科学の三題噺
−微小な原子から巨大な宇宙へ−
はじめに
初めまして、高校で物理を教えている**です。「科学の三題噺」というタイトルでお話しいたします。どうぞよろしくお願いいたします。皆さんはご存じと思いますが、今日のタイトルの中の三題噺というのは寄席から出た言葉です。現在の寄席は漫才中心になっていますが、一昔前の寄席では落語が中心でした。落語家さんが三人のお客さんからそれぞれ一題ずつお題を頂戴して、その脈絡のない三つの言葉をつないで、即座にひとつの落語をこしらえる話芸が三題噺です。
科学では、皆さんからお題を頂戴してお話しするということはできませんので、私の方で用意させていただきました。サブタイトルにも挙げていますが、その一つ目は「原子」です。目に見えない、手で感じることもできない、非常に小さな小さな原子です。二つ目は「宇宙」です。大きすぎてその全体像がどうなっているか分からないぐらい、大きな大きな宇宙です。三つ目はサブタイトルには挙げておりませんが、「熱」です。熱い冷たいの人間の皮膚感覚で捉えられる熱です。このまったく関連性のない三つのキーワードをつないで、ひとつの話にまとめてみたいと思います。
物質は何からできているのか
現在物理を研究している者の多くは、「ものは何からできているのか」ということに興味を持っています。このことは古代の哲学者も同様であったようです。我々の身の回りにはいろんな物質があります。固体、液体、気体。硬いものや柔らかいもの。動物や植物、それに鉱物。千差万別のものがあります。こんなに多くのものは根元的にいったい何からできているのか。古代中国では、ものは5つの元素からできていると考えていました。それは、第1に「木」です。植物の木です。第2に「火」です。炎の火です。次に「土」です。大地の土です。次に「金属」です。最後に「水」です。この5つの「もく・か・ど・ごん・すい」を五行説といいます。
このことは皆さんご存じでしたか。ご存じでないとおっしゃる方も日常生活で使っておられますよ。そんなん使っているかなあと思っておられるかもしれませんが、これをご覧ください。5つの元素にそれぞれ兄弟があります。兄の方を「え」、弟の方を「と」といいます。「干支」ですね。例えば、木の兄を「きのえ」、木の弟を「きのと」といいます。以下同様に「ひのえ」「ひのと」などといいます。漢字で書くと、きのえは甲、きのとは乙、などとなります。上から順番に「こう、おつ、へい、てい、ぼ、云々」といいます。これは暦で使っていますよね。戊辰戦争なら「つちのえのたつ年に起こった戦争」という意味ですね。
古代ギリシアでも同じようなことを考えていました。こちらは四元素説といいまして、「水、火、土、空気」です。2つの元素を組み合わせて、物質のいろんな性質が現れると考えていました。火と空気を組み合わせて「温」、水と土で「冷」、火と土で「乾」、水と空気で「湿」になるという具合です。
現代では、物質をつくっている元素は約100種類知られています。元素は軽い方から順に番号がつけられて、周期表という一覧表にまとめられています。1番が水素、2番がヘリウム、3番がリチウム等々となっています。高校生諸君はこの中で、50種類ぐらい覚えなければならないのです。
今まで原子といったり、元素といったりしてきましたが、この二つの言葉は似ているようで、違う言葉なのです。物質を構成している微小な粒子のことを原子といい、その原子大きさは約1億分の1センチメートルです。一方、元素は約100種類もある原子の種類のことです。
原子に似た言葉に分子があります。分子は物質固有の性質を持った最小の粒子のことです。具体的に例を挙げましょう。水は元素としては水素と酸素からできていますが、水素や酸素には水としての性質はありません。水は0度で凍り、100度で沸騰する。透明で、塩や砂糖を溶かすことができます。こういう性質は水の分子が持っています。酸素原子1個と水素原子2個がくっついて、水分子1個ができています。水分子の大きさは約1億分の2センチメートルになります。
ここにコップ1杯の水があります。分子は大変小さいので、コップ1杯の中に約6兆個のさらに1兆倍の数の水分子が入っています。さて、この水の半分を別のコップに移します。失礼して、この半分の水を飲んでしまいます。残り半分になった水をさらにその半分を別のコップに移して、4分の1にします。もう1度さらに半分にして8分の1にします。こういうふうに半分に、さらに半分にと、何度も繰り返していくと、最終的に分子1個までに行きつくでしょう。そこで、何回半分にすれば分子1個になるでしょうか。皆さんに聞いてみましょう。答えを4つの範囲に分けますので、該当するものに手を挙げてください。まず百回以下であると思う人は手を挙げてください。いらっしゃいませんか。次に百回から千回の間と思う人は。これもいらっしゃいませんね。次に千回から1万回までの人は。何人かの人がいらっしゃいますね。最後に1万回以上と思われる方は。これはたくさんいらっしゃいますね。どうもありがとうございます。答えをいいますと、82回ぐらい半分にすると、分子1個まで行きつくのです。意外に少ないですね。はじめに分子の数が6兆個の1兆倍だといいましたので、皆さんを惑わしたかもしれませんね。これは、俗にねずみ算というのがありますね。あっという間に、数が増えるのをねずみ算といいます。これは、あっという間に、数が減るものです。ねずみ算の逆なんです。最近の金利は小さいですが、借金の利子は怖いものです。
