ひろりんの爆笑?出産日記

1人目と2人目と3人目ではこんなに違う出産。まあ読んで笑ってくだされ。

ちなみにはるちゃんは、産後すべての行事(お七夜、お宮参り、お食い初め、一升餅)

をこなしたが、まさちゃんは、お宮参りしかやっていない。お食い初めは形だけ。

一升餅もやらなかった。写真も極端に少ない。たまちゃんは初めての女の子なので

ちょっと手をかけて居る。とりあえずはお宮参りは行って来た。

期待度が低いのか、2人目はいい加減である。3番目もそこそこいい加減。

「まさちゃんがかわいそうだ...」というたーちゃんの声が聞こえる...

<はるちゃんの巻>

 

レントゲン検査の結果、児頭骨盤不均衡で出産予定日の3日前に決まって帝王切開になった。

入院は前日の17日でした。あまりにも私が元気で、夜ご飯から絶食で気が狂いそうでした。

あまりにも腹が減って眠れないので、看護婦さんが睡眠薬をくれて眠りました。

手術当日は双方のばーちゃんと、旦那が朝から駆けつけて手術が終わるのを今か今かと

待っておりました。はるちゃんはものすごい大きい泣き声と共に13時過ぎに取り出されました。

が、直後に体を洗って貰って拭いて貰っている看護婦さんにめがけておしっこしちゃいました。

手術室は爆笑の渦。母は恥ずかしいぞ〜ぼうず〜。外で待っていた、たーちゃん達は笑い

声が響く中何が起こっているか分からなかったらしい。後から聞いてまた爆笑の3人。

術後3日間は激痛に耐え、寝たきりで、テレビとマンガ本がお友達の生活。

4日目からは食事が始まり、授乳室に時間ごとに母乳をあげに通い、

7日目からは母児同室となる。6人部屋で母児同室は気を使いまくった。

夜はみんな眠りたいだろうし、自分のお子さまが泣いてしまってご迷惑を掛けては...

とずっと思っていたが、不思議なことに他の赤ちゃんが泣いても目覚めないが

自分の赤ちゃんが泣くとぴたっと起きれる自分に大変驚いた。

母の体は上手く出来ていると感動した。産後14日で退院しました。

産後は実家の母が1ヶ月泊まり込みで家事などをやってくれました。

  

<まさちゃんの巻>

 

妊娠発覚と同時に「前回が帝王切開だから...」ということで出産は帝王切開に決定していました。

誕生日は1月後半から2月上旬でいつが良い?と先生に聞かれて、

んじゃぞろ目で2月2日ということで宜しく〜!と勝手に相談もせず一人で誕生日を決めてしまった。

ちょうどその日はまだ手術予定の患者は無くすんなりと決定。2ヶ月も前にまさちゃんの誕生日は

決まっていたのでありました。前日の2月1日に入院。2月2日に出産。

手術に際し麻酔がなかなか効かずに、お腹切ってるメスの痛みで絶叫しながら手術完了。

取り出されたまさちゃんは、3000g無くてはるちゃんよりも600g少なくとっても小さくそして軽く感じました。

「これだったら普通に産めたんとちゃうんか!!」という怒りに満ちた出産。手術中たいして

効かなかった麻酔は術後効きまくり、夜になっても足に感覚が戻らず痛み止めの薬を中止!

