名前を変えますか?
Jul. 27, 2000


 「あたしのフィアンセは、ホントに申し分ない人なんだけど、たった一つ我慢出来ない事があるのよ」 ある日、主人のクラスメートで生粋の中国系三世のアメリカ人であるローラが、休み時間のコーヒーショップでため息まじりにこう言ったのだそうだ。さあ、同席していたクラスメート達は色めきたった。我慢出来ないことって何だろう?家風か?いや、彼は白人だし、どう考えても中国系の彼女のやり方のほうが礼節を重んじるに違いない。じゃあ、変なクセとか?異常にだらしないとか?それとも結婚式の式次第でケンカしたとか?もっとくだらない事、例えば新居のバスルームの小物の趣味とか?

 「そんなことじゃないのよ」みんなの憶測を聞いていた彼女は、笑い涙を押さえながら否定した。「あのね、彼の苗字がハラ(Hara)だって事なの」
 「あれ、彼はどこの人だったっけ?」昔、原さんという人と一緒に働いていたことのある主人は敏感に反応した。「日本では『ハラ』って苗字、結構あるよ」
 「そんならますますマズイわ。日本の『に』の字も関係ないんですもの。彼はアイルランド系なの。あたし、結婚したらすぐに裁判所に申し立てて、もとのオリジナルの苗字に戻してもらおうと思っているの。だってローラ・ハラじゃ、まるで韻を踏んで冗談みたいじゃない?」

 Haraという名字が本国アイルランドに現時点で存在するのかどうか、私は知らない。だが、O'Hara(オハラ)はたくさんいる。マーガレット・ミッチェル原作の「風と共に去りぬ」のスカーレット・オハラを思い出す人も多いだろう。もっとも「おはら」という苗字だって日本にある。小さい頃、初めてスカーレット・オハラと聞いた時に「オハラショウスケさん」を連想してしまった私の頭は、今だに「風と共に去りぬ」と聞くと「朝寝、朝酒、朝湯が大好きで〜♪」というメロディを奏でてくれる。情けない事である。

 そのO'Haraであるが、この、頭にアポストロフィと共に付いている「O」はHara家の分家筋という意味合いがあるのだそうだ。オコナー(O'Conner)、オニール(O'Neal)、オブライエン(O'Brien)、みんなその系統である。スコットランドやウェールズ、イギリスと見てもこの風習はどこにもなく、アイルランド特有のものなのだそうである。だからHaraという旧家・名家もあるのかもしれない。しかし、ローラのフィアンセであるショーンだかパトリックだか(どちらも伝統的なアイリッシュ名)には、以前は「O」が付いていたのだ。

 では、その「O」は何故削除されたのか。そこには時代的背景がある。

 アメリカという国は移民で出来た国だが、ヨーロッパ式のプランテーションをするべく金のあるものが移住し肥沃な土地を広範囲に渡ってせしめてしまうと、あとは新天地を求めて祖国を離れた人々という事になる。ジェームズ・キャメロン監督の超大作「タイタニック」を思い浮かべていただくと分かるだろう。豪華客船の上の部分にはやんごとなきお歴々の個室があり、船底には新世界・アメリカで新たなチャンスをつかもうと希望に燃える貧しい人々がひしめき合っていた。悪い言葉で言えば、祖国で食い詰めて逃げてきた人々である(お願いですから、こんなことをアメリカ人のお友達に言わないでね)。こういう人々は背水の陣で後戻りもできないから、それこそ死に物狂いで頑張って働いた。同国人どうしで固まって住み、助け合って、大変な時代を乗り切った。今、各都市にのこる「何々人街」というのは、その名残りである。

 ところが、ゼロから始めて定住し生活が軌道に乗るまでには、言葉では言い尽くせないほど辛い事もある。そうすると人間の哀しさは、それまでは自分より上の人を見て目標にして頑張って来たのに、突然後ろを振り返り、自分より生活水準が下の人々を馬鹿にして自らを慰めようとするのである。アメリカ建国史上では、それは後から来た他国籍の移民であった。政変・悪天候・経済不振など、様々な要素がからみあって、各国からの移民の数は年代を追ってはっきりと分かれている。来たのが遅く、スタートが遅ければ、生活水準も低いわけで、それを総合して「○○人はキタナイ(単に肌の色が浅黒いだけかもしれない)」「○○人はバカだ(単に英語が自由でないだけかもしれない)」と外国人枠でひと括りにされてしまう。今の学校のイジメと同じである。

 学校のイジメは転校したり卒業したりすれば緩和される事もあるが、実社会においては一度レッテルが貼られると生活に影響が出る。第一、いい仕事に就こうとしても全て断わられる。オハラさんの場合、履歴書を見ただけで「こいつはOがついててアイルランド系だから、大酒呑みのナマケモノなので雇うのはよそう」という事になってしまう。もともとがイギリス人が先に植民したのだから、アイルランド人に対する偏見の奥深さは、今のイギリス・アイルランド間の抗争を例に取るまでもない。例え高学歴で有能であっても、名前だけ見てハネられてしまうのである。

