くますけの日記帳2
ここにはぼくが毎日見たこときいたこと、考えていることなんかが書いてあるよ。
読んだ人は
おしゃべりのへやに行って感想を書いてくれるとうれしいな・・・
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| いやあ、いよいよ20世紀ともお別れですね。ぼくのおうちでもそれなりの始末を付けてから21世紀を迎えようとがんばっているのですが、なかなか・・・。(^^;;あーちゃんもあちこち片づけているうちに、なにがなにやらわからん状態。りょまくんは自分の学習机の上を整理したら半分以上はゴミでした。ついでに模様替えをして、気分は新になったかな?とーさんは山のようにある本を大リストラするのだ!とがんばっていますが、果たして成功するのでしょうか?ほっくんは・・・・お気に入りだったクリスマスの飾り付けを片付ける様子を淋しそうにみながら、すこしは年越しの意味が判ったかなあ?バタバタしているみんなの邪魔にならないように、黙々と電車や積み木で遊んでいます。 これらが無事終わったら、おじいちゃん・おばあちゃんと一緒に年越しをするために車で移動します。今年一年、いつも「くますけのおうち」に遊びに来て下さってありがとうございました。どうかみなさんにとっても、よい年が迎えられますように・・・・。 |
| 2000年12年30日 |
| サンタが治してくれる? |
| 今日はほっくんを病院に連れて行きました。 二日前に発熱したときに右手人差し指の爪をけがしたんですよ・・・ それが化膿しちゃって腫れて痛がってたので。 ケガした原因が見て無くて解らないので、見た目には白く膨らんで 水膨れに見えたのですが、火傷ではないことは確かなのですが、 骨折?突き指?ばい菌? 解らなくて心配するより写真の一枚でも取った方が無難かと・・・。 そしたら、今日は祝日。休日当番の病院に行ったんだけど これがひどいところでさ・・・ 受付のおねいちゃんはガム噛んでるし、医者はスゴイお爺さんで 一言も説明せずにただ針で破って消毒しただけ。 とーさんが質問してもなんでいちいち教えなきゃならんのだ! ってかんじでイヤイヤ答えてる。 おまけに会計に療育手帳を見せても、これなに?ってかんじで 何にも解ってない。 良かったのは対応してくれたおばあさん看護婦さんと、 そこに診察を受けに来ていたおじさんやおばさん。 どんなに北闘が騒いでも、「痛かったのかい?かわいそうだったねえ。」 「明日はクリスマスだからきっと明日には治るよ。」と、優しい声をかけてくれた。 月曜日にもう一度来るように言われたけど、ケガが悪化しない限り 行くのはよそうと思う・・・。サンタクロースのお爺さんは、優しく治してくれるかなあ・・・? |
| 2000年12年23日 |
| あわてんぼうのサンタクロース? by、あーちゃん |
| 買ってしまいました!電子レンジ。 とーさんが独身の頃から使っていた電子レンジがとうとうおかしくなってしまって・・・。一部しか暖まらないし、今まで1分でOKだったところが2分も3分もかかるの。動かなくなったわけじゃないから買い換えるのを渋っていたんだけど、先日近くにオープンしたショッピングセンターの電化製品売場で、「オープン記念価格、限定5台」という文字に釣られて近寄ってみると、定価6万円のが39800円ですって。しかも、「残りの1台です」なんて言われたら・・・。それでも、その場では買わずに家に帰って最近のチラシを全部引っぱり出して価格調査!マツヤ電気では59800円、この辺では一番安いと言われているコジマでも49800円。もう買うしかないでしょう!!! と言うわけで、とーさんが帰って来てから相談すると「行っておいで」の一言。晩ご飯を食べさせたあと、いちもくさんで買いに走りました。物はシャープのインターネットからレシピをダウンロード出来るというヤツです。でも、それをするにはあと1万円だしてメモリーボックスを買わなければなりません。(^^;;とりあえず、本体だけでクリスマスのお料理は少しがんばっちゃおうかな?なんて思ってます。(^−^) あーちゃんへのちょっぴり早いクリスマスプレゼント。あわてんぼうのサンタさんもいいものですね。 |
| 2000年12年20日 |
| さむーい日 |
| とうとう、一日中氷点下という真冬日がやってきたよ。さすがに空気が痛いほど冷え切っているんだ。ほっくんは今朝、あまりに寒いので怒っていたくらい。(笑)大好きだったそり遊びにも「イカナイ」ってごねたんだって。(^^;;大きな道路はアスファルトが出ているから大丈夫だけど、住宅街の細い道は圧雪がテカテカに凍って、歩く人はおっかなびっくり。おじいさんやおばあさんが転んだら、いっぺんで骨折間違いなし。ぼくが転んでも相当痛いんだもの・・・。 車の運転もたいへんさ。スピードを落としていないと、交差点で止まれない。ぶつかったらしい車が2台とパトカーが止まっているのを何度か見たよ。道幅も雪で狭くなっているので1台しか通れない道もよくあるから、向こうからも車が来たときは、一つ手前の交差点で左によって待つかしないと、後続車が居るとどちらも動けなくなってしまうんだ。ゆとりを持って先読みしながら運転するのがコツだね。 それにしても、あ〜さむい!今年は秋が暖かかったから余計に感じるのかな?でも、この寒さのおかげでバウダースノーになったり樹氷が出来るんだよね・・・。(^−^)朝日にキラキラ輝くスノーダスト見たことある? |
| 2000年12年12日 |
| りょまくんの勤労感謝の日 |
