トップページに戻る            月の不思議 月の錯視(つきのさくし)

今回は、光の象徴、太陽と月の話題を中心にお送りいたします。朝日や夕日は、高く昇った太陽と比べて、とても大きく感じます。
撮影すると、さほどの事はないのですが眼では確かに大きく見えます。こうした眼の錯覚の話と、太陽と月にまつわる雑学です。

■ 眼は正確にものを見ているか
 五感の中で視覚情報がどの位の割合なのかご存知ですか?見える事が当たり前で、その重要性を日常意識しませんが、
五つの感覚(視聴嗅触味)の中で、視覚は6〜7割にも及びます。一般的な人の場合、脳で処理される情報量は90%にも及ぶそうです。
ものを見ると脳に蓄積された情報を総動員して瞬時に判断します。形、色はもちろん熱や匂い、音さえ想像する事が出来るのです。

 このような事を無意識に感じているのか、眼から入った情報は、正確だという信念を持ってうたがいません。
ところが眼は案外あやふやな存在で、ごまかされる事が多いのです。錯視(さくし)(ビジュアルイリュージョン)と言う言葉があります。
個人差はあるが全ての人が見え感じることを、錯視と言っています。
それに対して薬物などの影響により、あるいは病的な原因で、個人的に見える現象を幻視といい区別されます。

■ 月の錯視
 錯視の代表的なものが『月の錯視』という現象です。地平線に近い太陽、月、星が大きく見えるのを月の錯視と言います。
大きな満月をカメラで撮ると、米粒より小さな月しか写りません。それなのに、眼では大きく見える不思議な現象なのです。
二千年ものあいだ論争が続いているのですから様々な説があります。空気層の屈折説(アリストテレス)、瞳孔拡大説、水晶体扁平説、比較説、
対比説、介在説、遠景説、天空形状説・・・などなど。大きく分ければ、光学要因、地象要因、身体的要因、心理的要因でしょう。
現代の光学器械で観測すれば、前半の説は否定されるべきですから、残るのは、人の体、心理的要因が今後の論争の焦点になるのだと思います。
ここで諸説を展開するのは、少し専門的過ぎますから避けますけれど・・と言うより、よく解からないというのが本音です。
だからこそ、今日にいたるまで結論の出ない論争になるのでしょう。

■ 月と太陽の大きさ
 童謡に『盆のような月が・・』とありますが、感じる大きさは、心理的印象ですから人によって違います。少し誇張して盆と表現したとしても、
作者はその位の大きさに感じていたのでしょう。
実際の大きさは、視直径で角度1/3度(0°32′)しかありません。腕を伸ばした先の五円玉の孔に入ってしまう程度の大きさです。
ここにも心理的効果があります。価値の小さい五円玉の小さな孔と、月という大きい天体を対比させた意外性です。
価値が小さいと、形も小さく軽いと思ってしまうのはよくある事です。月は大きいと知っていても、比較対照がないと理解しにくいものです。
得体の知れないものは過大視する傾向もよくあることです。

■ なぜ太陽の錯視と言わないか
それでは、なぜ太陽の錯視と呼ばなかったのでしょう。月と太陽の大きさは、どちらが大きく見えると思いますか?
意外なことに、見かけの大きさは、ほぼ同じなのです。太陽は月の400倍の大きさですが、距離も400倍あるからです。
明るさは満月と比較しても約50万倍あります。この明るさの差が対語として、太陽が主、陽、月が従、陰になります。
英語ではMoon Illusionと言い、月の錯視なのです。月は満ち欠け、潮の干満、人の生理に関係します。
天空では従たる月が、人や地上へこれほどの影響をもたらす。不思議な現象としてとらえ、解らないものには負の感情を抱きます。
ここから、月の錯視と言ったのだと思います。

■ 月に対する西欧と日本の考えの違い
 西欧では月に対して日本の文化では想像し難いほど負、陰、狂、凶の印象が強いのです。月のラテン語Lunaからの由来、英語のLunaticは、
精神異常、狂気じみた意味があります。月の霊気が人に狂気を起こすという伝統的な概念があるようです。
一方日本では月を愛でる“お月見”という風習があります。中国には唐の時代に記録があり、日本に伝わったようです。
昔は満月だけではなく月待といって、月の出を待って祭る行事が十六夜(いざよい)から二十六夜待まであったそうです。
江戸では、二十六夜待が特徴的で、明け方にでる三日月ですから、徹夜で飲み食いして待つわけで、こうなると神事ではなく遊びですね。

■ 十三夜にまつわる話
 また日本では満月より少し前の十三夜の月にも独特の感情があります。未完成という感覚ですが、建物の世界でも同じような考えがみられます。
日光東照宮には逆さ柱が一本あり、あえて未完成にすることで、造営が続き、建物も永久に残る、という発想なのです。
完璧なものは、やがて朽ち崩壊して行くという考え方です。十三夜の月にもこうした感情があるのでしょう。
日本人の奥ゆかしい一種独特の文化なのかもしれませんね。

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