その24
さっちゃん、お久しぶりのメールです。
今朝、暮らしの風を見て、ホームページをのぞきましたと、川西市にお住まいの主婦の方から、メールをいただきました。同じ春樹という名前の息子さんが居るそうです。
さっちゃんさんにもお伝えください。とありました。お伝えしておきます。さっちゃんさん。
少年やまちゃんの記憶の記録つづきを綴ります。
集団疎開中の生活は、飢えとともに厳しい闘いは、ホームシックでした。家からは遠く、両親から離れた寂しさ、心細さは女の子も男の子も共通していました。
ぼくはおうちが恋しいのだ
ー女声コーラスー
お寺に来て間もない頃のことです。
夕食も終わり、就寝までのゆったりした時間、集会室の座敷でなんとなくくつろいでいました。敷居の向こう側に女の子たちも何人か輪になって座っていました。
しばらくして、一人の女の子がシクシクと泣き出したのです。
「どうしたの?」とは誰も訊きません。同じ境遇に居る者として泣きたい気持ちがわかるからです。というよりは、それぞれが堪えているのです。
間もなく、ほかの子もつられて泣き出しました。シクシクとすすり泣く声は、やがて大きな声の“女声コーラス”となりました。そばに先生も居ましたがとめませんでした。
「泣きなさい、泣きなさい、心ゆくまで泣きなさい」と。
ー絵本ー
ある日の午後でした。私はなぜか落ち着かないで本堂の縁側あたりをうろうろしていました。無性におなかがすいて「何か欲しい、何か食べるものは無いやろか」と頭の中はそのことでいっぱいでした。
「そうや、荷物置き場の所へ行ってみよう。何かあるかもしれない」と、空しいことを考えました。食べるものなんて有るはずもないのです。自分もなければ、人にもないのです。
本堂の片隅にカーテンで仕切った荷物置き場があります。カーテンを開けて中に入りました。
入ったとたんびっくりしました。先客が居たのです。一番奥のS君が座り込んで絵本のようなものを読んでいました。
私は用事もない自分の荷物を触りながらS君の方を見ていました。よく見ると彼は本を読んでいるのではなく、本を見ながら泣いているのです。
私はそれを見たとき「S君はあほや、絵本なんか見るからや、絵本なんか見るからおうちのことを思い出すねんや」と心で叫びながらそこを飛び出していました。
男の子かて泣きたいのです。
ー夜汽車の音ー
時には寝付かれない夜もあります。昼間は気付かないのですが、静かな夜だと汽車の通る音が聞こえます。
ガッタン、ゴットンと通過する音を聞いていると、「この音はおうちでも聞いたなあ」と我が家のことを思い出します。
我が家と国鉄線との距離もお寺と国鉄線との距離もほとんどかわりません。聞こえる列車の音も同じように思えたのでした。
「あの線路は家まで続いているのやろか」そんなことを思いながら寝付かれない夜を過ごしました。
女声コーラスには加わりませんでした。絵本を見て泣くこともしませんでした。でも、夜汽車の音は私の心を家に結び付け、母親を思い出させたのです。ぼくだって泣きたかったのです。
作後感
我が家と国鉄“塚本駅”までおよそ700メートル位。
一乗寺と国鉄の線路までは、500メートル位でしょうか。
昨年の春一乗寺を訪問した折も、この出来事を思い起こ しながら目測していました。「なるほど、これなら聞こ えたはずだ」と思ったことです。
ではまた
やまと
平成13年 2月28日
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