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インドネシア滞在記
滞在記というより愚痴日記?

2005.8.1〜8.20
Jakarta
Yogyakarta

インドネシアの写真もあります

8月1日
初めて関西空港から飛行機に乗った。ゲートまで専用のモノレール?電車?に乗っていった。海外なんてなれてるはずなのに、仕事でいくのは初めてということもあってか、飛行場で少し緊張。仕事でいくと言うことで一番違ったのは、ビジネスクラスに座れたこと!やったー!広くて足おくところあって、画面とかも手元から出てくる。CAはわざわざ挨拶してまわり、料理も特別みたい。何となくエグゼクティブな気分を味わえて満足。

そして、とうとうインドネシア到着。南半球は3回目。とはいえ、限りなく赤道に近い南半球だけど。途中デンパサール経由したものの10時間近くのフライトでさすがに疲れた。しかもデンパサールで飛行機の中が突然停電。その後何回もついたり消えたりの繰り返し。おかげで出発が大幅に遅れた。でも突然電源が落ちるのが飛行中でなくてよかった。

ジャカルタ到着後、入国審査と税関通過。入国審査は公用ビザと言うこともあってか一言も言われず。こんなこと初めて。税関もふつーに通過。えっ今ので終わりってかんじ。何も言わないどころか、パスポートもみないし、カバンにさわりもしない。ただ税関職員(と思われる)の前をてくてくと素通りするだけ。大丈夫かこの国は。

空港からホテル日航まではJICAの用意してくれたタクシーで移動。約40分くらい。第一印象は「東南アジアの国ってどこも似てるなぁ」。これまでいったことのあるタイやマレーシアと何となく似ている。でも高速道路を移動中日本車をいっぱいみた。トヨタとホンダが多いみたい。日本で買っても高そうな車も何台か見かけて少し驚いてたけど、高速を降りたとたん走っている車の年代が10から20年代くらいダウン。高速道路は庶民の足ではないらしい。また、高速道路走行中道ばたで物売りの屋台を引く人を何人も発見。おいおい、いくら金持ちがいっぱいいるからって高速道路走行中道ばたでお菓子とかかわないしょ。第一急にとまれる速度じゃないし。驚くべきインドネシア人。もちろんこれから3週間驚きっぱなしなんだろうけど。

何とかホテルでチェックインしてひと安心。明日は政府高官を表敬訪問。

そう、今回は仕事なのだ。明日から気を引き締めていかないとね。

8月2日
今日はJICA事務所、国際協力銀行事務所、公共事業省などを表敬訪問。でもその前に朝のジャカルタを散策。朝から市内はくるまくるまくるまバイクくるま。とにかく排気ガスがすごい。クラクションの音もすごい。この辺も東南アジアの国特有。そしてもちろん交通ルールなし。いや、あるのかもしれないが守っているとは思えない。ここでは交通事故による死亡者数が気にされることはないのだろうか?バスだって扉開けっ放しだし、っていうか扉はずされててはじめからないし(これも東南アジア特有か?)。ちなみにそんながんがんくるまが入り乱れて走っていく中徒歩の人間も道を横断する。神業的タイミングでわたる。試しにまねをしてわたってみると、思いっきりクラクションを鳴らされひき殺されそうになる。インドネシア人と何が違うのかちっともわからない。すんでいるものだけのローカルルールあり。とにかくそれを学ぶまでは歩道以外は怖くて歩けない。

国際会議のため訪イしている砂防関係者とホテルで合流し、在イの日本事務所とインドネシアの公共事業省を訪問。在イ事務所は日本語なので楽だけど、公共事業省、しかも大臣自ら訪問を受けていただき、英語、インドネシア語が飛び交ったがほとんど理解できず。ここ2ヶ月の勉強の成果ほとんどなしってか0?まぁここの人の英語ちょっと独特なので聞きづらいのは確か。逆になれれば単語は拾いやすいとのこと。


余談だがインドネシア語は世界で一番簡単な言語といわれているらしい。時制がない?今日は、「おはよう=すらまっぱぎ」と「ありがとう=てりまかしー」を覚えた。

夜はクルアルガサボーの総会に出席。クルアルガとはインドネシア語で「家族」の意。1970年から35年にわたるインドネシアへの技術協力の歴史の中で歴代の長期、短期専門家(日本から派遣された専門家)で結成される会らしい。なんとまだインドネシアにきて2日目、というかジャカルタ入りして20時間くらいしかたっていない俺の名前もいつのまにかはいってるし。まぁいっか。深くは考えない。どうせ頭数確保要員なのだから。

とにかく一日目は仕事らしい仕事なくして終了。気はつかったが頭を使うシチュエーションは少なく助かった。明日はジョグジャカルタへ移動して、昼からプレミーティング。しかも飛行機があさいちなので、ホテルを6時には出なきゃ。ということは朝食の時間を考えて5時には起きなきゃ。そして今12時。そろそろ寝なきゃね。

8月3日
今日は朝イチの飛行機でジョグジャに移動。空港まではタクシー。ホテルでお願いしてシルバーバードタクシーに乗ってみる。ホテルから飛行場までは約30分。朝早かったためみちはがらがらだったので、あさからちょーエキサイティングかつスリリングなドライブ。とにかくとばすとばす。どうやらこの国ではアクセルはめいいっぱい踏むものらしい。そしてウインカーよりもクラクションの方が効力を発揮。飛び出す車、幅寄せする車、車線変更を試みる車をみると直ちにクラクションアタック。もちろんならされることもあるがそんなことお構いなし。これで事故らないってんだから、恐るべしローカルルール。いったいどうゆう力関係で優先順位が決まっているのか?

