その19
行儀作法と敵愾心
集団疎開は、少年期の体験としはあまりにも強烈だったので、元気な間に書きとめ
ようとしています。ところで、手元にある参考書によりますと、1944年に、文部省国
民教育局長通牒「集団疎開学童の教育に関する件」が発せられています。
「必勝の信念を培い」
「教員を中心とする家庭的和楽の裡(うち)に薫化の実を挙げる」
うたい文句は、なかなかのものでありますが、実態は食料確保に追われ、それどころ
ではなかったということであります。
それでは、その実態の一部を八歳の目でみたまま、何回かに分けてお話します。
学校
お寺の中だけでなく、地元の学校にもいっていましたが、教室での学習風景は思い
出せません。
学校での記憶としては、朝礼の時、先生が「空襲がいよいよ激しくなつてきました。
我が校にも銃弾が落ちていた」と言って、弾を見せながら注意をしていたことぐらい
です。
礼儀作法
夕食後はたっぷりと時間があります。あるとき、めずらしく女の先生が一緒でし
た。私たちにお行儀のことを教えていました。ふすまの開け方の実習になりました。
ふすまを開ける時は、立ったままではなく、ふすまの前でいったん座り、取っ手に両
手をかけて開く、次の間に移れば、また、襖の方に向かって座り、はじめと同じく
とってに両手をかけて閉める。
このようなことを、一人ずつ実習させられました。
チャーチルとルーズベルト
あるとき、先生が「皆集まりなさい」と言われたので、行きました。先生が「これは
6年生の〇〇君が書いた絵だ」と紹介していました。見ると、チャーチルとルーズベ
ルトの似顔絵でした。
何をするのかな?と思っていると、敵将の悪口を大きな声で叫びながら、その絵を
ズタズタにやぶりました。
襖の開け閉めという、優雅な教えとともに、敵愾心も教えこまれていたのでした。
次回は生活面です。本日はこれまで。
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