話が少し横道にそれてしまいましたが、これをご覧ください。物質は小さな分子や原子からできています。分子はいくつかの原子からできています。原子は1個の原子核といくつかの電子からできています。原子核は正の電気を持ち、電子は負の電気を持っています。さらに原子核は陽子と中性子からできています。陽子は正の電気を持ち、約2グラムの1億分の1のさらに1億分の1の重さしかありません。中性子は電気を持っておらず、重さは陽子とほとんど同じです。電子はもっと軽く、陽子の重さの約2千分の1ぐらいしかありません。さらに陽子や中性子は何からできているのかというのは、後でお話ししましょう。
原子核を発見したのはイギリスのラザフォードです。彼は金箔に放射線のアルファ粒子を当てる実験をしました。金箔は薄いといえども金の原子が詰まっているはずですが、金箔に当てたアルファ粒子はほとんど素通りしてしまいました。これは原子はすかすかで、すき間だらけであることが分かります。しかも極少数のアルファ粒子が大きく跳ね返されていました。これは原子には小さくてかたい芯があることを意味しています。この芯のことを原子核といい、大きさが約1兆分の1センチメートルしかありません。原子核がどれほど小さいかをたとえていいますと、仮に原子が野球場の大きさがあるとすると、原子核はその野球場のピッチャーマウンドに置かれたマッチ棒の頭ぐらいの大きさしかありません。ラザフォードはこの発見でノーベル賞をとりました。
物質をより細かく細分化して、物質は何からできているかを解明する方法をお話ししましょう。コップの水のように半分にすることを繰り返していくのは、すぐに行き詰まってしまいます。ラザフォードのように、高速でものとものをぶつけたらよいのです。たとえば、ここにある腕時計は何からできているのかを調べることにします。この時計を腕の高さから床に落としますと、ガラスが割れますが、時計が何からできているかは分かりません。そこでこの時計を二階から落としますと、床に勢いよく落下して、文字盤が取れるでしょう。すると、中の様子が少し覗けて、歯車らしきものが見えます。もっと勢いよく床に叩きつけるために、三階から落とします。今度は大小の歯車が飛び出してきます。これで時計は歯車からできているのが分かります。もっと奥深いところを見るには、もっと勢いよく叩きつければ、より細かく分解され、より小さな部品が発見できるでしょう。物理の実験は難しいように思えますが、本質はこれと同じなのです。粒子をより細かく調べるためには、粒子をより速くぶつければよいのです。速ければ速いほど、より小さなものが調べられます。
粒子を速く加速するには、大きな装置が要ります。ラザフォードの実験ならひとつの部屋で収まるぐらいの装置ですが、最近の装置は大変大きくなっています。アメリカのスタンフォードにある線形加速器は、直線距離が3マイル、すなわち4.8キロメートルもあります。この道のりを粒子が加速しながら走ってきて、標的に激しく衝突します。世界最大のものはスイスのジュネーブにある円形加速器です。直径9キロメートルのドーナツ状のパイプの中を、2つの粒子が反対回りにぐるぐる回りながら衝突します。この装置は地下約100メートルの所にあります。日本の加速器で最大のものは筑波にあるトリスタンという装置で、直径が約1キロメートルしかありません。日本では土地が高いですし、それに土地の権利に対する法律が違います。日本では地下の奥底まで土地を所有できますが、ヨーロッパでは地下のある程度の深さまでしか所有できないのです。最後に、播磨のスプリング・エイトという直径が約100メートルの装置を紹介しましょう。これは加速器ではありませんが、同じ原理ではたらいています。加速器ではないのに何故紹介したかといいますと、この装置が今脚光を浴びています。3年前に和歌山でカレー中毒事件がありました。カレーに入れられた砒素が、容疑者の自宅から押収された砒素と同じものであるかどうかが問題になっています。これをスプリング・エイトを使って調べようとしています。
こういうような加速器で陽子や中性子を調べていると、陽子や中性子の仲間がぞろぞろと出てきました。その数は細かく数えると、200種以上も出てきました。物理という学問は、要素や法則が少なければ少ないほどよいとされる学問です。無数の種類のある物質が約100種類の元素にまとめられ、さらに100種類の元素が昭和の初期には、陽子・中性子・電子の3つの粒子にまで、整理されてきました。それなのに200種以上出てきて、また元に戻ってしまいました。こういう状況で、アメリカのゲルマンが陽子や中性子は3個のクォークからできていると唱えました。陽子は+3分の2の電気を持ったアップ・クォーク2個と−3分の1の電気を持ったダウン・クォーク1個が結合してできていて、全体として+1の電気を持ちます。中性子はアップ・クォーク1個とダウン・クォーク2個が結合してできていて、全体として電気的に中性になります。
