| 出 典 |
日本経済新聞 経済教室 『内なる社会主義』克服へ 八代尚弘 上智大教授 |
| 発 表 |
1999年11月29日 |
| 内 容 |
<<改革迫られる人口減少の時代>> これまでの世界では過剰人口が問題であった。しかし、21世紀には先進国だけでなく、東アジアでも人口減少期を迎える。それは日本では特に早く、人口は2007年をピークに50年後には25%減となる。豊かで質の高い労働者の増加によって支えられた日本の経済発展の基本条件が、新世紀には失われるのである。 出生率の低下は、先進国共通の問題であり、日本は特に低いグループにある。政府は、長期的に低下を続けてきた出生率が、来年を底に回復すると見込むが、その根拠は疑わしい。これは出生率の低下の主因である女性の就業率上昇が、今後の人口減少社会では、むしろ加速すると見られるからである。 最近、介護や子育てのコストを社会的に負担する制度が、良き家族の伝統を壊すものであるとする見方が増えている。しかし、そうした時代錯誤の思想こそが、個人の自立に基づく新しい家族の形成を妨げ、出生率低下の大きな原因となっている。 <<働くことが損にならない制度に>> 出生率の低下は全人口に占める高齢者の比率を高め、ピーク時の2050年には、65歳以上が人口の1/3を占める。こうした社会では高齢者が「弱者」で、社会的に扶養されるべきだとの考え方に基づく現行の社会保障制度が維持できるはずがない。 年金制度は「世代間の助け合い」と言われるが、高額所得者ほど多くの給付を受けられる報酬比例年金を、もっぱらの後の世代の負担で保証することは、「公正な助け合い」とはいえない。 すでに高齢者世帯の一人当たり所得水準が全世帯平均を超える状況で、高齢者の個人負担をほとんど考慮せず際限なく使える使える医療保険は、真の「弱者」保護ではない。 高齢社会では、若年層より所得格差の大きい高齢者比率の上昇自体が、社会全体の不平等度を高める大きな要因となる。高齢者全体の保護ではなく、むしろ高齢世代内部での所得再分配の強化が必要である。捕捉の不公平が大きい所得税と、税制上優遇されている年金課税の見直しをともに進め、その財源で低額所得高齢者の保護に充てれば、後の世代の負担を減らせるのである。 高齢社会への基本的な対応は、高齢者の能力や所得の違いにかかわらず、個人を年齢だけで区分する制度・慣行を、米国の「年齢差別禁止法」のような「年齢不問」の原則に改めることである。年齢に関係なく働くことが損にならない雇用慣行や年金制度への改革が必要とされている。 <<米国型モデル、日本でこそ有効>> 冷戦後の日本社会の将来モデルとしては、個人の自由な働き方の米国型と、規制を通じた平等を重視する欧州大陸型のいずれかを選択しなければならず、安易な「第三の道」はない。 市場で自由な働き方が保証されている社会ほど、競争を通じて、有為な人材を適材適所の配置できる。これを徹底したのが米国であり、その真の強みは世界でベストの人材をひきつけられる自由な市場にある。 これに対して日本社会では、いつの間にか「安定=善、変化=悪」の思想が根強く蔓延している。それが既得権益を擁護する政治的な圧力と結びついて、名目上の規制緩和にもかかわらず、実質的な規制を維持する大きな力となっている。 「効率一辺倒の政策では不安定な社会を生む」との見方があるが、現在の日本はそれほど効率的な社会だろうか。むしろ組織内に人材を抱え込み、「仲間内だけの平等主義」を長期にわたって維持したことの弊害が、低成長期になって顕在化している。 終身雇用は、すでに雇用されているものにとっては「安定」だが、企業外で高い能力を持つものから見れば自由な市場競争を除外する障壁でもある。たとえば派遣労働を「望ましくない働き方」として、、1年以上の雇用契約を禁止する制度変更は、真の「弱者」である派遣社員の犠牲で、強者である正社員の雇用安定を図るものといえる。 限られた正社員だけで生活安定の真の平等主義ではない。企業が能力主義に基づく効率化を進める一方、政府は全国民を平等に保護するという本来の役割分担を明確にする必要がある。90年代に噴出した日本の社会問題は、市場主義の結果ではなく、むしろその逆である。 不平等の是正は必要だがそれは単に競争の排除では達成できない。高い雇用の流動性の下でダイナミックな発展を遂げた日本の高度経済成長は、所得分布の平等化が最も進んだ時期でもあった。 市場重視の米国型モデルは、過剰な労働供給の下で賃金格差の大きな米国自体よりも、今後、人口が減少し労働力が売り手市場となる日本の方が、より効果的な仕組みとなろう。 |