ま い る ー む

 

2011年3月29日(火)

 一昨日からぴくの塾の春期講習が始まっています。震災のために通常授業が今月はまだ1回しかやっておらず、残り3回は来月以降、消化してくれるということでした。まっ、震災が期末試験後で良かったです。今月中は部活もなし。ぴくは春休み中のたんまりの宿題と今年1年の復習を一生懸命やっています。かなり集中してできるようになったのは成長でしょうか。4時間をめどにやっている…とか。それが終わると部活に復帰した時に困らないようにストレッチやウェイトトレーニングをして過ごしています。でも、走り込みが絶対的に不足しているので最初はつらいかもなぁ…。で、今日、4月1日から部活が復活!!のメールが来ました。うん、学生は、やっぱり部活などを一生懸命やっていた方がいいのかも…と。そうそう、春の甲子園が話題になっていますが、今回、東日本チームが振るわないのは、やはり震災の影響があるからのようです。ぴくの学校のように、3月いっぱいは部活が中止と言う学校も多いのだとか…。そのためどうしても練習試合など、実践が足りなくなり不利になっているようです。にもかかわらず、選手たちは一生懸命とはつらつとしたプレーで見ている人に勇気をもたらしてくれています。がんばれ〜!!ぴくも4月1日から、また、部活だよ。今年は去年に続いて都大会への出場…去年は100mだけだったのですが、200mも出たいと言っているので、何とか達成してもらいたいです。そしてタイムも伸ばせればいいなと思っています。試験前からもう、ひと月も練習不足が続いているけれど、気持ちを立て直してがんばってほしいで〜す!
 さて、3月も終わり…。昨日、ソメイヨシノが数輪咲いているのを見つけました。こんなときでもちゃんと桜は咲くのですね。気になるのはクラス編成&担任です。ほぼ、先生は持ち上がりのことが多いらしく、だとするとぴくにとってみればどの先生も担任になってほしくないのだそうですが、誰になるのかな〜と。2年間同じ先生でしたから、今年は別の先生がいいかなと思っています。私としては陸上部の顧問の先生だと話が早いしいいのですが、ぴく自身はあいつだけは絶対いやだ…と。(笑)楽しみです。

2011年3月25日(金)

 大きな地震から2週間が過ぎました。ようやくガソリンが制限なく、かつそれほど並ばずに買えるようになり、スーパーも、一部のものが棚からなくなっている以外には不便なく買い物ができるようになりました。しかし、なんだか気分がすっきりしない…。これは原発への懸念のように思います。今のところ放射性物質の値もそれほど心配するものではない…とされていますが、これがいつまで続くのだろうと不安です。一時的に放射性物質を浴びるだけであればたしかに現状の数値では問題ないのだとは思いますが、これが長期間にわたるとどうなるのか…大人は問題ないといいますがじゃぁ、子供は?乳幼児は手厚く保護されますが、小学生、中学生くらいの子供への影響はどうなんでしょう?ニュースを見ている限り長期化は避けられない状況…。すでにわずかとはいえ水道水からも検出されています。考えると暗くなるばかりです。
 いつもの年であればあと一週間ほどで桜が開花する季節。早咲きの桜はもう咲いていますし、花粉がつらい時期ではありますが何となくわくわくする季節なのに、今年は本当に憂鬱で仕方ありません。おまけに停電のパンチまで…。
 昨日、一昨日は幸いにしてわが家は停電はありませんでしたが、今日は夕方6:20〜夜10:00くらいまで停電があるようです。ちょうど夕食の時間帯。そして入浴の時間帯…。ふぅ。ランタンだけの暗い中で食事をすることになります。先ほど電車の中で耳にした会話…「うち、まだ一度も停電してない」…。え〜!!そんな家があるんだ〜!!そりゃ、不公平だわ。GW頃までにはいったん停電はなくなるようですが、その後、夏にはさらなる停電があるようで…。去年のようなとんでもなく暑い夏だったら、クーラーなしでは生活できないよぉ…。冷蔵庫の中身も開けなくても傷みそうだし、どうしてくれるんでしょう。アイスの買い置きもできそうもないです。考えると暗いことばかり…。楽しいことを考えよう…と、いくら思ってもどうしてもこれからやってくるであろうつらいことを考えてしまいます。困ったものです。
 さ〜て、そろそろ夕方の停電に備えて食事の準備をしておかなくては…。今日は食べやすいようにおにぎりを握ろうと思います。