ゲルマンは最初アップ・クォーク、ダウン・クォーク、ストレンジ・クォークの3種類だけしか考えていませんでした。しかしチャーム・クォークが見つかり、次にボトム・クォークが見つかり、さらに十年ほど前にトップ・クォークが見つかりました。これで最後だと思いますが、合計6種類あります。これがその一覧表です。下の欄はレプトンといいまして、電子の仲間です。今のところ、電子の仲間は構造のない基本的な粒子と考えられています。電子以外に、ミューオン、タウオンがあり、いずれもが−1の電気を持ち、それぞれに弟分がいます。ニュートリノといいまして、電気を持たず、電子ニュートリノ、ミュー・ニュートリノ、タウ・ニュートリノの3種類です。
現在では、物質はクォークとレプトンからできていると考えられています。しかし、この一覧表には載せていませんが、クォークとレプトンの細かい性質の違いによる区別があります。ですから細かく分類すると、50種類以上になります。クォーク・レプトン以外にも、後でお話ししますゲージ・ボソンが4タイプ、20種類以上あります。さらにはまだ発見されていませんが、理論的に予言されている新しいタイプの粒子が多数あります。
そんなこんなで、粒子の数は非常に増えてきています。物質をつくっている少数の基本的粒子を求めているのに、これでは元の木阿弥です。もっと根元的な基本粒子はどんなものでしょうか。今、盛んに研究されています。
物質にはどんな力がはたらいているか
今までは物質はどんなものからできているかをお話ししましたが、次に物質をつくっているものにはどんな力がはたらいているかをお話ししましょう。まず、結論からお話ししますと、物質や物体にはたらく力には多くの種類の力があるように思われますが、物理的に見ますと力の種類はたった4種類しかないのです。まず我々に一番馴染み深い「重力」です。次に電気や磁石の力の「電磁気力」です。あと一般には知られていませんが、原子力関係の「強い力」と「弱い力」があります。「強い力」と「弱い力」は変な名前ですが、これで学問的に正式な名前なのです。
我々の身の回りにはこれ以外にも多くの力がありそうですね。たとえば、いま皆さんがいすに座っておられますが、お尻にいすの感触がありますね。この力はいすが皆さんの体重を支えているのですが、この力は物理的には電磁気力です。皆さんはペンを持ってメモを書いておられますが、筋肉を動かす力も電磁気力なのです。自動車はガソリンを燃やして走っていますが、これに関係する力はどれを取っても電磁気力なのです。我々が日常的に体験する力は、重力以外はすべて電磁気力といっても差し支えありません。生命現象に関する力や化学反応に伴う力、機械による力、どんな力であっても重力と原子力以外は電気と磁気で説明できるのです。
原子力関係の強い力は馴染みが薄そうですが、日本人に取っては関係が深い力です。日本で最初にノーベル賞を受賞したのは湯川秀樹さんで、戦後の大変困難な時期に日本人に希望を与えた人です。湯川さんがノーベル物理学賞をとった理由は、原子核において陽子や中性子がどうやって結びついているのかを解明したからです。彼は、陽子や中性子をくっつけている糊として、中間子というものの存在を予言したのです。中間子はその名の通り陽子と電子の中間ぐらいの重さを持ち、陽子と中性子の間で行ったり来たりしているのです。すなわち陽子や中性子は、中間子をキャッチボールのようにやり取りすることで、結合しているのです。陽子や中性子を結合させている力を核力といいますが、この核力を発展させて、クォーク同士を結合させる力を強い力とよんでいます。
一方の弱い力はベータ崩壊を引き起こす力です。ベータ崩壊というのは、放射能を持った物質が電子を放出する現象です。もう少し詳しくいいますと、中性子が陽子に変身し、そのとき電子とニュートリノを放出します。ニュートリノは先ほどお話ししましたが、電子の弟分で、電気を持っていません。
4つの力の大きさを比較しておきましょう。重力は我々が日常感じている力で、天体を運動させる力ですから、最も強いと思われるかもしれませんが、意外にも実は重力が最も弱いのです。1番強い力はその名の通り強い力なのです。次に強いのが電磁気力で、3番目が弱い力です。電磁気力を基準にして、強い力は電磁気力の約100倍強く、弱い力は電磁気力の約1000分の1ぐらいの強さです。重力にいたっては電磁気力の1兆分の1の1兆分の1のさらに1兆分の1しかありません。重力だけ桁外れに弱いですね。重力がいかに弱いか例を挙げますと、人間の体の中に電子が多数ありますが、いまこの電子が1パーセント増えた人が二人1メートル離れて立っているとします。この二人にはたらく電気力はどれぐらいの大きさになるでしょうか。実は地球を持ち上げるぐらいの力になるのです。電子がたった1パーセント増えただけで、これだけの力になります。幸いにして、電気はプラスとマイナスが同数あって互いに打ち消しあっているから、普段は電磁気力は弱めあっています。ところが重力には弱めあう相手がいませんので、目立っていて、強いように思ってしまうのです。
このように4つの力の大きさは大きく異なりますが、共通する点があります。それは先ほど湯川秀樹さんの核力の所でもお話ししましたが、核力は中間子という粒子をキャッチボールする事により、互いに相手に力をはたらかせます。これと同じように、本質的に力というのは特別の粒子を互いに交換し合うことで、相手と力を及ぼしあいます。この力を媒介する特別の粒子をゲージ・ボソンといいます。強い力を媒介するゲージ・ボソンをグルーオンといいまして、8種類あります。グルーというのは英語で糊のことで、クォークを結びつけています。電磁気力を媒介するのはフォトンです。フォトンというのは光の粒です。赤や青の光がどうやって電気や磁気の力を伝えることができるのかを説明し出すと、これだけで1時間ぐらいかかってしまいます。弱い力を媒介するのは、ウィーク・ボソンといい、3種類あります。重力を媒介するゲージ・ボソンをグラヴィトンと名付けられていますが、まだ発見されていません。何年も前から探しているのですが、重力そのものが弱すぎて測定が困難なのです。
