2000|2001*4月6月7月8月9月10月11月12月2002



6月25日(火)曇り/晴れ 気温31℃---

深夜2時。我が家の屋上から。目の前は肉眼でこのくらい明るい通りです。車も1分間に2〜3台通ります

 

*梅雨だというのに、雨はあまり降りませんね。そのくせ今日は31℃と蒸し暑かった。
 毎年恒例の無駄な公共事業に反対するイベント「長良川DAY」。今年は7/7日、長良川河口堰前で行われます。残念ながら、放火事件により僕は出られません。9日から北海道取材だし、1週間も家を空けるのは心配なので。10年川を守る運動を続けて、毎年カヌーデモをしていましたが、今年始めて不参加です。ちょっと複雑な気持ち。

 日曜日は子供2人を公園で遊ばせて、ご飯を作って・・・と、普通の一日を過ごしました。


 



6月23日(土)曇り12時 気温20℃---

放火当夜、上の黒い線まで水が入っていました、それから火事で蒸発したのでしょう。黒い跡が層になっています

これがケルヒャーの中型スチームクリーナー。1.2リットル入るからそうとう使える

メインは化学洗剤。環境的には疑問もあるが、頼もしい洗浄力

ご覧のとおり、もとどおりのピカピカ。ただ水栓類はメッキが浮いたりして痛々しい状態

プラントの整備もしてもらいました

深夜になって、やっと時間ができた。妻が図面に被害ヶ所を記入して、見積もりを頼む

焼けた場所や、消火水によるものなど、カラーで分けて示す。つくづく窓が溶けなければ屋内の被害は無かったと思う

焼けた外壁の下に、断熱材のMKボードが見える(中央の茶色い部分)

カヌーライフ誌の締め切りをこなしました。やれやれ。21日、足の火傷もかなりよくなり、通院も2日に1度になったところで、ようやく僕も家の掃除に加わりました。
 標的は窓が溶けてしまったために、熱煙が入ってめちゃめちゃになったバスルーム。
 ああ、そうだ! 溶けたアルミサッシの窓もなんと!『防火戸』だったんですよ! 溶けてなくなるくせに『防火戸』ってどういうことだい? 『防火戸』って書いてあったも当てにならないのか、我が家で使ったアルミサッシが特別ダメな商品だったのか、どちらかですね。それとも『防火戸』のアルミサッシはそうでないアルミサッシに比べて強いという程度なのでしょうか? どちらにしろ『耐火住宅』を真剣に望むオーナーとしては、『アルミサッシはダメ』と考えて使用しない以外に、自己防衛の道はなさそうです。


風呂場の窓は溶けてなくなり、その縁もごらんのとおりのトロけよう。まるでマシュマロかチーズのようだ。考えてみればアルミが高温に強いわけもないが・・・


下側のシャワーフックに置いてあった電動歯ブラシ。頭がクニャリといっている。ボディーから下は熱が弱かったようで、被害もすくない。天井のファンなどは、溶けて跡形もない

*風呂場の掃除のために、以前から欲しかった『スチーム・クリーナー』を購入。秋葉原中を歩いて、やっとロケット本店で発見。価格は38000円。14000円前後のハンディータイプは何処でも置いているが、スチームのパワーが弱いので、あまり使えないとのプロの話から、中型のものを探しまわりました。知人からもらったミラクル洗剤と合わせて使い、煤と脂で黒くなったバスタブを午前中いっぱいかけてきれいにした。
 ここは、運良く下半分にユニットバスを使用して、上半分は漆塗りの板だったために、被害は最小限ですみました。窓から入った熱煙は、床から1メートル以上の部分を襲っていたため、ユニットバス部分は被害がほとんどなかったのです。木は熱に強いですから、天井の証明やファンは溶けてしまいましたが、煤けただけですみました(もちろん窓の近くは炎も来てますから、黒こげですが)。全体がユニットバスだったら、もうダメだったでしょうね。それどころか、家の中を燃やしていたかもしれません。
 ただ、水栓などの金属部分は熱でメッキが剥がれただれてしまいました。これは掃除してもダメ。

*電源やポンプが焼失したために、駆動していなかった『生活水リサイクル・プラント』が復帰しました。駆動していない間の汚水を抜き、清掃してもらい、新しい菌を投入。これでまた、汚水を出さない家に戻りました。なによりも、生ゴミ処理層が復活してくれて嬉しいです。すっかり生ゴミは砕いて流す習慣がついていましたから、めんどうで、臭くて困っていました。
 ただ、屋根の修理にはまだまだ時間がかかるので、雨水を収穫することができません。梅雨だっていうのにもったいない。今年は36年ぶりに関東が大渇水にみまわれる可能性があると研究者が懸念しているそうです。せっかくのエコ住宅なのに自己努力ができなくて残念です。