2011年3月21日(月)

 お彼岸の中日。毎年、中日に母のお墓参りに行くことにしているわが家ですが、雨の予報だったし、なるべく車を使いたくなかったので昨日、歩きでお墓参りに行ってきました。あまり長距離を歩けない父が心配でしたが、片道2km弱の道のりをちゃんと歩いて行ってこられました。これは父にとっても大きな自信になったに違いありません。一石二鳥になったかな…。無事にお墓参りも済んで、ホッとしました。
 そして今日は雨…。朝の買い出しも夫と2人で歩いて行ってきました。朝のうちはそれほど寒くなかったので良かったです。無事に買い出しを終え、お昼を食べようとしたその時に、メールが!!陸前高田の友人が気仙沼にあるご実家に避難していて、着の身着のままだったために必要なものがある…と。お昼を食べてにわかにバタバタしました。まずは宅急便が扱ってくれるのか、郵便はどうなのかを調べ、仲間内(10人くらい)で誰がどんなものを拠出できるのか、買い出さなくてはならないものは何かをピックアップ。今日中にはまとまらなかったけれど、とりあえずすぐに必要なものがわかり、明日買い出しに行くことにしました。宅急便は営業所留めで送れることがわかったのですが、気仙沼から一番近い営業所は50kmも離れた場所。ガソリンの有無を聞くために本人に電話をし、直接話すことができました。話ができて良かったです。が、やはりガソリンがもうほとんどない状態で、いつ手に入るか分からないということ…。宅急便は現実的ではないとわかり、郵便で送ることにしました。縦、横、高さの合計が90cm以内、1辺が60cm未満、重さは4kg以下の荷物なら定型外の郵便で送れるということでした。ただ、郵便局側も、自転車での配達…とのこと。あまりたくさん大きな箱を送っても…とは思うのですが…。とりあえずすぐに必要なものを郵便で送り、もう少し後でも大丈夫なものは、ガソリンが入れられるのを待つことに…。第1便を送ってくれた友人によると、いつ届けられるか分からない、届けられなかった場合は荷物は送り返す…との制約付きだそうで、何とか届くことを祈るのみです。もちろん、他でもわずかですが募金箱に寄付をしました。が、とにかく、今は津波で何もかも失ってしまった彼女にできることをしてあげられたらと思っています。このところ地震・津波の被害をTVで目の当たりにし暗くなっているところに加え原発…ここ、さいたまでも放射線関係の値が高めに出ています。野菜や牛乳、それに水道水からも検出されているようで、これ以上被害が広がったらどうなってしまうんだろう…と本当に不安になり暗くなっていた私ですが、落ち込んでばかりはいられません。私にできることをしたいと思います。
 …でも、雨、上がってぇ〜!!自転車で動けなくなるので雨は困ります!!

2011年3月20日(日)