物理という学問は、基本的要素や法則が少ない方が尊ばれます。ですから力もできるだけ少ない方がよいのです。物質にはたらく力は実に様々な力がありますが、それらを現在まで4種類の力にまとめ上げてきたのです。この4種類の力はその性質や大きさがまったく異なっていますが、ゲージ・ボソンを交換して力を及ぼしあっていることはすべて共通しています。
ここで、ちょっと歴史的な流れをお話ししましょう。これをご覧ください。ギリシア時代は天上の力と地上の力は違う力であると考えられていました。天空の星は規則正しく永遠に動き続けていますので、天上の力は衰えることなく永遠にはたらき続ける力であると考えられていました。それに対して地球上の物体はどんなに勢いよく動いても、いずれ力つきて止まってしまいますので、地上の力は不規則で、いずれなくなってしまう力であると考えられていました。天上は神様の支配される世界であるのに対して、地上は人間が住む世界で、はたらく力も別のものであると考えられていました。約300年前にイギリスのニュートンによって万有引力が発見されて、天上の力も地上の力もまったく同じ力で、2つの世界を支配する統一された法則が完成しました。ニュートン力学です。地上では摩擦力や空気抵抗がはたらくから、運動が妨害を受けて永遠に動き続けることができないことが明らかになりました。
一方近代まで、電気と磁気は別の力と考えられていました。電気は琥珀などで摩擦によって引き起こされる静電気力で、磁気は磁鉄鉱等の磁石の力でした。電流の性質の研究が進んできて、電気と磁気に関連があることが分かってきました。約200年前のイギリスのファラデーが、電気と磁気の関係の本質を見抜き、マクスウェルがそれを4つの方程式にまとめ、電磁気を統一しました。ファラデーという人は天才ですね。ご存じの方も多いと思いますが、この人は小学校しか出ていないのです。小学校を出てから、日本式にいうと丁稚奉公をしていました。勤め先が本屋さんで、仕事の合間に商売道具の本を読んで、独学しました。今でもそうですが、イギリスでは大学の先生が一般市民向けに科学の講演会が開かれていました。ファラデーは講演で聴いた先生に弟子入りし、助手として研究を始めました。当時にはノーベル賞はありませんでしたが、ノーベル賞級の発見を2〜3回も行い、その先生よりも有名になりました。彼は有名になっても大変謙虚で、ほとんど一生屋根裏部屋で生活していました。天才はどのような環境でも天才ですね。今の日本と時代や文化が違いますが、小さいときから塾に行くかどうかは関係ないようですね。
20世紀に入り、新しい力である強い力と弱い力が発見されて、現在に至っています。我々が住んでいる環境の温度を常温といいますが、常温では力は4種類あります。ところが、温度が高温になるにつれて電磁気力と弱い力の違いが小さくなり、温度が約1000兆度になると両者に区別がなくなり、一つの力として振る舞うことが分かってきました。今から30年ほど前、アメリカのワインバーグとグラショー、それにパキスタンのサラムによって、電磁気力と弱い力の統一理論の電弱理論がつくられました。彼らはノーベル賞をとりました。中でもサラムはパキスタンの英雄になっています。1000兆度という温度をどうやったらつくれるのでしょうか。石油をがんがんに燃やしてもこれだけの温度にはなりません。先に物質を細かく分解しようとしたら、高速でぶつけたらいいという話をしました。粒子を高速で走らせる加速器の中で、衝突した直後に衝突した小さい部分だけがこのような高温にすることができます。
温度をさらに上げていきますと、強い力も電弱力と区別がなくなっていきます。まだ実現可能ではありませんが、約1万度の1兆倍の1兆倍の温度になれば、この3つの力は統一されるだろうと考えられています。この統一された力を表す理論を大統一理論といいますが、残念ながらまだ完成されていませんがもう少しで完成すると思います。温度をもっと上げて約1億度の1兆倍の1兆倍の温度になれば、重力も含めたすべての力が統一されるだろうと考えられています。この4種類の力を統一する理論は現段階ではいろいろな試案が考えられていますが、まだどのような理論になればよいのか見当もつかない状況です。それというのも、重力は一番身近で大昔から知られている力でありながら、他の3つの力に比べて異質で、数学的な取り扱いが困難な力なのです。
宇宙の過去はどのようであったか
物質を構成している粒子とそれを支配している力についてお話をしてきましたが、ここからがらっと変わって宇宙の話をしましょう。
まず手始めに、距離の表し方をお話ししましょう。人は距離を表すのに、通常何々キロメートルといいます。例えば新庄の駅からこの社会教育センターまで約3キロメートルあります。しかし、こういういい方もあります。新庄の駅から社会教育センターまで、歩くと小1時間の道のりで、車だと約10分の道のりである。つまり、距離を移動時間で表す方法です。雷が落ちて、ピカッと光ってからバリバリと音が聞こえるまでの、時間が短ければ近くに落ち、時間が長ければ遠くに落ちたことになります。
