南フランス・ロンドン
スケッチ独り旅

1996年6月19日〜7月5日


その1  その2  その3


* ロンドンを経て帰国の途へ


私の乗ったBA3129便はノルマンデイーを経てイギリス海峡を越え、定刻通りロンドンの南約5〜60kmにあるガトウイック空港に到着しました。 

ここでも又難問に出っくわしました。空港から宿泊予定のホテルのあるロンドンのハーマースミス迄、どうやって行くのか、タクシーでは費用が掛かりすぎる。ホテルの案内書には国鉄の
ガトウイックエクスプレスとゆう直行便を利用しロンドン・ビクトリャ駅まで行き、そこから地下鉄イーストロンドン線で、ハーマースミス駅で下車歩いて5分と簡単に書いてありましたが、国鉄の駅までどんな方法で行くのか判らず困ってしまいました。


しかし此処はイギリスのこと、英語なら何とか成るだろうと人々の後について歩き始めました。ところが何処の国にも親切な人が居るものです。私の横を歩いていた上品な
2人の初老のご婦人に声をかけたところ、「私達もビクトリァ駅まで行くのでお連れしましょう」と私を案内してくれました。.その心やさしいご婦人と列車の中では片言の英語で色々とお話しながら無事ビクトリァ駅に着き、その上私を地下鉄の乗り場まで連れて行ってくれ、私は丁重にお礼を言って別れました。


フランスではどちらかといえば冷たい感じのフランス人に接していた私にはこの国の人々優しさに感動させられました。さすがに大英帝国として世界に君臨した英国人の誇り高いそして心豊かなの国民性に触れた思いでした。


      

地下鉄では行く先の違う電車に乗ってまごつきましたが、途中乗り換えて何とか目的のホテルに着く事が出来ました。ロンドンでは2泊して中1日を市内の観光をしようと考えていましたので、翌4日は朝早めに起き食事を済ませ地下鉄で街に出かけました。


観光バス等利用せず自分の足で気ままに歩いて見たいと思い、此れだけはなんとしても見たいと思っていたバッキンガム宮殿の衛兵交代式のパレードを見るためバッキンガムへと急ぎました。毎日11時30分に始まる予定の交代の式に1時間前に着いたのですが、もう其処は黒山の人だかりでした。


何処から集まったのか白人が半分くらい、残り半分は髪の黒い東洋系の人達(私もその1人ですが)多分韓国か台湾の観光旅行の団体の人々ではないかと思われ、その人たちで宮殿前の広場は埋め尽くされていました。


定刻スコットランドのバグパイプの軍楽隊を先頭に、威風堂々クインズガードの赤い服と黒い帽子の玩具の兵隊さんのような一隊が二方向から広場に向かって行進、そのあと
全く同じ黒い毛色の20頭ほどの馬に乗り銀色のヘルメットに赤い房をなびかせたホースガード(王宮警護の騎馬隊)が続き、宮殿の中へと入場して行きました。


やがて宮殿前の庭では我々がテレビや本でよく見る例の重々しい交代式が展開されました。其れを眺めながらこれぞ英国、これぞロンドンの感に打たれました。


其の後、私は宮殿の直ぐ前のこんもりとした森の中に広がる美しい緑の木立と池のあるセントジェームス公園を散策しながら、テムス河畔の国会議事堂、ウエストミンスター寺院へと向かいました。

ロンドンには有名なハイドパーク、グリンパーク、セント・ジェームスパーク、ケンジントンガーデン等幾つもの有名な公園あり、これらの多くは
王室の所有地ですが、市民の生活には欠かす事の出来ない憩いの場でもあるようです。


早朝にはジョギングの人達、昼休みの時間には近くのオフィスのサラリーメン・ウ−メン達がランチを広げたり寛いだり、そして午後には子供達の遊び場となり又老人達にとっては木陰のベンチで新聞を読んだり、おしゃべりを楽しむ憩いの場として市民に親しまれています。  

ビッグベン、国会議事堂、ウエストミンスター寺院、セント・マーガレット教会等の壮麗な建物には圧倒される感がありました。 ウエストミンスターからビクトリヤ駅への広い通りには英国政府の幾つかの官庁が並んでおり、そんな街中をブラブラしながらデパートを覗いたり、お店のウインドウを眺めたり独り歩きを楽しみました。 

お昼の食事は通りがかりのフードショップでたまたま見つけたパック入りの
『握りずし』を買って近くの公園で街を眺めながら食べましたが、ロンドン野「握りずし」も予想外に美味しいもので、久しぶりの日本食に満足でした。


          

翌7月5日いよいよ日本へ帰る日です。
11時ヒースローから関西空港に向けて飛び立つ
BA017便に乗るベく、ホテルから一度乗りたいと思っていたロンドンのタクシーで空港に向かいました。独特のスタイルをしたオースチンのタクシーは運転手と客室の間がガラスで仕切られており又客の足元は広々として大きな荷物をいくつか置ける程のスペースがあります。

初老の運転手さんが『貴方は何処に行くのか?』と尋ねるので『私は
BAの便でJapannに帰るのである』と答えました。『それなら空港は第4ターミナルである』と迷い無く私を運んでくれました。 

時間にして40分位、料金は25ポンド、30ポンド渡してお釣りは要らないと言ったら大変喜んで『無事に
Japanに帰る事を祈る』と言いながら握手して別れました。本当に最後までこの国の人達の温かさに触れる事が出来たロンドンでした。


帰りのフライトも往きと同じ様なコースを偏西風に乗って、11時間程で関西空港の滑走路に、懐かしい故国の大地に無事ランデイングする事が出来ました。

           

滑走路に機が停止した瞬間、自分自身で計画しそしてチャレンジした今回永い独り旅を、色々苦労しながらも楽しく成し遂げた満足感で、私の胸は一杯でした。


70歳の私でもまだまだやれる、とゆう自信の様な物が永い旅の疲れを一瞬忘れさせてくれました。又この旅で多くの外国の人々と触れ合い、その心に接する事が出来たのも大きな収穫でした。

世界は一つ、同じ世界に住む人間どうし、言葉は上手く通じなくても心は通じ合える事をしみじみ感じました。そしてイギリスの人もフランスの人も
日本人の様に物質的な豊かさの追求にアクセクすることなく、心の豊かさを至上のものとしてゆとりある生活を営んでいる事を痛感しました。


私は今後も国の内外を問わず、絵筆と共に心の旅路、独り旅を体の続く限り続けて行きたいと考えています。


最後に私にこの素晴らしい旅を与え、又見守って下さった主に感謝の祈りを捧げたいと思います。   アンデレ・カツ

             1996年 7月記

                     おわり



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