| 昨日は勤労感謝の日で学校やお仕事がお休みだったよね。りょまくんは前々から「勤労感謝の日にはとーさんとあーちゃんのお手伝いをするからして欲しいことは何でも言ってね。」と言っていた。 そこでとーさんはりょまくんにお風呂掃除を、あーちゃんは晩ご飯の支度を頼むことにしたんだ。 まずはあーちゃんといっしょに晩ご飯の支度。メニューは豆腐サラダと肉じゃがとほっけ、ご飯とまいたけのお汁もあるぞ。手を洗ってドラえもんのエプロン姿になったりょまくんはポケモンの包丁とまな板でレタスとキュウリとトマトを切ったよ。しらすを乗っけてちょっと横へ置いておく。次はお米をといだんだ。はじめての割には腰が入っていてきゅっきゅっと音を鳴らしながら研ぐとこが出来たよ。それから、にんじん、じゃがいも、タマネギを切るんだけど、このタマネギに悪戦苦闘。やっぱり涙が出ちゃうんだよね・・・。(^^;;マイタケを手で裂いてお汁の中へ。最後に豆腐を切ってサラダに加えるとりょまくんのお仕事はおしまい。あとは味付けはあーちゃんがしてくれるから・・・。 美味しいご飯を食べ終わった後には、とーさんに頼まれたお風呂掃除。短パン姿にきがえて腕をまくって、勇ましくゴシゴシと湯船の掃除。「早くしないと・・・」とちょっぴり焦っているのはなぜ?それは大好きなポケモンのテレビが始まってしまうからでした。(^^;; りょまくんご苦労様。また今度おいしいお料理を作ってね。 りょまくんいわく「タマネギはいや〜ん(^^;;」 |
| 2000年11年24日 |
| 友だちの輪の中で・・・ |
| 最近のほっくんは周りの人がしていることにとても興味があるんだ。何でもまねして、「じぶんで!」と言わんばかりにやりたがる。あーちゃんがご飯を作るところも真剣に見ているし、講演会の資料の大事なところにアンダーラインを引いていると、同じように広告の活字にやっている。ハサミで切るのも上手になり、切る物がなくなると「ちょうだい」と言えないので座布団から服から自分の髪の毛まで切ってしまう。玄関や車のカギにも興味があって、自分でやりたがるしね。食事前にテーブルにお皿を重ねておくと、配膳してくれるんだ。あっ、それからりょまくんにわけっこしてあげられるようにもなったんだよ。 もうすぐ6歳の男の子なら当たり前のことなんだけど、興味の範囲が狭く物事の理解が難しかったほっくんにとっては、かなりの進歩です。でも、まるで2〜3歳のこのような振る舞いなので箱ティッシュを一箱全部ふわふわと出して喜んでたりもする・・・・(^^;; そんなほっくんが幼稚舎では友だちのやることに興味があり、真似するようになったんだよね。一緒にいても一見ひとりぼっちに見えることが多いんだけど、確実に感じて楽しんでるる。この間は幼稚舎の特徴でもあるリズム運動に”いとぐるま”というのがあるんだけど、ともだちがみんなで手をつないで輪を作り歌に合わせてぐるぐる回るっていうものなの。そしたらほっくんが輪の中に入って一緒にぐるぐる回りだしたんだよ。 自閉症児がぐるぐる回るのは良くあるパターンだからそれ自体は「すきなのよねえ・・・」ってかんじだったけど、友だちみんながほっくんがそうやって一緒にやったことを心から喜んでくれたっていうことに感激したんだ。そして、「ほっくんまたやってくれるかなあ・・・?」って楽しみにしてくれていること。その思いは絶対にほっくんの心に届いていると信じています。 心の対話をすることがどんなに楽しいかを感じて、ほっくんが自分から対話したいと強く思ってくれるのと同時に、まわりにいるぼくやあーちゃん、りょまくん、とーさん、たくさんの人達が、同じように願って方法を工夫してあげれば、すてきな関係でいられるような気がするんだよね。(^−^) |
| 2000年11年15日 |
| 命の体験 |
| 今日はほっくんが幼稚舎のなかまたちと、シャケ(鮭)見学に千歳川まで行ったよ。 きれいな水の流れる川の中を、目を凝らして見つめていると、1メートルもありそうなシャケが流れに逆らって泳いでいるのが見えるんだ。みんなは何をしに来たか何を探せばいいのか、先生の言葉で理解しているから一生懸命に見つめているの。でも、ほっくんには今ひとつ分からない様子で、「ずいぶん遠くまでお散歩に来たなあ・・・」ってぐらいかな。もう時期が終わりだったから数えるほどしかいなかったんだ。本当は川の色が真っ黒になるぐらい、シャケの群がわれ先にとあがってくるんだって・・・。 そんなほっくんも、ふ化場で捕獲されたシャケがプールいっぱいに泳いでいるところで、力強く跳ねるシャケを見てビックリ!そして運のいいことにふ化場の中を流れる千歳川(上流なので川幅が狭く更に水が澄んでいる)では、目の前でシャケの夫婦が産卵の準備をしているのを見ることができたのです。速い流れに逆らいながら、尾びれを使って川底の石ころを掘って行きます。一回に本の少ししか石を飛ばすことが出来ませんから、何度も何度も、休み休み、傷つきながらおおきなお母さんシャケが卵を産む場所を作るのです。そばで、今か今かと待っているすこしちいさなおとうさんシャケ。 残念ながら生まれるところまで見る時間が無かったけれど、ほっくんもしっかりとその目に焼き付けていたみたい。ふ化場の卵を触らせてもらったりもしたんだけれど、それが大好きなイクラになるってこと、ほっくんはわかったのかな?命をもらって大きくなること、子どもたちなりに感じるものがあったみたいね。 山の紅葉が澄みきった青空にひときわ輝いて見えたのは僕だけではなかったと思うんだ。山の動物たちがせっせと冬支度をしていそうだったよ。木の実はたくさん集まったのかなあ・・・北海道はアッという間に雪がすべてを包み込んでしまうから、大切に大切に秋を楽しんでいたいね。 ところで・・・川で生まれた卵が稚魚になって成熟魚になるでしょ?そのまま川で一生を終える者(ヤマベ)と、海へ出て再び生まれた川に戻って来る者(シャケ)といるんだって。知ってた?(シャケも一度はヤマベになるんだよ) |
| 2000年10月24日 |
| ほっくんの入院 by.あーちゃん |