 それを、既に移住した人々から知らされた本国で待つ移住待機組は一計を案じた。アイルランド人として入国しても、後あとアイルランド人だと分からなければいいのである。どうせもう本家も分家もないのだから、面倒な「O」を取ってしまえばよい。そこで彼らはニューヨークのエリス島で入国審査を通る時、「O抜き苗字」を名乗ったのである。「コナーさん」よし。「ニールさん」いいぞいいぞ。「ブライエンさん」まあまあいけるだろう。「ハラさん」うーーん、ちょっと苦しいけど、まあいいか。そんな感じだったのに違いない。言い替えれば「O抜き苗字の持ち主」である事は、そんなに古い時代の移民の末裔である確かな歴史的根拠がある事として、今なら誇ってもいいぐらいのものなのである。当時でもパスポート上の名前があったのではないのか、と疑問に思える節もあるのだが、フランシス・F・コッポラ監督の「ゴッドファーザー・パート2」で、当時まだ年端のいかない少年であったドン・コルレオーネが入国するくだりを見ると、審査官に名前を聞かれたのを勘違いして「コルレオーネ村から来ました」と答えてしまい、アメリカでの苗字が「コルレオーネ」になってしまう。なんとなく頷けるものがある。

 この「移住するとき」や「国籍を取得するとき」には、今でも名前というのは自由がきくそうで、市民権を取った時(つまり、アメリカ国籍を得た時)に、親切な係官ならばそういう事を説明してくれる。そうしたければ、たとえあなたの名前が山田太郎でも「今日からブラッド・ピットという名前にします」と言えばかなえてもらえる。欧米的な名前でなくても構わない。木村拓哉が好きな鈴木さんなら、「キムタク・ベルツリー」という名前にしたって文句は言われない。ちょっとブキミだが、話のネタにはなる。

 また、国籍取得ほどの大事業をしなくても、正当な理由があれば名前というものは手数料を払えば変えてもらえる。何でも省略したり愛称で呼んだりするアメリカ人の事、ベンジャミンが生涯「ベン」と呼ばれたりロバートが「ボブ」と呼ばれたりすることはザラである。友達のパトリシアは、もの心ついて以来「パティ」と呼ばれ続けたので、結婚するときに牧師さんに呼ばれたのが自分でないような気がしたそうだ(だから、というわけではないだろうが、彼等は3年後に破局を迎えた)。運転免許証から銀行口座に至るまで、愛称でこしらえる事ができる社会なので、ある一定の、裁判所が認めた期間以上、そうした公的な書類で愛称を用いている事が確認されれば、名前はすんなり変えてもらえるのである。

 もっと正当な理由として、いかにもアメリカ的な逸話を挙げておこう。私の知り合いの話だが、高校を卒業して海軍に入ろうと思い立ち、書類をそろえて申し込みに行った。窓口係にそれを手渡し、順番に呼ばれていく先客たちを所在なく眺めていると、自分の番になり、彼は耳を疑った。
「ベビー・ボーイ・ジョンソン!」オフィサーは確かにそう読みあげている!
あわてふためき赤面して、転がるように窓口にたどり着いてオフィサーの差し出す出生証明書を我が目で確かめると、その命名欄には本当に「Baby Boy Johnson」の文字が・・・・・。

 事の次第はこうだ。日本であればこういう場合には戸籍抄本を提出するところ、戸籍というものがなく国籍出生地主義を取るアメリカでは、出生届の写しをもって出生証明書と称し、公的な申請書にはそれを添付する事が義務づけられている。ところが、アメリカの病院で出産すると、特に健康上の不都合が認められなければ、その48時間後には母子ともに退院させられてしまう。生まれる前に赤ん坊の名前が決まっていればいいのだが、そうでなければ新生児のベッドの名札には「Baby Boy」「Baby Girl」と書き込まれる。また、退院するときに病院を通して出生届を出すことが出来るが、その時まだ決まっていなければそのままで提出し、後から訂正する事になるのである。

 気の毒に、この男の場合は5人兄弟の末っ子という事で、名付けは両親兄弟あわせて紛糾を究めたそうだ。それでなかなか決まらずに、結局「Baby Boy Johnson」として届け出た。その後、赤ん坊の名前はロバートと決まったのに、家族のうち誰一人として、出生証明書上の名前を変更する事に気付かず、18年後のその日まで、彼は「名無しのゴンベエ」だったのである。

 もちろん彼は裁判所に走った。裁判官も同情してくれて、特別に同日付、それも無料で名前を訂正してくれたのである。かくして彼は晴れて「ロバート・ジョンソン」と名乗る事が出来るようになった。しかしながら、そういう話が三度のメシより好きな海軍にいる丸三年間、誰一人として彼の本名を覚えず「ベビーボーイ」と呼ばれ続けたそうである。

 さて、「ハラなんて絶対いや」と言っていたローラの場合は、イバラの道であったアイルランド移民の歴史を背負って申請するわけだから、名前の復活としてはこれほど正当な理由もないぐらいのものである。無事に結婚式を終えハネムーンから帰ってくると、さっそく彼女は裁判所へ向かった。申請に行ってみて初めて氏名変更希望者を目のあたりにし、その多さに目を見張ったそうだが、書類手続きも滞りなく終り、彼女は公私共に「ローラ・オハラ」と名乗ってはばからない身の上を勝ち取ったのである。

 ところが、ここで思わぬオマケが付いた。彼女自身は気にもとめなかったのだが、「ローラ(Laura)」という名前も実にアイルランド的な名前なのである。無事に学業を終え、人もうらやむような職業に就いた彼女だが、電話でだけ応対していた相手と実際に会うとき、また顧客と会って名刺を出すとき、例外無く相手がオヤッという顔をして、一瞬引くのだそうだ。それはもちろん、「Laura O'Hara」という名前を見て、赤みがかったブロンドにクリームのような肌のアイリッシュ美人を想像して来て、そこに小柄な、どう見ても100%アジア人にしか見えない彼女(実際、100%中国人なのだから)を見つけたら、誰だってとまどってしまうだろう。

 こうして彼女は、ローラ・ハラとなる事は免れたものの、これからの生涯ずっと、初めての相手には必ずそのいきさつを説明しなければならない羽目になったのである。



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