その直後からとたんに感覚がどんどん戻ってきて激痛再開。手術中痛くて、後も痛くて最低だ〜

と思いつつ朝になって痛みに対して感覚が麻痺したのか、今度は寝ているのが辛くなり、

術後24時間にも関わらず、看護婦さんを呼びだして「腰が痛くて寝ていられないので

尿管はずしてくれ!」と懇願したが、看護婦さん曰く「歩けたらはずしてあげますよ!」

と笑いながら言うので、気合いで立ち上がりその場でジャンプしてやった。「歩けるぞ。はずしてくれ!」

とすごんだらすぐにはずしてくれた。帝王切開で翌日から歩きまくっていたのはこの病院始まって以来

だと言われ「驚異の快復力、さすが2回目」と畏れられた。しかし、授乳室には通い母乳はあげているが、

抜糸が終わるまでは処置の際に赤ちゃんがじゃまなのか母児同室にならず、あまりにも暇で、

はるちゃんのセーターと帽子とマフラーのセットをすべて編み上げてしまった。クロスワードパズルの雑誌も

一冊全部終わらしてどうにも暇だった。編み物は趣味だったが、母児同室になっても相変わらず暇で、

編み物をし続け、さらにアフガン(おくるみ)も毛糸で編み上げてはるちゃんの時と同様に

手術後14日目で退院を迎えました。(この日にちは決まっていて変わらないらしい)

退院翌日から親の手伝いを拒否し自力で家事をこなして生後2週間のまさちゃんをだっこひもにいれて、

はるちゃんの保育園のお迎えとかに行ってました。2人目ともなると余裕もあり変わる物ですね!!(爆)

<たまちゃんの巻>

 

妊娠当初から先生に「今度は女の子だと良いね!」と言われ続けて、

妊娠8ヶ月目の頃女児と確認されましたが、たーちゃんには産まれるまで教えませんでした。

当然ながら再び前回帝王切開だからということで、3回目の帝王切開が決定する。

9月の中旬でいつがよい?と先生に聞かれたので、ひろりんの父のお誕生日9/18に合わせて

3号のお誕生日は9/18と決まった。陣痛もおしるしも知らないうちに、前日17日に入院。

18日に手術。手術室に入ると麻酔をかけるのだが、研修医が針を上手く刺せず、何回も

許可無くトライしやがり、腕は針の刺し傷いっぱいで痛くて堪らない手術の開始だった。

「おいおい、兄ちゃん勘弁してくれ。頼むからそこの看護婦と代われ〜!」と叫びそうだった。

隣で付いて見ていた看護婦の目が怒っていた。そして研修医が下がって看護婦の

かなりきつい口調で一言。「ごめんなさいね、痛かったでしょう。後で湿布はろうね...ったくもう」

この看護婦、言葉は親切だがものすごく怖い....

この人には刃向かわないようにしようと心に決めたひろりんでした。

程なく、まっとうな麻酔医も入室し、下半身の麻酔がかけられた。今回は前回と違い

麻酔がちゃんと効いて痛みは無かったが、効きすぎて頭まで眠ってしまった。

「先生、眠い。このままじゃ絶対お誕生の時分からない。寝ちゃうよ〜」と言うと、

「眠っても良いですよ、産まれるときには、寝てたら叩き起こしますから」と例の看護婦に言われ

逆に怖くて目が覚めた。最後まで眠らず、麻酔も切れず無事に手術は完了した。

夜も傷が痛み、興奮状態で一睡も出来なかった。しかし、翌日には尿管はずして

相変わらず歩いた。しかし、痛みが増して、つらさ倍増。産後出血が大量だった事も有り、

貧血の点滴が朝夕追加された。前回と比較にならないくらい悪露大量。血液検査で

危険な数値が出たらしい。結局頭がフラフラして、何もする気が起きず前回のようには

体の回復が遅くて戻らず、病院ではひたすら寝て過ごした。

退院した後は、相変わらず保育園にお迎え行ったり、家事などの生活を普通に

していたが、前回3週間くらいで無くなった産後の出血が収まる気配がなかった。

そんなこんなで体も貧血のせいで疲労してしまい、実家の母親が毎日仕事の後に、

夕方から家事を手伝いに来て貰うようになった。ちなみに今現在まもなく2ヶ月になるが

未だに産後の出血は止まっていない。もう若くないから、回復が遅いのかしら?と感じつつも、

産後に無理しちゃいけないんだな!と実感した27才のひろりんでありました。

 

でも3人目ともなると、手術当日も、医者に手術の同意書のサインの為にと言われるまで

旦那は来るつもり無かったらしいし、家族も誰も来ない。友人もお見舞いに来ない。

たまに洗濯物ある?とかで実母や義母が来てくれるくらいで、ちょっと寂しかったな〜。

でもその分寝られて良かったけど.....、

 

 

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