| 9月22日(金)朝6:30ほっくんがガタガタ震えているのに気が付いた。「どうしたの?」とおでこに手を当てるとかなりの熱がある。のどが腫れているのが何かが詰まっているように感じるらしくパニック気味。座薬をさして様子を見る。夕方になってとーさんが帰宅してから4人でかかりつけの小児科へ行くと、なんとりょまくんも発熱していた・・・。(^^;; 9月23日(土)夜、ほっくんが左手を痛がってポロポロ涙を流している。薬が切れると再び上がってくる熱に朦朧としながら・・・。りょまくんとかわりばんこで発熱するので休む暇無し。 9月24日(日)朝一番で整形外科にて診てもらう。ほっくんは熱と痛みでレントゲンを嫌がる元気もない。ただただ、「いやあー」と泣くだけ・・・。「骨は折れていないようです」その言葉に「捻挫でもしたのかなあ????」 9月25日(月)どんどん腫れてくる左手はいつもの2倍〜3倍にまでなり火膨れのよう。座薬を使っても効き目が遅くなり、効いても38度までしか下がらない。言葉で伝えられないことの切なさは、こんな時に心に突き刺さってくる。フラフラしながら冷蔵庫へ行って飲み物をねだり、トイレまで往復。私の手を自分の左手に添えて痛いことを告げている。どんなサインも見逃すまいと、食事の支度以外は付き添っていた。 9月26日(火)りょまくんは元気になって学校へ。ほっくんの手はいっこうによくならないので、暴れるのは覚悟の上、意を決して再び小児科へ。採決と点滴。この前は30分間大暴れしたのに、今回はポロポロ泣くだけで抵抗する力もなくなっている。熱で眠れないのでいつもウトウトしている。 9月27日(水)約束した10:00に小児科へ。血液検査の結果、白血球が2万(通常の2倍)炎症反応が12(通常0.1)。「おかあさん、入院してちゃんと調べてもらいましょう。」あ・・・・やっぱり・・・・。総合病院の小児科、皮膚科、整形外科を受診。いずれも首をひねるばかり。「いずれにせよ入院ですから病棟へご案内します。」「ほっくん、おへやに行くんだって」「オヘヤ、イヤー」ほとんど使ったことのない二語文を、こんな時に使うなんて・・・。ほっくんを抱きしめながら涙が出た。 再び点滴のため針を刺す。病棟の看護婦さんはみなさん優しい方ばかりだった。障害を告げると真剣に説明を聞いてくれる。どんなことが苦手なのか、何が好きなのか。こちらの希望で個室にしてもらう。PM2:00より睡眠薬と造影剤を入れてCTスキャンで写真を撮る。「心配でしたらおかあさんもどうぞ。」とプロテクターを差し出される。私がこれを付けなければならないような物に、ほっくんが入ると思うと居たたまれない気持ちになる。それでも、普通は外で待つらしいのだ。ほっくんが怖がらないように、この後もその都度配慮してくれる。 9月28日(木)これから毎日一日3回の抗生剤と、腫れが引くまで血液製剤(γーG16)が投与される。さすがによく効いて久しぶりに37度まで熱が下がる。腕も半ギプスで固定されたため、笑顔が戻る。看護婦さんは精神的なケアや自閉症特有の問題についても出来るだけサポートしようとしてくれている。でも、母としては原因も解らず場合によっては手術と言われているし、落ち着かず眠れぬ夜を過ごす。 9月29日(金)熱はさほどでもなくなるが、やはり手は痛がっている。血液採取の結果ばい菌の数値は6から3へ下がっているとのこと。快復に向かっているらしい。しきりにギブスの中をかゆがっている。点滴が詰まって何度もやり直しをする。そのたびに大暴れするのだが、針を刺す以外はじっとして処置してもらうようになる。でも、「看護婦さん」イコール「痛くする人」になってしまっていて、部屋に入ってくるたびに不安になり涙が出る。就寝時に絶好調になりいつもの雄叫びが始まった。「ヨーイドン!」オリンピックの観すぎだ・・・(^^;; 9月30日(土)微熱ながら調子のよいほっくんは、他の病室の子が痛がって泣いているのを聞いて「オヤオヤ、ダメダメ」をくり返す。自分が処置を嫌がって泣いているときに言われる言葉を言っているらしい。母は焦って「よしよし、いい子ね。でしょう?」(^^;; 10月1日(日)点滴をし続けているので毎日朝方オシッコに起きるため寝不足気味。ほっくんはお昼寝で補うが、今日私はオシッコの後ベッドの下の寝袋でウトウトしてしまった。ほっくんはしばらく起きていたらしいのだが、眠たくなって私のそばに降りてきて寝てしまった。結局それが原因で点滴が外れてしまい、注射のし直し。午前中はほっくんの機嫌がなかなか直らなかった。ごめんね・・・。 10月2日(月)またまた夜の間に点滴が外れていたらしく、手首がぷっくり腫れてしまった・・・。左手に刺すわけにいかないので血管が見えない腕に慎重に刺すことになる。なんと1発でOK!おかげで両手が使えなかった日々におさらばする事が出来た。看護婦さん、ありがとう。(^−^) 10月3日(火)そろそろ退屈が爆発しそうなほっくん。食べるとき以外は奇声を上げている。ひたすら謝る母に看護婦さんは「小児科ですから気にしないで・・・」と優しい。それでもあたしゃ怒ってるのよ! 10月4日(水)入院して1週間が過ぎた。朝早く血液採取のため主治医が来た。もう針を刺すところがないので、足から採ることになる。んが、しかし・・・。元気になったほっくんを甘く見ては行けないことがよーく解った。特に足の力はものすごかったのである。先生を蹴りまくったが看護婦さんふたりと私までが抑えにかかり、破れて腫れてゆく所から半分の量だけ採取して、検査してもらうことになった。結果は良好。あと2〜3日中かな・・・。 10月5日(木)朝早くから整形外科にかかり、OKをもらう。看護婦さんのひとりが最後の抗生剤投与に来て、ここに来る前に障害児の施設で働いていたことを話してくれた。「もっとちゃんと遊びたかったのに・・・」と、ほっくんの退院を嬉しくも淋しく思っていると言ってくれた。この病院には、小児科に入院する子どもたちのためのプレイルームがある。ほっくんは両手が使えなかったためにそこで遊ぶことは無かったが、うちに帰ったら使わないおもちゃを寄付しようと思った。 今日はみんなで同じ部屋で寝ようね。4人が一番。久しぶりに布団で寝るのはとても気持ちがよいと思ったあーちゃんでした。
