その23

おなかがすいてペコペコなのだ

春、疎開先の一乗寺を訪れた折、当時から住んでおられた女性の厚意で、寺務所の奥座敷に案内されました。お茶をよばれながら、部屋の様子を窺い「あぁ、こんな感じだったなあ」と、当時の食堂を思い起こしていました。彼女との話題も食べること、ひもじかったことなどになりました。今日は食べること、ひもじさとの闘いのひとこまを綴ります。

 寺に来て一ヶ月ぐらいたった頃でしょうか、「なんでやろ、何でおなかいっぱいになれへんねんやろ」と、食事が終わった時点で、次の空腹をおぼえるようになりました。
 お寺に来た最初の晩ご飯はおなかいっぱいになったのになあ、、」と心の中でつぶやいていました。日ごとにひもじさが増してきたのです。
 大きな西洋皿に小さな碗でおまんじゅうにした大豆まめいりのごはんでした。「お子様ランチ風」と言えばかっこいいですけど。


おやつは、大豆の炒ったものです。班ごとに配られてくるので、班長が私たちに配ります。私たちの班はいつも本堂正面の縁側に輪になって座り、班長が一つずつ数えて配ります。数えている間は目を開けてはいけない約束になっていました。
ほんの一握りの豆ですが、貴重なきちょうなおやつです。ひとつぶずつよく味わって食べていました。

 だれがやりはじめたのかわからないのですが、ひもじさを紛らわすために、メンソタームの空き缶などに塩をしのばせて、さびしくなったら少しなめたりしました。

 ある給食当番のときでした。当番の者は、台所でお皿に入れてくれたご飯を食堂に運ぶ役です。一人がひとつ、しっかりと両手ではこぶのですが、テーブルに置いて、もう一度台所に行こうとして自分の手を見たら、親指にごはんつぶがくっついていました。たぶんお皿の端に付いていたものでしょう。私はこの瞬間うれしくなりました。今風に言えば「やったー!」という感じです。人にわからないように素早く口に入れました。
 次のご飯を運ぶ時、また、指にご飯がくっつくように期待しましたが、そうはうまくいきません。お皿の持ち方を変えてみたりして、何とか夢よもう一度とばかり工夫しました。以来、給食当番が好きになりました。
 たかが一粒のめし、されどひとつぶのめし。

           ではまた

やまと

平成12年 8月5日


次へその24「ぼくはおうちが恋しいのだ」の巻

やまちゃんおじいちゃんのおへやへ戻る

トップページホームへ戻る
はるきくんのお部屋へようこそ


おじいちゃんへのメールやまちゃんへのメール

 おじいちゃんへのご意見、ご感想など暖かいメッセージを
お待ちしています。