 11/3(日)
 リンセーの血液検査では、全く異常なし。 彼はAB型らしい。 オットがA型、私がB型で遺伝子型がBBなので、ABかBのいずれかだと思っていた。

 ちょっとおっぱいが張って出るようにきたので、リンセーも夜まとめて寝てくれるようになってきた。 顔のむくみもとれてきて、目が開いてくるととてもかわいい。 私に似ていると看護婦さんに言われた。

 リンセーの体重減少も止まり、増加し始めたのでとても嬉しい。
  11/4(月)
 ビタミンK補給のための、K2シロップをリンセーに飲ませる。 哺乳瓶で20ccほどを一気飲み。
 11/5(火)
 退院前日。 「お祝い御前」が夕飯に出る。 とてもおいしい。 しかし、再び収縮痛と、風邪気味のような身体のだるさで具合が悪い。 でも、リンセーは元気。
 11/6(水)
 やっと退院の日。 新生児検診でも問題なし。 たっぷりうんこをしていて、小児科の先生の手についてしまった。

 実家に戻ってきた。 母とオムツ替えや授乳でてんやわんや。 リンタは、タクシーに乗ると眠ってしまい、気持ちよさそうだった。 初めて夜一緒に寝る。 緊張・・。 
 11/8(金)
 オットが来る日。 待望の日である。 彼は、かなりぼーっとしていたらしく、飛行機の中に小説を忘れてくるほどだった。 感動の父と子の対面である。 

 オットは、ずーっとリンセーを抱っこしていた。 夜中も、授乳の私と一緒に起きてオムツ替えなどをする。 寝不足で大変。

 リンセーは、おっぱいを飲むとスイッチが入ったかのように、便をする。 それも大量に。 1日15,6回も。 そして、またお腹すいたと言わんばかりに、おっぱいを要求する。 私は疲れて、授乳のたびにふらふらする。 血液が吸い取られていく感じ。
  11/10(日)
 紋別に住む友人が、リンセーに会いに来てくれた。 彼は私とオットの大学時代の同級生で、さらに研究室も同じだった友人なのだ。 嬉しかった、ありがとうね。 
                 
  11/11(月)
 オットが帰ってしまった。 次に会うときは、リンセーも1ヶ月過ぎているし、だいぶ大きくなるだろうなあ。
  11/13(水)
 入院していた病院での、1週間検診の日。 母とリンタを連れてタクシーで行く。 新生児の検診と、おっぱいのチェック。 リンセーのおむつかぶれを診てもらい、薬をもらう。 さらに、市販のおしりふきはやめて、脱脂綿をお湯で湿らせ洗うようにとの指示を受ける。 リンセーはまだ保険に入っていないので、5000円もかかった。 

 リンセーの体重は、1日約34g増加しているとのこと。 標準である。

 母乳チェックは問題なし。 しかし、右のおっぱいがかたいような気がするのだが。

 夜中、右のおっぱいが腫れてきて、リンタも全然泣いて満足せず、これは乳腺炎の前兆だと思い、母に手伝ってもらって、午前1時までマッサージ等格闘し、リンタに飲ませてなんとか回復。
  11/18(月)
 夜中から具合が悪く、とうとう夕方熱が38℃まで出てしまう。たぶん、過労だろう。 リンセーのお風呂いれ(ベビーバス)は、両親に頼む。 父はとても嬉しそう。 リンセーも私がいれるよりご機嫌で、いいお顔をずっとしていた。 ちょっと休んだらよくなってきたのでよかった。
 
 リンセーは日中は全然寝ない。 午後になって1,2時間やっと寝付くかなという感じで、割とご機嫌でずっと起きている。 新生児は寝てばかりいるものと思っていたが、そんなことはないのだなあ。

 熱がさがったら、産後から今までのだるさが全くなくなった。 一気に疲れが癒されたのだろう。 
  11/22(金)
 午前中、出産した病院勤めの友人が1歳4ヶ月の娘さんと一緒に会いにきてくれた。 娘さんは、とても賢くかわいかった。 リンセーはたいてい午前中は、オムツとおっぱいで大騒ぎなのに、今日に限って眠っていた。

        
 夜には、大学生のいとこが札幌からリンセーに会いにやってきた。 1泊して帰るのだ。

 リンセーは抱き癖がついたらしく、夕飯時や昼食時など、母に抱かれて満足そう。
 11/23(土)
 帯広から、私の祖父母、叔父伯母が来る。 みんなが来たとき、授乳中だったのだが、祖母も伯母も喜んで胸元のリンタを覗き込み、祖母などは無理にはがそうとまでした。 リンセーが寝ると、祖母はつついて起こし、抱っこしまくっていた。 祖父は授乳中のおっぱいを見て
「窒息するんじゃないか」とリンセーの鼻先のおっぱいを押さえてくれた・・・。 孫のおっぱいという意識は消え去るほど、曾孫の様子が気になったのだろう。
                   83歳の祖父

 今日は、札幌で大学の同期の結婚式がある。 私も行きたかったなあ。
 11/26(火)
 夕べからリンセーはおっぱいにくっついて離れない。 全然満足しない様子。 たりないに違いないと思い、試しにミルクを40cc飲ませてみると、すごい勢いで飲んだのだ。 母としてはフクザツな気分。

 しかし、午後から会社が休みの父に哺乳瓶とミルクを預けて、母と外出できた。 久しぶりの外は寒かった。

 リンセーは、きばるとき独特の表情をする。 私と母はそれを「ほうの顔」と呼んでいるが、鼻の穴を広げ、この表情をし、顔色が真っ赤になり、弛緩する。 それからオムツを開くと当たりなのだ。 
ほうの顔
 11/29(金)
 函館から私の弟がリンセーに会いにきてくれた。 ヤツと会うのは2年ぶり。 函館ー北見間は、函館ー東京くらい離れていて、飛行機直行便も隔日である。 乗り継ぎの場合片道7、8時間もかかったりする。 また、航空券は往復で5万くらいだったらしい。 道内といえども、東京から北見に行くよりよほど遠い。

 弟に私のお産の話をすると、彼は専門家(産婦人科医)なので、いろいろな所見(?)をきけた。 赤ん坊の頭が見えてからいきむほうが、お産がすんなり行くらしい。 だから、私の場合はいいお産だったのだ。

 産婦人科医は、新生児に触れることはなく、彼もリンセーを抱っこするのはこわごわだった。 弟は抱っこしながら
「あ、あくびしてる」などとニコニコしてリンセーを見ていたが、リンセーが「ブブっ」とおベンをすると、慌てて私に返してよこした。 

 おそるおそる   弟のオーストラリア土産の靴

                      


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