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| 2000年10月10日 |
| 夢のたまご |
| きのうシドニーオリンピック柔道女子48s級で”やわらちゃん”こと田村亮子選手が、8年越しに金メダルをとった。(この間2回しか負けなかったんだって。それが前回、前々回のオリンピックの決勝戦。)彼女が「子どもの頃からの夢」を実現させた瞬間を、きっと日本中の人達が一緒に喜んだと思う。 シドニーオリンピックが始まってから、ぼくのうちでも家族でTVを見ることが多い。一人一人がんばっている選手たちの姿をりょまくんとほっくんも真剣に見ている。勝った人、負けた人、それからオリンピックの晴れ舞台に立つまでのいろんなドラマ。4年に一度のビッグイベントは、子どもたちに夢のたまごを持たせてくれる。 僕の夢は立派なメール配達人になること。さあ、きょうもくますけファミリーとみなさんの間を早くて確実に配達するようがんばるぞ!(^−^) |
| 2000年9月17日 |
| 怒りの日記! |
| 今日は、とーさんが仕事に行ってしまい、つまらない3人はあーちゃんのネットの友だちの家にいきなり押し掛けて遊んでもらった。同じ札幌市内だけど、くますけのとこは東の端。おともだちのとこは西の端。1時間近くドライブしたけど、楽しくて疲れるどころかルンルンで帰ってきたの。そしたら・・・・ ない! ない、ない、ない、ない、な〜〜〜〜〜〜い!!!!!家の前に、とーさんのと、りょまくんのと、ほっくんの自転車が仲良く並んでたはずなのにな〜〜〜〜い!一番新しくてピカピカのりょまくんの自転車はあるのに、りょまくんからお下がりしたほっくんの自転車がない!お兄ちゃんが大事に乗っていた自転車を、やっとぼくが乗れる・・・って、とても喜んで乗ってたのにぃ!!!!誰が何のために持って行っちゃったの???? 警察に届けたら、「当たり前のようにあることです」だって。当たり前じゃないでしょ!コンビニ強盗はいるわ、乳児ねらいの通り魔はいるわ、変出者や誘拐未遂。こんな物騒な町で暮らしてるなんて、ぼくは恐くて外を歩けなくなりそう・・・りょまくんも、一時期学校でかなり強く警戒するようにと指導があったときに、放課後どこへも遊びに行けなくなった時があったんだよ。 なんだかなあ・・・約束しなくても公園に行けば誰かが居て、暗くなるまで遊びまくる子どもの姿は、もうみられないのかなあ・・・。玄関のカギも開けっ放しで、「○○ちゃんあそぼー」って、通りから声をかければ家の中から返事をするとかさ・・・。とにもかくにも、みなさん、気を付けてね。(^^;; |
| 2000年8月16日 |
| 海と山と・・・ |
| くますけファミリーの今年の夏のビッグイベントである、「みんなでキロロへ行くぞ」に無事参加することが出来ました。とーさんの学生時代の仲間が、全国から家族連れで赤井川村にあるヤマハリゾートキロロに2泊3日したのです。6家族18人、子どもは1歳から8歳まで。 くますけファミリーはキロロへ行く前に小樽水族館へ行ったんだけど、遊園地ありイルカショーありで大喜びのりょまくんに対して、人々の歓声と薄暗い館内の雰囲気に泣きまくるほっくん。(^^;;海岸沿いに作られた景色の素晴らしい海獣公園に行くまでは、大変だったよ。でも、あんなに怖がってたほっくんもオットセイの子どもが一匹、そばまで来てくれたのを見ると何事もなかったように柵のそばに座り込んで見つめていたの。不思議・・・。 キロロではお友だちがいっぱいできたよ。今回は子どもがたくさんだし、2泊もするのでほっくんのお気に入りのおもちゃや絵本を、箱いっぱいに詰めて持っていったの。とーさん達が飲み会してる間に、あーちゃんともう一人のママがみんなを集めて、紙芝居読んだり工作教室したりして遊んだんだ。りょまくんは普段から駄洒落を言ったりしておもしろいこと大好きなんだけど、この度本場大阪の「ぼけとつっこみ」を目の当たりにして、パワーアップ! キロロは山と山の間の谷を利用して作られているんだ。冬はスキー、夏は登山・トレッキング・釣り、そしてふたつのホテルと各種スポーツ施設に温泉。教会もあって森の中でのウェディングも出来ちゃうよ。くますけファミリーは、二日目にゴンドラで山に登ったよ。天気が良かったら少し山をお散歩したかったんだけど、雨が降って来ちゃったの。晴れてたら海までずーっと見えたんだって。残念・・・(^^;; みんなとお別れした後に、東小樽海水浴場ってところに行ったよ。ここは砂浜じゃなくて石ころの海岸なんだ。波でまあるくなった石ころがコロコロと転がってて、海藻が生えてないし海水も透き通っててお魚たちが群れて泳いでいるのが見えるんだよ。ここでパワー全開になったのは、なんとほっくん!水遊びは好きでも水にはいるのは恐くて仕方なかったほっくん!はじめはあーちゃんにくっついて離れなかったのに、とーさんとりょまくんがボートに乗っている間、石ころを並べて遊んだりしてるうちに離れても大丈夫になったので、りょまくんとあーちゃんが「きれいな石集め」をしているといつの間にかそばに来ていて、一度足を濡らすと後は胸までどんどん海には行ってゆくの。波が来たら足を滑らせて溺れちゃ困るとあーちゃんは手をつないでるんだけど、そのうち両手を持ってると足をあげてニコニコ顔で泳いでる!途中でとーさんとバトンタッチしたんだけど、これがいつまでもいつまでも終わらない。先にあがったりょまくんが海の家で買ったかき氷を食べて休憩してるのを見て、やっとおやつタイムにしてくれた・・・(^^;; 楽しい旅はこれでおしまい。帰りは車のシートを平らにしてお昼寝タイム。また今度思い出たくさん作りに行こうね。(^−^) |
| 2000年8月12日 |