 昨日の朝早く、ぴくが終業式のために久しぶりに学校に出かけて少し経ってから、電話が鳴りました。誰だろう?と思って出ると、「千歳の小栗です」…と。花茶おばさんだ!!地震の影響を心配して、わざわざ北海道から電話をかけて下さったのでした。本当にありがたく、嬉しく思いました。花茶は全国から美味しいアイス目当てで人が集まるお店。お知り合いは多いはずなのに、私のことまで思い出して気にかけて下さっているなんて、本当に感激でした。花茶おばさん、ありがとうございます!!
 そして、最初に書いたように、昨日ぴくは終業式で、ほぼ1週間ぶりに登校して行きました。まずは無事に帰ってくるように…と、今まで当たり前だったことを送りだす時に祈っている自分がいました。昨日は計画停電見送り…ということで、電車もほぼ正常に動いていて、影響はほとんどなかったようでホッとしました。ちょうど帰宅が昼時だったので、久しぶりにファミレスでお昼を食べました。こんな当たり前の生活が「ありがたいなー」なんて思えたりして。今回の大きな災害は、根本を考えさせてくれる出来事となりました。そして、持ち帰ってきた通知表。ぴくの学校では5段階の評定は学年末にしかつかないのですが、今年は去年よりも下がっているんじゃないかと思っていたのに、逆に上がっていてビックリ!!しかも、別用紙に観点別の評価が付いてくるのですが、そちらも、去年は「関心・意欲」の項目がかなりの教科であまりよくなかったのですが、今回はそこを含めてほとんどがいい評価。そういえば昔からそうなのですが、ぴくは新しい環境に慣れるのにものすごく時間がかかり、最初の印象も悪い様子…。なので、初めての環境でもらう通知表はいつも評価が低いのです。小学校に入学した時もそうでした。転校先の学校でもそうでした。そして、中学に入ってからも…。でも、環境に慣れ、先生もぴくのことがわかってくると評価が急激に上がるのです。第1印象悪いって損だなぁ〜。…と、夫と話をしていたら「私と同じだ」と…。これは夫譲りのようです。いや、私自身も第1印象はあまりよくないようなので、どっちに似ても同じなのかもしれませんね。(*_*; まっ、いずれにしても成績が上がったことはちゃんと評価してやらねば…。この先上がるとしたらオール5しかなくなってしまいました。さて、来年、オール5を達成できるかどうか?!
 さてさて、先週から計画停電が始まりました。夜にかかると暗いし寒いし、心まで暗くなってしまいます。電池式のランタンの明かりのみたよりです。ガスは使えるけど、結局暗いので停電が始まるとじ〜っとしているしかなくなります。あまりにもさびしくなったので先日夕方から夜にかけての停電の際は、ぴくのウォークマンをスピーカーにつないで音楽を聴きながら歌を歌いました。うん、これはいけます!!そして、計画停電のせいで近所のスーパーは停電中はお店の営業を中止。信号もついていないし、廃墟と化した街のようでした。そして相変わらず物が不足しています。お米、卵などは朝一でお店に行っても店頭に並んでいません。牛乳は朝一で行かないと買えません。トイレットペーパーやティッシュペーパーも品薄です。相変わらずガソリンは入手困難です。買えても一人10リッターとからしいです。(スーパーに並んでいるときにおばちゃんやおじちゃんが話していました)2時間くらい並んでもそれしか買えないようです。今晩から雨の予報…。雨が降ったらわが家はどうしても車が不可欠なのですが、仕方ない、土砂降りでなければ歩いて買い物に出るとしましょう。ぴくの話だと、昨日は駅に行くまでの間にあるガソリンスタンドに、6時半前から並んでいる車があったようでびっくりです。だって、開店は10時ですよ〜!!\(◎o◎)/!
 あと、気になっているのはやはり原発です。現場にいらっしゃる方が本当に一生懸命作業して下さっているのはよくわかります。一刻も早く事態が収拾してくれることを祈ります。

2011年3月17日(木)

