preoccupied
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今は何かに没頭しているという感じではないのでどうしようか悩んでいるところなのだけど、最近毎月一、二回山に登っているので山について何か書ければよいなあと思っている。でも山登りのこつみたいなものはたぶんぼくにはわからないので、もっと普通のこと、たとえば二荒山はなぜ二荒山というのかというようなことを調べて書くつもりです。

アフリカのクウェレ族のシャーマンはこんなコンパスのような飾り?がついた仮面をして秘儀に参入していた。あえて幾何学的な形で肉体の丸みを表現することにはどんな意味があるのだろうとなどと考えていたら、このコンパス仮面が頭から離れなくなってしまった。こんなものものしい仮面をつけて違った世界に足を踏み入れられたら、どんな気分になるのだろう。シャーマンになりたいなあとつくづく思うのだった。

瑪瑙の縞は見るたびごとに姿を変え前とは違う形象を浮かび上がらせるからとてもとまどうけれど、でもぼくは縞入りの瑪瑙を持ち歩きいろいろなモノたちと対面するのが好きだ。モノたちはいつだってひんやり冷たくずしりと重い。それなのに今日はどうしたってセラミックでできたアルコオルランプにしか見えないんだから困る。この前見たときはいったい何だったのかしらん。

まだ早いかなと思いつつバナー作りに夢中になってしまってできたのがこれ。こんなのでも作ってみると、リンクはご自由になんていいたい気分になってくるからふしぎだ。がんばってリンクしてもらおう。

---夢の記1---

 山奥を流れる二荒川の調査のため、ぼくは代々その上流に暮らすある女の家を訪ねた。彼女は二荒川の水神に仕える女だった。周囲の雰囲気とはあまりなじんでいるとはいえない彼女の家は、結構近代的で門にはカメラ付きのインターホーンがついていた。ちゃんと約束は取ってあったのでぼくはインターホーンを押し名前を告げると、彼女は家の中からマイクを通していった。 
 「いらっしゃい。こんなに太った人だとは思わなかったわ。」
 唐突にそんなことをいわれて驚いていると、彼女は玄関まで迎えに出てきた。居間に招かれ早速本題の二荒川について話を聞いたが、まったく集中できなかったので、ぼくは彼女を散歩に誘い、二人で川沿いを歩くことにした。
 二荒川は上流でさえ用水路ほどの幅しかなく、しかもとても濁っていた。わずかに盛り上がった土手をしばらく歩くと、大木が姿を現し道をふさいでいた。何気なくその木を眺めていたら、ちょうど目線と同じ高さの所に蝉がとまっていることに気がついた。
 そっと手を伸ばし捕まえると、蝉は毒汁をまき散らしながらバラバラになって死んでしまった。毒汁はぼくの右膝に飛び散り、その部分から赤い血が流れていた。
 この蝉は荒再蝉といって、その生態はとても変わっている。彼女の話によると、荒再蝉は幼虫のうちは普通の蝉と同じように長い間土のなかで過ごすのだが、土から木に登ってきていったん変態すると、選んだその同じ場所でじっと動かず短い一生を終える。もしそこから離そうとする外的な力が加わると、自分の命と引き換えに毒汁をまき散らして相手の命をも奪おうとするのだ。
 荒再蝉の生態はその土地の風土と密接な関係があるらしいが、彼女からはそれ以上何も聴ききだせなかった。
 そのかわり話はその土地に古くから伝わる民間伝承に移っていった。二荒川は昔から延々と続く長い水脈はもってはいたのだが、最初は大地の下をごうごうと流れる地下の川だった。土地の伝説では、その地下の川には一匹の子うなぎが住んでいた。成長するとうなぎは地下の川の流れにのってくだり、下流にある小さな泉に住みついた。何年かそこで過ごした後、うなぎは川をさかのぼり上流へと還ってきた。その時地下の川から一条の流れが地上に現れ蛇行し始めた。そして川は今のような姿となり、うなぎは今でも川を守っているのだそうだ。
 ぼくは大うなぎ伝説に惹き込まれていた。ぼんやり空想に耽っていると、いつの間にか彼女はぼくの隣から消えていた。
 ぼくはどうすることなく木の橋の上から川の流れを眺めていた。しばらくそうしていると、川のなかで何かが動いたのがわかった。
 大うなぎだった。うなぎは橋のそばまで来ては離れてを繰り返していた。華麗な泳ぎだった。ふと気づくと、先の方にある木の上から白蛇が降りてきて、川をさかのぼり始めた。まるでうなぎに呼び出されたかのようだった。白蛇が橋のそばまでくると、どこからか蛇に語りかける声が聞こえた。
 「痛みをとってやろう。」
 蛇は泳ぎながら答えた。「この痛みがなくなったらもう砂鉄と交われなくなるわ。」
 ぼくにはそう聞こえた。
 その声で白蛇がさっきまで一緒にいた女であることがわかった。白蛇は川の流れをつかみ橋からどんどん離れていった。そして待ち受けていた大うなぎに呑み込まれた。その姿には喜びが満ちあふれていた。


セイウチの牙に彫刻された天に昇るいかだ。エスキモーの人たちの間では、いかだでオーロラの海を渡って天空を駆けめぐるっていう神話が語り継がれているのだうか。これはいったいどういうお話なのだろう。いかだに乗った四人の人たちは腕をいっぱいに広げて風の流れを全身で受け、彼らが帆となって捉えた風の力でいかだは天空めざして真上に垂直に昇っていく。いかだと人間との間に働く万有引力が、地球といかだもしくは人間との間に働くものよりも強くなる、そういった時空の裂け目で彼らはぎりぎりのバランス感覚で旅をしているようだ。ノーザンライツの海の向こうには何があるのだろう。アメリカ?ブラジル?それともフダラク?

やはり海の向こうにあるのは死者の国なのだろうか。聖ブレダンの魂の渡海やイシスの祭儀など、船と死者との結びつきはとても強い。珍敷塚古墳壁画でも、もう一つの世界への交通手段として船が使われている。画面左側太陽の下で天の鳥船に乗った死者は、鳥の導きでヒキガエルで象徴される月の国へ向かっている。目の前には三つの障害物が立ちはだかり行くてを阻んでいる。再生への道は辛く困難だ。死んでからも結構大変らしい。

---夢の記2---

 高さ二メートル位のコンクリートの壁に四方が囲まれた所に何人かの男と一緒に閉じこめられた。牢獄のようだったけれど、幸い天井はなく吹き抜けになっていた。自然と脱走する話が持ち上がり、みんな次々と壁を乗り越えていった。脱走に成功した人たちは、外で歌ったり踊ったりしていた。いよいよぼくの順番が回ってきて床から起きあがろうとしたら、体がとても熱くなってしまっていて身動き一つとれなかった。起きあがろうともがき苦しんでいたら、塀の中はいつの間にか静まり返っていた。そしてぼくは一人その場に残された。

弥生時代が終わりもう古墳時代も後期に入った5世紀になってもなお、北海道ではこんなにも荒々しい帯縄紋様で飾られた土器が作られていた。見た目じゃわからないものってほんとにあるんだ。このような土器が8世紀になるまで作られていたというからなお驚きだ。この時代の北海道は文化的にはいまだ縄文時代だった。しかしそれは文化的後進性を表すのではなく、食糧供給システムが安定していたからだと言われている。北海道は豊かな生態系の恩恵を受けた狩猟採集中心の文化が育まれていたため、弥生時代の波をまったくうけなかった。というか稲作農耕導入の必要性がなかったのだ。もしかしてアイヌはこの縄文人の生き残り、なんて短絡的に思ってしまう。