あんなこといいなーメークアップ教室
乳がん治療中の女性を対象としたメークアップ教室、「Look Good, Feel Better」が各地の病院で開催されていることは、乳がんの告知を受けた日に渡されたリーフレットから知っていた。しかし、「乳癌治療中の女性対象」というのが引っかかっていた。30歳で診断された自分のことは棚に上げ、白髪のおばあちゃん達が集まってパウダーをぱたぱたやったり、水色のアイシャドーを塗ったりしているに違いない。そう勝手に決めつけ、参加は見送っていた。しかし、化学療法開始を目前にひかえ、あれでもない、これでもない、とRMホスピタルのカツラ担当の女性を悩ませている時、世間話の一環として彼女が言い出した。「Look Good, Feel Betterって良いらしいわよ。メーク用品も一通りもらえるらしいし。しかもそれが小さなサンプルとかではなくて、ちゃんとしたフルサイズのやつなんですって。ただなんだし、行ってみれば?」CHUBは物欲を刺激され、さっそく参加を申し込んだ。
会場はRMホスピタルのサンルーム。ガラス張りの窓から、2月のロンドンにしてはめずらしく暖かな日差しが射し込んでいる。部屋の中央には、長テーブルを椅子がかこみ、各席に鏡、綿棒、コットンが配られている。名前を書いたシールを胸にはり、ボランティアの女性に導かれて席につく。「コーヒー、それとも紅茶? ビスケットはいかが?」ここはどこかと思うような待遇だ。先に着いた女性達は、紅茶をすすりながら談笑している。明るい雰囲気に包まれ、見ず知らず同士なのに話が弾む。知り合いもいず、一人で参加することに不安を覚えていた自分が嘘のようだ。ここに集まっているのは、どうやら乳がん患者だけではないようだ。子宮がん、脳腫瘍など様々だ。
互いの癌話に花を咲かせていると、白衣を着、メークをばっちりした女性達が三人、ケーキでもはいっていそうな箱を配りはじめた。箱にはそれぞれ「Light」「Medium」「Dark」と書かれている。多様な人種の肌のトーンに合わせた化粧品がはいっているのだ。CHUBの箱は「Medium」だった。クリスマスプレゼントを開けるような気分で箱の中をのぞいて驚いた。化粧水からファンデーション、マスカラまで全てそろっている。その上、シャネル、ディオールなどといったロゴが並んでいるのだ。部屋のあちこちで女性達の浮かれた声がする。
浮かれた雰囲気にのって、白衣の女性達が自己紹介をはじめた。ロンドンの有名デパート内にある、これまた有名化粧品メーカーから派遣されているらしい。今回のメークアップ教室の講師たちだ。生徒の一人をモデルに、にこやかに実演しながらメークの基礎の基礎からていねいに教えてくれる。クレンジングのしかたが甘い、アイクリームは小指よりも薬指を使ったほうが優しいタッチで良い、など、おしゃれに疎いCHUBはいろいろと指摘された。そうした一対一のアドバイスを受けつつ、コンシーラー、ファンデーション、パウダーと、普段の数倍しっかりとしたメークが進んでいく。隣や向かいの女性と、それぞれ少しずつ違う色合いの口紅やアイシャドーを比べたり、交換したりしながら、女性ならではの楽しい時がにぎやかに過ぎていく。薬の副作用や放射線で眉やまつげが抜けてしまう人もいるため、アイブラウとアイライナーのこつはみな真剣になって聞いている。
一通りメークアップが終わると、一人残らず、入院中で車いすにパジャマで参加の女性さえも、パッチリまつげに、ほほも赤みが差していた。紅をさしたせいもあるが、「病人だから顔色が悪い」といった殻を破り、学生に戻ったような気分でわいわいやった効果もあっただろう。コース終了後は、新たに見つけた気のあう者同士、次なるおしゃべりの場を求めて通りのカフェへと散って行った。