 先週の金曜日(11日)、午前中、整形外科に行き、いつも通り鍼などをやってもらって部活帰りのぴくとちょうど同じ電車に乗れたので、地元の駅まで帰ってきてから食事をしました。その日は2:30から2人して歯医者の予約を取っていたので近所のスーパーの2階にある歯医者へ出かけたのです。先にぴくが呼ばれ、虫歯はないので歯石を取りましょう…という説明を受け処置を始めたかな…と思ったときに揺れが始まりました。グラグラ…。地震??それほど大きな揺れではないので歯医者のスタッフの方も気に留めずに「では、お母さんどうぞ〜」と、私のことを呼びに来ました。「なんか、揺れていますよね?」「地震ですね」などと言いながら診察台に座りエプロンをかけてもらいました。その間ずっと揺れはグラグラと続いていました。「長いですねぇ・・・」などと言い始めた途端、ガタガタ!!と大きな揺れがやってきました。「とりあえず外に出ましょう」と、病院の外のフロアにみんなで出ました。揺れはどんどん大きくなります。隣にあるドラッグストアの棚の商品がごろごろと転がり落ちてきます。大きな揺れはなかなかおさまりません。トイレットペーパー、ティッシュ…など、色々なものが落ちてきます。今までTVでしか見たことがなかった、地震による物の落下…目の前で大変なことが起こっています。ぴくと手を取り合い、歯医者のスタッフの人と励ましあいながら、長い揺れがおさまるのをひたすら待ちました。そのうち揺れが少し小さくなったので階段を利用して屋外へ出ることにしました。途中、携帯のインターネットで確認するとどうやら宮城のあたりで震度6強の揺れを観測したとの情報が…。これは大地震だ!!しばらく外で様子をうかがってから建物の中に入り、治療開始…。ところがその後、揺れがひっきりなしに続いて、治療どころではありません。結局途中で処置を断念し、後日…ということで帰ってきました。さて、あれだけの大きな揺れ、わが家の家の中はどうなっているのだろうかと心配しながら玄関を開けてみると…玄関に置いてあった靴を入れていた小さめのカラーボックスがばったりと倒れていました。うわぁ〜、この分だと食器がぁ…とおそるおそる2階のわが家へと向かうととりあえず食器は無事。まず、ホッとしました。が、棚の上に乗せてあった箱やら何やら相当落ちていました。そして、何より、キッチンのカウンターの上に水を張っておいた鍋の水が1/3ほどに減っています。あたりは水浸し…。流し台についている引き出しの中に水が入ってしまい、後の処理が大変でした。お風呂の水もふたをしてあったのでそれほど減ってはいませんでしたが、洗い場の方に水が出ていて、揺れの大きさを物語っていました。TVではお台場の火事やら被災地の火事の様子などが次々と移され、尋常な地震ではなかったことがはっきりとわかりました。この日、首都圏のJRは運転を取りやめ、夫は帰宅難民となり、会社で一晩過ごしました。ぴくと同じ部活の後輩は、どこかで寄り道したらしく、同じバスに乗っていたにもかかわらず、結局家に戻れず、学校で一晩過ごしたようでした。地震後、とにかく余震が多く、ひっきりなしに揺れていて、暖房もそのたびに切らなくてはなりませんでした。夫の会社のシステムで、震度5弱以上の地震がどこかで起きると、家に安否確認&出社できるか否かの電話がかかってくるのですが、夜中には余震と、この電話が何度もかかってきたために、ゆっくりと寝ることができませんでした。まぁ、被災地の方々のことを思えばそんなことで愚痴など言ってはいられないのですが、寝られないというのはやはり身体にとってつらいことです。地震の翌日、朝から少しずつ電車は動きましたが、本数が少ないために一度駅へ行ったら改札の外まで並んでいたとのことで、結局、夕方、少し人が少なくなってから夫は帰ってきました。家に着いたのは4時半過ぎていました。次の日は日曜日でみんなでくたびれ果ててぐうたらと過ごしました。…でも、世間ではガソリンの買いだめなど、始まっていたようです…。月曜日、計画停電の影響でJRがほとんど動かず、夫は自宅待機。ぴくも当然部活は中止。朝のうちに買い物を済ませようと少々大きなスーパーへ行くと…いやはや、異常事態にびっくり!!土曜日から何だかものがなくなってきたなぁ…と思っていたら、月曜日にはカップめんやらお米やら、みんな、殺気立って物をあさっています。しかも、レジの列は売り場をぐる〜っと一回り…。なんじゃ〜!!並ぶしかありません。ぴくも連れて行ったので、とりあえずぴくに並んでもらって、必要なものは私が動いて持ってきました。当初、今日の営業はお昼12時まで…と言っていた店が、10時過ぎには「商品がなくなったため、只今を持って営業終了とします…」と発表。あちゃー、この後に来た人はどうするんだろう?と、心配と驚きでした。私はたまたま朝一に行ったのでラッキーでした。それにしても今回の地震で海外の方からは「日本人の美徳」について驚きと感嘆の声が上がっているようですが、この事態を目の当たりにして、どうも、そんな美談は当てはまらないのでは…という気がしてなりません。もちろん必要なものを買うのは当然なのですが、今回、地震の後、どうもエゴ丸出し…何となくあさましい・・・そういうのが見えて仕方ありません。物の買い占め、ガソリンなどの燃料の買い占め…もちろん、救急や郵便、宅配など、本当に必要な人が利用するのは当たり前のことです。でも、被災地ではもっと深刻な燃料不足、物資不足が伝えられています。今、私たちにできることは、余計な買い占めなどせずに、もっともっと必要なところへ必要なものを回してあげることではないのかと思います。私もなるべく車での外出はやめ、自転車を活用しています。そして、買い物も、必要最低限のものにとどめています。牛乳など、わが家に欠かせないものは早くなくなってしまうので、朝のうちにスーパーへ行って買っていますが、今日の段階でもまだまだ入場制限するような状態です。早く色々なものが正常に動き始めることを願いたいです。
 ぴくの幼稚園時代、一緒に役員をした人が去年の4月から陸前高田に住んでいます。今回の地震、津波で壊滅的な被害を受けました。安否を心配していたところ、別の友人を介して、とりあえず本人は無事だったと聞き、ホッとしました。でも、自宅の場所から言って津波で流されてしまったことは確実だと思います。今、どんなふうに過ごしているのだろうと思うと本当に胸が痛いです。地震直後から彼女にはメールを送っていますが、きっとまだ、返事をする段階ではないのでしょう。何カ月先になるかわかりませんが、とにかく本人からの連絡を待ちたいと思います。そして、彼女を始め、被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。

