昭和61年秋、栃木県今市市
今市自動車教習所で自動二輪中型免許と同時に取得しました。
実は合宿免許での取得で、当時大学1年生の私は学校へ行かずアルバイトに精を出していました。
夏休みも終わる頃、バイト先に休みをもらい合宿申込から1週間後には栃木にいました。
入所当日は浅草で集合し、集まったのが3つほど離れている学生さん1人でした。
不安だったのが、知らない人と20日間近く同部屋になるとの話でしたので、
この人なら同じ部屋でも安心そうでホッとしました。たまにヤンキーみたいのもいるそうなので・・・・。
早速教習所での入所手続きを行うことになりましたが、もう一人東京からバイクで来ていた人がいました。
25歳くらいの今で言うフリーターの方です。
この人も優しそうで一安心です。この3人が18日間同じ部屋での生活が始まります。
私は二輪も同時教習なので前半の1週間は学科と実技(車・バイク)で1日中教習でした。
かなりハードだったと記憶しています。
宿舎はたぶんうえの荘だったと思いますが、名前も覚えていないし写真を見ると当時の面影がないし、
おそらく改装したんだか分からないけど・・・・・
ここで結局20日間お世話になりました。(仮免否の為2日延長)
宿舎では毎晩マージャン・・・・それしか無いんです・・・・
夕方5時頃に帰宿してすぐ食事、温泉街の宿ですが、お金もかかるしまだ18歳でしたので温泉はちょっとね
食事は満足過ぎる程の量で、京塚昌子(笑)ばりの肝っ玉女将さんも味がありました。
宿舎へは1週間おきに新しい教習者が入所してきます。この時の連中は皆同じ年で、色々な話でもりあがりました。
同時入所の兄さん達もやさしく、学科の勉強や、社会勉強も教わりました(笑)。
教習の話ですが、これはどこも一緒で、嫌な教官もいれば仏の教官もいます。
特別教習に関しては問題なく進み、
仮免検定で極度の緊張に襲われ車庫入れ(方向転換))時に後方のポールを倒してしまいました。
合宿生では模範生だと言われていたのがプレッシャーになりました。
その場で失格です・・・・・・補修を行うので2日間延長です。
今市市は田舎と思われていますので、路上教習も楽だろうと思いきや、
商店街や狭い山道等初心者には厳しいところでした。そんな中、日光に近い所ですので並木道なんかも通りました。
後半の1週間は朝9時〜5時の間に実技の2時間しかなく、時間をつぶすのに苦労しました。
待合室でのTV三昧や、特別なのだが教官の許可をもらい他の教習生の後部席に同乗したりしていました。
当時の車種はISUZU・アスカです。
20日間、宿舎や仲間にも恵まれ、楽しく過ごせました。私が来る前には本物のヤンキーが実際にいましたので、
1週間早かったらどうなっていたんでしょう・・・・・・。剃り込みやパンチと言った人たちです(怖)
卒検は問題なく合格しました。そのまま東京へ戻り、翌日東陽町の試験場にて学科試験を受けました。
87点・・・・・・・・情け無い・・・・・。
そのまた翌日はきちんと合格しました。
下記の画像は当時の免許証です
サイズが大判でしたので全て横並びになっています。自動二輪も同時に数字が入ってます。
費用は19万円前後と記憶しています。(当時の通い教習所でも同じ位の費用で取得できました。)
この費用の内訳は教習所よりも宿舎の利益の方が多いと聞いています。
なので、郊外の教習所の運営は少しでも合宿生に頼るところもあるそうです。