ジョグジャカルタに移動した後は明日からの国際会議のためのプレミーティング。今回プレゼンテーターでもコーディネーターでもない俺はとても気楽なつもりでミーティングに臨んだがこれが大間違い。なんとミーティングの言語はインドネシア語。必死に聞くも何一つ聞き取れず。というより、この会議に参加している日本人ほとんど意味わかってないんじゃない?もちろん、本省の課長など偉い人には時々長期専門家の人が耳打ちしてたけど。とにかく半日疲れに疲れまくったあげく、いったい何の議論だったのか全くわからず、もちろん打ち合わせに出席していた意味も全くわからず。やれやれですよ、まったく。

とにかく打ち合わせ終了後ホテルにチェックインして、ウェルカムパーティーへ。パーティーはジョグジャの中心にある王宮で行われ、日本からは約200名、インドネシアからも100名近い人が参加し、かなり盛大に行われた。途中民族舞踊など飛び出し、ご飯はいまいちながらも大満足。ナプキンにたばこで作った穴が開いてたってご愛敬。アイスクリームの中で蟻がもがいてたってご愛敬。そう、ここはそういう国なのだ。

パーティーの後2次会へ連れて行かれて、鹿児島からきた人が持ってきた焼酎をたらふくくらう。まだ滞在3日目の自分は大してありがたみがわからないけど、長期の人はかなり嬉しそうにのんでた。これなら俺の持ってきた芋焼酎としそ焼酎も大歓迎で迎えられること間違いなし。

帰ってきてからこれまでたまった靴下とパンツを風呂場で洗濯。なんかこうしているとNZを放浪していた時を思い出す。あのころはランドリーを使う金もなかった。そして今、別にホテルのランドリーサービスを使えばいいのだが、ここはランドリーに出すより買った方が安い町。何となく楽する気になれずとりあえずやる気のあるうちは手で洗うことにする。ちなみに、靴下、パンツのランドリーサービスはそれぞれ8500Rp。日本円で100円くらい?ちなみにその辺の屋台なら10000Rpもだせばそこそこのものが食べられる。早く金銭感覚をインドネシアへセットしたい。

明日はとうとう国際会議。

8月4日
今日は朝から快晴。やっとインドネシアで青空を見上げることが出来る。これまでは比較的曇天。+雷雨。乾期といえども雨は降るらしい。そして新聞によれば今年は乾期の割に天候不順の日が多いとのこと。そしてそんなときにはテング熱が大流行するらしい。注意必要。蚊に刺されるわけにはいかない。これまでは曇っていたこともあってそんなに暑くはなかったけど、今日は熱帯気候満喫。昼の空いた時間に1時間弱散歩したけど汗だく。日陰に入れば涼しいのは助かるけど、やっぱりひなたは暑い。

今日は朝からガジャマダ大学で国際会議。ガジャマダ大学はインドネシア大学といちにを争う大学らしく、国際会議を手伝っていた学生みんな英語ぺらぺら。それどころか日本語の案内まで飛び出す始末。階級社会なのでもちろん一握りの人だけなんだろうけど、若者のレベルはかなり高い。インドや中国と似ている。

今日は一日中、国際会議(Internatinal Confarence on Integrated Sediment-related Disaster Management 2005)。会議といっても、各国のスピーカーが発表をしてそれに対してディスカッションする形式でどちらかというとシンポジウム的。「土砂災害防止と住民参画」、「警戒避難」の二つのセッションで聴講。英語は半々くらいかなぁ。わかるときもあればちっともわからないときもある。来週からは本格的に業務が始まるので早く英語になれなくては。寝るときとかテレビ(英語のニュースやアニメ)をつけながら寝てるけど、ほとんど頭には入っていない。

夜はフレンドシップディナーに参加。郊外のプランバナンの公園で野外ディナー。プランバナンにはヒンドゥー系の寺院遺跡が多く、その中でも特に有名なロロジョングラン寺院がライトアップされていてかなりよかった。ヒンドゥー系寺院は派手で作りがいろいろこっているし、ロロはとにかくでかくてすごかった。夜なので近づくことは出来なかったけど、昨日のクルタン(王宮)に続き、インドネシアらしい建築物(遺跡)を経験できてよかった。一人だったら夜に来ることはまず不可能だった。闇夜に浮かぶ寺院を眺めながらしばらく感動に浸る。ふと夜空へ仰ぐと、満天の星空を望む。これまた感動。神戸でも帰りにバスを降りてからよく空を眺めるけど、星なんて数えられるほどしか見えないし。NZや北海道に比べれば多いとはいえないけれども、それなりの星空にしばらく見入る。

ジョグジャカルタ好きになれそう。

ちなみに短期できた人は長期でも来る可能性が大きいとか。

8月5日
今日は昨日の各セッションでのディスカッションをモデレーターの人がまとめて発表。その後クロージングがあって、昼からは現地見学会。見学会はメラピ火山のISDMモデルサイトと、インドネシアで初めて作られた砂防堰堤のどちらか。後者ではなにやら記念式典らしきものがあるらしく、強制的にそちらへ参加。ここでもやはり頭数確保か。

横田さんという人が1970年に日本からの初めての長期専門家としてインドネシアに派遣された。今回記念式典を行う第1号砂防堰堤はその人がデザインした。そして、その人は調査中にマラリアに罹り他界。以来、インドネシアで伝説になった。横田さん以来35年にわたり脈々と砂防の人材を送り続け、インドネシアの人々の命を守ってきた日本の砂防技術。記念式典はすべてインドネシア語だったので、もちろん意味はわからないけど地元の有職者の人や県知事?のような人の挨拶にもそのあたりに関するコメントがあったみたい。

