その14
だいじょうぶ?
昭和20年3月の末、担任の森本先生が家庭訪問に来られました。八歳になって間もない、もうすぐ三年生に進級する頃のことです。
両親が先生と座敷で話し合っている間、私は家の外で一人それとなく遊びながら待っていました。やがて玄関に父や先生の声が聞こえました。先生が帰られるところです。なんとなく緊張気味の私に、先生は近づいてきて声をかけられました。「今、お父さんたちとあなたの集団疎開のことを話していたのよ、今、日本は戦争で大変なの、あなたも三年生になるので疎開をしなければならなくなったの」と、状況を説明してくれました。そして、最後に私の背丈まで身を低くして、顔を近づけながら言われました。「だいじょうぶ?」と。
八歳になったばかりの小柄な、幼い私を見ていて、思わず出たことばなのかもしれません。私は「うん」とうなずき返事をしました。そうするしかなかったのです。これから始まろうとする疎開生活がどのようなものか、どんな戦いが待っているのか何一つ分かってはいなかったのです。それでも「だいじょうぶ?」と問われたら、「うん」と答えるしかありません。八歳の私にも、戦況の厳しさは日頃身に感じていたのです。
『疎開』という言葉は昭和19年の秋から冬にかけて身近に感じるようになっていました。すでに、二人の姉たちが徳島へ集団疎開していたのです。身近な姉たちが通った道、私も通ることに疑問はありませんでした。
このあと、厳しい、つらい疎開生活がまっているのですが、それは次回にゆずります。それにしても、先生が顔を近づけて、やさしく言われた「だいじょうぶ?」という声は、今なお耳に残っています。
本日はこれまで、 ではまた。 2月29日
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