放射線療法
温存手術の場合のみ放射線治療が必要なのかと思っていたが、CHUBはまだ若いという理由で、乳房を切除したにもかかわらず放射線療法を勧められた。まずは化学療法を受けていたRMホスピタル内の放射線専門家、Dr.Rに話を聞いた。左胸と鎖骨の辺りに的を絞り、週五日を五週間行うらしい。CHUBの家からRMホスピタルまでは、遅れる、止まるは当たり前の地下鉄を乗り継いで約50分。疲れやすい体で毎日通うのは辛そうだ。Dr.Rの「放射線療法はとても規格化されているから、どこのホスピタルで受けても変わらないわよ。」との言葉を信じて、自宅から徒歩20分のRFホスピタルにまわしてもらう事にした。
ドクターの説明を聞きにいらっしゃい、とRFホスピタルが指定してきたその日は、何回目かの化学療法の副作用がまだまだ幅を利かせていて、歩くのも辛い状態だった。しかしNHSの世界では、これを逃すと次に予約が取れるのはいつになるか分からない。PUDGEに支えられて、タクシーをRFホスピタルに乗りつけた。放射線科は暗い廊下を通った地下にある。低い天井に蛍光灯が白い光を放っている。古びたプラスティック張りの受付。掲示板代わりに使っていたのだろう、所々にはがし切れなかったガムテープの茶色が、廃れた雰囲気にとどめを刺している。受付嬢は案の定不機嫌だ。こんな所に毎日こもっていたら、誰でも笑顔なんて忘れてしまうだろう。吐き気をこらえつつ、RMホスピタルの明るくきれいな待合室が懐かしまれた。RMは世界に名の知れた専門病院だけに、資金や寄付金も潤沢なのだろう。RMのスタッフはみな笑顔だった。それに比べてここは...。金銭の偉大さを思い知った気がした。
担当のDr.Pは早口でよくしゃべる女性だった。しかし、CHUBが話を正確に理解できる状態ではないと悟ったのだろう、(実際、どんな説明を受けたかほとんど覚えていない。)診察はいたって簡潔で、放射線開始前のシュミレーターの予約をして解放された。
シュミレーターとは、治療「本番」開始前の予行演習のようなものだ。照射の位置や角度をはかって決めるのだ。乳がん治療が始まって以来、初めてPUDGEの都合がつかず、一人でRFホスピタルへと向かった。しきりと心配するPUDGEをしり目に、「今日はサイズを測ったりするだけなんだから大丈夫!」と足取りも軽く家を出たが、受付に着くとあっという間に気分は「病院モード」に切り替わった。めずらしく要領を得ないナースに導かれて、レンガむき出しの薄暗い階段を下りる。長椅子の並ぶ廊下も、改装中らしくまるで倉庫のようだ。つくづく明るいRMホスピタルが恋しくなった頃に、ナースが質問リストを持って戻って来た。もうお馴染みになった健康に関する質問の中に、一つ見なれないものが有った。「妊娠はしている?」の問いに「No.」と答えると、間髪を入れず「Good!」とナース。 ...妊娠したくてもできないんじゃない。しちゃいけないんじゃない。それなのに「Good!」は無いんじゃない? 涙が出そうだった。放射線治療を始めるにあたっては確かに「Good」かもしれないけれど、もう少し気を遣ってほしかった、と思わずにはいられなかった。
すっかり不機嫌になったCHUBを待っていたのは、想像以上に大きく威圧的なシュミレーターだった。その周りで放射線技師が三人、医学生が一人忙しそうにしている。「昨日までの三日間、ずっとシュミレーターが故障していてね、やっとなおったところなのよ。三日分の患者をこなさなきゃならないから、忙しくって!」この巨大な機械の下に半裸で横たわろうとする身には、あまりありがたい情報ではなかったが、もう諦めの境地だ。シュミレーターに横になり、お尻の位置を決め、半分バンザイをしたような格好で腕を固定する。がらんとした部屋で、何組もの目に裸の上半身をさらすのは、想像以上に心もとないものだった。世間話でもできれば気も紛れるのだろうが、CHUBが体をできるだけ動かさないように、との理由でスタッフは話しかけてこない。シュミレーターが上下し、フェルトペンで胸に何本も線が引かれる。レントゲンが撮られ、ワイヤーを胸の起伏にそって曲げていく。このワイヤーを元に、必要な放射線の量を計算するらしい。この作業が一時間ほど続き、やっと終わりかと思いきや、甘かった。入れ墨がまだだった。位置を毎回確実にするために、四か所小さなほくろ大の墨を入れるのだ。痛いのかな、痛いのかな、と眉間にしわを寄せていると、医学生が名乗りをあげた。「タトゥー、私がやっても良い? まだやったこと無いのよね♪」「やぁーめぇーてぇー!」と叫びたかったが、周りは乗り気だ。入れ墨を入れる位置にインクをたらし、その上から針をギュッと刺す。脇はまだましだが、胸の中央(みぞおちの上の骨のところ)がこれまた痛い!それにしても、手術した側に針なんか刺して大丈夫なのだろうか? むくんだらどうしてくれよう!と内心息まきながら、クリカラモンモンの背中への尊敬の気持ちがわき上がって来るのを押さえる事ができなかった。
一週間後に位置の再確認をし、その次の週から五週間にわたる放射線照射が始まった。初日、治療前に肌の手入れについてのアドバイスを受ける。照射後のほてりを抑えるクリームをくれる、という事だったが、まずはもっと自然なアプローチでいきたいと思い、市販のアロエベラジェルを使うことにした。幼い頃、やけどをするとベランダのアロエを折って塗った記憶がある。やけどに効くならば日焼け(...のようなものだ)にも効くだろう。
初の放射線は思ったよりも時間がかかった。CHUBがまだ慣れていないため、位置がぴたりと決まるまで手間どったのだ。いったん横になり、腕をスタンドに落ち着けると、いっさい動いてはいけない。入れ墨の位置をもとに照準を合わせていくのだが、ミリ単位で微妙にずれているようだ。技師たちが胸を押したりひねったりして微調整をしている。CHUBはされるがままだ。まな板の鯉、ならぬパイ生地になったような気分だ。位置が決まると、まずは左側から放射線があてられる。技師たちが室外に避難し、ジーッという音がして終了。なにも感じない。技師たちが戻り、次は右側から。位置を調整しつつ、フェルトペンで胸に線を引かれる。技師が出る、「ジーッ」のルーティンが繰り返される。そして最後に上からだ。これは鎖骨のあたりに的を絞っている。機材に透明なトレイのようなものを取り付け、そこに鉛のブロックを注意深く配置する。心臓かなにかを放射線から守っているのだろう。またもやジーッと音がして初日が終わった。
五週間はなんの苦もなく過ぎていった。日を重ねるごとにスタッフや他の患者さん達とも親しくなり、待ち時間も苦にならなくなった。心配された副作用も、肌は少し赤くなりはしたものの痛みはなく、疲れもひどくはなかった。逆に毎日散歩気分で出かけることで気が晴れた。悪夢のような化学療法の後では何もかもが楽しかった。そしてこの治療を終えれば、主な治療はほとんど終えたことになる。技師たちに「もう戻って来るんじゃないわよー!」と祝福され、浮かれ気分で最後の照射を終えて外に出ると、PUDGEが大きな花束を抱えて待っていた。世界一幸せだなぁ、と思いつつ、お気に入りのカフェで乾杯した。