四方山話

ここでは私が日々思っていることを書いてみました。

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6/15(木)

この頃ふと思うことは、会社で出世している人達は、他人に対して非常にまめであるということだ。相手の為に時間を割ける人達が多い。私の周りで取締役になっているお方からは必ず年賀状を頂く。私みたいに社内の部下に書いてもと思うのだが、きちんと自筆で頂く。私も丁重に年賀状を書くのだが、やはり大変恐縮してしまうのだ。当たり前といえば当たり前だが、やはり人の為に動けることが大切なのだろう。もし、あなたが出世したいと思えば、自分の為に時間を使うことはやめたほうが良い。人が生きていくということは、他人との関係から始まることだ。経済の原則から言えば、自分一人では食べてはいけない事を自覚することだ。やはり全ての人に感謝することである。私もまだまだ、利己的なのだが、常に人の為に動くことを心がけるようになった。なかなか難しいことだが、一生懸命やっていこうと思う。


6/13(火)

今日は、日頃親しくしていただいており、尊敬しているある方の紹介で「心のコミュニケーション」と題してセミナーを受講した。本来ならば経営者しか受講できないが、ご好意により受講させていただいた。とても楽しいセミナーで自分の中にいまかかえている問題を見つけ出し、問題に対しての姿勢を考えるセミナーだった。セミナーを受講して一番印象的だったのは、自分の問題の回答はすでに自分の中で解決しているということに気づいたことである。

我々は、問題に直面したときある種の閉塞感を抱くのだが、それは多くの場合、解決策を自分自身が隠している場合が多いのではないか? 答えはわかっているが、実行に移すのが気分的に嫌なだけではないか? と思う。そう考えると、問題は問題でなく、自分の限界として認識しているだけなのであろう。つまり、問題が与えられたとき、如何に回答を導きだすことができることが、問題を解決することなのだろう。言うのは容易いだが、実行は困難だ。ただ一つ言えることは、自分の問題などたいしたことではないと認識することが、よりよい解決策を見つけるのに役に立つということだ。


6/11(日)

私は、現在、外資系ソフトウェア会社でマーケティングを仕事としているが、ソフトウェアは数学的センスを必要とする。例えば、C言語やデータベースの概念は数学的である。数学的センスをもっていれば理解が早いだろう。私自身数学が大好きであったため、機械科出身なのにすぐにのめりこむことができた。しかし、情報社会での実学も身につかず、それでいて、夢ももとめられない今の大学教育は非常に偏っている。これからの社会はソフトウェアを中心とした社会に移っていく。アメリカはその点、10年も進んでいる。それが現在のIT業界の活性化に結びついているのだ。私が言いたいのは、大学生にデータベースソフトウェアを作るのに必要なコンピュータサイエンスや数学を教えてくれないことへの怒りである。もうすこし情報数学をきちんと教えてくれれば、日本人のつくるソフトウェアはましであろう。

最近は、JavaやXMLといった技術を教える大学もあるが、それは一部の情報工学科だけだし、それを支える数学までを教えてくれない。ある湘南の大学では、最先端の情報工学を教えているというが、本当なのだろうか? 彼らたちが世界に通用するソフトウェアやシステムを作れるとは思えない。結局、プライドばかり高くて使えないという声も聞く。私も同感である。

データベースは集合論であるし、まして、プロセス論までは教えないだろう。プロセス論を学んだのは、ある大手のメーカーにいた時、研修でオックスフォード大学の教授がいらしてくれて習ったぐらいだからだ(結局その研修の論文は書けなかった)。実際に実用的な基盤ソフトウェア(OS)を作っている大学は少ないだろう。私から言わせれば、「Linuxぐらい作れよ!」と言いたい。

私は、ソフトウェアは数学であると堅く信じている。情報数学を軽視すれば日本はこれからも基盤ソフトは作れないだろう。


6/10(土)

今日、新宿の紀伊国屋へ行った。紀伊国屋には多くの本があるが、今日の目的はスーパーストーリングセオリに関する本を購入しようと思ったかたらだ。ブルーバックスでは読んだのだが、もう少し数学的に解釈した本が欲しかった。

まずは、物理学のコーナーに行った。学生時代以外はめったに行かないコーナーだが、物理学コーナーには相変わらず難しい本が並んでいる。

「電磁気学」「量子力学」とならんでいるが、どれもこれもぱらぱらとめくってみると難しい数式がならんでいる。もう30歳も半ばになると数式はちょっとつらい。そこで、わかりやすい本を探すのだが、そこである発見をした。わかりやすい物理の本はどれも翻訳本なのだ。日本人の書いた本のほとんどは数式しかかいていない。有名なペンローズの翻訳本「量子脳学」は数式がほとんどない。

どうも、日本人は物理を数式に決め付けているようだ。私自身、中学から物理に興味をもっているが、いまだに数式には興味がない。物質とは何か? 宇宙とは何か? という根源的な話が好きなのだ。もちろん相対性理論は数学に基づいているが、それよりもE=mc2 の意味が重要なのだ。

このホームページも「量子」と自分の存在を結びつけることなのだ。その点、ブルーバックスは素晴らしい、最先端の科学を最小限の数式だけで解説しているからだ。小学生から、ブルーバックスを読んでいるが、ブルーバックスは素晴らしい。中学生から読めるくらいの言葉で書いてある。私もそのおかげで、科学に大変興味をもち、大学では理系を選択肢、現在ソフトウェアを仕事にしているのもその影響だろう。

思い返してみると、どうも大学で教わった物理学は数学だったようだ。波動方程式やニュートン力学の数学的解釈をしてきた気がする。まあ、私の好きな理論物理学は物理学生の大学院生で習うのだろうが、果たして日本の学生で何人がこの理論物理学にのめり込めるのだろう。途中でこの退屈な数式にあきあきし、就職をしてしまうのだろう。私自身は機械工学出身なので、完全に実学なので、割り切っていたが、理学部の学生は多少は期待していたとおもうと非常に残念だ。それでいて、実学も身につかず、中途半端になるのだろう。

これからの物理学はいよいよ我々の存在、意識を理解する上で重要な理論が登場してくるだろう。それらは数式ではあるが、本質的には我々自身の哲学的な問題に還元すると思う。そういう意味では物理学は数式ではないのだ。もうすこし、哲学的な側面で物理学を語る本を増やして欲しい。

日本の物理学の底の浅さを感じてしまった。

話はそれたが、結局スーパーストリングセオリの本は見つけることができなかった。