-Single mother-

*結婚生活
                                                  

          

                    6月結婚式。
                    親族・友人を招いて挙げた。
                    お色直しもさせて貰った。

                    仕切りなおし。
                    そう考えることにした。

                    妊娠中だったから、新婚旅行には行けなかったけど、代わりに新潟の温泉に行った。
                    心から楽しめなかった。

                    近所の人とはすぐ仲良くなれた。
                    みんなひと廻り以上年上の人ばかり。
                    でも良くして貰った。

                    8月の終わり、定期検診に行った。
                    お腹が以前から張っていて薬を飲んでいたんだけど、最近張りが治まらないと訴えた。
                    7ヶ月。
                    すぐに内診。
                    子宮口が開いているとのことで、即入院を告げられる。
                    何の準備もしていないから一度家に帰ってからと言うと、ダメだと言う。
                    甘かった。
                    切迫早産。

                    すぐに病室に移され、点滴開始。
                    1本打ったら終わりかなぁ?なんて考えながら、いつまで入院するのかも判らず不安だらけ。
                    ベッドの周りから出てはいけないと言う。
                    トイレもポータブルを持ってこられた。

                    生まれて初めての入院。
                    点滴も初めてだった。
                    夜中に涙がでた。
                    暑くて寝苦しくて心細かった。

                    翌日、ようやく点滴が終わったと思ったら、また同じものを持ってこられた。
                    姑と親しい主治医が来て説明。
                    子どもがまだ充分に育っていない状態ですぐに出産してしまう危険性があるとのこと。
                    何が何だか判らないながらも、マズイ展開だと理解した。
                    なるべく動かないこと。
                    早産の危険性が無くなる36週までは点滴を続けること。
                    場合によってはベッドに寝たきりの状態となること。
                    ノンキに検診に来たと思ったら、とんでもないことになった。
                    電話もかけに行けない。
                    いよいよ不安だらけ。

                    病室には似たような人が沢山いて、その他に婦人病で入院している人もいて。
                    みんな自分の病状を色々と教えてくれた。
                    初産なのに大変ねぇ、なんて励ましてくれた。
                    少しホッとした。
                    母に会いたかった。

                    名古屋の夏はとにかく暑い。
                    最初入った病室は、夜8時を過ぎると容赦なくエアコンが切れる。
                    トドのように大きくなったお腹を抱えて、うだるような暑さに耐えるしかない。
                    腐ってしまいそうだった。
                    
                    主治医の配慮からか、次の日24時間エアコンがついている病室へ移った。
                    そこで友達が出来た。

                    4人部屋。
                    全員初産。
                    1人は不妊治療の末、ようやく授かった子どもと一緒に副作用で大きくなり過ぎた卵子が子宮の中にあると言う。
                    1人は双子を授かっていたが、貧血とやはり切迫早産。
                    もう1人も27週で切迫早産。
                    皆10月末〜12月が出産予定日だった。

                    子宮筋腫のおばさんがときどき遊びに来た。
                    病院の近所に住んでいると言う。
                    手術した日の夜は一晩中唸っていた。
                    元気になると、アタシの点滴を見て
                    「もうエエから、はよう産みゃ〜てぇ〜」
                    見事な名古屋弁で話しかけてくる。
                    楽しかった。

                    夫は1日おきに見舞いに来てくれた。
                    家からは遠かったから、それでいいと言った。
                    顔を見るとホッとしたが、アタシがいない間の彼の生活を考えると不安がよぎった。
                    病室仲間は皆、彼を良い夫だと誉めた。

                    9月の半ば、母から手紙が届いた。
                    嬉しくて、不覚にも昼間から大泣きしてしまった。
                    病室のみんなが慰めたり励ましたりしてくれた。
                    子どもみたいなアタシが、こんなところにいてイイのかと思った。

                    母はその後見舞いにも来てくれた。
                    秋田から初めて飛行機に乗って来た。
                    アタシの大好きなまぜ御飯を作ってきてくれた。

                    様々な人と会い、話を聞いて、何かと楽しく過ごした病室。
                    いよいよ10月12日に点滴が外れた。
                    腕のあちこちに針の跡が残っていたけど。
                    もう動いてもイイと言う。
                    嬉しくて病院を探検した。
                    お腹の張りは5分おきにあった。
                    これに痛みがつけば即陣痛だそうだ。

                    宝物に会えるのももうすぐだと思うと、嬉しくて仕方なかった。

                                                       Jan.15,2003 UP