| 出 典 |
日本経済新聞 経済教室 「資本主義持続へ政治意思」 ジョージ・ソロス |
| 発 表 |
1999/1/7 |
| 内 容 |
グローバル資本主義に対する私の批判は、大きく分けて二つある。一つは市場メカニズムの欠陥への批判で、主に国際金融市場に内包される不安定要因の問題だ。もう一つは「非市場部門(社会的価値を守る政治的領域など)」ともいうべき部門の欠陥に関するもので、主に国レベル、国際レベル双方の政治の不十分さについてである。 グローバル資本主義は完全自由競争に基づくイデオロギーに支えられている。この理論によると、市場は均衡に向かうものであり、均衡点は資源の最も効率的な配分を示す。自由競争に対する制約は市場機能をそこなうものであり、それを抑止すべきだとされる。このような主張は「市場原理主義」ということ言葉が適切である。原理主義という語には、極端に走るという意味合いがあるからだ。 「経済への国家介入はすべてマイナスの結果を生んできた。中央計画経済はいうに及ばず、福祉国家もケインズ経済学の需要管理もそうだった」といった平凡な観察から、市場原理主義者はまったく非論理的な結論へ飛躍する。「国家介入が間違っているなら、自由市場こそ完全であるに違いない。したがって国家による経済への介入を許してはならない」というものである。この論理が間違っていることは、あらためて指摘するまでもないだろう。 グローバル資本主義には固有の不安定性があるのに、市場原理主義者は、金融市場に関する誤った考えから、均衡に向かうものだと信じられている。しかし、現実の金融市場では、現実を作る人々のバイアス(偏見)をかけた形を映し出し、それが新たな現実となり、さらにそれが人々のバイアスとつくる。 現実の決定と将来の成り行きとの間に双方向に作用し合う関係があり、私はこれを相互作用性と名づけている。相互作用性の概念は、旧来の経済学が依拠している均衡理論よりも、金融市場に有効であるだけでなく、すべての経済、政治、社会現象を理解する上での鍵だと思っている。 アジアや南米で起こった経済危機は、グローバル資本主義の不安定さが国際金融システムに内在しているという主張を裏付けている。昨年のロングターム・キャピタル・マネイジメントの破綻を見ても、均衡理論が役に立たないことがわかる。 しかし、市場メカニズムの失敗は非市場部門の失敗に比べれば、軽微である。非市場部門とは、政治などに属する社会の集団的利益のことで、市場で表現できない社会的価値観でもある。市場要因のみに支配され得ないものの中には、人間生活における最も重要なことの多くが含まれる。平和、正義、自由などの社会的価値や道徳的価値、家族関係、美的および知的成果など、さまざまなものが含まれる。それなのに市場原理主義者はその支配力を、こうした分野にまで一貫して広げようとしている。すべては単一の共通基準、すなわちマネーによって価値が決まるべきだというものである。このイデオロギーはビジネスや経済学の領域をはるかに越える分野に浸透し、社会に破壊的、退廃的な影響を及ぼしている。しかし、市場原理主義が非常に強力になってしまった。それに抵抗を試みるとどんな政治勢力も情緒的、非論理的かつ単純と決め付けられるのがおちである。だが、原理主義者こそ単純で非論理的なのだ。市場の力は純粋に経済、金融の分野に限ってみても、一度完全な権限を得ると、混乱を引き起こし最後はグローバル資本主義システムを破壊しかねない。 グローバルな経済を安定化し、かつ規制するには、ある種のグローバルな政治意思決定システムが必要である。国境を超えた集団的利益が存在する限り、国家主権は国際法と国際機関に従属させなければならない。 この考えに最も強く反対しているのは米国だが、米国とその同盟諸国がグローバル資本主義システムの安定化に向けた行動を速やかにとらなければ、このシステムは崩壊しかねない。 |