プロスペロ伯爵の眼鏡

1.ミル・アボット眼鏡屋

私の家系はうさぎであり、代々時計屋をやっている。
父も祖父も曽祖父もそのまた祖父も生きている間中ずっと眼鏡を作っていたものだ。
そして私も当然のように眼鏡を作って生活をしている。
私達アボット家では、お客様の望むままの眼鏡を作る事を原則としているので
作り置きの眼鏡の中から気に入るものを選んでもらうのではなく
完全注文製で眼鏡を作っていくのだ。
お客様の頭の形、顔の幅、鼻の高さ、全てを考慮に入れていく。
そうするとまるで眼鏡をつけてないかのような付け心地に仕上がるのだ。
お客様は皆満足そうな顔をして帰って行かれる、
その顔を見るのが、私が眼鏡屋をやっている一番の理由と言えるのかもしれない。

2.プロスペロ伯爵

ミル・アボット眼鏡屋の開店の時間である。
ミルは眠い目をこすりながら店の掃除を終わらせ表の「closed」になっている看板を裏返して「open」に直した。
今日も一日が始まった。
ミルは主人の席に座り(主人とは言っても従業員はミル一人しかいないが)
今日は何をしようか考えた。
昨日仕事を終えたばかりでする事がないのである。
ミルは働き者なのだが
完全注文で作っているので、客からの注文がないとする事がないのである。
ましてやアボット家で売っている眼鏡は高価なものなので
毎日客が来るという事は滅多にない。
それでも、一つ眼鏡を作るのに大体一週間程かかり、その間店の方は閉めておく事になるので
ミルにしてみればそんなに客が来ない方が都合がいいのである。

結局する事も思いつかないので、ミルは客の訪れを待ちつつぼーっと店の中を見回した。
店内はかなり狭くミルの座っている机が店の一番奥にあり、両側にガラスケースが置いてある。
ガラスケースの中には大きな振り子時計や飾り時計や奇妙な形をした時計や様々な時計が飾られている。
アボット家に伝わる大事な時計のコレクションだ。
それらは全て同じ時を刻んでおりミルの丁寧な手入れが伺える。
またそういった時計達を日の光で痛めないよう
店内は窓が一つもない作りになっているため昼間でもかなり薄暗い。
明かりはガラス扉からはいって来る光のみである。
ミルは今日は時計の手入れをする事に決め
椅子から立ち上がって左側のガラスケースに向かって歩いて行った。
ガラスケースと向かい合うと、
ガラスに映る自分の首下の蝶ネクタイが曲がっている事に気づいた。
蝶ネクタイをきちんと直してあらためて自分の姿を見てみた。
のりのきいた白のシャツに深緑のベスト、黒のジャケットと黒のパンツ、きれいに洗濯された白い靴下、
磨かれてぴかぴか光っている黒の革靴。ぴんとはった耳に片目だけの眼鏡。
「よし。きちんとしているな。」
身だしなみのチェックも終わり、ガラスケースを開けるため鍵を差し込もうとした時
チリンチリンとドアの開く音がした。

外の光と共にやけに身なりの整った狐が入って来た。
「いらっしゃいませ。」