砂防自体とても地道な努力により成り立っている。しかも災害が起こらないとその効果を実感することがなかなか難しい。故になかなか地域の人にそのありがたみが伝わらないものだけど、日本からこんなに離れたところでこうして砂防が息づき地域にとけ込んでいる。先人の努力に少しだけ感動。こうして砂防の専門家を送り続けることは、すでに一つの外交である、とプロジェクトリーダーが言っていた。日本政府はこうした地に足のついた外交を戦略的に活用するべきだと思う。

現地見学に行ったときにメラピ火山がよく見えた。成層火山で富士山のように裾野が広がったきれいな山だった。しかし今でもたびたび噴火する活火山。そしてその裾野では今でも多くの人々が住み、その先には歴史的都市ジョグジャの町並みが広がる。砂防の果たす役割は小さくない。

明日は土曜日。一応フリーにしてもらったけど、月曜日までの宿題(仕事)をたらふくもらってしまった。インドネシアでの初めての週末はどうやらホテルで缶詰になりそう。

8月6日
今日もとてもいい天気。仕事はあるけどせっかくの休みだし、バカンス気分でも味わおうとホテルのプールへ行ってみた。が、そこにあるのはプールというよりむしろ池?もちろんプールサイドにはベンチや寝っ転がるやつがおいてあってバカンス気分を醸し出しているものの、水はバスクリンをたらふく入れたような色で底は見えない。対岸の石に1.7mとの表示があるところをみると底なしではないらしいが、怖くて足を入れる気になれない。第いち、底が人工(タイルやコンクリート)なのか天然(岩や砂)なのかすらわからない。そして、水の上には草やらゴミやらがぷかぷかと浮いている(ホテルの人がせっせっと網ですくってくれてはいたが)。おそらく虫もかなり泳いでいるものと思われる。しかも端から端まで10m程度で、10人も入ろうものならかなりがちゃがちゃになりそう。まぁ草やゴミが浮いているくらい想像はしていたけど、さすがにこれでは入る気になれず、素直にお部屋に戻り仕事仕事。おかげで結構はかどりました。


昨日行ったハイアットはとてもきれいでプールも大きくて水も澄んでいたのに比べるとノボテルはかなりいけてない。まぁ値段がハイアットの3分の2位なんだからしょうがないか。

お昼はホテル近くのお店でインドネシア名物サテカンビンを食べた。山羊の肉を焼いたものだけどとてもおいしかった。特にたれは日本人好みしそうな味だった。付け合わせの野菜が生だったので少しためらったけど、とりあえず食す。今のところおなかは大丈夫。長期専門家の話だと、くるときは速攻なので食べて3時間以内にこなかったら大丈夫といっていた。ちなみに、サテカンビンとスープとライスとお茶(インドネシア茶?)で2万ルピア(240円)なり。



夜もホテル近くの違うお店に行きチャプチャイを食べた。野菜満点のスープ。これまたうまい。しかも山盛りはいっていておなかいっぱい。インドネシア料理は比較的どれもおいしく食べれる。タイよりもこっちの方が日本人にあってるのか?ちなみに、チャプチャイとライス(「ナシ」という)、エビの唐揚げ、お茶で2万7千ルピア(310円)なり。

8月7日
今日は日曜日。でもあまりいい天気ではない。雨降るのかなぁと思っていたけど、結局一日曇天。とりあえず昨日に引き続き仕事をする。でも、ずっと仕事してるのも疲れるので、昼過ぎから少し街中を散策。今日はガジャマダ大学の方へ歩いてみた。大通りばかりを散策してもつまらないので、少し中に入ってうろうろしてみる。中に入った方が車とバイクの騒音と排気ガスがなくて散歩しやすい。ちなみに散歩はインドネシア語で「じゃらんじゃらん」というらしい。旅雑誌「じゃらん」はここからきてるんだろうか?大通りに面したところは食べ物屋やスーパー、屋台が多いのに対し中にはいるとなぜかランドリーが多い。価格は出てないけどおそらくホテルのランドリーサービスの10分の1くらいか。でも、こういうところへ出すとよく洗濯物がなくなるらしい。

帰りにその辺の露天で携帯(中古)を購入。仕事上、また日本との連絡やこちらにいる日本人(長期専門家)への連絡などに役立つということで、迷った末購入。417,000ルピア(約5000円)で、本体とシムカードを手に入れる。こっちではシムカードを購入し携帯にセットすることで使用可能となる。電話番号はシムカードで管理されていて、3ヶ月以上使用がないとその番号が消滅するらしい。電話代は別途ロード(プリペイドカード)を購入し、その金額分だけかけられる。日本で言うプリペイド式みたいなもの。ちなみにシムカードを購入したときサービスで15,000ルピア分付いていた。基本料金や初めの手続きがいらないし、受けるだけならタダだし、何よりいいのはフィリピンやタイなどアジアの他の国に行っても使えることである。その国のシムカードをかって電話番号を取得すればいい。シムカード自体はそんなに高くないし(200円くらい?)。要するに、今回電話する分だけロードを購入して使用し、次に来たときもしくは他のアジアの国に行ったときにはまたその機械が使えるというわけ。仕事でなく観光旅行とかでも日本からの緊急連絡先としても使えるし、使い勝手はいいと思う。日本も同様のシステム(シムカードによる番号取得)なら日本の携帯そのまま持ち込んで使えるので便利なのになぁ。東南アジアの国々がこうして工夫しながらコラボレートしてるのに、日本だけおいて行かれた状態。そんなんでいいのかなぁ?

