・年賀SS『初始願』
浩平が手を合わせる。
それを横目で確認してから、隣りに立つ瑞佳も続いて手を合わせた。
入れた賽銭は……五円玉一枚ずつ。
目を閉じている内はお互いの様子など分からないものだが、この時真剣に願っていたのは実は瑞佳だけ……。
浩平はと言えば何かを願う振りをしつつ、その心は隣りの瑞佳の事で頭が一杯だった。
僅かに目を開けて、ぼやけた視点で彼女の横顔をちらちらと盗み見ている。
だがそんな浩平の態度にもちゃんとした理由があって、この場所に立つ以前から、心の中で疑問符が山積みになっていたのだ。
(いきなり初詣なんて……どうしたんだ? 瑞佳の奴……)
普通だったら別段悩むような事でもないのだが、浩平にとっては行動自体が普段と違っていたから、
大切な願い事などそっちのけで瑞佳の行為について考えを巡らせ続けた……。
場所は中崎町のちっぽけな神社。
元日は出店などもあってそこそこ賑わったのだろうが、さすがに三日ともなると参拝者はほとんどおらず、
冬の寒風と目に映る殺風景な裸の木々などが神社の閑散さに一層拍車を掛けていた。
――参拝に行こうと瑞佳が言ったのは昨晩の夜。
それ自体どうと言う事は無く、浩平にも特に断る理由など無かったが……彼女と同棲を始めて四年目の正月で初めての事なのだ
――初詣に行きたいと口にしたのは。
元々浩平は正月に出歩くのが面倒なので嫌いだった。
だから初詣もロクに行かずに毎年家でゴロゴロ。
瑞佳も浩平が嫌なら、と気にする事もなく参拝には赴かずに一緒に付き合って家で過ごしていたのだが……今年は違った。
どんなに面倒だ嫌だと言っても頑として譲らず「一緒に初詣に行くんだもん!」と少々強引な態度さえ見せたのだ。
浩平はその辺の様子がどうにも気になって仕方が無かった。
結局折れて参拝に向かう途中でも、瑞佳に何となく話を合わせながら、一体何なんだろうか? と頭を捻るばかり。
そうこうする内に、いつのまにか石段を上がり賽銭箱の前まで来てしまったと言うわけだ。
「…………」
薄目で、しかも横目で見ている浩平には酷くぼんやりとしか映らないが、瑞佳は一分以上経ってもまだ何やら願い事を続けていた。
(何を一生懸命になってんだ……)
何故かどうにもあっさり先に済ませられない浩平は「瑞佳が早く参拝を終えますように」などと、不謹慎な願い事を頭に浮べる。
「……浩平」
と、真面目に(?)参拝を始めて5秒も経たない内に、小さな瑞佳の声が横から飛んで来た。
浩平は早速願いが叶った事を特に喜ぶでもなく、あっさり目を開くと顔だけを瑞佳の方に向ける。
彼女の表情は、どこか晴れやかでいて、そして満足げな笑顔だった。
「終わったのか?」
「うん……」
「だけどなぁ、どうしたんだよ急に。まあ本当は嫌で面倒でも、別にお前の初詣に付き合うのは嫌じゃないが」
「それって何か矛盾してるよ〜」
「細かい事は気にすんな。それよりだ……何かあったのか?」
「えっ、何かって……何?」
「俺が聞いてんだ、ばかっ」
ポカッ!
「い、痛いよ浩平……」
「……ったく、今まであんなに頑固に初詣行こうなんて言う事無かっただろ?俺はそれが気になってたんだ。
何も無いならそれでいい……さっさと帰ろうぜ」
浩平はそれだけ言うと、寒さに身を縮ませてコートの襟を立てながら、賽銭箱に背を向けて神社を去ろうとする。
「ちょ、ちょっと待って! 浩平……わたし……その……」
慌てて引き止めようとした瑞佳だったが、その声は尻すぼみになってしまう。
しかし逆にそれが効果的だったらしく、浩平は歩みを止めて彼女の方へ向き直る。
「どうしたってんだ、瑞佳」
さすがに様子がただ事ではないと感じ取ったのか、浩平は俯いている瑞佳に素早く近付き、顔を上げさせて視線を合わせながら尋ねた。
「み……して……」
「えっ?」
「耳を……貸して……」
「あ、ああ」
結局また俯いてしまった瑞佳の顔がほんのり赤くなっているのを気にしつつ、浩平は憮然としながらも彼女の方へ耳を傾ける。
手を添え僅かに白い息を漏らしながら、ぼそぼそと耳打ちする瑞佳。
やがて――
「………………な、なにぃぃぃーーーーーーーっ!?」
浩平の悲鳴とも絶叫ともつかない声が、閑散とした神社に響き渡った。
それは一体どんな感情が含まれていたのか……浩平の表情を見れば驚きだという事は一目瞭然だ。
あとは多少の戸惑いと、ごく僅かな嬉しさか……。
「……本当、なのか?」
半ば呆然とした浩平の問い掛けに、口元に手を当て黙って俯きながらコクリと頷く瑞佳。
「そっか……それで初詣か……。でも、いつ?」
「……去年のクリスマスの後」
「クリスマスって……何でその時に言わなかったんだよ?」
「だって、まだはっきりしてなかったし……恥ずかしかったし……それに年末は慌しかったし……」
事実を知った浩平は、思わずその場にへたり込みそうになってしまう。
しかし脱力感が去った後に浮き上がって来た感情は、大きな喜びと軽い憤りだった。
「慌しかったのは分かるが、恥ずかしがる事はないんじゃないのか? 確かに驚いたけど俺は凄く嬉しかったぞ。
それなのに隠してるなんて酷い奴だな」
「だ、だって……初めてだから本当に恥ずかしかったんだもん。それに……」
俯いていた瑞佳がようやく顔を上げて浩平の瞳を真っ直ぐに見据える。
そして、言葉の続きを静かに告げた。
自分の腹部に掌を添え、慈しむように撫でながら……。
「……初詣で浩平に言おうって決めてたから」
にっこりと。
微笑んだ瑞佳は――
「賽銭……」
「えっ?」
「五円じゃ足りないかもな。ほらっ」
「あっ……と。百円?」
「ああ、御利益があるかどうかはわからないけど、五円よりはマシだろ?」
「ふふっ、そうだね」
「じゃあもう一度、もっと強くお願いしような」
「……うん」
願い事は決まった。
そして浩平は目を瞑りながら思う。
――微笑んだ瑞佳は既に母親の顔になっていたな、と。
『初始願』了
新年、明けましておめでとうございます。
……などと年始の挨拶しながらこれ書いてるの1月3日ですが(^^;)。
突貫で書いたのでネタもオチもベタ過ぎですが、どうかご容赦を。
この年賀SSはTacticsSS系関係者や年賀のお礼、それから去年お世話になった方々にお送りしています。
あとは煮るなり焼くなり好きなようにして下さい(笑)。
それでは、今年もどうぞよろしくお願い致しますm(_ _)m
平成13年1月3日
ひさ
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