眠れる荷物係
Feb. 26, 2001


「社会主義者のエイサ・フィリップ・ランドルフは、組合は作らなかったけれど黒人労働者の権利を守るのに貢献した人で、特にSleeping Car Porter達の待遇改善に力を注ぎました」

ある日、アフリカン・アメリカンの歴史のクラスで、授業中にあとさきもわきまえずに長々と説教をたれることから「ブラザー」の称号をたてまつられたジョセフの質問に対して教授が答えた。自分の演説をさえぎられ、憮然として教授の説明を右から左へ聞き流していたブラザー・ジョセフが間髪を入れずに叫んだ。

「ナニィ、眠れる荷物係ィ?冗談は、よせ」

多分、クラス中が最初は「眠れる荷物係」だと思ったのだろう、クスクス笑いが起る前に一瞬の沈黙があったから。実のところ、ブラザー・ジョセフは切るところを間違えたのだ。英語で生まれ育った人達だって、どえらい勘違いを平気ですることがある。(そして私はそれがとてもウレシイ♪)

この手の勘違いのなかでも一番有名なのは「Man Eating Chicken」の見世物ではないだろうか。昔からカーニバルやステートフェアには付き物の移動遊園地。それと一緒に巡業してまわっていたお化け屋敷とかビックリハウスとかのたぐいである。今でもこの手の催し物に行くと、乗り物や屋台に混ざって戦前からずっとあるんじゃないかと思うほど古めかしいアトラクションがあることがある。近所でやるステートフェアでもなかなかうさん臭いものが並んでいる一角があった。人権侵害になるからだろう、さすがにもうフリーク・ショーと呼ばれた見世物はない。小人とか大男、髭女に獣人、今ならば身体障害とされる子供達を、昔は見世物に売り飛ばしたのだ。少し前の映画になるが、「エレファントマン」を見た事があればイメージがわくだろうと思う。

さて、この「Man Eating Chicken」だが、直訳すれば「人食いニワトリ」である。人食いライオンなら「Man Eating Lion」となるわけで、これは猛獣で人の味を覚えてしまったモノだからわかるものの、人肉を食らうニワトリとは何ぞや、と見物客はイソイソと入場料を払って入り口をくぐる。農業で自分も養鶏をしているなんて人なら、もう興味津々だっただろう。だが、しかしである。

そこには山盛りのフライドチキンを食い散らかしているデブな男がいるだけなのだ。

この手の見世物はマユツバが実に多く、昔の日本でも「目が三つの化け物だよ」という声につられて入ってみると下駄がおいてあるだけだったり、「2メートルもある大イタチだよ」と言うから見れば2メートルのベニヤ板に偽物の血ノリがベットリ塗ってあって「板血(いたち)」だ、なんてひどいシャレがあったものだ。それでも下駄には目(穴)が三つあるし、板血は板血なので「ウソじゃあございやせん」とシャアシャアとしていたという。

洋の東西を問わず、Carney(カーニバル者)というのはどこでも一緒のようで、客を騙して金を取れることなら何でもやる。Man EatingするChickenだと思ったのはお客が勝手に勘違いしたのであって、自分はMan、(who is) Eating Chicken を見せているのでございますよ、というわけだ。

ところで最初に戻って「Sleeping Car Porter」であるが、これは「Sleeping Car」で切って「寝台車付のポーター」というのが正解。60年代の公民権運動があるまでは、アメリカの黒人は各州の州法によって厳しく取り締まられ、何もかもが白人とは別枠にされ、就ける仕事にもおのずと制限があった。その中で大陸横断鉄道のポーターというのは花形の職業であったそうだ。

ポーターと言っても個室の乗客の荷物を運ぶだけが仕事ではなく、列車に乗っているあいだはまるで執事のごとく、かゆいところに手が届くサービスをしていた。畑や工場で這いつくばらなくてもいいキレイな仕事だし、黒人の職業としては破格の賃金である他、よい仕事をすればチップもはずんでもらえ、その副収入も馬鹿にならない。おまけに連帯意識が強い黒人社会においての陰の役割として、頼まれて色々なものをこっそり列車内に隠して運ぶという郵便の役割もしていた。一時期南部から方々へ流出した人々が故郷へ荷物など送りたい時はもちろんの事、孫の顔を見たがっている故郷の親もとへ安全に子供を送り届ける役目までしていたそうである。黒人労働者の権利を守るという時、特に力を注がれたはずだ。Sleeping Car Porterは、おそらく黒人社会でも発言力のある階級だったのに違いない。

ところで授業のあと、若い頃このSleeping Car Porterをしていた人を一人思い出した。
マルコムX。
スパイク・リー監督、デンゼル・ワシントン主演のこの映画の冒頭で、たしか若きマルコムXは列車内で着ていた純白の仕事着を脱ぎ、ピーチ系の、(今から考えると)不思議きわまるスタイルのスーツに着替え、お対の特注らしい帽子をかぶり、腰から長く下げたチェーンをじゃらじゃら言わせながら夜の繁華街に繰り出すのである。まるで踊りながら。1週間のうち6日間を汗水たらして働き続け、日曜日の教会だけは精一杯のおしゃれをして行く人々のように、久しぶりのハレを楽しみながら。

アフリカを祖先にもつアメリカ人の呼び名は歴史とともに変遷があり、現在(2001年)においてはアフリカン・アメリカンという呼称が主流ですが、日本語で書いた場合は名詞として長くなりすぎてしまうため、あえて「黒人」という単語を使用いたしました。




ご意見・ご感想をお待ちしています
Copyright(C) 2001 by Seattle123, All rights reserved.



MENU   HOME