天文学では、天体までの距離を表すのに何々光年といういい方をします。光が1年間かかって移動する距離を1光年といいます。約10兆キロメートルです。日常生活では光は一瞬にして遠くまで伝わると思われますが、具体的には光は1秒間に約30万キロメートル進みます。地球を7周半回る距離です。宇宙は大変大きいですから、光といえども遠くの天体からやってくるには、数万年間、数億年間かかります。我々が星を見るとき、その星は今現在の星の姿ではありません。100万光年彼方の星の光は、100万年前にその星を出発して、今やっと地球に到達できたのです。ですから100万光年彼方の星を見ることは、100万年前の過去を見ることになるのです。
ですから宇宙の過去を知りたければ、遠くを見ればよいのです。より遠くを観測するために、大きな天体望遠鏡や電波望遠鏡がつくられています。しかし初期の宇宙を見ようと、より遠くを見るのは困難にぶちあたります。遠すぎて見えにくいという技術的な問題以上に、原理的に宇宙の最も遠いところはもやもやしていて見えないのです。宇宙の最も遠いところ、すなわち初期の宇宙は曇っていて光が通らないのです。それでは、初期の宇宙の様子を見ることはできないのでしょうか。従来の望遠鏡では見ることはできませんが、別の方法で知ることはできます。その方法は今日の講演の終わりの方で明らかになります。そのとき、初期の宇宙が曇っている理由も分かると思います。
これから宇宙の過去がどういうふうに解明されてきたかを具体的にお話ししていきましょう。まず、この宇宙が現在も膨張していることを発見したのは、アメリカの天文学者ハッブルです。彼は地球から星までの距離を測定する研究をしていました。そのとき、ほとんどの星が赤みがかって見え、しかも遠くの星ほど強く赤みががって見えることに気がつきました。彼はこの赤みがっかって見えるということから、1929年に宇宙は膨張していると唱えました。
どうして赤みがかっていることから、宇宙が膨張しているといえるのでしょうか。それは、ドップラー効果によるものなのです。身近な例を挙げましょう。皆さんが道路に立っておられるとしましょう。そこへ、救急車がサイレンを鳴らしながらやってきて、皆さんの前を通過して走り去っていく場合を想像してください。救急車は一定の高さのサイレンをピーポーピーポーと鳴らし続けていますが、皆さんには、音の高さが変化して聞こえます。救急車が近づいてくるときのサイレンの音は高く聞こえ、遠ざかっているときは低く聞こえます。このように動きながら音を出していると、近づくときと遠ざかるときでは音の高さが変わる現象をドップラー効果といいます。同じ現象が光りでも起こります。光っているものが近づいているときは本来の色に比べて青っぽく見え、遠ざかっているときは赤っぽく見えます。光のドップラー効果は非常に速いスピードでないと起こりませんので、残念ながら日常生活では体験できません。
ハッブルは天空のほとんどの星が赤っぽく見えることから、星は地球から遠ざかっていて、しかも遠い星ほど速いスピードで遠ざかっていることに気づき、これは宇宙は膨張しているからであると結論づけました。まわりの星が地球から遠ざかっているからといって、地球が宇宙の中心にあるという意味ではありません。ここに風船を持ってきました。風船を少し膨らませましょう。後ろの人には見にくいかもしれませんが、表面に黒い点を多数付けてあります。これが星々を表しています。一つだけ赤い点になっていますが、これは地球のつもりです。この風船をもっと膨らませていくと、赤い点も含めて点と点の間が広がっていきます。赤い点に着目すると、まわりの黒い点が赤い点から広がっていきます。宇宙もこういうふうに全体が膨張していますが、地球から見るとまわりの星が遠ざかっていくように見えてしまいます。ですから決して地球は宇宙の中心ということではありません。
ハッブルは単に宇宙は膨張していると唱えただけでしたが、ロシア出身のアメリカ人物理学者のガモフはさらに踏み込んで、宇宙は超高温度、超高圧力の非常に小さい状態から、大爆発するように広がってきたと1948年に唱えました。これがビッグ・バン理論です。ビッグ・バンというのは大爆発という意味です。
宇宙の始まりは超高温度であったと何故分かるのでしょうか。これにお答えするには気体の性質をお話ししなければなりません。気体というのは膨張すると、勝手に温度が下がってしまいます。この現象を断熱膨張といいます。気体が膨張すると温度が下がる例としまして、ヘアスプレーや殺虫剤のスプレー缶があります。缶の中には圧縮されたガスが封入されておりまして、シューと長時間噴霧しますと、温度が下がって指先が冷たく感じます。私事で恐縮ですが、私の家は農業をしておりまして、秋になりますと脱穀した籾を乾燥させます。昔なら天日で乾かしたものですが、今日ではバーナーで乾かします。私の家ではプロパンガスを使っておりまして、台所のコンロ用のような小さなものではなく大変大きなバーナーです。プロパンガスを一気に消費しますので、10月の日中でまだ暖かいにも関わらず、ガスボンベが真っ白になるくらい霜が付きます。断熱膨張によりボンベの温度が下がったためです。
