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早朝5時ごろ。病院から帰ってきて、3Fリビングから撮影
家の中を点検する消防隊員。壁の水は空けた窓から放水されたもの。被害の中心はガレージと、ガレージの北側なのでリビングやキッチン、寝室は無傷でした。ああ、この家でよかったぁ
朝になると、大手町の消防本部や警視庁捜査一課の捜査官達が大勢、実況検分に来た

2F事務所の奥はアルミサッシとガラスブロックの窓だった。アルミサッシは溶けてガラスも無い。ガラスブロックは持ちこたえているが、外側は溶けて芸術作品のようになっている
洗面所の木製サッシはごらんのとおり。窓ガラスにヒビが入っているものの、枠が熱くならないせいかガラスが割れ落ちたりもしない。その上2重ガラスだから、締めておけば室内への延焼はかなり防げることがわかりました。

上の写真のとなりにあるアルミサッシは、このとおり姿無く溶けている。位置的なものも多少あるにせよ、この差は歴然。木製耐火サッシにお金を払う価値は大です
屋上。屋根の下には熱風が通ったため、下地の垂木が炭化しているそう。そのため総取り替えになる。全額保険修理が可能。壊れているのは消火作業のために剥がしたもの。太陽熱温水器はまだチェックしていませんが、機械内の基盤が溶けているという話もききました
6月14日 翌朝、岡建が修復作業を開始し。まずはガレージ内の「残さ」を撤去してくれた
4tトラックで残さを運び出す。今日になって、残さは区役所が無料で引き上げてくれることを知る。区役所のみなさん。火事後の対応官を作って、即日被害家庭に派遣くれませんか? それで、行政でしてくれる手続きをとってくれるようにしないと、市民には非常時に行政が何をしてくれるのか分からない。家が無事ならまだいいけど、焼け出されてみんな失った人は、本当に大変だと思う。心のケアも含めてこのへんの『危機管理』もぴしっとしてくれると住みやすい町になる。
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●13日深夜3時38分
「ガシャン、パチパチ」という異音で目覚める。飛び起きてカーテンを開けると、ななめ向かい奥の倉庫から火の手が上がる。
すぐに妻が119番通報をする。通りがかりの人が車から飛び出して、倉庫の裏のアパートの人たちに「火事だ!」と非難を呼びかけ、住人がパラパラと、逃げ出してくる。
僕も何かしなくちゃと、慌ててカメラを握って(出版関係者のサガか?)出る準備をしようとすると、「うちも燃えてる!」と妻が叫ぶ。
窓に戻って下をのぞくと、家の前に止めてあった車のフロントグラスに、炎が見えた。
すっ飛んでガレージに降りると、すでに奥で火柱が上がっている。とにかく消火しなければ! ホースを引っ張りだし、蛇口をひねるが水が出ない。
顔を上げると、火はあっというまにガレージ内を包んでいた。外に出て、隣家のH邸に火事を知らせ、H邸の庭ホースで水をかけるが、なんの足しにもならない。見るみる火が広がり、玄関が火に包まれてしまう・・・家族が家に閉じこめられてしまった。
家の中にいる家族に「逃げろ!」と叫び「火事だ! 放火だ!」と周囲に叫ぶ。それ以外に何もできない。地下に寝ていた妻の両親が窓から脱出。4分ほどで消防車が1台到着。消防隊を手伝って消火栓を空け、すぐに消火活動にはいる。3Fの窓に子供を抱いた妻の姿が見えた! 無事だった(外の騒ぎに比べ室内は、煙も入らず安全だったようだ)。妻が窓を開けたが、すぐ左手から炎が迫っているので、閉めるように叫ぶ。消防隊に家族の場所を伝えるとすぐに梯子を掛けて救出してくれた。感謝。
近隣で放火が連続しているために、最寄りの消防が出払っていて、初めの一台以降の到着に少し時間がかかった。それでも15分後には、いろいろなところから消防車が到着する。
●4時頃
救急車に乗って家族で病院に行く。妻と子供は煙も吸わず、怪我もなかったが、念のために病院に行った。僕だけ役に立たない消火活動で、両足を1〜2度の火傷。全治2週間で、その間、お風呂も入れないし、乗馬もカヌーもラフトもできない身になってしまった・・・。まあ、それどころじゃ無いけどね。