購入後すぐおうちへかけて久しぶりに風菜の声が聞けてハッピー!でも15000ルピア分(180円)なんですぐおわっちゃった。明日ロードを買ってきてもう一度かけなくちゃ。だってまだ番号すら連絡できてないのだから。

8月8日
今日から本格的に仕事突入。インドネシアの砂防技術センター(STC)にいって災害調査マニュアルを作るのが今回の俺の任務。行って突然作り出すのも大変なのでとりあえず日本にいるうちから準備し、先日の土日にも精力的に仕事し素案までは作っていっていたのだが・・。はじめにプロジェクトリーダー(日本人)と業務の進め方について打ち合わせをしたら、力一杯のだめだしをくらう。ばかやろう!こんなもんインドネシアじゃ使えん!と一蹴。いやいや、そうだと思いますよ。だって俺インドネシアのことそんなに知らないし、とりあえずわかる範囲で素案作っておいて、ここからインドネシアの情勢に合わせてプラッシュアップするのかと。しかしどうもそもそも根本的にこちらが俺に求めていた成果のイメージが違ったみたいで、2時間にわたりさんざん言われてしまった。まぁそういう人だというのは聞いていたので覚悟はしていたけど、頭ごなしにだめだと言われるとやはりこちらも頭にくる。ちゃんと日本にいるとき事前に素案の骨子についてメールで送り、お互いの意識共有をはかった上でそんなに間違った方向ではないかどうか確認しようとしたのに、国際会議の準備で忙しくて俺の送った資料に目が通せず返事が出来なかったのはそっちの担当者じゃないか!と、担当者に怒ってもしょうがない。事実相当忙しかっただろうし、担当者の人はちゃんとおれと一緒に議論してくれている。今回も一緒にリーダーに怒られてくれたし(植○さん、ごめんなさい)。

とにかくほぼはじめからリスタートする必要があり、こちらの政府職員への説明を考えると今週前半で日本語案を完成させ、今週末までに英語版、来週にプレゼン資料作成とどうやらこの先ジョグジャの町を楽しむ時間はなさそう。というか夜寝てられるのか?とりあえず今日は12時過ぎで切り上げちゃったけど、これではとうてい間に合いそうにもない。こりゃー気を引き締めていかないと。海外は楽だなんて誰が言ったんだ!正直日本にいるときより忙しいし、限られた時間の中で成果を上げなくてはならないのでプレッシャーが大きいぞ!しかし壁は大きい方がやりがいもあるのは確か。自分に出来ることは少ないが、やるべきことはやってやる!明日からがんばるぞー!



今日所長からメールがあり、ひとこと、「15日と18日に電話をくれ」とのこと。それってどういう意味?わざわざ電話で話すこと?そして日にちが決まっていること?まさか???9月1日なんてことが・・。ちょっと心配。心の準備どころか引越しの準備や引き継ぎの準備とか間に合わないしょ。考えすぎならいいけど。答えは来週に。

ちなみにメールを受け取ることは出来るようになったけど、送ることが出来ない。なぜ?

8月9日
今日もSTCへいってしこしことマニュアル作り。とりあえず何とか日本語の素案が出来る。これを担当の長期専門家の人へ提出し確認をお願いした。確認の時間まではしばらくあるので明日からはこれの英訳を少しでも始めてないと。

今日からもう一人短期専門の人が来た。ガジャマダ大学で講師をするらしい。1週間なので俺よりも先に帰っちゃうけど。そして、なんとその専門家というのが、、、中村太士(自称47)。そう、北大の中村先生(8年前の指導教官)。砂防の世界から足を洗ったと思っていたのに、どうやらまだほそぼそと仕事が来るらしい。もちろん本人はそんなにやりたそうではないけども。何で森下が居るの??と彼も驚いていた。夜は中村先生の歓迎会で韓国料理屋へ行った。相変わらずリーダーのひとりしゃべり場。太士さんも帰りにぼそっと、「おまえも大変だな」。

太士さんと会うのも4年ぶりくらい。今日はそんなに話せなかったけど、つもる話もあるということで木曜日にご飯を一緒に食べる約束をする。泊まっているホテルが違うし、仕事をする場所も違うのでなかなか会うこともないけど、こうした異国の地で昔の知り合いに会えるなんて、縁とは不思議なものだ。

今日のお昼はSTCの近く(砂防食堂というらしい)でソトアヤムを食べた。インドネシアのお茶漬け?スープの中にご飯が入っていてとてもおいしい。ホテル暮らしにもだいぶなれてきたけど、おなかだけは本調子じゃない。NZに行ったときもはじめの2週間ずっと下痢気味だった。今は薬を飲んでいるので何とかなってるけど、とりあえずなるべく消化のいいものを食べるよう心がけてる。

やはり日本語が通じないところで一日仕事して、それなりにストレスをため込んでる気がする。普段なら自分の家に帰って少しゆっくりすれば、ストレスもある程度リセットできるのだけど、ここではそれもかなわない。そういうのが少しずつひずみとなって体にたまって行ってるのかなぁ。

8月10日
インドネシア滞在もほぼ半分が過ぎた。インドネシア語はほんの少し覚えて、何となくなじんでくてる気がする。はじめは怖かった道路も一応現地人と同じように横断できるようになった。ゆっくりゆっくり歩けばちゃんと車の方がよけてくれる、と良く聞くけど正直そんな甘いもんじゃない。車やバイクの速度や道の大きさ、混み具合などみて絶妙のタイミングでわたる必要がある。そのタイミングさえ合っていれば、ちゃんと車もバイクも減速してくれる。タイミングを見誤りちょっとオロオロとすると、すぐクラクションの嵐。この辺のあうんの呼吸が少しずつわかってきた。もちろん、まだ現地の人にはほど遠いが・・。

