記憶の記録なのだのページ
おじいちゃんの記憶の記録が始まったのは、
ちょっとした不思議からでした。
その時の2人の会話をそのまま記録してみます。
おじいちゃんからのメール:むすめさとこさま
おもちゃライブラリーでのひとこま。
おおぜいの人たちが居る中で、おばあちゃんの顔を見て,
「手を口に当てて笑うしぐさをした」と言ってよろこんでいましたよ。
もう十分記憶されているんだね。
これからも繰り返し真似ながら、どんどん記憶されていくことでしょう。
ところで、成人してから幼児期の記憶を呼び出せるのは何歳ぐらいの
事柄からでしょうか?。
何年か前の朝日新聞コラムで、
「幼児期の記憶はスナップショットのようなものだ、
断片的でテレビドラマのように時間的なつながりがない。
小学校へ上がったころからつながってくる」というような意味の文でした。
共鳴するところがあって興味をもちました。
私の記憶の部屋にあるスナップショットのいくつかを書いてみることにします。
イレブンになったので、つづきはこんど。 99/08/31
おかあちゃんの返信:ちちやまとさま
私のスナップショット
*京橋の階段をのぼった時のシーン
お母さんと手をつないで階段をのぼっていたつもりが
なぜか、見知らぬ人の手を持っていて顔を見上げて
気づきびっくりした。
*雨の日のシーン
2丁目の家で、お兄ちゃんと雨の日に遊んでいた。
お兄ちゃんが集めていた無数のミニカー。
ドアのノブで、紐をちょうちょ結びする練習。
お母さんのレース編みをからませて、泣かしてしまった事
んー、私の場合たぶん5歳前後からかなあ。
記憶って不思議だねえ。
思い出してみると、もっともっといっぱいあるでえ。
お父さんのスナップショット、楽しみ〜!
そうそう、お母さんの真似をして、「はははっ」て口元に
手を当てるしぐさがすごいかわいいねん。
私とか旦那さんが笑ってる時もときどきやるけど、
鼻をしわくちゃにして、見せに来たりするよ。
お母さんの前だと、必ずやるもんね。
笑ってなくてもやりに行ったりしてたから、
「あ、おばあちゃんやっ」って、感じなのかなあ。面白いわあ。
それでは。
トゥウェルブになったので…。 99/08/31
おじいちゃんの返信:ゆかいな娘さっちゃんへ
ちいさい時の記憶は、おかあちゃんとか、おとうちゃんとか、
誰かと一緒のようだね、それと世間でよく言われるのは、
ちいさいときの記憶は本人の記憶ではなく、あとから周りの人たちに
「おまえはこうだったとか、あああだったとか」言われている
うちに自分の記憶のように思ってしまう。
つまり、あとから貼り付けられたのだと。
私はこの説に、なかば納得、なかば「ちがうで」と思うのです。
父に肩車をしてもらったとき、いつも下から見ていた天井が手が届きそうな
位近くに見えてふしぎな感動をおぼえたことがあります。
あそびから帰ってきて、すぐははおやのおっぱいをほしがって
「まあ、この子は4つにもなつて」とわらわれたシーンがあります。
そして、第1回記憶の記録おふどうさんへつづく。。。
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