2011年3月1日(火)

 3月に入りました。今年ももう1/6が終わってしまったのね…。早いなー。
ところで先日、ぴくが送辞を書きあげたことを書きました。翌日、先生のところに持っていくと…「これでは毎年使える文章です。今年でなくては書けないものを書いてきて下さい。」などと返されました。要は、当たり障りのないもの過ぎた…ということらしいです。ただ、ぴくとしてはあまり中3の先輩との接触もなく、大した思い出もないのが現状で…。原稿用紙ちょうど2枚分書いていったのですが、短いと言われ、仕方なしにちょっとだけ思い出の部分を無理やり書き込んで2枚半ちょっと欠ける位にして翌日持って行きました。それでも短いと…。山崎直子さんの資料をた〜んともらって帰ってきました。要するに、女性の社会進出などについて入れるように…そのことで今年でないと書けないもの…と先生は考えていたようです。それだったら最初からそう言ってくれればいいのに…。期末試験10日前になって3日間もまったく勉強する時間もなく、夜遅くまでかかってしまいました。で、翌日は山崎直子さんのことも入れて、3枚と3行になったものを持って行きました。先生に直された文章はとことん「気に入らない」と、自分の言葉で考え直して書きなおし(これには夫と私も協力しちゃいました)、今度こそ!と、自信たっぷりに持って行ったところ、ほぼOK!が出ました。最後に直されたところは山崎さんの言葉を引用した部分…。そこを手直しされたので、「ここは山崎さんの言葉なのでそのまま使いたい。」と、最後まで反抗?してようやくOKとなりました。期末試験の最終日に清書用紙をもらって、それに筆ペンで書くことになっています。去年の送辞は、最初に読んだ時に素晴らしすぎ!!正直、中学生らしからぬ…と思っていたら、ネットなどで情報を仕入れていたところ、かなりの部分がパクリだったことが判明。な〜るほど。それでこんな言葉が出てきたんだーと、納得。だって、中学生から「〜の礎となることと思います」なんて出てくるなんて…と思っていたのです。どうりでねぇ…。ぴくの文章は、ほぼ、全文自分で考えた文章で、ところどころ、夫と私が直したところがある程度。立派じゃなくてもいいじゃない。中学生らしく、素直にかけていれば…ということで、ほとんど、自画自賛の内容となりました!!(爆)さ〜て、あとは、試験勉強まっしぐらだよ〜、ぴく!!前回2学期の期末テストでは保健体育で学年1位という快挙を達成したものの、社会と英語が振るわず…。得意の理科も、そこそこ程度だったので、今回はしっかり取ってくれるといいな〜と思っています。をいをい、5教科ばかり点数悪いんじゃん。(-"-)がんば〜!!