*深夜、家の復旧と仕事に追われた妻が、復旧のための見積もり用に、図面に被害状況を記す作業をしました。ただでさえ6件も設計があり、施工中の物件もあるしで忙しいのに、大変です。それでも「こんどの事件で、いい実験ができた。最強の『耐火外断熱工法』を考えついた!」と意気揚々ではあります。
 我が家は妻の考案した、MKボードを使った型枠式外断熱工法です。MKボードは、木チップをコンクリートで固めた、見た目アーモンドチップを乗せたクッキーみたいなもので、それが断熱材とコンクリートを施工する型枠の役を担っています。
 だから外壁が燃えてもダイレクトにコンクリートを燃やすこともなく、躯体を痛めなかったそうです。外断熱でも熱に溶けやすいものを使用していたら、躯体が痛んでしまったでしょう。建物は一部が弱くなっても、全体に影響しますから、次に来る関東大震災に耐えられなくなる可能性もあります。また、木枠耐火サッシも施工を仕方を間違えると、今回のような効果が出なくなるそうですから、設計士の方は注意していただきたいものです。どう注意するかは専門的な話ですので、このでは省きます。

 それにしても、本当に妻が建築士で助かります。こればっかりはどんな保険よりも強力ですね。

近々、アクティヴ・エコの対火災効果をまとめて発表したいと思います。

*ここ10年の放火の検挙率は87.4%だそうです。


 



6月20日(水)小雨/晴れ9時 気温25℃---

家は修理のため白い防音シートで囲まれました。屋根の修理に入ったら、しばし引っ越しです。妻が近くにある都営住宅を即日貸し出してもらうよう交渉しました。
 あと、焼けたゴミはすべて区が90%負担で処理してくれるそうです。区はこちらから言わないと何もしないし、何ができるかも言ってきません。放火の多い区のくせに被害者ケアは最低

2歳の娘は、怖くて3階で眠れなくなってしまった。それ以外は平気なので、じょじょに良くなるだろうと思います

燃えて無くなったポンプが、関係者のみなさんのご厚意で、異例の早さで届きました。電気の配線が直れば、プラントも復活

空気を送る塩ビのパイプも燃えてしまったので、接続部分はコンクリートをはつって修理

*あれから1週間がたちました。
 両足の火傷は毎日病院に通い、医者も驚くほど早く治癒しています。
 6歳になる息子は平気なのですが、2歳の娘がちょっとショックを受けていて、放火当日に寝ていた3階に怖くてあがれない状態です。そのためずーっと義父母とともに地階で眠っています。焼けたガレージや階段も怖くて、抱いていても顔を肩に埋めて見ないようにしています。

●被害を受けたエコ設備
○太陽光発電
 屋根の下に熱風が入り、モジュールの下の垂木が炭化。太陽光発電モジュールは総取り替えの予定。
○生活水リサイクルプラント
 地下部分は無事ですがガレージが全焼したため、地上に設置してあったエアポンプ3機が焼失。ポンプの交換と電源の修理まで、駆動不可能
○地階の床暖房
 消火水が床下に入ったため、乾燥するまで使えない状態。ただし、もともと使用しない季節なので生活に影響なし(冬でも2階3階の熱で、1階、地階はあたたかく、ほとんどスイッチは入れてなかったけど)。

*もっとも、被害が大きかったは、ガレージの上にあった、妻のオフィス(一級建築士事務所オーガニックテーブル)。すぐ上で火が強かったのと、窓にアルミサッシを使用していたため、サッシが溶けで窓が壊れ、熱煙が進入したため、ススだらけ、天井の照明器具も破損。
 ただでさえ、忙しかったのに、この火事騒ぎでてんやわんや。現在、近所に引っ越して営業中。妻の方は「耐火の実験になった」「新しい耐火設計を考えた」とヘロヘロになりながらがんばっています。
 それにしても、木製耐火サッシのタフさには驚きです。アルミが溶ける熱の中でも、へっちゃらなんですから。下の写真のように、アルミサッシが溶けてガラスが割れていても、左側のガラスブロックの内側に置いてあったCDは無事でしたから、本当に窓が割れなければ、被害はもっと少なかったと思います。逆に窓が割れたら「耐火構造」も形無しってことです。

