天王星

| 名前は知っていても、あまり馴染みのない天体。 この歳になるまで(←一体・・いくつだ?(笑)) 天王星の写真すら見たことなかった( ;^^)ヘ.. たっぷり時間がかかりそうだ!!調べるのに・・・(^^; でも、綺麗な星だねぇ〜('-')キャーキャー |
| ・・・天王星の呼び方・・・ |
| 漢字 | 英語 | ラテン語 | ギリシア神話 | ローマ神話 | |
| 天王星 | Uranus | Uranus | ウラノス
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| 太陽系は土星まで、そんな時代が長く続いてました。 天王星は、1781年3月13日イギリスのハーシェルが天王星を発見した。 しかもしれは、偶然でした。その夜ハーシェルは自分で浮作った反射望遠鏡を、 頭の真上近くに向けて据え付けてそのまま動かすことなく、望遠鏡を覗き込んでは、 見えてくる星を検査していました。何のためかはわからないのですが、 ハーシェルは一生のうちに新しい星雲星団を約2500個、新しい2重星を約800個発見しているので、 この夜も新しい星雲星団、2重星を見つけようと、血眼になっていたのかもしれないです(笑) 星は時間とともに、望遠鏡の中に姿を見せては音もなく過ぎ去り、ハーシェルもまた、 だまってそれを見送っていたのでしょう、そのうちハーシェルをハッ!とさせる星が飛び込んできました。 緑かかった青い色をしていて、普通の恒星とは違った。普通の恒星は点のように小さく見えるのですが、 この星は恒星よりも大きく見えた。この天王星実は、 少なくとも23回も他の天文学者が観測しているのです。 天王星を観測した天文学者たちは、惑星と気づかなかったり、 古い観測と新しい観測では位置が一致しないとかの理由から新惑星の発見者にはなれなかった。 なぜハーシェルが発見者になれたか?それは、ハーシェルの望遠鏡の性能のよさからだったのです。 しかもハーシェルとは、目も勘もよかったのかもしれません。 この新発見された天体は青緑色の丸い姿を見せていたので、ハーシェルは星雲、尾のない彗星、 そのどちらかだと考えていました。早くどちらかに見極めなければならないと思いましたが、 それから3日間は天気が悪く観測できなかったのです。 ハーシェルはこのときのことをこう書き残してます。 『1781年3月17日 土曜日。私は彗星か星雲かと思われる天体を探した。 そうしてこれは彗星であると知った。位置を変えていたからである・・・・・・』 しかしこれはハーシェルの早合点ででした。発見後1年して、 フィンランドのレキセルがこの星の運動を詳しく 研究して、太陽の周りに円を描いてまわっていることを証明したとき、 土星より遠くにある新惑星だとわかったのでした。これが天王星です。 天王星の発見によってハーシェルはイギリス国王付きの天文学者となり、 年金200ポンド(現在の金額で約7万円)をもらうことになりました。 ハーシェルはこの新しい惑星を 「ゲオルギウム・シドゥス( Georgium Sidus)」と名付けました。 これは「ジョージの 星」という意味で、ハーシェルを助けてくれていた イギリス王 ジョージ三世を記念した名前でした。また、天王星は 「ハーシェル」とも呼ばれていました。 他の惑星と同じように、古い神話の中から名前を採って 「天王星」という名前にしよう、 と最初に提案したのはボーデ という人でした。「天王星」という名前が 一般的になったのは1850年頃のことです。 天王星が発見されてから、各国の天文学者たちは熱心にその運動を観測しはじめましたが、 そのうち奇妙なことに気がつきました。天王星は万有引力の法則通りに動かないのです。 天王星の運動を決めるのに一番大きな力を持つのは太陽ですが、木星や土星も天王星に引力を及ぼし、 その運動を乱しています。しかし木星や土星、他の惑星の引力を考えに入れても、 天王星は理論通りには動きません。そこで、これはまだ発見されていない惑星があって、 それが天王星に引力を及ぼすので、天王星の運動が乱れるのだと、考えられるようになりました。 天王星で特徴的なのは、その地軸の傾斜である。(上の図を見てもわかるように) 他のほとんどの惑星では、軌道面に対して自転軸は大体垂直になっているが天王星では97.9°と ほとんど横倒しになっている。なぜこうなったかについては、今のところははっきりしたものはない。 この地軸の傾きにより、天王星では42年間昼が続き、42年間夜が続くのです。 つまりは、公転周期の84年で一日といったところでしょうか? 人の一生ほども一日があるなんてちょっと不思議ですね。
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