永住権申請その後

いまだにどうなったか分からんのです。私の永住権申請。

…というのもどうも03年11月くらいにまた再び申請方法が変わったらしくってね。
大阪でいろんな情報を集めたときは

アジア圏在住で申請する時はフィリピンのマニラにあるカナダ大使館でするので、その方が絶対カナダ入国後にオタワで申請するよりも早い。

カナダ国内で申請する場合はあらゆる国からの移民がオタワで一括処理されるから絶対にマニラでやった方が早い。2年かかる場合だってある。

とにかく集めた情報では「マニラで申請した方が絶対早い。」というものでした。でも私たちが移住を決めたのは03年8月、出発は03年11月1日。約2ヶ月で出来るんでしょうかね?というのがワタシの当初からの不安。だって永住権申請以外にしなければならないことがたくさんあるではないですか。

であせりまくっていたぶー太郎は、「とにかく出発までにマニラに書類を送ってしまえ!!」という強硬手段で、なんと発送したのが10月31日。そう出発前日やーん。

…で結局12月の中旬に移民局(オタワ)から電話がかかってきました。
「あなたたち今はカナダに住んでるからマニラでは受け付けられません。マニラから自宅に書類を返却するので、そこからオタワに送ってください。全部配達費用はあなたたちでもってね。」

ぎょ。

話を聞くといずれにしても移民する人の保証人(これはカナダ国民でないとだめ、うちはぶーちゃんが保証人)はオタワで書類審査されるそうです。

そうするうちにまた今度はエドモントンから電話あり。

「とにかく奥さんの申請は受け付けてるんだけど、小切手がマニラ大使館宛になってるのでそれをカナダの移民局宛に変えて再発行して欲しい。…でちなみにファミリークラスの移民は申請してから半年で出来るように簡略化されたんで安心してね!!」

私はすべてぶーちゃん任せにしたんだけど…ぶーちゃんいわく「その申請用紙の項目ってあいまいな点が多すぎて何がなんだか分からんかった。何日かかけて分析しなければならなかった。」そうです。
そのことをその電話で言うと大爆笑されて

「いやーすみませんねぇ。そういうクレームも多かったんで簡略化したんですわー。」

ということでした。

小切手の名義変更とかややこしそう。時間がないのでまだやってません。私の滞在ビザもあと2ヶ月で切れるわー。申請してるあいだは何回でも更新できるらしいんだけど。申請受け付けたといわれても、お金も払ってないし、よく分かりません。おまけに滞在ビザだって旧姓で発行されてるし。しっかりしてよ、イミグレ…確認しろよって逆に突っ込まれそうです。

これで…ワタクシ強制送還でもされれば…超ラッキー。回転寿司が私を待ってるわ!!←オイオイ、バンクーバー市内に行けば回転寿司くらいあるやろ。

そんなことをうっとりと夢見心地で言ってたら

「そんなこと人権的に許されるわけないやろ!!何の権利があって政府が家族をばらばらにするねん!!僕はそんなことになったら闘うでー。」

とぶーちゃんは熱くなっていた。闘うなんてあなた・・・そのときは大阪が待ってます。

いやはや…本当にナゾです。こんなのでいいのかとちょっと不安。