今日から少しずつ英訳の作業。とにかく今週中に英訳版の第1稿をあげないと。そして、その前に日本語版でリーダーに説明をしないといけない。本当は手戻りがないように、現時点でリーダーと議論したいのだが、彼は今日からジャカルタ。金曜日戻ってきたらとりあえず話をしてみよう。ある程度だめ出し食らうのは目に見えてるけど、大幅な変更がなければ土日に何とかリカバーできるはず。

インドネシアでは時間がとてもゆっくりだ。というかみんなあまり時間を守らない。まぁ日本人ほど1分1秒の時間を気にする民族も珍しいのかもしれないけど。よく言えばフレックスなのかなぁ。そして、インドネシア人は朝が早い。STCの始業時間はなんと朝7時。ちなみに、終業時間は15時。これがインドネシア人時間。日本人は一応8時から4時となっている。もちろん8時に来ている人は誰もいない。そして4時に帰る人も誰もいない。お昼休みは12時過ぎくらいから何となく始まり、2時くらいまで何となく休んでる。外へ食べに行くのだけど、4人くらいで行くとみんなの食事がでそろうのに余裕で40〜50分くらいかかる。だからお昼休みも自ずと長くなる。

長期の人や現地のスタッフの仕事はよくわからないけど、俺の仕事は与えられた期間に与えられた成果をだすもの。早くやれば休めばいいし、出来なければ時間など関係なく夜まで仕事をしなくちゃならない。そういう意味でゆっくり、というか時間を自由にアレンジして使えるのはいいのかもしれない。こちらで数週間生活するだけでも、何となくインドネシアの時間の流れと自分の中の時間感覚がマッチしていまい、日本に戻ってまたあのきちきちした時間割の中仕事をしなくちゃならないのが想像できなくなる。一年や二年もこっちにいて日本へ戻ったら、リハビリに相当な時間がかかるだろうなと思う。

とにかく、こちらにいるうちはそんなほんのりゆるやかな時間の流れを楽しみたいと思うのだ。もちろん与えられた任務自体はそんなに余裕のあるものではないけど・・。

8月11日
今日はとてもがんばった。そのおかげあって、予定より少しだけ早く英訳が終わった。明日から図や写真の準備に入れそう。あと、英語版が出来たのでインドネシアのC/Pムロドさんに一応説明して、明日までに読んで意見をくれと言っておいた。あまり自分だけで完結してしまって、こちらの人に使ってもらえないもの自己満足型成果になってはいけない。なので、とりあえずこんなマニュアルで本当にこっちの人が使えるかどうかみてくれとお願いしておいた。

夜は中村先生と呑みに行った。大学時代お互い忙しく、というかそもそもそんなに教官と学生がじっくり話をすることもなかったけど、なぜかここ異国の地でしかも卒業して8年もたつのに、めちゃくちゃあつく語り合ってしまった。4時間くらい?正直ちょっと疲れた。でもなかなかいい話も聞けたし、ここのところどうももやもやしていた自分に活を入れてもらったかんじ。あいからわず影響力のある人だ。

最近やっとインターネットに安定してつなげるようになった。フロントにさんざん文句言ったかいがあった。メールもネット経由でチェックだけは出来る。一応ネット経由で送ることも出来るのだけど、なぜか送れず帰ってくる。そして、なぜか事務所にだけはちゃんと送れる。なのでせっかくメール出来ても仕事のメールしかできない。どないやっちゅうねん。携帯には送れないってことなのかなぁ?でも携帯以外に送っても戻ってくることあるんだけどなぁ???

8月12日
今日はリーダーと打ち合わせをする予定が長期専門家の人の予定が悪くなりキャンセル。おかげで仕事があまりなかった。そして打ち合わせもないのでダメ出しをされることもなく、週末を迎えることになりました。と、いうことは・・・。そうです。とうとう観光です。レポートとかあっても観光です。プレゼンの用意とかあっても観光です。明日か明後日、周辺の遺跡巡りをする。もう決定である。ついでに現場もみたいし。こっちへ来て全然砂防の現場をみていないので。

そしてやっぱり一度くらいホテルのプールに入りたい!3週間も泊まっているのだから。先週末の日記に書いたとおり、プールの水はとてもとても濁っていてとてもじゃないけど入れたもんじゃなかったんだけど、実は、そのあと一日二日と時がたつにつれ、なんと水がだんだん透明になって行くじゃないですか。アンビリーバブル!どこぞの宗教もびっくりである。水がどんどん浄化されるのである。ということで、実は今はとても透明でちゃんと1.7m下の底が見える(青と白のタイルだった)プールになっているのだ。


なぜ先週末だけあんなに濁っていたかは謎のままだけど、今となってはどうでもいい。そう、例えどんなにちっちゃくて、空のほとんどはホテルで切り取られていようと、週末はプールサイドでトロピカルカクテルを飲み、ひとりで黙々と泳ぐのである。仕事は夜やればいいのだ!せっかく飛行機で10時間もかけてインドネシアまで来ているのだから少しくらいは遊ばなくちゃ。