逆に気体を圧縮すると、勝手に温度が上がってしまいます。これを断熱圧縮といいます。断熱圧縮の例としまして、自転車のタイヤに空気を入れると、空気入れが少し暖かくなります。これは空気を入れる動作による摩擦で暖かくなるのではなく、空気を圧縮したから温度が上がったのです。
現在の星が地球から遠ざかっている速度から逆算して、宇宙の星が1点に集まっていた時期は今から100億年から150億年前だといわれています。学者によってその時期が多少違いますが、宇宙が1点に収縮していたときがビッグ・バンの起こったときです。ここで現在から過去へ時間を溯っていくと考えましょう。宇宙はどんどん収縮していきますので、これは宇宙を断熱圧縮するのと同じことになります。そうしますと宇宙の温度は勝手に上がっていき、ビッグ・バンのときまで温度を逆算しますと、約1万度の1兆倍の1兆倍という想像を絶する超高温度になります。
時間の流れからいいますと、宇宙は今から百数十億年前に約1万度の1兆倍の1兆倍の超高温度の非常に小さい状態から、大爆発するように膨張し現在のような大きな宇宙になったと考えられています。断熱膨張により宇宙の温度が下がってきて、現在では宇宙の平均温度は摂氏マイナス270度ぐらいまで下がっています。我々が住んでいる地球は太陽に近いですので暖かいですが、宇宙全体としては意外にも非常に冷たいのです。絶対温度でいいますと約3度です。絶対零度になるとこれ以上下がることができない限界となります。
現在宇宙には、銀河がたくさん集まっている部分がある反面、ボイドとよばれる銀河がまったくない空洞のような部分があることが分かっています。これは宇宙の初期から、銀河のできる種が多くある部分と無い部分に分かれていたことを表しています。そこでビッグ・バンのなごりの温度の中に、銀河の種のあるなしを見つけようと、アメリカのNASAはコービーという専用の人工衛星を打ち上げました。銀河の種がビッグ・バンの段階から宇宙に仕込まれていた証拠を、宇宙の微妙な温度差の中に見いだされて1994年に発表されました。そのときNASAの担当者は「神を見るようだ」と発言したそうです。
微小と巨大の世界は結びついている
この三題噺の3つのキーワードの「原子」「宇宙」と来まして、残るは最後の「熱」です。熱は身近なものですが、その本質はあまり知られていません。熱とは何かを一言で表現しますと、原子・分子などの微粒子のエネルギーです。物質を構成している微粒子が目に見えない小さな領域で、動き回っています。激しく動いていれば物体の温度は熱い、ゆっくり動いていればその温度は冷たいということになります。皆さんがお風呂に入られるところを想像してください。入る前に手で湯加減を見ますね。湯船の水はじっとしていても、人間には見えませんが水の分子は動き回っています。お湯の温度が高いと水の分子が手の神経に勢いよくガツンと当たり、神経が激しく反応し「熱い」と感じます。 本日の講演の最初に、物質は何からできているかをお話ししたとき、より小さい部分を解明するのには、より速く粒子を衝突させなければならないといいました。より速く衝突させることは、今お話ししたようにより高温度にすることです。また温度が高くなるにつれて、4種類の力が順次統一されていくともお話ししました。一方、初期の宇宙はビッグ・バン理論により超高温度であったこともお話ししました。宇宙のより初期の様子を解明しようとすると、より高温度の状態を調べなくてはなりません。このように原子やそれよりもっと微小な世界と、巨大な宇宙の初期状態は熱を通してつながっているのです。微小な世界を解明すると、巨大の宇宙が分かるのです。
微小な世界を研究する学問を素粒子物理学といいますが、この素粒子物理学を宇宙物理学に適用して、解明された宇宙形成のシナリオをお話ししましょう。これをご覧ください。横軸は初期宇宙の時間で、縦軸は宇宙の温度です。左側の図は力の統合を表しています。宇宙が生まれた瞬間は4種類の力すべてが統一されておりまして、宇宙の温度が約1億度の1兆倍の1兆倍であったと考えられています。宇宙が膨張し始めると断熱膨張で温度が下がり、すぐに重力が分離します。宇宙誕生後約1秒の1兆分の1の1兆分の1の1兆分の1の時間が経過したら、さらに温度が下がり強い力が分離します。このとき宇宙は光よりも速く、指数関数的に膨張します。指数関数といいますのは、俗にねずみ算といっています。この急激な膨張を解明した理論をインフレーション理論といいまして、東京大学の佐藤勝彦が1981年に世界で最初に提唱しました。このインフレーションで温度が急激に下がり、過冷却の状態になりました。過冷却というのは必要以上に温度が下がることで、大量のエネルギーが余ってしまいます。この余ったエネルギーが宇宙に熱として放出され、その熱で宇宙の温度が再び上がり1万度の1兆倍の1兆倍になります。この再び温度が上がった状態がいわゆるビッグ・バンなのです。すなわちビッグ・バンの大爆発は、インフレーションによる過冷却によって引き起こされるわけです。
