5ヶ月後のこと

5ヶ月経つ頃の7月12日1500gを超え1512gになった。
この日は初めてミルクを30cc口から飲むことが出来た。
ミルクの味はどうだったかな?
初めからゴクゴクと全部飲み干してしまったらしい。(看護婦産からの話)
そして3日後の7月15日ちょうど5ヶ月後のことだった。
長かった保育器生活も終わりになり、やっとコットに出れた。
お外に出るとカンガルーもおしまい、今度からは毎日抱っこできるんだよ。
只、健一はまだ人工肛門を付けていた。だからオムツ替えがとっても嫌だった。
誰かに見られるのではないかと回りを見て、隣に誰かいたら自分を壁にし
隠すようにオムツを交換した。健一のお腹は誰にも見られたくなかった。
今、考えるととても可哀相な事をしてしまったと思う。
ここまで健一が頑張ってきた証だったのに、私はそれを否定しようとして
いたのかもしれない・・・(ごめんね。もっと強い母親になるね。)
しかし、コットに出てからは楽しいことばかりだった。
健一のお世話がたくさん出来る。爪を切ったり、ミルクを哺乳ビンで飲ませたり。
そして思う存分抱っこした。

6ヶ月後の直母

8月16日体重2080gになった。初めて直接おっぱいを吸ってもらえる。
母乳マッサージに通っていたお陰で少ないながらもなんとか母乳が出ていた。
ちゃんと吸ってもらえるのか、心配だったので朝の搾乳はしないでたっぷりと
母乳を溜めて病院に向かった。
健一を私の左足の上に乗せ立て抱きで乳首をくわえさせてみた。
「いつもと違うぞ!」という顔でしばらく呆然としていた健一だったけどそのうちに
吸い出してくれた。その力と言ったら・・・とっても不思議な感覚だった。
この気持ち、感触、感覚は一生忘れないと思う。
初めての直母だったわりに上手に吸ってくれ、たった10分間だったけど15ccも
飲んでくれ、足りなかった分はミルクを哺乳ビンで飲ませた。
飲むことに関しては、食いしん坊(?)なのかいつも上手に出来て安心だった。

最後の手術

8月31日いよいよ人工肛門を閉じる時がやって来た。体重は2487g。
簡単な手術と言われても時間にして2時間。一番心配されるのは麻酔から
覚めた時に自分の力で呼吸が出来るかどうかだった。
手術の時は全身麻酔をかけ、呼吸器を送管する。
呼吸が自分で出来なければまた、NICUへ逆戻りと言われた。
朝8時に病院に着く。9時に保育器の中にいる健一に会うことが出来た。
健一の手を握りながら手術室の前で「頑張って!」と祈る気持ちで手を離した。
健一は2日前からミルクを飲んでいない上に、すっかり体が大きくなって保育器が
狭くてだからか大泣きしていた。その健一の涙を見て切なくなって、私も涙が出た。
手術室の待合室で時計を見ながら祈っていた。「ガンバレ、がんばれ!」
今までに、これほど時間が長く感じた事は、なかったのではないか・・・
とても時間が長かった。ソワソワ、ウロウロ落ち着かない。
健一の保育器が出てきたのは3時間後だった。
真っ先に駆けつけ見てみるとしっかりと自分の力で呼吸をしていた。これでやっと、一安心だった。
麻酔のせいで意識がもうろうとしているのかボーッとしながらも指しゃぶりをしていた。
こうして最後の高いハードルを越えて健一の人工肛門もなくなった。
手術後すぐに面会させてもらえた。健一は麻酔も切れてきたのか泣きわめいていた。
一週間はミルクも飲めない。それが一番可哀相だった。
しばらくは面会も行くのが辛くなるほど泣かれた。お腹が空いているのと
保育器の中にいるのが嫌なのとで泣いているのだろう・・・見ていられなかった。
それから5日後保育器から出る事が出来、少し落ち着いたのか私が面会に行くと
眠っていた。まだ、まだミルクは飲めないんだ・・・もう少しだから頑張ろうね。
そして、手術して一週間後ミルクが10cc飲めるようになった。
でもこれだけじゃあ足りないよね・・・飲み干してしまった後にまた、大泣きをする。
がんばれ。がんばれ。あとちょっとで退院出来るんだよ!

沐浴指導

いよいよ退院指導が始まった。9月17日7ヶ月が経った。この日は初めて沐浴をした。
落とさないか、耳に水が入らないか?とても緊張した。
しかし思ったよりも健一が軽いせいか上手く出来た。
せっかく沐浴を覚え、上手くいったのに看護婦さんは「健ちゃんは月齢がいってるから
お家に帰ったら一緒に入っちゃっても良いですよ」と言われた。
「なに?」せっかく覚えたのにぃ〜!心の中でそう呟いていた・・・
そして我が家でも大騒ぎだった。
健一のベッド、洋服、ミルク、オムツ等そろえるのにお店を行ったり来たり。
忙しかったけどとっても楽しくて心が弾んでいた。

待ちに待った退院

待ちに待っていたこの日がやって来た。平成11年9月25日。
健一が2月に産まれてから毎日通った病院。あの頃はとっても寒かった。
夏茂いつのまにか終わってしまっていた。今日は9月とても暖かく心が弾む。
長かった入院生活7ヶ月と10日にピリオドを打ちます。
今日から一緒に過ごせるんだ・・・そんな気持ちともうここへは来ないのか・・・
という複雑な気持ち。「NICU病棟の先生、看護婦(士)さん、本当にお世話になりました。」
その言葉を言ったらきっと泣くだろう。
忘れもしない10:15健一が私の手に手渡された。
言葉も出なかった。涙で健一の顔も見えなかった。看護婦さんたちも泣いていた。
長い間、本当にありがとうございました。
これから私達夫婦は健一と一緒にゆっくりと歩いて行きます。
この7ヶ月間の出会い、出来事は一生忘れません。
車で帰る道のりで私は考えていた・・・今日までの経験は辛く悲しいことばかりではありません。
嬉しい事も沢山ありました。いつか笑って話せる時にはきっと私の人生の宝になることでしょう。
今度、私と同じ経験をする人がいたら私のホームページをノックして下さいね。
力になれるかどうかは解かりませんが、自分一人では無いって事わかってもらえたら
嬉しいです。最後まで私の心の囁きに付き合ってくださってありがとうございました。