パッチに見えるけど、包帯グルグルの足
5月に友人を川で亡くしているので、なおさら家族の無事が嬉しい。車やカヤックはまた買えばいい。保険が利かなくても働くからいい!
我家を施工した、岡建の担当者杉山君が病院に来てくれる。息子と僕はパンツ一丁だし、妻と娘は裸足なので、どうやって帰ろうかと思っていたのでありがたかった。
妻は自宅の電話が切れてからも、携帯電話でいろいろなところに電話をしていたようだ。その電話で岡建のスタッフが早々に来てくれて、復旧の段取りを初めてくれたが、現場検証が終わるまでなにもするなと警察に追い出されてしまった。
●8時
子供達は室内に居たため、かえって炎を見なかったので、あまりショックは受けなかったのは幸い。7時頃に、学校の教頭先生と保育園の先生が来てくれ、定時に学校と保育園に連れて行った。
それでも2歳の娘はちょっと、ショックを受けていて、なかなか僕から離れようとしない。深夜3時からの大騒ぎなので、保育園で落ち着いて眠れたようだ。
●9時頃
地元の消防署、大手町の消防本部と警視庁の捜査一課の捜査官が大挙してやってきた。捜査一課といえば殺人などの重大犯罪を捜査するところだ。放火は重罪だ。
捜査官は迷わず火元と思われる場所の検証にかかる。中でも「一課長」と呼ばれる人はスゴかった。細かいことは書けないけど、彼に追われる犯人はもう観念した方がいいね。あんなに、真っ黒な中からいろんな証拠を掘り出してしまうんだからスゴい。
検証は、燃かすを丁寧に掃きながらすすめられ、4時間ほどかけて、放火される前の状況に戻される。そうすると、僕が見てもひと目で、火を点けられた場所、順番など犯人の行動が丸見えになる。それらの説明を細かく受けて、証拠として、写真を撮って帰って行った。
地元の消防からは「罹災証明」などの事務手続きの簡単な説明をされる。犯人は近々捕まる。
●3時〜就寝
検証が終わると、掃除と復旧作業に入る。岡建のスタッフもほぼ12時間の待機で、ようやく作業に入れた。近隣や妻の友人知人親戚が、タオルや掃除道具などを持って来てくれていた。本当に助かりました。
夜7時には、電気、ガス、水道、トイレの仮復旧がされ、焼け溶けた窓には養生シートが張られ、リビングと寝室に居る限りは、以前と変わりない生活を送れるようになった。ちょっと煤だれけだけどね。
夜9時には息子とリビングでゴロゴロしているうちに眠ってしまった。息子を抱えベッドに入り、添い寝をしているうちに、また眠り込む。しばらくして見物に来た人が「火事だわねえ」「こんなに燃えちゃって大変ね」なんてことを大声で話している声に起こされる。『火事』の言葉に心臓が縮まる思いがした。横に眠る息子の汗を拭き、家族が無事だったことに改めて感謝する。
僕らが聞いた「パチパチ」という音は、たぶん自分のガレージの火が大きくなっていく音だろう。
外壁が木のために、火は瞬く間に広がった。でもそこは『防災住宅』の底力で、家屋内はほとんど無傷ですんだ。
一時、家の中に閉じこめられた妻も「耐火構造だから、家の中にいれば大丈夫」と信じていたそうだ。そしてエネルギー効率を高めるために、高気密になっているので、煙も中に入らないはず。そのうえ、科学物質を極力排除しているので、有毒ガスも少ない・・はずと信じ、この家を設計した本人は落ち着いて救助を待っていたようだ。外に居た僕の方が気がきじゃなかったけど。
室内の被害は、アルミサッシが溶けたり、ガラスが割れたことにより、炎や煙が進入したもの。2F事務所や4Fの洗面、お風呂のサッシは溶けてしまった。全部木製の耐火サッシだったら、被害は外側だけに押さえられただろうと妻は言っている。1Fの玄関ドアは鉄枠に2重ガラスがはめられたものだが、消火水があたった瞬間に、鉄の枠が冷えて変形し、一気にガラスが割れたらしい。それまでは家の中には被害が無かったが、割れたことで炎が室内に進入し、玄関の一部を焦がした。木枠の窓はガラスにヒビが入っても、そいうった現象は起こらず、しっかりガードしてくれていた。
●放火被害の状況
放火されたのは、ガレージのロッカーと、奥の数カ所。それから、隣家の外置きのトイレと自転車など。この夜は、近辺で4ヶ所の放火があり、僕らが窓から見た倉庫は全焼し、隣家は2階のテラスと、窓が割れたために室内に熱煙被害が出た。それから100メートルほど離れた家では、1Fのガレージの窓から火の点いた何かを投げ込まれ、ガレージ内が焼けた。1キロほど離れた銀行にも放火されている。
*これから、復旧の模様と火事後の手続きについて、このHPで報告していきます。防災や非常時の対応について、参考になれば幸いです。
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