宇宙誕生後約1秒の100億分の1の時間が経過したら、さらに温度が下がり4種類すべての力が分離しします。その後強い力で3個のクォークが結合して陽子や中性子ができます。陽子や中性子ができることによってクォークが表に出て来れないようになりますので、これをクォークの閉じ込めといっています。宇宙誕生後約3分経過すると、陽子と中性子が結合して重水素原子核やヘリウム原子核が少しできてきます。しかしこの段階では原子核ができていましても、原子はまだできていません。電子が原子核のまわりを回らずに、宇宙空間を勝手に飛び回っている状態です。前にお話ししましたように光の粒はフォトンといいまして、電磁気力を媒介する粒子ですので、この状態では光は電子に邪魔されてまっすぐ進むことができません。たとえていいますと、宇宙全体がもやがかかったようになっています。このような状態がしばらく続き、宇宙誕生後約10万年後に温度が約1万度になったとき、やっと電子が原子核に束縛されるようになり、水素原子や少量のヘリウム原子ができます。原子ができますと光は電子に邪魔されなくなり、宇宙のもやがなくなります。これを宇宙の晴れ上がりとよんでいます。これ以降何億年という長い時間をかけて、宇宙は膨張していき少しずつ温度が下がっていきます。そして水素原子は自らの重力で集まってきて、銀河を形成し恒星ができます。
次に各種の元素の形成についてお話ししましょう。ビッグ・バンでつくられる原子は水素と少量のヘリウムしかありません。それ以外の原子はビッグ・バンではつくられず、恒星の内部で核融合によってつくられます。恒星が光り輝いて熱を出しているのは、石炭などの物質が燃えているからではなく、水素原子が核融合でヘリウム原子になっているからです。水素爆弾と同じ原理で燃えているのです。ビッグ・バンでできた水素原子が自らの重力で互いに集まってきて、星ができます。星の体積が自分の重力で縮みますと、前にお話ししました断熱圧縮が起こり、星の内部の温度が上がります。この熱で水素原子が核融合反応を起こしヘリウム原子ができます。この核融合を起こしている星を恒星とよびますが、安定した状態で核融合を続けます。恒星が何故安定かといいますと、自らの重力で収縮する力と、核融合の爆発的な膨張する力がつり合っているからです。我々の太陽も安定しており、過去約50億年間燃え続け、今後約50億年間燃え続けると予想されています。
しかし、核融合の燃料の水素原子が少なくなると、恒星は膨張力を失い収縮します。そうしますと断熱圧縮で内部温度がさらに高くなり、今度はヘリウム原子が核融合を起こし、少し重い炭素原子ができます。ヘリウムが少なくなると、恒星はまた収縮し温度がさらに上がります。次には炭素が核融合を起こし、より重い酸素やマグネシウムができます。このように次々と核融合を起こし、より重い元素が順次できていきます。しかし鉄までできますと、鉄より重い元素はできません。その理由は、鉄は最も安定な元素なので核融合できないからです。
それでは鉄より重い元素はどうやってできたのでしょうか。それは恒星の死である超新星爆発によってできました。鉄まで形成されると恒星は核融合の膨張力を失い、恒星自らの重力で急激に収縮し、断熱圧縮で内部が超高温度になります。この急収縮の反動と高熱で恒星の中心部が大爆発します。これが超新星爆発で、この爆発の衝撃で鉄よりも重い元素ができます。超新星爆発によって、恒星の外層部は宇宙にまき散らされますが、中心部には新しい天体として超高密度の中性子星やブラック・ホールが形成されます。中性子星というのは、原子の中の電子が強い圧力で原子核の中に押し込まれて、陽子と電子が合体して中性子になってしまい、中性子だけからなる超高密度の星のことです。大変強いX線を放射していますので、パルサーともよばれています。ブラック・ホールは自らの重力が極限まで強くなったため、あらゆるものを吸い込んでしまい、光さえも出てこれない真っ黒な天体です。
恒星の内部で形成された各種の原子は、超新星爆発により宇宙空間に散らばり、宇宙塵となります。宇宙塵は宇宙に漂うガスですが、これが自らの重力で少しずつ集まり収縮し、次の世代の恒星や惑星になります。この新しい恒星は内部で核融合を繰り返し、最終的に再び超新星爆発を起こします。そして一旦宇宙塵になり、集まってさらに次の世代の恒星や惑星になります。宇宙における輪廻転生ですね。このことからお分かりのように、地球上の原子は過去に数回超新星爆発を経験していることになります。もちろん我々の身体をつくっている原子もそうです。我々はスターダストの生まれ変わりなのです。
1987年に南半球のタランチュラ星雲の近くで超新星爆発がありました。残念ながら北半球の日本では見ることができませんでした。このときオーストラリアの天文台から日本の神岡に国際電話がありました。神岡といいますのは富山県との県境近くにある岐阜県の鉱山で、その地下約1000mの廃坑を利用した「カミオカンデ」という名前のニュートリノ観測施設があるところです。南半球の夜空に見える超新星爆発を北半球の神岡で見えるかという国際電話です。普通に考えるとこの電話は、日本では見ることができなくて悔しがっているだろうから、からかってやろうという悪意があるように解釈されますが、実はこれはまじめで本気な質問なのです。そして神岡の答えは「見えた」でした。光では当然見えませんが、神岡はニュートリノで見たのです。ニュートリノはこの講演の最初の方で紹介しましたが、物質をつくっている基本粒子のひとつで、電子の弟分です。このニュートリノは幽霊みたいな性質の粒子で、物質と反応しにくく簡単に通り抜けることができます。太陽からたくさんのニュートリノが放射されておりますが、この社会教育センターの天井ぐらい何もなかったかのように素通りしています。今現在も我々の身体を1秒間に何億個ものニュートリノが貫いていますが、我々には痛くも痒くもないのです。このようなニュートリノが超新星爆発で放出されて、地球でさえも南半球から北半球へとその何パーセントかは抜け出ていきます。そのうちの11個見つけたのです。これは世界的な大発見でした。