| 今日は幼稚舎の年長さんが楽しみにしていた、ホタルを見に行く日です。一度帰って、夕食を済ませてから夜の6:30にもう一度みんなで集まりました。きっと、ご飯もそこそこだったんじゃないかなあ・・・ ほっくんは暗いのが苦手なので、あーちゃんと一緒に行くことにしました。とーさんに用事があるので、りょまくんも一緒です。りょまくんは幼稚舎のつばめ(年長組)の時に、仲間と一緒にホタルを見に行ったことがあります。札幌市西岡水源地公園は、鬱蒼と茂る森の真ん中にある大きな池をぐるっと一回り歩くと30分から40分かかります。夜は照明もないので、本当に真っ暗になります。だから、ちょっぴり恐いんだけどホタルは見たい・・・(^^;;子どもたちの心は複雑だったと思うな・・・ 細い坂道や、池の上に渡された一本道を歩いてゆくと広場になり、更に進むと小さな橋を渡ることになります。そこから見える小川のまわりに、何十匹と柔らかく点滅するホタルの灯り、また灯り・・・。飛びながら光る者もいて、うまく捕まえた子は自分の手のひらで見ることができたよ。 それはそれはとっても幻想的で素敵な気分のはずが・・・・・・・・ 実はほっくんは半狂乱だったのです・・・(^^;;昼間でも森は苦手なのに、暗くてよく解らない中で、水がじょうじょうと流れ、しかも懐中電灯が光って揺れるのがほっくんを恐怖のどん底から抜け出せなくしてしまったのです。これじゃ、キャンプは無理だな・・・・(x_x;)とほほほほ・・・ でも、でも、りょまくんは何度見ても感激するらしく、「ホタルの絵を描きたい!」と帰りのバスの中からはりきっていたよ。成虫になってからわずかな期間しか生きられないホタル。本当に本当に命の光は素敵だったんだ・・・。 |
| 2000年7月19日 |
| お店やさんごっこ |
| 先週末の札幌は、今年始めての夏日でした。日曜日は29.9まであがったんだって。 そんな中で、あーちゃんは幼稚舎のお母さん達と、フリーマーケットにお店を出しました。朝、8:00の受付から後かたづけが終わる3:00までずーっと、お日様の下にいたので、汗まみれ、泥まみれもあって、真っ黒けの顔をして帰ってきたよ。 お店やさんをやってると、いろんな人が買い物に来るんだって。小さな子供やお年寄り、女子高生や外人さん。幼稚舎のお母さんの中には、英語がしゃべれる人や、スペイン語がしゃべれる人がいるし、たいていはジェスチャーと、笑顔で通じちゃうんだけどね。車椅子のお客さんもいたよ。値段の交渉も楽しいし、似合うに合わないの相談に乗るのもおもしろい! 子供服は一部のブランド物(高くても500円だけどね。)を除いて全部100円。大人服は、スーツ1000円、その他は200円と300円。チャイルドシートや自転車なんかも1500円で買えちゃうの!閉店間際なんてもっとスゴイよ!全品な・なんと!10円だあ〜!10円のスーツ。10円の皮のジャケット。KETTIや、ピンク・ハウスの服も10円。売り上げよりも、「もったいない・・・」の気持ちが大切なんだって。 あーちゃんがお仕事してる間、とーさんはおうちでりょまくん・ほっくんとお留守番。お昼ご飯の時だけ、あーちゃんと交代してちょっとだけフリマでお買い物。ホントはとーさんもいろいろとのぞきたかったんだけど、我慢してお留守番してくれました。 幼稚舎を終了したら、今度はくますけファミリーでお店を出すから、その時はみんな来てね。 だって、お店やさんごっこって、本当に楽しいもんね。(^−^) |
| 2000年6月19日 |
| オフ会 |
| きょう、「くますけのおうち」のオフ会をしました。来てくれたのは、ぼくからの連絡が遅くなったのと、くますけのお友だちには、子育て真っ最中のママが多いこと、道外のお友だちが多いことなどで、はるばる長野から来てくれた”のぶさん”とあーちゃんのおともだちのふたりでした。 くますけファミリーの裏庭で、”チャンチャン焼き”をしました。鮭(シャケとも言う)の半身と野菜に味噌だれを付けて、アルミをかぶせて鉄板の上で焼きます。北海道の漁師さんの豪快な料理です。始めに、燃えている炭の中に、じゃがいもを濡らした新聞紙にくるみ、その上からアルミでくるんだものを入れておいたので、ホクホクになった”じゃがバター”も食べました。それから、貝付きのホタテを網に乗せて焼いたので、バターとしょうゆがジュウジュウ言ってるのも食べました。お腹がいっぱいになりました。 この次は、もっとたくさんのお友だちが参加できるように、工夫しようと思いました。くますけには、たくさんのお友だちがいて、本当に幸せです。(^−^) |
| 2000年6月11日 |
| 夕食会 by.あーちゃん |
| 今日は、ほっくんの夕食会(延長保育)と言って、年長さんが買い出しからお料理まで体験する日でした。 先日、そのお誘いのお便りをもらったときは、不安なことで頭がいっぱいになり、「楽しみに待つ」という感じではなかったのです。いつものお迎えの時間になっても、私が現れないことで、パニックになるのではないだろうか。買い出しにスーパーへ行くときに、いつも買いのもの仕方を理解するためにお菓子を買うので、選んで離さないのではないか。いつもは1:30にお迎えに行って、帰ってくるとおやつとジュースなのに、どんなにのどが渇いていても、水やお茶(幼稚舎ではそれしかない)を飲まないほっくんが、体力的に朝9:00から夜7:00まで体が持つのかどうか。 前もって、先生方と相談したときに、私の心配が強いので、「一度ほっくんだけ連れて帰り、買い出しが終わった頃に連れてきます。」と言ったのです。でも、「様子を見ながら、何かあれば携帯に連絡します。」という言葉と、妙に落ち着いた先生方の笑顔に、他にも年長児は11人いるわけで、迷惑をかけなければいいが・・・と願いつつ、すべてお任せすることにしました。 朝から落ち着かないのは私だけ。当の本人はいつもと同じように、お気に入りの積み木をカバンに詰め込んで、小雨のなかを大好きな長靴と傘にカッパというスタイルで、ニコニコしながら出かけるのです。一日中、携帯電話が気になりました。いつ鳴るか、いつ鳴るか・・・けれども一度も鳴らずに、夕食会の時間になったのです。