*足立管内は年間250件前後の火事があり、その内の40〜50%は放火なのだそうです。火事も多く、放火も多い地域であり、今後も対策を考えないとおちおち寝てられません。
 他府県のデータを見ても、火事原因のトップは放火が多く、特にここ数年は増えているそうです。『放火を防ぐには、家の外に燃えるモノを置かない』などとよくいいますが、今回のようにガレージに侵入したり、窓を壊して中に火を投げ込む奴もいますから、それだけではどうしようもありません。そこで、僕は防犯カメラを設置しようと考えています。やられたら、証拠を掴んで捕まえてるしかないでしょう。放火は終身刑になりますからね!

妻のオフィス。右側のアルミサッシの右下が溶けてガラスが割れています。ここから熱煙が室内に進入

ガラスブロックの外側は溶けて膨らみ、まるでオブジェのよう。周りの外壁材は燃えて無くなっています

窓の真下には、ロウソクのロウのように溶けて落ちたアルミが・・・

左の写真のアルミを拾ったところ。これが元アルミサッシ? 

ガレージにある地階の押入の木製サッシ。状況が違うにしてもガラスも割れてない。守ってくれてありがとう

塩ビ管を排除するために使っていた下水用の鋼管も、我が家を守ってくれました

左側の管を見てください。焼かれた鋼管の中は内面に塗られた樹脂が膨張しています。これが管をつたって熱が室内に進入するのを防いでくれたそうです

鋼管の中を上から見ると、見事に樹脂が膨張して管を塞いでいます。いや〜塩ビだったら、トイレや流し台も燃えるとこでした! 

P.S. 火を消してくれ、家族を救出していただいた消防隊の皆様、掃除など処理を手伝ってくれた皆様、復旧にご尽力頂いている皆様、本当にありがとうございます。また、たくさんの励ましの言葉、お心遣いありがとうございます。家族全員、とりあえず元気で頑張っています。神戸のあのときに比べたら、こんなの擦り傷みたいなもんですよね!!


 

 



6月14日(木)雨 気温19.4℃/室温不明/降水量1.5mm/h 発電0/使用不明---


火はガレージから玄関伝いに外壁を焼いた。家族は3Fの窓から救出された


ガレージの様子。婚約記念に買った1989年製のシトロエン2CVが骨だけになってしまってショック

早朝5時ごろ。病院から帰ってきて、3Fリビングから撮影

家の中を点検する消防隊員。壁の水は空けた窓から放水されたもの。被害の中心はガレージと、ガレージの北側なのでリビングやキッチン、寝室は無傷でした。ああ、この家でよかったぁ

朝になると、大手町の消防本部や警視庁捜査一課の捜査官達が大勢、実況検分に来た


2F事務所の奥はアルミサッシとガラスブロックの窓だった。アルミサッシは溶けてガラスも無い。ガラスブロックは持ちこたえているが、外側は溶けて芸術作品のようになっている

洗面所の木製サッシはごらんのとおり。窓ガラスにヒビが入っているものの、枠が熱くならないせいかガラスが割れ落ちたりもしない。その上2重ガラスだから、締めておけば室内への延焼はかなり防げることがわかりました。


上の写真のとなりにあるアルミサッシは、このとおり姿無く溶けている。位置的なものも多少あるにせよ、この差は歴然。木製耐火サッシにお金を払う価値は大です

屋上。屋根の下には熱風が通ったため、下地の垂木が炭化しているそう。そのため総取り替えになる。全額保険修理が可能。壊れているのは消火作業のために剥がしたもの。太陽熱温水器はまだチェックしていませんが、機械内の基盤が溶けているという話もききました

 

 

 


6月14日翌朝、岡建が修復作業を開始し。まずはガレージ内の「残さ」を撤去してくれた

4tトラックで残さを運び出す。今日になって、残さは区役所が無料で引き上げてくれることを知る。区役所のみなさん。火事後の対応官を作って、即日被害家庭に派遣くれませんか? それで、行政でしてくれる手続きをとってくれるようにしないと、市民には非常時に行政が何をしてくれるのか分からない。家が無事ならまだいいけど、焼け出されてみんな失った人は、本当に大変だと思う。心のケアも含めてこのへんの『危機管理』もぴしっとしてくれると住みやすい町になる。