最後にいくつかの最新理論を紹介しましょう。まず「超弦理論」です。この講演の最初に物質をつくっている基本粒子のことをお話ししました。クォークやレプトン、あるいはゲージ・ボソンなどの基本粒子は初めその種類が少なかったのですが、次第に数が増えてきて、どうも我々が求めている本当の基本粒子ではないらしいことが分かってきました。そこでクォーク、レプトン、ゲージ・ボソンあるいはその他の未発見の粒子も含めてすべての粒子は、「超弦」とよばれる10次元の非常に小さい輪ゴムのようなひもからできていると考える理論が提唱されています。この理論では、超弦の振動の仕方の違いにより、クォークやレプトンなどの各種の基本粒子になると考えられています。また力の統一のところでお話ししましたが、4種類の力のうち重力だけが異質で、すべての力を統一するのが困難であるといいました。この超弦理論を使いますと、重力も含めたすべての力が統一できる可能性が出てきまして、脚光を浴びています。しかしこの超弦理論は数学的に大変難しい理論で、20世紀最後の天才といわれるアメリカのウィッテンが十数年前、物理学者でありながら数学界のノーベル賞といわれているフィールズ賞を超弦理論でとったぐらいです。残念ながら現段階では難しすぎて研究が停滞しているようで、21世紀に発見されるはずの理論が、偶然20世紀後半に発見されてしまったといわれているぐらいです。新しい天才が現れるのを待っています。
次に紹介するのは宇宙創生論です。これはあくまでも「論」であって、「理論」に未だなっていませんので、眉に唾をつけながら聞いてください。しかし宇宙のインフレーションの前の段階、すなわち宇宙が誕生したまさにその瞬間について論じていますので、大変興味深いものがあります。イギリスのホーキングは車椅子の天才とよばれ、何度も来日していますので、ご存じの方も多いのではないかと思います。彼は宇宙の始まったときの時間は虚数であったと提唱しています。宇宙誕生時に、数学的に取り扱うことができない特異点が現れないようにするために、虚数時間を導入しています。虚数は数学的にきちんと定義された数ですが、少し恣意的で技巧的過ぎるように思います。
ホーキングのアイデアよりも、ロシア出身のアメリカ人ビレンキンの方が物理学の理論を応用していますので、私は魅力を感じます。ビレンキンは、宇宙は「無」からトンネル効果で誕生したと提唱しています。トンネル効果とはたとえていいますと、こちら側から壁もしくは山の向こう側へ移動するとき、壁や山を乗り越えることなく、ある確率で壁や山の中を通り抜けることができる現象です。通り抜けるといいますと、何か幽霊のようなものを想像してしまいますが、これはきちんとした物理現象です。身のまわりにある大きな物体はこんなことは決して起こりませんが、基本粒子のような小さいものなら通り抜けることが可能になります。具体的な例を挙げますと、日本でノーベル物理学賞を受賞した3番目の人は江崎玲於奈さんですが、彼はトンネル効果を応用した電子素子のエサキ・ダイオードを発明してノーベル賞をとりました。このようにトンネル効果は幽霊のような怪しげなものではなく、現実に起こっている確実な物理現象なのです。
ビレンキンは宇宙誕生の様子を次のように考えました。まず、空間も時間もないまったくの「無」を考えます。その無から原子より小さな宇宙が顔を少し出しかけたり、引っ込んだり、また顔を出しかけては、引っ込んだりしています。こういうふうに出たり引っ込んだりすることを「ゆらぎ」といいます。たとえていうと、川の水がよどんでいるところで、泡ができたり消えたりを繰り返しているようなものです。宇宙が出かけたのがすぐに引っ込むのは、エネルギーの山が邪魔しているのです。しかし、宇宙が無のゆらぎを繰り返しているうちに、偶然トンネル効果でエネルギーの山を通り抜けることができます。一旦山を抜けると、山の向こう側の斜面を転げるように、宇宙が一気に大きくなります。このようにして先の述べたインフレーション宇宙を経て、ビッグ・バンにつながっていきます。
おわりに
「科学の三題噺」と題しまして、3つのキーワードである微小な「原子」と巨大な「宇宙」と皮膚感覚の「熱」がうまくつながって、ひとつのまとまった話になったでしょうか。話があちらこちらにとんだかもしれませんが、歴史的なことも含めて20世紀末での物理学の精華をお話ししようと心がけました。皆さんにとっては雲をつかむような事柄が多かったかもしれませんが、いずれも現時点での確立された科学的事実です。しかし一番最後の超弦理論と宇宙創生論だけはまだ確立されていません。特に宇宙創生論は海のものとも山のものとも分かりません。後何年かしたら、実はあれは間違いでしたということになるかもしれません。その節はお許しください。
それでは、退屈な話をこのように最後まで熱心に聞いていただきまして、誠にありがとうございました。これで終わります。失礼いたしました。