だんだん嬉しくなってきた。

8月13日
さぁ、土曜日である。週末、それは世界どこにいてもホリデー。例えインドネシアに週休2日制度がなくたって、STCは休みである。JICAとを交わしているアサイメント(契約)には一応土日も仕事をすることになっているが、それでも職場に行って拘束されないので大丈夫。ホテルで好きな時間に仕事をすればよいのである。そう、それは言い換えれば休みと言うこと。昨日心に決めたとおり、早速プールへ。先週あんなに濁っていたプールも、今ではほら、底がはっきりと見えている。透明な水はあたかもそこに水があることさえ忘れさせるほどだ。部屋で海パンに着替え、いざ、プールサイドへ!タオルをベンチに掛けて、さぁ、まだ誰もいないプールへ飛び込もうとした、そのとき・・・。自分の目を疑うべき情景が・・・。な、なんと、プールが空っぽである。何もないのである。

しばらく呆然と立ちつくすも、すぐに我に返りフロントへ。「どうして今日はプールやってないんだ!」「いや、昨日から故障してて修理中なの。来週まで待ってね。」って、今日週末でしょ。今日ホリデーでしょ。お客さんだっていっぱい来てるでしょ。何でよりによって今日から修理なの?何で再開が週明けなの?まさしくアンビリーバブルである。これがインドネシア流商売か?

まぁとりあえずこちらの人はそんなことは気にしない。俺が例え間抜けな海パン姿でフロントで立ちつくそうと(文句を言いたくてもそのための英語が出てこない)、こちらの人はそんなに気にしないのである。別に決まったことが決まったとおりに運ばなくても何も気にしないし、誰のせいでもない。

しょうがないのでプールはあきらめて現場と遺跡巡りをすることにした。

現場は今のプロジェクトで進めている砂防ダム(カリヤダム)のモデルサイト。もっと熱帯ジャングルチックな森の中に急流の河川があるのかと思いきや、そんなのではちっともない。周りの木は全然大きくなく、ぱっとみどこかの高原のよう。もちろんよく見れば全然違うんだけど。確かにメラピ火山から噴出された火山性堆積物が周りを覆っているのだから、しかも噴火はたびたび起こっているのだから、よく考えればそこがジャングルのようになるはずはない。そして思っていたより谷が深い。それほど川幅は広くないけど下刻作用がきわめて強いのか、とにかく両岸とも切り立ち、しかも高さが十数m以上。よく考えればわかることなのかもしれないけど、話だけ聞いて想像するのにはやはり限界がある。現場はやっぱり見に行って歩いてみるべきだ。

そのあと、郊外にあるボロブドゥール遺跡に行ってきた。仏教系の寺院遺跡でかなり昔に作られたもの。しかし、これだけの巨大建造物でありながら作られてすぐ歴史から姿を消して、その後イギリス人が発見し発掘されるまで1000年以上にわたり人々から忘れられていた。とても謎が多く、未だも諸説(メラピ火山の噴火で埋まったなど)が行き交っているらしい。今日みてきたのは発掘復元されたものだけど、現物の石一つ一つに番号を付けコンピュータで制御して完全復元をしたもので、ほぼそのものと変わらないらしい。まずはその大きさにびっくり。近くに行ってみると壁に描かれた、というより彫刻により描写された精巧な絵にびっくり。これは壁づたいに物語を形成しているらしい。すなわち同じ絵は一つとしてない(のだと思う)。歴史とか寺院とかにそんなに興味があるわけではないけれど、純粋にその規模と作りに感動して写真いっぱい撮っちゃいました。

ボロブドゥールには日本人がいっぱいいた。ノボテルにはほとんど日本人が泊まっていないので、仕事以外で久しぶりに日本人をみて、なんか懐かしく感じた。そして、怪しげな日本語を使いこなす物売りのおいちゃんやおばちゃんもたくさん。もう、うざいうざい。わらわらと群がってくる。何度断っても付いてくる。居なくなったと思ったら次の人が同じものを勧める。まぁ、観光地なんてそんなもんだとは思うけど、これには少々困った。でも、しっかりとおみやげをゲット。それもはじめは10万ルピア(1200円)とか言っていたのを交渉で1万ルピア(120円)まで下げさせた。しかし、10分の1ってどないやねん!はじめの値段ぼりすぎだろ!まったく。

120円で何を騒いでいるのか、といわれてしまうかもしれないけど、1万ルピアといえばおなかいっぱいの昼飯2回分である。もうこちらの値段感覚になってしまっているので、10万ルピアなんて言われた瞬間に「あほか、おまえ!」とつっこむところだった。1万じゃなきゃ買わないと買う気もないのにふっかけたら最後はその値段まで落とすもんだから買わざるを得なくなった。しょうがないのでおみやげということで買ってあげた。ボロブドゥールの石を使っていると言っているけど、たぶんジョグジャ周辺どこでも売っているものだろう・・。

今日はその後この間行ったプランバナン(ヒンドゥー教の寺院がいっぱいある)にも行って、言葉通り遺跡を回りまくった。歩き回ったのでかなり疲れた。と、言うことは・・・。そう、(予想通り)結局夜も仕事せず!明日がんばろう、と、一応心に誓ったが、明日はジョグジャ市内を歩きたいなぁ・・・。

8月14日
気づけば今日は14日。日本じゃお盆真っ盛り。仕事でも帰省でもなくこうして海外でお盆をすごすのはNZ以来かな?一応ホテルのTVにNHKが映る(たぶんBS?)。たまーにみては日本の情勢もチェックしているけど、うまい具合にニュースに当たらないことの方が多い。当たり前だけど、こっちではあんまりお盆ってかんじがしない。その代わり今週水曜日が独立記念日みたいで、街中がだんだんと盛り上がっていって居るのがわかる。

