その1

出産の前日。
昼間は自転車に乗って事務所に行ってぶーちゃんは仕事、私は会社のスキャナーで写真を取り込んで遊んでた。お昼はサブウェイでサンドウィッチを食べ、その帰りに食料品を大量に買い込んで家路に。自転車置き場でなぜだか

「そろそろ生まれるかも知れんからこのデカ腹写真をカメラで取って!!」


と写真撮影。あとから考えればこれが最後のチャンスでした。よかった。それから「あとでビデオも撮っておこう。」とぶーは言っていました。

その夜は満月でも相変わらずいつもどおり散歩に行きました
15日は終戦記念日なので、大川沿いにはたくさんのろうそくがともされてました。一人でいろいろ考え込んでたら、ぶーの一言。
「なんやこのろうそくは!!いたずらか!!公園を汚くするなんて日本人のモラルを疑う!!」

とお怒りのご様子。

日本の歴史を知らんのか?

み:「今日はなんの日か知ってるか?」
ぶ:「何のことじゃ?」
み:「今日は日本の終戦記念日やで。」
     ・・・・(沈黙)
み:「このろうそくは戦争のとき空襲で逃げるために川に飛び込んだりした人のためのもんなんやで。戦争のこと思い出すためのものやからいたずらじゃないで。」

それから黙って散歩を終えた。

お盆休みということもあって朝遅く起きた私たち。布団に入ったのは午前2時くらい。
"あっ!!ビデオとんの忘れた!!"と気がついたけど"明日撮ろう。"とそのまま寝た。なぜだか布団に入っても眠られない。午前3時くらいに下腹部で"パキーン”と音が
なった気が・・・。少しだけ破水!!??。それから少しずつ出血が始まった。まぁ、生まれるんやなぁ・・・と結構冷静に家の中をうろうろして入院準備の再チェックをした。もぉ、そんなんやったらあんなに食料品買うんとちゃうかったわぁ…と思いつつ再びそれからまた布団に入った。

5時くらいからだんだん生理痛みたいな痛さが来た。でもまだ耐えられた。そこでもう一回入院準備チェック。
6時くらいにはかなりの陣痛。"おーこれが陣痛か!!"とまだ余裕。
真夏やのにカイロを腰に貼り付けて耐える。

陣痛にカイロはとても効果的でした。

ここでぶーを起こして腰マッサージでもしてもらえばよかったのだが、立会い出産を希望してたので、後でわがまま言おうとあえて起こさず一人で耐えてしまったワタシ。この後この思いやりがアダとなる事も知らずに・・・。とりあえずは、気を紛らわせるために友達にメールを打った。

朝6時やと言うのにすぐに返事がくる私の友達。みんな夜遊びしてんねんなぁ。もうまったくぅ!!と思いつつまた返事をしてしまった。

もう一度6時半くらいに病院に電話してもまだ来るなと言われ、実家には生まれるわと電話しておいた。もうドキドキでうちの母に「むっちゃ出血してるけど子供生まれる時ってこんなんやんなぁ!!大丈夫やんな!!」とあせって質問してしまった。7時前には陣痛絶頂期でついにぶーを起こした。

"陣痛来たよ。"
"はぁ??(寝ぼけて)その仕事は僕がするから・・・みんは別のことやって・・・。"
"陣痛来たんや!!痛いんや!!起きろぉぉ!!"

と一喝すると瞬く間に"そりゃ大変。"とバネのように起き上がった。ほんとにあれはバネでしたわ。ダウンタウンのコントみたいだったわねぇ。

そして病院にまた電話。でも"初産の人は陣痛が遠のくからまだ自宅待機してください。"
との返事だったのでクラクラしながら家でウロウロ。
ぶーちゃんはと言えば服を着替えてコーヒー作って、パンを焼いていました。
出来て"食え!!"といわれるが"痛くて食べられへんよぉ。"とのた打ち回っていると、スイカが登場(なんとも夏らしい)。
スプーンでスイカを食べさせてもらった。

7時半には"絶えられません!!"と病院に電話。やっと来てもいいと言われた。あーやっとこれで・・・と思ったが、これからが本番の悪夢ということは誰も教えてくれませ-ん。


家の前でタクシーを拾って病院へ。
ぶーちゃんは相変わらず"タクシーの中では生まれませんから〜。大丈夫ですよぉ。"とタクシーの運転手に冗談を言ってた。"それでは安全運転でゆっくり行きましょう"と運転手。
"家の中より痛そうじゃないねぇ"とぶーちゃんは言っていました・・・が
こっちはもう耐えるのに必死でまさかタクシーの中で叫ぶわけにもいかず、
"はよ行ってくれぇぇぇ。ぎゃー"と思いつつ、平静を装ってたんじゃい!!