りょまくんとふたりで幼稚舎へ急ぐと、そこにはご機嫌なほっくんがいました。 大好きなカレーライスをたらふく食べて、先生達の手品を見て喜ぶ仲間達の歓声に、ほっくんの気持ちもウキウキ。それでも心配な私は、恐る恐る先生に「どうでしたか?」と聞くと・・・ 「大丈夫でしたよ。(^−^)ほっくんだけ、買い出しに行かずに、地下鉄に乗ったんです。それはそれは嬉しそうで、きちんと座席に座りながらまわりを見渡して、私(先生)を見る目がにっこにこで”ありがとう。乗せてくれて。”って、言ってました。こっちの方がうれしくって・・・(^−^)」 とても安心しました。これでもう、幼稚舎の先生にはすべて、お任せできるなあ・・・と、思いました。自分でも気が付かないうちに、何から何まで、自分じゃなければ・・・と、いつも張りつめた気持ちでいたのかもしれません。ほっくんがいなければ、幼稚舎の年長さんはもっともっと、高いレベルへのチャレンジが続くはず。(りょまくんの時は、幼稚舎にお泊まり会、夏には2泊の電車旅行など。) 理解ある仲間や、その父兄のみなさんにも、感謝の気持ちでいっぱいです。春になって幼稚舎を巣立つまで、めいっぱい甘えさせてもらおうかな・・・(^^;; |
| 2000年6月9日 |
| 大運動会 |
| 今日は、1週間前に雨のために延期になっていた、りょまくんの運動会の日でした。お日様が雲の間から出たり入ったりしながらも、まずまずのお天気。りょまくんは、去年の経験を生かして、新1年生をサポートしながらいろんな競技に参加していたよ。 りょまくんの学校は生徒数が少なくて、5年生以外はみんな1クラス。席取りなんてしなくても、子どもたちの顔がちゃんと見えるんだ。競技の邪魔をしてまで、我が子のビデオ撮りをする父兄の立ち入り禁止用のロープもないよ。PTA各自のモラルを信用してるんだって。 今年から「全員参加の運動会」をするために、競技内容も工夫されたんだ。 今年の1年生には、車椅子の女の子がいるの。ぼくは、運動会だからきっと応援することでがんばるのかなって思ってたんだ。でもね、違ったの。先生達は、車椅子でも参加できる方法を一生懸命に考えたんだね。 徒競走は50メートル走の半分先が、その子のスタートライン。ハンディをつけてヨーイドン!小さな身体の細い腕で、一生懸命に車椅子を走らせる。結果はビリだったけど、みんなの拍手をもらってにこにこ顔のゴールイン。 運命走だってみんなと一緒。早く走れないから、2年生で一番背の高い男の子に車椅子を押してもらう。その男の子は、幼い頃に両親を亡くして、車椅子のおばあちゃんと暮らしている。だから操作はお手の物。ふたりがペアを組むなら、他の子どもたちも1年生と2年生のペアになる。足の速さじゃないよ。めくったカードの番号やじゃんけんの結果で、運が良ければ1等賞。(もしかしたら、ふたりで手をつないで走るより、車椅子を押した方がずーっと早い?) りょまくんの学校のすぐ側には、知的障害者の為の施設があるんだ。毎年そこの青年部の人達が、一緒に玉入れなどをするよ。今年は玉入れをし終わった1・2年生の輪の中で、子どもたちの声援を背中に受けながら楽しそうにやっていたんだ。小学生は30個〜40個入るんだけど、さすが、青年部の人達は80個代という記録を出して、子どもたちは思わず「すっげえー!」。 子どもたち、一人一人が主人公になれる運動会、お父さん・お母さん・地域の人が見ているだけでなく参加できる運動会。りょまくんにとって、勝ち負けを意識しながらも、仲間と力を合わせてがんばる楽しさを、体中で感じた1日でした。 |
| 2000年6月4日 |
| ホームパーティ |
| きのう、ぼくたちはお友だちの家でホームパーティをしたんだ。お昼から焼きそばとおにぎりで子供が9人、お母さんが4人、夕方からうちのとーさんが作ったカレーライスと会場のおうちのママの作ったスパゲティなどで、お父さんが2人に職場の仲間が2人の合計17人。 小3の女の子を先頭に4歳の男の子までワイワイ・ガヤガヤ夜の公園の探検したり、ごっこ遊びをしたり楽しそうだったよ。大人達もお酒とおしゃべりでにぎやかだったしね。ほっくんも一緒に外まで出たり入ったり、人形遊びに首を突っ込んだり、一生懸命関わろうとしてたなあ・・・まあ、大半は一人で積み木したり椅子を並べてその上を歩き回って落っこちたり・・・(^^;; りょまくんは、夜の探検で恐くてちょっぴり涙目になったけど、前みたいにえーんえーんって泣いたりしないでぐっとこらえてがんばったよ。 ともだちといっしょって、本当に楽しくて嬉しいね。今度はぼくのおうちの庭でバーベキュー。何人来てくれるかな?今日はちょっぴり寒いけど、バーベキューの日は晴れますように・・・。 |
| 2000年5月21日 |
| サッカー観戦 |
| 昨日ぼくたちは、厚別競技場へコンサドーレvsサガンの試合を見に行った。少し雨が降ったけどたいしたことはなかった。時間ぎりぎりに行ったので、ホーム側の自由席は満席ではじめてアウェイ側の自由席に座ることになったんだ。ゆったりしてたけどコンサドーレの応援の人が結構居たよ。 キックオフはpm1:00だったのに、お昼ご飯を食べずにコーヒーとパンだけ持って行ったので、競技場でカップラーメンを4つ買ってたべました。日頃子どもたちには食べさせてないせいか、あったかくておいしいのでりょまくんは1個半、ほっくんは2個も食べて大満足。ほっくんは一人で食べられないので、あーちゃんが後半戦の途中までずっと食べさせていたのね。その間、サッカーに集中する事が出来ず、「なにしにきたんだか・・・」と文句言ってたよ。(笑) 惜しいとこまで行くのになかなか点数が入らなくて前半戦に入ったのもオウンゴール。「おいおい、しっかりしてくれよ。」という感じ。でも、ロスタイムにやっと入った2点目は、ぼくたちの目の前で気持ちよく魅せてくれたので良しとしよう! そんなこんなで家に帰ってくると、とーさんとりょまくんがのトランプを使ってなにやらゲームを考え出した。