今日は午前中から午後2時くらいまで仕事をする。おかげでレポートのめどが付いた。シャワーを浴びてすっきりしたところでジョグジャの街中を散策に。まだホテルの周りしか見ていないので、今日はジョグジャの中心の方へ行くことにする。途中でバスに乗ってみる。ガイドブックにはバスはスリなどが多いから要注意と書いてあったが、乗っている人は皆人の良さそうな人ばかり。車掌(この人がバスを止めたり発車させたりお金を徴収したりする)は英語が出来なくて困っていたところ、親切な人が英語で通訳をしてくれた。(この国はなかなか英語が通じないから困ることが多い)他のアジアの国同様、インドネシアのバスもバス停などがあるわけではない。見かけたら手を挙げて止まってもらう。降りたいところを言っておけばそこでおろしてくれる。でも、バス自体の行き先(路線?)が書いてあるわけではなく、車掌がバスから体を乗り出して行き先を叫んでいる。もちろん扉はない。人が少ないときには降りるときも乗るときもゆっくり動いたまま。ホテルからマリオボロ(町の中心?)まで約10分、お金は1000ルピア(12円)。

町の中心部はさすがに活気にあふれている。屋台の数も半端じゃない。ホテルの周りの屋台が食べ物屋中心であるのに対し、こちらでは生活品やおみやげを置いている屋台が目立つ。ショッピングモールもあり、その中の本屋でおみやげを物色。屋台もいくつか見て回り、おみやげになりそうなものをいくつかゲット。ふらっと入ったレコード屋でCDを衝動買いしたりして、今日は散財したなぁ。締めて250,000ルピアも使ってしまった。日本円じゃ3000円くらいだけど。

帰りはベチャに乗ってみる。これはタクシーの自転車版で、前にいすが付いているチャリを運転手がきこきここいで送ってくれる。日本人が歩いていると片っ端から声をかけられるが、とにかく英語がしゃべれない人とは値段交渉が出来ないので、そんな運転手を捜すのが大変。片言の英語で話しかけてきた運転手と交渉し、ホテルまで5000ルピアで行ってもらうことに。もちろん観光客値段なんだろうけど、タクシーが約10000、前述のバスが1000ルピアであることを考えれば、まぁ妥当な線か。ベチャにまつわるトラブル(勝手におみやげ屋に連れて行かれるなど)もちょっと聞いてはいたけど、選んだ運転手はとてもいい人で、片言の英語で一生懸命ガイドをしてくれた。自転車の前に乗っているので風を切って走るかんじで気持ちいい。車よりも遅いけど歩くよりもちょっと速いというスピード感もいい。何となくエコっぽいし。町の中心まで例え歩いても40分から50分くらい。それでも、少しでもその町の空気を肌で感じようと思ったら、こうして地元の人が使う交通機関を使ってみるのがいい。地元の人ともふれあえるし、こうしてこの国に、この町になじんでいけるんだろうなと思う。


今日の夕ご飯は初めて食堂ではなく屋台で食べてみる。こうして夜の町を歩き、地元の人ばかりのところで食事をとれるようになったのも、町になじんできた証拠かな。

ジョグジャ滞在も残すところあと4日。

8月15日
今日はインドネシア側のC/Pに再度今回作成した調査マニュアルの説明をして、いろいろとディスカッション。最終的な詰めを行った。その後指摘事項とかを直して、先ほど最終版として完成!もちろん明日のリーダー説明でまた少し変わるかもしれないけど、とにかくやっと一定以上の形になったので嬉しい。明日微修正をして、明後日プレゼンの用意をすれば何とかスケジュール通り業務をこなせそうである。

先週まで安定してインターネットにつなげていたのに、週末からちっともつなげられなくなった。おかげでメールのチェックも出来ずボックスにどんどんたまっていく・・。例によってフロントには早く復旧してもらうよう厳しくリクエストしているのだが、なかなかことは進まない。ビジネスセンターに備え付けてあるネットにつながったパソコンをタダで使っていいというのだが、そのパソコンには日本語のエンコードが入っていないため、日本語のメールを読んだりネットをみたりできない。困ったもんだ。

所長から今日電話するよう言われていたので朝電話をしてみたが、18日に電話をするのでそれまで待ってほしいとのこと。どうも「18日に所長から電話をする」という指示に変わっていたらしい。メールをチェックできないとこういった弊害が・・。とにかく、人事の話なのかどうかもわからないが、今日はっきりすると思ってどきどきしていただけに拍子抜け。でも、人事の話ならさすがにもう少し早めに何らかの打診がありそうだし、18日まで引っ張っても問題ないってことは違うのかなぁ?だとしたら、わざわざ連絡する日にちを決めて、しかもそれまでは一切教えてもらえなくて、かつわざわざ国際電話でやりとりしなくちゃならいことっていったい?謎は深まるばかりである。

8月17日
今日はインドネシアの独立記念日。しかも60周年記念。インドネシアは長らくオランダの植民地として支配を受けていたが、60年前の今日、自らの力で独立を勝ち取った。他国が介入するのではなく、自らの力のみで独立した国は東南アジアでは珍しいらしく、インドネシア人はそのことをとても誇りに思っている。なので、独立記念日はさぞかし馬鹿騒ぎするのだろうと思いきや、別に町の中はいたって平穏。ちょっと人手が多いかなぁ とは思うけど、ただ単に休みだからか?ただ、数日前からお店やホテルなどの前をインドネシア国旗やいろんな色の旗が彩ってた。

