○人の歴史とともに古い飲料
麦などの穀物は、栄養分を澱粉という形で貯蔵している。澱粉は貯蔵の点では優れているがそのままでは分解しにくく、発芽したり根を仲ばしたりするときにはもっと簡単な形にしなければならない。そこで麦は発芽の時期になると酵素の力を高めて、貯蔵しておいた澱粉を糖に変え、エネルギーとして利用する。つまり、麦を発芽させると甘くなるわけである。適当な温度と水分があれば麦は発芽するから、この現象は恐らく麦類の栽培が始まると同時に発見されていただろう。
甘いものが少なかった古代、人がこの便利な甘味製造法を見逃すはずはない。日本でも古くから飴をつくるのに麦もやしを利用していた。この甘い麦を粥にしたものを放置しておくと酵母が繁殖し、糖をアルコールに分解する。これがビールの始まりである。
シュメールが人類最古の文明をつくったときには、もう数種類の発達した形のビールを飲んでいた。その時すでにビールは古い歴史をもっていたことになる。メソポタミアのように乾燥している土地は、このもやし酒の製造に適していた。また、水が悪い地方ではビールにすることによって体を害することなく飲用に供することができた。だからシュメールの後に栄えたアッシリアやバビロニアなどの古代帝国は、いずれもビールが国民的飲料であった。
麦もやしが原料だから、このビールは責臭い匂いがしていただろう。だから、これに匂いづけをしようとするのは当然である。また薬草などをビールに人れて有効成分を浸出させるといった医学的な技術もあった。
エジプトの神話に、神が人間を懲らしめるために疫病の女神を地上に遣わして人間を全滅させそうになるが、赤い薬草の入ったビールをたくさんつくると、女神は人間の血だと思ってしたたか飲んで酔っばらい、天に帰ってしまったというのがある。この話は疫病が流行したときに、赤い薬草入りのビールを飲んだことがもとになっているのだろう。
このような匂いづけ、味つけは世界各地であらゆるものが試みられている。中世のヨーロッパではグルートという薬草、香料を調合したものが使われていた。これは医学的な知識と多品種の材料を必要とするので、主に修道院でつくられていた。しかし、十四世紀ごろからホップビールが盛んになってくる。ホップはユーラシア大陸のどこでも普通に見られる植物だから、入手は簡単で調合の必要はない。それに苦味や香りがビールに適しているばかりでなく、タンニンによってビールを澄ませ、口の中をさっぱりとさせるし、雑菌の繁殖を防止するといった効用もある。ホップビールはたちまち、グルートビールを駆逐してビールの主流になってしまった。次のビール革命は低温発行ビールの登場であろう。冬の気温の低い時期にビールを醸造すると、発酵がゆっくりと進み、おだやかな味のビールができる。また熟成期閲をおくので、二次発酵が行われ貯蔵性がよくなる。これが貯蔵ビール(ラガービール)である。リンデがアンモニア冷凍機を発明したことで、一年間を通して低温醸造が可能になった。
このビールでも遠距離を運ぶとなると腐敗の心配がある。樽に詰めてから砂糖を添加し、樽の中でもう一度再発酵させながら運搬するという方法もとられたが、これではビールが濁ってしまう。場合によっては不消化な酵母が増えすぎて下痢を起こす心配もある。この問題を解決したのがパストゥールの低温殺菌法の発明である。これは摂氏60度で約30分間加熱して酵母や雑菌を殺菌するという手法である。これによってビールの保存性は驚異的に高まった。ビールが近代食品工業となったのはこの発明のおかげである。
近年、細菌管理や濾過技術の発達が目覚しく、これらの技術を応用して微細濾過による非加熱ビールがつくられるようになった。これが瓶詰生ビールである。加熱による昧や香りの変化の心配がなく生の風味が楽しめる保存性のあるビール、という中世以来の宿題の答えともいえよう。