●13日深夜3時38分
「ガシャン、パチパチ」という異音で目覚める。飛び起きてカーテンを開けると、ななめ向かい奥の倉庫から火の手が上がる。
 すぐに妻が119番通報をする。通りがかりの人が車から飛び出して、倉庫の裏のアパートの人たちに「火事だ!」と非難を呼びかけ、住人がパラパラと、逃げ出してくる。
 僕も何かしなくちゃと、慌ててカメラを握って(出版関係者のサガか?)出る準備をしようとすると、「うちも燃えてる!」と妻が叫ぶ。
 窓に戻って下をのぞくと、家の前に止めてあった車のフロントグラスに、炎が見えた。
 すっ飛んでガレージに降りると、すでに奥で火柱が上がっている。とにかく消火しなければ! ホースを引っ張りだし、蛇口をひねるが水が出ない。  
 顔を上げると、火はあっというまにガレージ内を包んでいた。外に出て、隣家のH邸に火事を知らせ、H邸の庭ホースで水をかけるが、なんの足しにもならない。見るみる火が広がり、玄関が火に包まれてしまう・・・家族が家に閉じこめられてしまった。
 家の中にいる家族に「逃げろ!」と叫び「火事だ! 放火だ!」と周囲に叫ぶ。それ以外に何もできない。地下に寝ていた妻の両親が窓から脱出。4分ほどで消防車が1台到着。消防隊を手伝って消火栓を空け、すぐに消火活動にはいる。3Fの窓に子供を抱いた妻の姿が見えた! 無事だった(外の騒ぎに比べ室内は、煙も入らず安全だったようだ)。妻が窓を開けたが、すぐ左手から炎が迫っているので、閉めるように叫ぶ。消防隊に家族の場所を伝えるとすぐに梯子を掛けて救出してくれた。感謝。

 近隣で放火が連続しているために、最寄りの消防が出払っていて、初めの一台以降の到着に少し時間がかかった。それでも15分後には、いろいろなところから消防車が到着する。

●4時頃
 救急車に乗って家族で病院に行く。妻と子供は煙も吸わず、怪我もなかったが、念のために病院に行った。僕だけ役に立たない消火活動で、両足を1〜2度の火傷。全治2週間で、その間、お風呂も入れないし、乗馬もカヌーもラフトもできない身になってしまった・・・。まあ、それどころじゃ無いけどね。


パッチに見えるけど、包帯グルグルの足

 5月に友人を川で亡くしているので、なおさら家族の無事が嬉しい。車やカヤックはまた買えばいい。保険が利かなくても働くからいい!
 我家を施工した、岡建の担当者杉山君が病院に来てくれる。息子と僕はパンツ一丁だし、妻と娘は裸足なので、どうやって帰ろうかと思っていたのでありがたかった。
 妻は自宅の電話が切れてからも、携帯電話でいろいろなところに電話をしていたようだ。その電話で岡建のスタッフが早々に来てくれて、復旧の段取りを初めてくれたが、現場検証が終わるまでなにもするなと警察に追い出されてしまった。

●8時
 子供達は室内に居たため、かえって炎を見なかったので、あまりショックは受けなかったのは幸い。7時頃に、学校の教頭先生と保育園の先生が来てくれ、定時に学校と保育園に連れて行った。
 それでも2歳の娘はちょっと、ショックを受けていて、なかなか僕から離れようとしない。深夜3時からの大騒ぎなので、保育園で落ち着いて眠れたようだ。

●9時頃
 地元の消防署、大手町の消防本部と警視庁の捜査一課の捜査官が大挙してやってきた。捜査一課といえば殺人などの重大犯罪を捜査するところだ。放火は重罪だ。
 捜査官は迷わず火元と思われる場所の検証にかかる。中でも「一課長」と呼ばれる人はスゴかった。細かいことは書けないけど、彼に追われる犯人はもう観念した方がいいね。あんなに、真っ黒な中からいろんな証拠を掘り出してしまうんだからスゴい。  
 検証は、燃かすを丁寧に掃きながらすすめられ、4時間ほどかけて、放火される前の状況に戻される。そうすると、僕が見てもひと目で、火を点けられた場所、順番など犯人の行動が丸見えになる。それらの説明を細かく受けて、証拠として、写真を撮って帰って行った。
 地元の消防からは「罹災証明」などの事務手続きの簡単な説明をされる。犯人は近々捕まる。