二組のトランプを混ぜ合わせ、J2の各チーム分に分ける。総当たりの対戦表を作って、その通りに対戦してゆく。とーさんとりょまくんが1チームずつ持ち、せーのーでで1枚ずつカードを出す。数の多い方が勝ち(1点)とし、合計点で勝敗を決める。全チームの試合が終わると順位表をつける。その結果、トランプによる今年度J1に昇格するのは浦和と札幌でした。(^^;;夜になると焼き肉で勝利のお祝い。お風呂に入ってゆっくりのんびり。 ほっくんが寝る前に何やら同じことを何度も叫んでいるんだ。はじめは今日のサッカー観戦のことが頭に残っていて、コンサドーレの掛け合いの言葉をまねしていると思ったから、ほっくんのあとから続けてぼくも「コーンサドーレ!だだんだだんだん。」というと少し考えてまた叫んでいたよ。でもね、よく聞くと違うんだよね。それでよーーーーーく考えてみたら・・・・・その日、約1万5百人の来場者のうちたった4人だった、あの彼らのかけ声のまねっこだったのだ!!!そうです!ほっくんは「サガーントッス!だんだんだん」と叫んでいたのです。いやあ〜まいったあ。 |
| 2000年5月15日 |
| かすりのお葬式 |
| 4月23日(日) 朝起きるとかすりが死んでいた。昨日まで元気に泳いでいたのに、あまりにも突然のことだった。ぼくがりょまくんに教えると、りょまくんはあまりピンとこなかったようだ。あーちゃんはいつも水を換えたり餌をあげたりして、お世話をしていたのでとても悲しい顔をした。りょまくんはとーさんとかすりのお墓を作ることにした。今にも雨が降りそうな冷たい風の吹く中、スコップで土を掘り、かまぼこの板に「かすりの墓」と書いて、いつもあげていた餌と一緒に裏庭に埋めた。その後、両手をあわせてお祈りをした。ともだちがいなくなるってこんなにさびしいんだね・・・・ |
| 2000年4月25日 |
| 自閉症のドラマ by.あーちゃん |
| この4月から自閉症を取り上げるドラマが2本スタートします。札幌自閉症者親の会「ぽぷら」の会報に載っていた新聞の切り抜きによると・・・ 4月12日(水)から始まる日本テレビ系列でPM10:00〜「天使が消えた街」は、殴られ屋の孤独な主人公(堂本光一)と自閉症の兄(藤井フミヤ)。和製レインマンという前評判。異母兄弟であるふたりの共通点は他人と上手くやっていけないこと。脚本を書いた清水有生さんは「一番語らなければならないことは、コミュニケーションをとる難しさとすばらしさです。」と言っています。自閉症の兄は機械をばらすのが仕事。口癖は「いらない部品はありません。全部大事な部品です。」 4月13日(木)から始まるTBS系列でPM9:00〜『君が教えてくれたこと』は、自閉症の主人公(ともさかりえ)が、PTSD(心的外傷後ストレス障害)に悩む元精神科医(上川隆也)とであって恋愛感情を抱くようになる物語です。プロデューサーの山崎恒成さんは「自閉症は脳の病気です。親の育て方が悪いというような、心の病のように誤解されてきたことには、きちんと扱ってこなかったメディアにも責任があります。少しでも誤解が解ければいいと思います。」と言っています。発表会見では、番組の資料と共に、日本自閉症協会が発行した冊子が配布されたそうです。 2本のドラマの主役を務める藤井フミヤさんとともさかりえさんは、お二人とも一度は引き受けることを断ったそうです。けれども、プロデューサーと脚本家の気持ちと実際に自閉症の人達に会って、引き受ける気持ちになったそうです。このドラマでの事が自閉症のすべてではないけれども、このドラマが多くの人達に見られることによって少しでも理解ある社会になってくれればいいなあ〜と思っています。と言っている本人はたぶん、生では見ることができない時間帯なので、毎週水・木はビデオにとって見てみようかと思ってます。このドラマを見た方は感想を聞かせてくれると嬉しいですね。(^^ |
| 2000年4月12日 |
| はじめての船旅 |
| 3/30〜4/1まで、ぼくたちは新しい車ではじめての船旅に出かけたよ。北海道札幌市から青森県弘前市まで、まる一日かけてゆったりのんびり旅行するはずだったんだ。それが前日からの有珠山の噴火を予想させる頻繁な地震によって、函館までのルートが限定され、小樽方面を遠回りする所要時間約5時間の国道5号線のみ。予約したフェリーは12:10に港を出る。朝6:00に起きてその事に気が付いたので1分1秒でも早く出発しなければ間に合わない!!!でも、焦って事故にあったのでは困るので次の便にでも良しとして慎重に走ることにしたんだ。 5時間ぶっ通しで走り続けて、なんとか港について手続きを済ませると乗船の合図となり、すぐに出航。2等客室に荷物を降ろして船内のレストランで揺れながら昼食をとったよ。客室に戻ってみると、お客は少なくひろーいお座敷はりょまくんとほっくんの運動場になってしまった。(^^;;休息をとっていたトラックの運転手のおじさん、ごめんなさい・・・・ 青森港までの3時間40分を、持っていった折り紙や汽車のオモチャでなんとか切り抜けて下船。そこから更に1時間、弘前市までのドライブ。なにせはじめての道だし、カーナビがあるわけでもなし。とーさんの運転とあーちゃんのパソコンからプリントアウトした地図を見ながらのナビゲーションが頼り。何度か道を間違えながら夕方の5時ごろ、やっとの思いでいとこ達の待つ家に到着し、10時間に渡る移動は終わりを告げたのでした・・・(^^;; 次の日は、一緒にご飯、一緒に遊び、一緒にお風呂、一緒に布団、けんかもせず、めいっぱいいとこ達と楽しい時間を過ごしました。 それ故に翌朝は悲しい別れとなってしまい、惜しみながらも10:30に出発。帰りは2時間で津軽海峡を渡れるという超高速フェリー「ゆにこん」に予約を入れているので、来るときよりは楽よね・・・・と、とーさん・あーちゃん。またまた道を間違えて15分のロスタイムを経て青森港に着くと、なんと!シケのため高速フェリーは欠航。