今日は本来であればもちろん仕事の日だけど、インドネシア人はみんな休みなので俺も事務所には行かずホテルで仕事。明日の朝チェックアウトして明日中にジャカルタへ、そして金曜日にインドネシアの公共事業省とJICAインドネシア事務所へ報告に行く、予定だったんだけど・・。ジョグジャのSTCでの報告日程についてプロジェクトリーダーやインドネシア側カウンターパートと調整がとれず、ジョグジャ滞在を一日延ばすことに。でもインドネシア滞在は延期できないので、明日リーダーとの打ち合わせ、明後日金曜日午前中にインドネシアC/Pに最終報告、その足でジャカルタに飛んで、ジャカルタで一泊もせず日本へ帰ることになった。最後ちょっとばたばたしたかんじだけど、ジョグジャ滞在が延びたことによってちょっとだけ仕事にも余裕が出来た。もちろん、明日のリーダー説明でいろいろと修正指示を受けることになると思うので、そしたら最終日にむけ明日の夜は忙しいだろうけど。

今日はインドネシアに来て2回目の雨天。明日がチェックアウトでなくてよかった。洗濯ものが乾かない。雨なのでもちろんどこにも行かず、ホテルの部屋でずっと机に向かっていた(途中で昼寝したけど)。夜はジャカルタの長期専門家(仕事でジョグジャに来ている)の方と一緒にちょっと高級なレストランへ。インドネシアらしくないセレブな雰囲気でなかなかよかった。もちろん値段も高いが、日本円だったら3000円もあれば腹一杯食べれそう。そのあと、カラオケに連れて行ってもらった。日本の歌も用意しているところだったけど、微妙な選曲であまり歌えなかった。

明日はジョグジャ最後の夜。何食べようかな?

8月18日
朝イチで所長から電話。予想通り、異動の内々示。9月1日から近畿地方整備局の専門官に。異動先はある程度予想できていたけど、このタイミングはかなりサプライズ。そもそも、海外派遣中に内々示ってどういうこと?たまたま今週末帰国だからまだ何とかなるけど、一週間ずれてたら引き継ぎも引越しもあったもんじゃない。今更ながら国土交通省のやり方に疑問を感じるなぁ。とはいえ、上の方の人は1週間前になってやっとわかる人もいるくらいだから、こうして2週間前に教えてくれるのは結構いいケース。遅疑の勤務地は大阪の大手前なので引越しはしなくとも何とか通える。でも、バス、電車、地下鉄を乗り継いで約1時間半?かけて毎日かようのは結構つらいかも。陽子と相談して引越すかどうか決めないと。陽子や風菜もせっかくいい友達がいっぱい出来たのに引越しするのはつらいだろうし。

さぁ、帰ったらかなり忙しい毎日になりそう。とにかく3週間ためた仕事を片づけ、後任に引き継ぐ資料を作り、異動先の前任者から引き継ぎを受けて、・・・・。うーん、頭が痛い。帰りはもっと心軽く帰れると思っていたのに、何となく心が重い。しょうがないけどね。

今日はインドネシア最後の夜。でも明日最終報告をしなくちゃならないので結局夜遅くまで資料作り。外へ出ることも出来ず、とりあえずホテルのレストランで食事。でも、考えたらホテルで食べるのは初めて。もちろん少し割り高だったけど、バイキング形式でいろんなインドネシア料理をおなかいっぱい食べることが出来て満足。久しぶりに生ビールも飲めたし(やすいところは瓶ビールしかない)。

とうとう長かったインドネシア滞在もあと一日。思い残すことはいっぱいあるし、やはり気に入ったところだけにもう少しいたい気もするけど、早く家族に会いたい気持ちの方が強いかな。明日は英語で発表しなくちゃならないので今回業務一番の山場。がんばるぞー!

8月19日
とうとうインドネシア滞在もフィナーレ。ファイナルミーティングも何とか終了。英語はめちゃくちゃだったけど、一応通じていた(と信じたい)。最後にSTCの所長であるウトモに「とても役に立つものを作ってれた、是非これからの対策に活かしたい」といってもらえた。当然社交辞令であることはわかってはいるけれど、少しでも役に立つなら嬉しいものだ。まだまだ足りないところもある。本当は実際の災害現場に行って調査をしながら内容をもっと詰めるべきだった。2週間という短い期間だったこともあり、やっつけ仕事的な部分も認めざるをえないけど、できるならどうかこれをベースにインドネシアで通用する調査マニュアルへリバイスしてもらって、是非役に立たせてほしい。そうでないと俺がわざわざ税金を使ってきた意味がない。最後は長期の専門家やインドネシア側スタッフに投げてしまう感じになってしまったけど、きっといいものにしてくれると信じている。

帰りにジョグジャのお菓子屋さんで怪しいおまんじゅうと運転手が「うまい」とすすめるちっともうまそうでないお菓子をおみやげとして購入。さすがにこんな怪しさまんてんのお菓子ばかりでは事務所の人も納得してくれないだろうなと思い、空港の免税店で無難なチョコレートも購入。

今ジャカルタの空港ラウンジで最後の滞在日記を書いている。

海外に来るととてもとてもいろいろなことを経験できる。言葉ではうまく言い表せないけど、日本にいては絶対感じることの出来ない何かを感じて、そのことを見つめ考えることが出来る。例えどんなことであっても、例えとても小さなことであっても、経験することはとても大事なことだ。その結果をどう人生にフィードバックするのか、俺にはまだよくわからないけれど、今回のインドネシア滞在がきっと将来の何かに役立つのだと思う。

いつかまた来たい、そう思うまちがまた一つ増えた。

おしまい