●3時〜就寝
 検証が終わると、掃除と復旧作業に入る。岡建のスタッフもほぼ12時間の待機で、ようやく作業に入れた。近隣や妻の友人知人親戚が、タオルや掃除道具などを持って来てくれていた。本当に助かりました。
 夜7時には、電気、ガス、水道、トイレの仮復旧がされ、焼け溶けた窓には養生シートが張られ、リビングと寝室に居る限りは、以前と変わりない生活を送れるようになった。ちょっと煤だれけだけどね。
 夜9時には息子とリビングでゴロゴロしているうちに眠ってしまった。息子を抱えベッドに入り、添い寝をしているうちに、また眠り込む。しばらくして見物に来た人が「火事だわねえ」「こんなに燃えちゃって大変ね」なんてことを大声で話している声に起こされる。『火事』の言葉に心臓が縮まる思いがした。横に眠る息子の汗を拭き、家族が無事だったことに改めて感謝する。

 僕らが聞いた「パチパチ」という音は、たぶん自分のガレージの火が大きくなっていく音だろう。
 外壁が木のために、火は瞬く間に広がった。でもそこは『防災住宅』の底力で、家屋内はほとんど無傷ですんだ。
 一時、家の中に閉じこめられた妻も「耐火構造だから、家の中にいれば大丈夫」と信じていたそうだ。そしてエネルギー効率を高めるために、高気密になっているので、煙も中に入らないはず。そのうえ、科学物質を極力排除しているので、有毒ガスも少ない・・はずと信じ、この家を設計した本人は落ち着いて救助を待っていたようだ。外に居た僕の方が気がきじゃなかったけど。
 室内の被害は、アルミサッシが溶けたり、ガラスが割れたことにより、炎や煙が進入したもの。2F事務所や4Fの洗面、お風呂のサッシは溶けてしまった。全部木製の耐火サッシだったら、被害は外側だけに押さえられただろうと妻は言っている。1Fの玄関ドアは鉄枠に2重ガラスがはめられたものだが、消火水があたった瞬間に、鉄の枠が冷えて変形し、一気にガラスが割れたらしい。それまでは家の中には被害が無かったが、割れたことで炎が室内に進入し、玄関の一部を焦がした。木枠の窓はガラスにヒビが入っても、そいうった現象は起こらず、しっかりガードしてくれていた。

●放火被害の状況
 放火されたのは、ガレージのロッカーと、奥の数カ所。それから、隣家の外置きのトイレと自転車など。この夜は、近辺で4ヶ所の放火があり、僕らが窓から見た倉庫は全焼し、隣家は2階のテラスと、窓が割れたために室内に熱煙被害が出た。それから100メートルほど離れた家では、1Fのガレージの窓から火の点いた何かを投げ込まれ、ガレージ内が焼けた。1キロほど離れた銀行にも放火されている。

*これから、復旧の模様と火事後の手続きについて、このHPで報告していきます。防災や非常時の対応について、参考になれば幸いです。


 

 



6月4日(月)晴れ9時 気温26℃/室温25℃ 湿度50% 発電1.67/使用0.7/買電1.07

晴天の下、緑に囲まれたガーデンパーティーはとても気持ちよかった。出席者は大学教授からミュージシャンまで様々。みんな自然を愛して行動している人たち。

*2日の土曜日、山形に住む友人の結婚パーティーに6時間車を走らせて出席しました。
 山形には2回目なのですが、ゴールデンウイークに「日本て森がすごい」と気づいたせいか、山形の森の深さに感激。一緒に行った友人も「山形の森と他の森とちょっとちがう」と感じたそうです。本当に緑が豊かでした。簡単に言うと「強そう」な緑です。
 そして、結婚パーティーもガーデンパーティーでした。山形の山に囲まれた庭でのパーティーはとても気持ちよかった。
 この友人は草島進一といい、10年くらい前、山と渓谷社の「夢の丸太小屋」というログハウスの編集部で知り合い、その後一緒に長良川河口堰運動のイベント作りをしたりした男です。阪神淡路大震災の時に神戸のボランティア・グループ「神戸元気村」に加わり、いつの間にか副代表となって、そのまま会社も捨てて返らぬ人になってしまったという逸話の持ち主で、今は故郷鶴岡市で「月山ダム反対」を唱えて、市議会議員をやっています。鶴岡の水問題についてはウォーターワッチネットワークを見てください。

*こんな強い自然の中に来てしまうと、排気ガスの中で、わざわざエコ住宅を建てて住んでいる自分がばかばかしくもなります。自分にとっての理想の生活ってなんなんだろう?
 東京で仕事をして、たまたまあった妻の実家の土地に家を建てたので「どこで、どんな風に暮らしたい」ということは全く考えてなかったんです。ただ「今、家を建てるならこうある方がいい」という形です。


 

 

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