ががあ〜ん・・・・(@−@)12時出航で2時には函館につくはずが、12:30の在来フェリーになり、しかも遅れること一時間。そんなこんなのアクシデントの中でしか見られなかったであろう事は、側面からの風が強すぎて岸壁とタラップが安定しないため、小さなタグボートが大きなフェリーを横から一生懸命押して支えていたこと。ぼくはそのタグボートの様子を、乗船する間中見ずにはいられなかったんだ・・・この気持ち、きっとみんなも解るよね。(^^ 有珠山に応援に行くらしき、福島県警と山形県警の人達と高速と在来の二隻分のお客さんでいっぱいになった船でも、ほっくんはお構いなしに奇声をあげるのであーちゃんは外に出たり入ったり。沖ではかなり船が揺れ、さすがのほっくんもお腹をさすれといって横になっていたけどね・・・(^^;; 函館に着くと、車は波をどっぷりかぶって塩だらけ。下船するやいなや、スタンドに駆け込んで給油と洗車。これからも、いろんな所へ旅をする僕らの仲間のステップワゴンくん!たいせつにしなくちゃね。(^−^)函館にはりょまくんとほっくんのひいおばあちゃんや大叔父さん達がいるので、ごあいさつに寄りました。一緒に食事をしてから出発したときには夜の9:00を迎えようとしていたよ。そこから再び長時間ドライブが始まるのだ。 大雪とアイスバーンが何カ所もあり、最後まで気を抜けない6時間。一度だけコンビニで休憩をとっただけで、翌朝3:00,やっと布団にはいることが出来たのでした。とーさん、おつかれさま! 船がいたくお気に入りの子どもたち。沖に出て白波を作って突き進む様子を見て、りょまくん曰く「おいしそうな生クリームがいっぱい!!!\(^−^)/」また、いつか乗りにこようね。 |
| 2000年4月2日 |
| 車の名前は何? |
| きょう、ぼくのうちに新しい車がやってきた。といっても中古車だけど。今まで乗ってた車があちこち壊れてきたし、キャンプなどの荷物を載せると人を乗せられなくなるから・・・今度の車は大きいからいっぱい載せても大丈夫。(^^ でも、りょまくんとほっくんが一番気に入ったのは、車がお座敷になること!カーテンまで付いてるので「車の中でおねんねできるね」と大はしゃぎ。それもそのはず、この車のチャッチコピーは「こどもといっしょにどこ行こう」なんだもん。さて、みなさんにはもう車の名前が解ったかな? |
| 2000年3月25日 |
| 春風の贈り物 |
| 3月に入って急にお日様が元気になって雪解けが進み、もう春がくるんだなあ〜と思っていたら、またまた冷たい北風が雪を連れてやってきた。ぼくの仲間の森に住むくまさんたちも、これじゃあいつ起きたらいいのかわからなくなっちゃいそう・・・ けれども、春風が来たときに置いていった贈り物があったんだ。あーちゃんはほっくんが春から年長組になることについて少し悩んでいたんだよね。幼稚舎の年長さんは特別なんだ。今まで積み重ねてきた「思いやりと意欲」を結集させて、いろんな体験をするイベントがいっぱい!やっと仲間といることが楽しくなってきたほっくんにとって、レベルアップについてゆけるだろうか・・・限られたスタッフの人数で大丈夫だろうか・・・春が近づくに連れて不安は募る。一人で考えていても仕方ない。と、スタッフと懇談することにしたんだ。 幼稚舎ではほっくんを特別視したことがないのでそんなあーちゃんの悩みを聞いてびっくり仰天!「もちろんみんなと一緒に進級ですよ。出来ないことがあればその都度サポートするだけ。それはほっくんだろうがなかろうが誰に対しても同じですよ。一人一人がみんな違う、それを認めあってゆく思いやりを子どもたちに伝えてきたのですから。」そして、今度はあーちゃんがビックリする事を耳にしたのです。自分だけでなく、他のお母さん方もほっくんのことについて気にかけてくれていて、スタッフに相談していたんだって。 今までは春が来るのが不安だったあーちゃんも、もう一度春風が来るのを今度は楽しみに待っているんだよ。春風さん、準備が出来たらいちばんにくますけのおうちにやってきてね。 |
| 2000年3月8日 |
| 自由の森 |
| この間、TVを見た。どんな番組かというと埼玉県にある「自由の森学園」の講堂でそこの生徒150人と筑紫哲也という人が「学ぶってなに?」ということについて話をしていたんだ。 自由の森学園は管理教育を辞めて生徒の自主性に任せた教育を行っているんだって。筑紫哲也の「学校って何だろう?」という質問に、そこの女の子の生徒のひとりが、「海(社会)に出る前のプールみたいなもの。普通の日本のプール(学校)には、コース取りの仕切りが着いていて何も考えなくても真っ直ぐ進めばたどり着く。けれども何か一つ障害物があったときは、先に進めなくなるでしょ。うち(自由の森学園)のプールには仕切りがないから、障害物があっても自分でまわりをよく見て避けながら前に進んでいける。」と答えていたよ。 りょまくんが3〜4歳まで通ってた幼稚園の名前も、自由の森って言うんだよ。ぼくには難しいことはよく分からないけど、PTAという組織もなかったし、音楽を放送して片づけの時間を知らせることを辞めて先生から園児へ、園児から園児へと言葉をかけながら知らせると言うことも実践していたっけ。 けれども、自由の森学園の授業の出席率は50%。自主性の確立にはまだまだ時間が必要とか・・・最近の新聞には「小1問題」とかいって、幼稚園から上がって入学してきたばかりの子どもたちが先生の話は聞けないし、立って歩くし・・・とたいへんなのだそうですね。りょまくんのクラスも最初はそうでした・・・でも、ぼくがりょまくんの一日入学で見たものは・・・ 母親達のおしゃべりで先生の声がちっとも聞こえなかった! 大人も子どももことばのボールをただ投げる(命令や管理)だけでなく、キャッチボール(話し合い共有)する楽しさが解るといいのにね。(^^;; |
| 2000年2月23日 |
1冊目の日記帳(1999年)はこちらです。