その6
いちねんせいになった
昭和十八年、いよいよ学校へ行く日が近づいてきたころの、やまちゃんの話。
新しい教科書も手にして、入学式の日を待っていたころ、姉は読み方のけいこをしてくれました。『アカイ アカイ アサヒ アサヒ」大きな字でかかれた本を、大きな声で、教えられるままによんでいました。
入学式の前日、母と姉との会話。
「あしたやまちゃんの入学式やけど、何着ていく?」
「やっぱりサージの服やなあ」
「うん。やっぱりサージの服がええなぁ」
「まだ着れるやろか?いっぺん着せてみよう」
というわけで、着せ替え人形よろしく、よそいきの服を着たのでした。
入学式当日、サージの服で装い、母に手を引かれて学校へ。途中、T字路のところで近所のおばさんに出会いました。
「あら、おたくも一年生ですか?」
「ええ、そうですねん」
「そうでっか、何組みですか?」
『赤組です」
こんな風な会話があって、式場へと行きました。自分が赤組であつたことがこの出来事で強く記憶に残ったように思います。
入学式の晩であったか、何日かしてからであったかは、はっきりしないのですが、父の声が記憶に残っています。
「やまちゃんの先生はええ先生でよかったなあ、あれだけゆっくり、わかりやすく話しをしてくれたら、やまちゃんもついていける」と言いながら、先生の口調を真似て「きょう は よい お天気で 、、、」と響きのある声で言っていました。
入学式に行ったのは、母とでした。ひょっとしたら父もあとから式場へ行ったのでしょうか。そうかもしれません。
成人してから聞かされたことですが、小学校も中学校も、卒業前の個人懇談は、母ではなく父であったとのことです。
本日これまで 10月12日
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